彼女を想う
麗らかな日差しに誘われて、昼休憩を公園で過ごす。
私の弁当を覗き込んだ同僚が驚きの声を上げた。
「お前、彼女できた?」
「なんでそう思うんだよ」
「だって、いっつもコンビニのパンや弁当だったのに、最近ずっと手作りじゃねーか」
近付く顔を肘で押し退け、私は箸を手にする。半月に切った沢庵を口に放り込んだ。
「……彼女じゃない。自分で作ってる」
陶器の人形に食事を供えるようになってから、おかずにも気を遣うようになった。
朝は時間がないからパンとコーヒーだが、夜は味噌汁を作って一合程ご飯を炊き、サラダともう一品は最低でも用意するよう心がけている。
作る物が分からないから、簡単レシピが載っているサイトを検索するようにもなった。
仕事をしている合間に、今夜はなにを作ろうかと考えるようにもなったのだ。
陶器の人形が家に来て一週間が過ぎた今、とても健康的な食生活が確立されていた。
「でも、ちゃんと飯食ってるのに、なんか顔色冴えないよな。夜更かしとかしてんの?」
「夜更かしはしていない。遅くとも、深夜一時には寝るようにしている」
「深夜一時でも、十分遅ぇよ」
苦笑いする同僚の言葉に、同意する部分はある。
鏡を見ても、頬がこけて目の下のクマが酷くなっている自分の顔に驚くのだ。
普通なら病気かなにかを心配するところだが、病院に行くような不調は自覚がない。
なにより陶器の人形が来てから、私の心は今までにないくらい充実している。
人形なのに、あの娘がとても愛おしい。
ショッピングモールに行ったとき、普段は見向きもしないレディースファッションを取り扱っている店が気になった。
この服をあの人形が着たら似合うだろうかと、そんな妄想が頭をよぎるのだ。
同僚に話せば、気味が悪いと言われるだろう。もしかしたら、頭大丈夫か? と、心療内科への受診を勧められるかもしれない。
私も自分で、自分の思考を心配するときがある。
なにせ、仕事に出ている今も、人形のことが気にかかって仕方がないのだ。
人形にはまるとか、そういう次元に留まれているだろうか。行くところまで行ってしまっているかもしれない。
鳴き方の下手くそなウグイスの声が公園に響く。
ウグイスが鳴くのは、ホタルが光るのと理由が同じだった気がする。
「あのウグイス……もう少し上手にならないと、メスも振り向いてくれないだろうな」
「ウグイスも人間も、婚活が大変なことに変わりないさ。駅前のレストランなんだけど、再来週の日曜日に婚活イベントがあるらしい。なぁ、一緒に行かないか?」
小声で囁く同僚に、私は眉をひそめた。
「今は遠慮しとく」
「なんだよ~! やっぱり彼女できたんじゃん」
いじける同僚に、気になっているのは陶器の人形だと告げたら、どんな顔をするだろう。
表現しようがないくらい、とても歪な表情を浮かべるかもしれない。
面白そうだが、試すにはリスクが大き過ぎる。さすがに、言うのも恥ずかしい。
隣に並んでいるベンチの足元に、タンポポの蕾を見付けた。
綺麗に咲くのは、何日先のことだろう。
ふと閃いた考えに、私は苦笑する。
ヤバイな……末期症状だ。
タンポポが咲く日を楽しみに、私は食べ終えた弁当箱の蓋を閉じた。