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zero  作者:
激動
9/11

開口















「いやあー、お久しぶりですね。皆さん元気でした?ああ、東くんは元気なはずありませんよね。元気そうですけど。とにかく目が覚めたようでよかったですねー。」


4人が部屋に入るとそこにはすでに情報屋がいた。ソファーに座ってあの空間パネルを展開し、何事もなかったかのようにへらへらと笑っていて。


「あ、もうしゃべっても大丈夫ですよ。あの頭でっかちたちが設置していった無線機には細工をしてありますから。」


ぺらぺらとしゃべり続ける情報屋を見て4人は一様に警戒していた。というよりも、感情を抑えるのに必死だったのだ。


聞きたいことは山ほどあった。拓也はいまどこにいるのか、情報屋は一体何者なのか、あの日何をしたのか、なんのためにこんなことをしたのか、敵なのか味方なのか。


しかしヨルは軽く一つため息をつくと、平然としてコーヒーを淹れ始めた。


「あなたすごいワルなのね。」


それに情報屋は声をあげて笑い、パネルのキーボードを素早く叩き始める。


「あはは!まあ、彼らにはいろいろと縁がありましてね。喧嘩もたくさんしてきましたから。」

「元軍人だなんて知らなかった。」

「いやー、聞かれませんでしたしね。東くん、こっち来てください。」


桔平はひどく顔をしかめていたが、ヨルが目配せをするとしぶしぶ情報屋のほうへ行きソファの隣に座る。情報屋は桔平の目を開かせて瞳孔を見ると、小さなタブレットのようなもので桔平を写真で撮り画像を確認した。


「はい、もう結構ですよ。かなり順調に回復してますね。本当はこんなふうにうろうろされても困るんですが、まあこの早さなら大丈夫でしょう。驚くべき治癒能力ですねー!」


莉亜と由宇もテーブルにつき、そこに情報屋も含めた人数分のコーヒーがヨルによって運ばれてきた。


「はい、桔平は牛乳ね。」

「えー!」

「しょうがないでしょ。病人なんだから。」

「へいへい。」


すっかりいつもどおりの桔平とヨルを見つめながら莉亜は不思議でならなかった。みんなよく平気にしてられるものだ。まだ莉亜には、あの日の恐怖が忘れられないというのに。


情報屋は一口コーヒーを飲むと、珍しく姿勢を正して真剣な面持ちで頭を下げた。


「みなさん、今日は驚かせてしまって本当に申し訳ありませんでした。思ったよりも彼らの行動がはやかったのであなた方の保護が間に合いませんでした。」


文句を言うでもなく、しかし擁護することもなく耳を傾ける4人に情報屋は困ったように微笑む。


「いろいろと……種明かしが必要なようですね。」


情報屋は今日はとても軽装で、いつものシャツとジーパン、そしてパネル展開装置のネックレス以外には荷物を持ち合わせていなかった。しかしジーパンのポケットから何かを取り出しテーブルに置く。


「これって…………」


莉亜は見覚えのあるそれに思わず声をあげた。それは飯田所長からみんながプレゼントされたあのブレスレット型とカフスボタン型の無線機とまったく同じ形をしていた。数は4つ。


「これは俺の部屋にあるはずですけど。」


由宇があからさまに嫌悪感を顕にすると情報屋は小さく笑う。


「これはみなさんが飯田にもらったのとは別のものですよ。もちろん見た通り製品としては全く同じものを用意しましたが、細工をしてあります。」


それにヨルと由宇は顔を見合わせた。そしてヨルは情報屋に真剣な眼差しを向ける。


「じゃあ、やっぱりあの無線機は所長に盗聴されたいたんですか?」


驚いた顔をする莉亜をよそに、情報屋はすぐにうなずいた。


「そうです。それを先ほど水樹さんと高橋くんは警戒していたんでしょう?あれが盗聴されている限りこの家で下手な会話はできないし、今までのzeroの騒動も知られているかもしれないと。しかし安心してください。今まではわたしが下の階から妨害電波を流していましたからすべて飯田には聞かれていません。だからこそあなた方はああして軍に警戒されたわけですが、それはまあ指名手配犯のわたしのいたずらだったということで。」


情報屋は一息ついてまたコーヒーを一口飲むと、目の前に展開したままだったパネルをもうひとつ増やす。そこにもまた同じくよくわからない記号やアルファベットが並んでいたが、由宇は食い入るようにそれに目を通していた。


「ですが、このままあの無線機に妨害電波を流していてはさすがにあなた方の立ち位置も危うくなります。ということで、先ほど、この新しい無線機のシステムを完成させました。内容は簡単です。もうこの無線機は盗聴される恐れはありません。しかし、怪しまれないよう飯田の盗聴システムにも繋がっています。ただ彼らに知られては困るようなzeroやeve、そしてわたしに関わるような情報を感知すると、その会話だけはシステムからシャットアウトされ、まったく別の会話が飯田に届くようになっています。そして飯田が聞くことができるのはあなた方が無線機を使っているときの会話だけ。つまり無線機で会話しなければなんの問題もないわけです。」


どうやら自分には理解できなそうな話だと察したのか、桔平は別のことを考えているようで虚空をぼんやりと見上げていた。ただ由宇だけは目をキラキラと輝かせてそのパネルを見ていて。


「すごい……………こんなに完璧な音声認識システムははじめて見た!これ作るのにどのくらいかかるんですか?」

「ああ、これはけっこう手こずりましたけど、丸一日くらいですね。」

「たった一日で?すごいな………。」


感心する由宇の横で、ヨルはしげしげと無線機をながめてうなずく。


「じゃあとりあえずはあの監査官にこれ以上怪しまれる心配はないってことね?」

「はい。ああ、あと監視カメラの心配もありません。さすがにただの疑惑だけで青少年の私生活を覗き見するほど軍も野暮ではありませんからね。先ほどセンサーで調べましたがカメラはありませんでしたよ。」

「そう………ありがとう。」


安心したようにブレスレットを手首につけるヨルを見て、莉亜もブレスレットをつけた。わかるのはもう一安心だということと、これがあればいつでもみんなと連絡がとれるということだった。あの日みたいに桔平を見失うこともない。そう考えるととても気が落ち着いた。


「ねえ、拓也はどこにいるの?元気なの?」


莉亜の言葉に情報屋は顔を上げると、ゆっくり優しく微笑んだ。


「zeroならピンピンしてますよ。久しぶりにしっかり働いてますから毎日だるそうですけどね。」

「………そっかあ………」


安心したようにため息をついてうなだれる莉亜を一瞥し、ブレスレットをつけながら桔平は情報屋をにらんだ。


「んで?種明かしってまさかそんだけじゃあねぇだろうな?てめぇがだれで、何が目的で、あの日何をしたのか。拓也の馬鹿とてめぇは何考えてんのか。言えよ。」


情報屋困ったように笑うと、耳からピアスを外してコネクターを取り付ける。


「あ?なんだそ………」


『おい!何度呼べば気がすむんだ斎藤!!』


耳をつんざく爆音に桔平の声が遮られ、だれもが揺れる頭をおさえた。コネクターはネックレスにつながっていて、どうやら受信機になっていたらしいピアスの音がパネルを通じて流れているようだった。情報屋はネックレスに触れてにこにこと微笑んだままその声に答えた。


「はーい、斎藤でーす。遅くなってすみません。」

『やっとか!何をやっていた!』

「いやー、野暮用がありましてね。」

『何をのんきな………仕事が溜まってる。はやく処理しろばか。』


無線機から聞こえてくるのは咲の声だった。明らかに苛立ちを感じる声の向こうではわずかに機械音が聞こえてきていて。


『どうせあいつらのところだろ?』


突然無線に割り込んできた声に莉亜は弾かれたように顔をあげた。


「拓也!!」

『たく…………ああ。あの素人のところか。』

『おい斎藤、そこはもういいから早くきてくんね?こっち忙しいんだよ。姫もご機嫌ナナメだし。』

『斎藤!余計なことは話してないだろうな。』

「大丈夫ですよー。ただ監査官が思ったよりも早く動いたんでね。」

『監査官?ああ、武藤か。』

『武藤?武藤ってあの武藤?あいつ今そんなえらくなってんの?』

『ああ。3年前の…って危な……あーもう!いいから斎藤は早く私のところに来い!』

「はいはい。」


音声の途切れたパネルにため息をつき、情報屋はパネルをシャットダウンさせると、あっさりと立ち上がってしまう。


「ちょ、おい。まだなんも聞いてねぇんだけど。」


慌てて引き止める桔平を見下ろし、情報屋は困ったように眉を下げた。


「これでも私は忙しい身でしてね。今日はここまでです。ですが今言えることは………」


情報屋はそこまでで言葉を止め、シャツの胸ポケットから取り出した何かをヨルに向かって投げ渡した。


「zeroもeveも優秀すぎる軍人です。ですが彼らはあなた方をかばっている。立派な反逆行為です。あなた方が余計なことをすれば彼らの立場はどんどんどんどん悪くなる。もちろん彼らの軍での立場がどうなっても、彼らにはだれもかないません。ですが彼らの負担は大きくなっていくということです。」


すたすたと玄関に向かって歩き、情報屋は途中でふと振り返った。その表情にはなんの感情もなくて、ひどく冷たく、惰性に満ちていた。


「私は彼らの信奉者です。彼らの行く道を邪魔する者はだれひとりとして許せません。そして…………そういった輩を消すのが、私の仕事です。」


一気に体に緊張を走らせる4人を順に見つめ、情報屋はふっと微笑んで部屋を出ていった。


「狂ってる。」


静まり返った部屋の中で、ヨルが軽いため息と共に独りごちた。


「要は、僕はzeroのことが大好きだからzeroのこと邪魔するやつは許さないぞーってことでしょ?馬鹿じゃないの。」


呆れ返ったような態度のヨルの隣りで緊張で固まった莉亜を一瞥し、桔平は膝に頬杖をついてため息を吐いた。


「でも俺が思ってたより事態は深刻なのなー………。軍にも目ぇつけられて、あの監査官にしても情報屋にしても全員馬鹿みたいに強そうだしなー。まーじで下手なことできねぇじゃん。」


頭を豪快にかいて、桔平はソファーの背もたれにぐったりと体を預ける。そこで由宇がふと顔をあげた。


「ね、ヨル。」

「ん?」

「さっきあいつに何もらったの?」

「ああ………それがね、すごいよ。」


ヨルはテーブルの下の手を開いてみんなに見せた。それは、あの情報屋がつけているものによく似た細い銀のチェーンのネックレスだった。小さな赤い宝石がきらきらと輝いていて。


「それってもしかして起動できるの?」


莉亜がのぞき込んでそう聞くと、ヨルはしばらくネックレスを見つめてからゆっくりと宝石を指で触った。すると、


『指紋認証完了。アカウント名「yoru」。起動します。』

「うお!」


突然響いた音声に桔平が驚きの声をあげるのと同時、ヨルの目の前に淡い青のパネルが無数に展開した。起動直後こそたくさんの数字やアルファベットが羅列されるが、それはすぐに消え、まだどれも無地のパネルばかりだった。


「すごいよ!これってやっぱりあの人の持ってるのとほとんどいっしょだよ!」


由宇が興奮したようにそう声をあげ、きらきらと目を輝かせてパネルを見つめた。


「おい、なんであいつこんなのヨルにあげたんだよ。なんか怪しくねぇか?」


眉を歪めて言う桔平に、ヨルは不敵な微笑みを浮かべて答える。


「みんながもらった武器と同じよ。前からわたしには武器以外のものをくれるって話だったの。でもまさか、こんなに良いものをくれるなんてね。」


ヨルがそっとひとつのパネルに手を添えると、ヨルの手元にキーボードのようなパネルがまたひとつ浮かび上がった。


「きっといろんなプログラムとシステムをこれに作っていけば用途はどんどん増えていくと思う。時間はかかると思うけど………由宇、手伝ってもらっていい?」

「うん。もちろんだよ。」

「ありがと。とりあえず最初はみんなのそのブレスレットを追跡できるようなGPSシステムを作ろうと思う。あとは…………」


虚空を見上げて考えこむヨルを見て、桔平と由宇も考えようとしていると。


「ねえ。拓也のことは探せないの?」


予想外の言葉に3人は目を見開いて莉亜を見た。莉亜は無意識に言ってしまったのか、慌てたように手と首を振る。


「あ、えっと、探せるのかなーって思っただけで!ていうか別に拓也に会いたいとかじゃなくて、ただ場所さえわかれば元気にしてるってわかるし。すごく危ないことだし無理にとは言わないんだけど、さ………」


しかし由宇も桔平もヨルも、莉亜の言葉に何度もうなずき、真剣な面持ちでパネルを見上げた。


「うん。いいんじゃないかな。さすがに情報屋が拓也のことは探知されないように何かしらの妨害策を打ってるとは思うけど、一瞬でもその壁を突破できたらいけると思うよ。」

「でも何を媒体にして拓也を探す?拓也はタブレット持ってるけど、確かわたしの記憶だと拓也はGPS機能は切ってたと思う。」

「あいつら無線くらい持ってるだろ。そのeveって女と拓也はどうやって連絡とってたわけ?」

「あ!ピアスじゃない?拓也が買ったって言って最近つけ始めたあれ。AC倒すときに使ってた気がする。」

「それだよ!あー……でも無線なら独自の回線作っちゃってる可能性もあるなー。Tokyoの大都市の中でその回線ひとつを探し出すのはすごく時間がかかるし果てしない作業になると思う。」

「そうね………んー、困ったなー。」


またも黙り込んでうなだれてしまう3人を見つめ、莉亜は困惑と焦り、そして喜びを感じていた。拓也はもうとてつもなく遠い存在になったように感じていた。しかし今はこうして、みんなが拓也にたどり着くための策を一生懸命考えている。そしてあのネックレスのおかげで、その距離はうんと短くなったのだ。ここで諦めるわけにはいかない。


「ねえ。じょーの通信履歴を追えばいいんじゃないかな。」


またも全員の視線が莉亜にそそがれた。莉亜は慌てふためくことなく、冷静にことばを紡ぐ。


「その空間パネルの装置は最先端技術でしょ?軍でだってそう出回ってるものじゃない。じゃあそのネックレス型の装置はじょーが独自に開発した可能性が高いと思わない?もしそうだとしたらヨルがもらったそのネックレスにだってじょーの痕跡が残ってるはずだよ。システムの癖だったりパスワードだったり………とにかくそこからじょーのあのネックレスと無線機のデータを探し出せたら拓也との通信履歴をダウンロードすることもできると思うの。」


だれもが黙り込んでしまっていた。またきた。莉亜がとんでもなく冴えた思いつきをすることはたまにあった。しかし今、このタイミングで、最高の思いつきが降りてきたのだ。


「…………莉亜、すごいよ!」


ヨルは思わず莉亜に抱きついていた。驚く莉亜をよそに莉亜の頭を何度もなでる。


「わたし莉亜のこういうところすっごく尊敬してる。莉亜、本当にすごい。」

「え?え?あ、ありがと………お?」


混乱したままの莉亜の顔を見て由宇と桔平は声をあげえ笑った。


「ははは!莉亜、最高のアイデアってことだよ。驚いた。」

「お前たまにぶっこんでくるよな。お前さ、冷静になれば賢いんだからよ、いっつも平気な顔してろって。」

「そ、そうかな………あははは。」


照れたように莉亜は笑った。ヨルはまたなにか考えるかのようにパネルを見上げ、よし、とひとつ頷く。


「じゃあまずはそこからはじめよう。」














「この街も、変わったな……」


窓の外で通り過ぎていくビル群を見つめ、飯田は静かにそうひとりごちた。


その言葉に返すことなく、武藤はただ顔をしかめて黙り込んでいたが。


「あの5人はいったい何者なんです。」


突然口を開いた武藤に飯田は小さく笑う。


「見たとおりのただの子供だよ。」

「ただの子供、か………。私にはとてもそうは思えませんがね。」

「はは、考えすぎではないのか。」

「さあ。ですが戦争において、考えすぎ、なんて物があればの話ですがね。」

「手厳しいな。」

「彼らは明らかに何かを隠してはいます。その秘密があの男のことなのかどうかは明らかではありませんが、重大な秘密であることは確かです。立派な危険因子ですよ。」

「隠してはいるだろうね。だが彼らに一体何が出来ると思う?いくら天才ともいえる生徒とはいえ、さっきも言った通りただの子供だ。我々軍が抱えている戦争と国家的問題にまで影響できるほどの価値はあるはずがない。たった5人の戦士だよ。」

「ですが、あの男とてかつてはただのひとりの戦士だったんですよ?たったひとつの米粒とはいえ馬鹿にならないと我々は学ぶべきです!」


武藤は声を荒らげてそう言うと、落ち着かせるように長くため息をついて窓際に頬杖をついた。発達した高級車は揺れも騒音もなく、ただ静かに道路を滑っていく。かつての明るい街並みはあの悲劇のせいでかなり落ち着いてしまっているが、この都市の持つ力と広大さはまだ確かに窓の外に息づいていた。


「…………あの男が一体何をしたいのかわからない。「あのこと」でNipponを恨み復讐したいのか………。それならまだ対処のしようがあります。ですがもしそれ以外の理由なのだとしたら、これから起こることに全く予知ができない。」


珍しく弱気な武藤の横顔に、飯田は少し眉をひそめた。


「…………「中央」はなんと?」

「わたしも決して「中央」の中枢にいるわけではありませんから、彼らが一体何を知っていて、どう考えているのかさっぱり見当もつきません。彼らは重要なことに関して一切情報を開示してくれない。この状況でわたしにどうしろと言うのか………」

「そうか………。だがあの男に関しては「中央」も絶対に警戒しているはずだよ。その件を君に一任している限り隠し事はしないだろう。何も言ってこないということは、何も知らないということだ。」


飯田の言葉に武藤は口のはしをあげて小さく笑った。


「便りがないのは良い知らせ、ってことですか…………」

「ははは、そんな時代もあったんだろうね。」

「はははは………」


最近妙に、夜が長く感じていた。













強い風が吹き付けるビルの屋上で、彼らはのんびりとTokyoを見下ろしていた。


辺りには瓦礫、というよりも機械のクズが山のように高く積まれ、まだバチバチと電気を放っている。


「まーた派手にやりましたねー。」


やれやれと首を振ると、ふたりは振り向くことなくため息をつく。


「あちらさんがふっかけてきたんだよ。」

「わたしは任務を遂行しただけ。」

「真面目かよ。」

「あなたが不真面目すぎる。」

「口数の減らねーやつ。」

「無口なほうなんだけど。」

「そういう意味じゃねーよ。」


えらく仲のよさそうなふたりの後ろ姿に、わたしもため息をついて笑った。


真っ黒なせんとう戦闘服に身を包むふたりの姿は闇に溶け込むようだが、金髪と銀髪のふたりの頭だけは浮き上がるようにはっきりと見える。


このふたりといるとき、世界はひどく小さく感じた。あの青年たちのいる世界は毎日が波乱万丈で、感情が渦巻き、たくさんの事件が起きる。軍のやつらのいる世界は、たくさんのしがらみと異常な厳格さに包まれ、息苦しい。しかし彼らは自由だった。何からも切り離された世界で、そのほかの人間たちの暮らしを遠巻きに見つめ、ただ時の流れだけに身を任せる。


「ほら、コアの解析は終わってるよ。」

「おお、珍しいですね。」

「お前がおっせーからだよ。」

「どうもご迷惑をおかけしました。」


zeroから小さなメモリーを受け取り、懐のポケットにしまう。eveは振り向いて赤い瞳で真っ直ぐにこっちを見た。


「どう、下界は。」

「下界ってお前……」

「下界は騒がしいですよー。みんな今が頑張りどころですからね。がんばれがんばれー。」

「がんばれー。ってeve、お前下界にも興味あるわけ?」

「ない。ただ武藤が動いたのは気になる。」

「武藤ねー。武藤が来たとなると危ねーのは斎藤とあの4人だろ。あのアウトローゴリラは何するかわかんねーぞ?」

「ははは、アウトローゴリラって………」

「確かにゴリラね。」

「だろ?」


傍からみたらこのふたりはただの子供なのだ。いたずら好きで、面倒なことが嫌いで、人見知り。ただ、その力と、深遠な思考は人をはるかに超えている。


わたしもふたりの横に並んでビルのへりに座ると、少し思考を進めた。ふたりの言葉を借りるならば、あのアウトローゴリラは確かに手段を選ばず任務を遂行することを第一とした冷酷な男だ。わたしは彼の扱いには慣れているし、どちらかというと良い遊び相手、と言った感じだが、あの4人は心配だ。


「そうですね………今日の様子からしますと、あのアウトローゴリラにも理性と知性が備わってきた感じでした。」

「お?進化したじゃん。アウトロー猿人ってところだな。」

「アウトローピテクスね。」

「おいやめろ。腹筋が死ぬ。やべぇ。」

「冗談はともかく、そのアウトローピテクスがあの素人に手を出したらいろいろ面倒だと思う。」

「やべぇ。まじでやべぇ。死ぬかもしれない。」

「そうですね。あ、ちょっと待ってください、笑いがこらえられな………よし、はい、それでー、なんでしたっけ。そうそう、計画を少し早めようかと思いまして。」

「ふーん。ちょっと、zero、落っこちるよ。で、飯田も帰ってくるんでしょ?」

「はい。」

「それなら確かに良いタイミングね。」

「じゃあわたしたちも……」

「はい。頼みますよ。」


吹き抜ける強過ぎる風を浴びながら、止まらない流れを肌で感じ、わたしは目を閉じた。










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