変動
「おはよー。」
「はよーっす。」
いつもと同じように5人で養成所に向かいながら、すれちがっていく友だちに声をかけていく。
今日はとても天気がいい。
莉亜がそんなことを考えて足取り軽く歩き、これまたいつもと同じく、ビル群の大きなスクリーンに映し出されているニュースに目を向けた。
『………について、軍部中央監査官の田村義行氏がインタビューに答えました。』
そんな音声にみんなで思わず足を止める。
どうやら最近ACの動きが怪しいらしく、開戦まで囁かれているのだ。というのも、Nipponの領土となってる他国でACが一般人を襲うという事件があった、という報道がされ、それについて軍の警備体制が甘いだのなんだのと批判が集中したところからはじまったのだ。
どうやらそれについての軍からの回答のようだ。
軍服を着た初老の男がメディアに囲まれ、フラッシュが炊かれる中で淡々と話している。
『えー、先の報道については、ほとんどがデマであり、軍の警備体制にはなんら問題ありません。ですが、こちらとしても被害が囁かれている地域には軍隊を派遣し、調査をさせることは決定しております。何かわかり次第また報告を…………』
そんな音声にあきれたようにため息をついて桔平は歩き出す。
「ったくよー、一般人が襲われるなんてことになったらもっと大事件になってるはずだろ?どうせ闇討ちにでもあったやつが勘違いしてるだけだっての。」
その桔平を追いかけながら、莉亜は眉をひそめた。
「そうかな。やっぱりデマなのかな。」
「当たり前だろー?今は冷戦中なんだ。」
「でもさ、もしも本当に一般人が襲われるようになったとしたら、じょーが言ってたみたいな………」
おびえる莉亜の頭を後ろからヨルが軽く叩き、由宇も優しく背中を支えてくれる。
「そんなこと、いま考えたってしょうがないでしょ?とにかくわたしたちは強くなればいいの。そしたらもし莉亜が言うような緊急事態になったとしても、大丈夫。」
「そうだよ。何があっても俺たちにはみんながついてるんだからさ、なんとかなる。」
「………うん!」
「おーい!あずま!」
莉亜が笑顔を取り戻してうなずくと同時、桔平と仲の良いBランクの男子、確か、中山くん、という子が桔平のもとへかけてきた。それに桔平も軽く手を挙げ答える。
「よ!」
「なあなあ!お前聞いた?また「エスケープ」だってよー。」
「は?まじ?」
「そ!Cの手塚。」
「うそだろ!あいつすげーまじめ君だったじゃん。」
それに莉亜も思わず桔平の脇から身を乗り出した。
「え?!手塚くんって、あの手塚道長くんでしょ?
」
「うお、りあちゃんかわいいーなー。」
「てめぇ黙れ。」
「ごめんって!そうだよ。あいつ昨日からいないんだってさ。家族もいっしょに引っ越したって。」
それに莉亜は少し悲しくなった。
「エスケープ」
それはこの養成所には珍しくない、養成所の生徒の家出、引越し、逃亡のことで、授業内容の厳しさやランク落ちによるショックなどで逃げ出してしてしまう生徒たちは少なくなく、それをいつの間にか「エスケープ」という言葉で呼ぶようになったのだ。
入学してからも、友だちになったひとたちがエスケープするのを何度も見てきた。そしてまた、今回エスケープした手塚道長くんも、前に実技演習で話したことのある男の子だった。メガネをかけたひ弱そうな子だったけど 、なんでも一生懸命やる良い子だった。
「なんで……… 」
思わずそうつぶやいてしまったわたしに、中山も申し訳なさそうな顔をする。すると桔平はため息をついて、まだあのニュースが放送されているスクリーンを見上げた。
「ま、無理もないんじゃね?あんな報道されてたらさ。いつ本当に戦争に行けって言われるかわかんねーんだ。こわくなっちまうやつもいるだろ。」
そんな桔平の言葉に、ヨルもスクリーンを見上げてため息をついた。
情報屋の言葉にしても、あのニュースにしても、ここ最近の不安定な状勢はただごとではないような気がする。
「あ、あとさ、東はあの噂についてどう思う?」
中山が沈んだ空気に明るく話題を変えてくれる。
「噂?なに?」
桔平が聞き返すと、彼はうれしそうに桔平の肩に手を回してわざとらしく小声で言い始めた。
「なあ、お前らって、zeroって本当にいると思う?」
それに桔平は思わず吹き出し、他の4人も驚いて目を見開いてしまう。
「zero」というのは、いわゆる都市伝説の一つのようなものだった。
かつて戦争が激化していた数年前まで活躍していた軍人「zero」。彼の武勇伝は数多く存在していて、敵軍1部隊をひとりで全滅させただとか、「zero」は実は子供だったとか、血を流すことなく人を殺せるだとか、そのすべてがほとんどありえないことばかりだ。養成所で知らないものがいないほどの有名人ではあるが、ほとんどの生徒はもちろんその噂を信じてはいない。ただ活躍した軍人の噂が人づてに誇張されたか、もしくは軍が若者の士気を高めるためにあえて流している嘘だと考えているのが普通だからである。
だがたまに、この中山のように「zero」を崇拝したり、信じているものもいるのだ。
「お前馬鹿じゃねぇの?いるわけねーじゃん!」
「いやいやわかんないだろ?だってさ、Nipponがあれだけ圧倒的な力を持ってたのだっておかしいと思わねぇか?徴収令状だって出されなかったんだぜ?」
「そんなもんこの街見ろよ!テクノロジーで勝ったんだよ。」
「ったく、東はわかってねーなー。」
あきれたようにわざとらしく首を振る中山に顔をしかめる桔平を見て、ヨルと莉亜は笑った。
「まあまあ、zeroが本当にいるかどうかわからないけど、いないって証拠もないんだからいいじゃない。」
「そうだよ!中山くんがいるって言うのならいるかもしれないよ。」
「さすが!ヨルさんも莉亜ちゃんもよくわかってるね~。」
中山は満足そうに笑うと、制服のポケットから小さな黒い手帳を取り出した。
「俺さ、こう見えてけっこう本気でzeroのこと信じてんの。そんでいろいろ調べてここに書き込んであるわけ。いつか確信に迫ったらまた教えてやるよ。」
「は?もったいぶらねーで今見せろよ。」
「いやいやだめだって!」
手帳の取り合いをしながらそのまま走って行ってしまう中山くんと桔平を見送る。
「本当にzeroのこと信じてる人っているのね。」
笑うヨルに由宇もうなずいた。
「ほんと。でもなんか楽しそうだなー。」
「ふふ、たしかに。」
「あのね!あたしもなんか調べてみようかな!都市伝説!」
「莉亜が?」
「うん。」
「楽しそうね。何がいいと思う?」
「んーとねー………」
楽しそうに話して歩いていくふたりから外れ、由宇は後ろを黙って歩いてきていた拓也のほうに振り返った。拓也はあくびをしながらうとうととしているようだったが、その拓也に少し違和感を感じる。
どこかいつもとちがうような………
「あ。」
「ん?」
声をあげた由宇に拓也が片まゆを上げる。
「拓也さ、そんなピアスしてたっけ?」
由宇は拓也の左耳についているピアスを指さした。拓也はもともと両耳で合わせて5つのピアスをしていた。右耳にふたつ、左耳にみっつ。どれもシンプルで、シルバーか黒の小さなストーンかフープ状のものだったが、いまは左耳の耳たぶのところに金色の3センチほどのプレートがぶら下がったようなピアスがつけられていた。シンプルはシンプルだが、拓也にしては大きめのピアス。
拓也は、これ?とピアスを指さし、いつものゆるんだ目をもっと細めて笑った。
「新しいやつ。昨日買ったんだよ。」
「へー。いつもの感じとちがうね。」
「だろ?気分だけどさ。似合う?」
「似合う似合う。」
「さんきゅ。」
俺もピアス増やそうかな。
そんなことを考えながら、由宇もみんなのあとを追った。
「じゃあここの問題を………東。」
「えっとー……」
立ち上がって答える桔平の声を聞きながら、拓也はぼんやりと外を眺めていた。ヨルは静かに生徒全員に配られる養成所用のタブレットにメモを取り続け、莉亜は聞いているのか聞いていないのか、ぶらぶらと足を揺らしながら黒板を見ている。
そんな見慣れた光景と、春の穏やかな気候。
(眠いな………)
由宇はそんなことを考えてため息をつき、机からルーズリーフを取り出す。そこにはここ最近解体しているあの無線機のメモを書いてあった。解体した結果から導き出した設計図や必要な部品と機能。今のところ不審な部分は見当たらないが、肝心なコアの部分がうまく解体できない。精巧につくられていて、コアに触れようとすると、おそらくコアに組み込まれていると思われるメモリーの機能も自動的にシャットダウンされるようになっているのだ。それではもしも無線機が盗聴されていたとしても、犯人を特定することができなくなる。
まだ盗聴されているとは断定できないが、この仕組みでは盗聴の可能性もかなり上がってくる。
(だとしてもいったいだれが………)
「高橋!」
突然名前を呼ばれ、焦って顔を上げる。前を見ると教官があきれたようにこっちを見ていて、桔平も左肩越しにこっちを見ながらにやにやと笑っていた。莉亜まで笑いをこらえるようにタブレットで口元をおさえて振り向いていて、それだけでどうやら自分が教官に何度か呼ばれていたのだろうことがわかる。
「あー……すみません。」
「お前はなにをぼーっとしてるんだ。いいから前に来い。この問題を解け。」
「はい。」
教室の前の巨大パネルには数学の問題が表示されていて、顔をしかめる。数学は得意だが、好きではない。前に行きながらにやついたままの桔平の肩を軽くなぐる。見ると桔平の机にあるタブレットにはなんのメモもなければ落書きばかりだ。それに笑いそうになるのをこらえ、教官からパネルのタッチペンを受け取り、問題を読む。
「えっと…………こう、で……これが…こうかな。」
「……よし!正解だ。もどれ。」
「はい。」
席に戻って一息つき、無線機の設計図を引き出しにしまう。
生徒たちの実技授業の声が聞こえてくる窓の外はすっかり春の気候で、平和の一言だった。そんな光景を見ていると、遠くで戦争が続いているとか、自分たちも戦うための勉強をしているだとか、そんなことがすべて馬鹿馬鹿しく思えてくる。こんなに平和なら、それでいいじゃないかと。
授業の終わりのチャイムが鳴り、一斉にざわつきはじめる教室。
「お前ら次はACの解体講義だからな!着替えて10分前には第三実演棟に来いよ!」
教官がそれを言い放って出ていくのと同時、莉亜が早くも着替えの入ったカバンを持ってこっちに来る。
「由宇おこられちゃったねー。ぷぷぷー。」
「すごい恥ずかしかったよ。もう忘れてー。」
「ふふふ。早く行こ!解体講義楽しみだったんだー!きっぺ!きっぺ!はやく!」
のんびりしている桔平を叩きに行く莉亜を見送って、自分も着替えの袋を取り出す。解体講義は危険なため、Aランクの生徒しか受講することができないカリキュラムだ。さらに解体講義はいくつかの段階があり、Aランクとは言え、段階を踏むためにAランク所属年数によって講義内容もちがう。5人はAランク3年目にしてやっと、戦闘の機能を搭載した実際のACを相手にすることができるようになったのだ。
より実践に近いこの授業はかなり人気で、由宇も莉亜と同じく楽しみにしている授業だった。しかし、はじめての本物のAC。緊張もまた解けないでいた。
「はあ………」
更衣室で着替えながら、由宇は思わずため息をつく。
「んだよ、くれーなー。」
もう着替え終わって準備体操をはじめている桔平が軽く小突いてくる。
「だってさ、ちょっとは緊張しないの?本格的に怪我するかもしれない体験ってさ、ここんとこなかったし。」
「まあ緊張はするけどー。楽しみじゃん。な、拓也。」
桔平の向こうで着替えただぼだぼのジャージの袖にあくびをしている拓也が目をこっちに向ける。着替えは終わっているものの、あぐらをかいて座り込んだ姿からはやる気が見えない。
「お前………たぶん死ぬな。」
桔平の言葉に思わず由宇は吹き出した。
第三実演棟は、硬い鋼鉄の壁に、窓には鉄格子まではめられている。そして天井も高く、広い体育館のような室内にはさらに直径20mほどの金網の壁が作られ、生徒たちはその中で戦い、見学の生徒たちはその金網の外で見学するなり組み手をするなりしていた。
「えー、東、金森、椎名、高橋、水樹、こちらへ来なさい。」
数人の教官が組み手を見守る中、ひとりの教官に5人は呼ばれる。
「お前たちも今年から実演に入る。非常に危険な授業だ。怪我の可能性もあれば、最悪の可能性もある。わたしたちも援護はするが、それぞれ充分に気をつけるように。」
『はい。』
5人の返事に教官はうなずき、手元のタブレットに目をやる。
「えー、お前たちもこの3年学んできたと思うが、ACにはレベルとタイプが存在する。現在Nipponにおいて軍が発表しているのは、レベル9までだ。レベル9は軍隊並のレベルだと考えていい。そして、そうした軍事レベルのACには世界的な規範として、一般人に戦闘意思を発動することのないようにプログラミングされている。しかし、残念ながらそれも軍事レベルから、だ。ACが軍事レベルと認定されるのはレベル5からであり、というのも4までは一般人をも襲ってしまう程度の精度しか求められないからだ。そこでお前たち養成所の生徒に求められるのはまず、万が一に備え、一般人に危険の及ばないよう、軍が出動する程でもないよう、レベル4までのACの解体作業をこなせることだ。」
それにヨルは朝見たニュースを思い出した。もし他国で一般人がACに襲われたというのが事実だとしたら、レベル4までのACである、ということだ。あのニュースの真偽はともかく、ありえない話ではないはずである。
「さて、そこで、今回用意したACはレベル2だ。初回だからな、比較的簡単なタイプAにしておいた。かといって、油断するんじゃないぞ。金森、AC解体において最重要任務はなんだ。」
「あ、えっと、コアを取り出すことです。」
「その通りだ。ACにはコア(核)が存在する。鋼鉄でできたACを動けなくなるまで破壊するのは非常に困難で、効率も悪い。しかしコアさえ取り出してしまえばACはすぐに活動を停止し、またコアから敵の情報を得ることも可能である。とにかくコアを取り出せ。では準備をしてくる。ここで待っていなさい。」
立ち去っていく教官を見送り、みんなそれぞれ準備体操をはじめる。それぞれ装備も自由で、実践に向かうためにも自分に見合った武器を見つけていくこともまたこの授業の目的になっている。
莉亜は身軽な動きに合わせて、足の甲に攻撃性のある防具、そして手に小手をつけはじめた。
「うー、緊張するよおー。」
その横で壁にかけてある武器を選んでいた桔平が莉亜とよく似た、しかし四本の爪が取り付けられたタイプの小手を選んで振り向いた。
「由宇もそんなこと言ってたけどさー、そんなんじゃ固くなっちまうぞ。」
「きっぺは緊張しないの?」
「ちょっとはするけどさ、そうでもない。」
「さーすがー。おお!ヨルの武器かっこいい!」
ヨルは双剣を主として、その他たくさんの隠し武器をしこんでいた。腰周りに巻いたベルトにもいくつもの武器や防具、はたまた手榴弾やチェーン、毒物も備え付けられていた。多すぎる武器は邪魔にしかならないものだが、器用で体術の能力も高いヨルだからこそ扱えるものだった。
「とりあえずは、これかな。莉亜もかっこいいよ。」
「ふふ、ありがとう。ってあれ、拓也も?」
見ると、拓也もヨルと同じようなベルトを身につけていた。しかし武器は少なく、防具や工具ばかりが入っているように見える。
「拓也おまえ戦う気ねえだろ。」
「あれ?ばれた?」
あきれる桔平とへらへらと笑う拓也にヨルも笑う。
「拓也らしくていいじゃない。興味あるし、なんだか楽しみ。由宇もやっぱり遠距離系なのね。」
由宇は2丁の拳銃を手にしていた。弾はすべて特殊なもので、鋼鉄のACをも貫ける作りになっている。また、由宇は何種類もの弾を腰に巻いたいくつものポーチに詰めていた。当たってから散弾するものや、毒の仕込んであるもの、炎のでるもの、いろいろある。
「うん。体術はあんまり得意じゃないからね。」
「得意不得意がわかってるって大事だよ。」
「ありがとう。」
そこでやっと教官が巨大なワゴンを持って戻ってくる。
「よし、それでは解体訓練をはじめるぞ。初回は二人ひと組のペアで行ってもらう。順番は………」
教官はそれぞれの装備を見まわし、一度うなずく。
「はじめに、東と水樹。そのあとが金森と高橋。そして、椎名だ。椎名はひとりでやれ。」
『え?!』
教官の言葉にみんな思わず驚いてしまった。当の本人はへらへら笑ったままだが……
「え、きょ、教官!なんで拓也はひとりなんですか?」
わたわたと慌てる莉亜を一瞥して教官はワゴンの準備をはじめる。
「そんなもの、見てみればわかる。装備を見る限り、椎名はACの扱いをだれよりも心得ているようだからな。」
だれもがそれを信じられないといった顔をした。だれよりもやる気がなくて、だれよりも体術の嫌いな拓也のことはみんなで心配していたくらいだというのに。しかし拓也がACに関する講義や戦術理論で好成績をとっていることもまた事実だった。
「なんか……心配だなあ……。」
「おい、東、水樹、フェンスの中に入れ。」
莉亜の言葉をさえぎり、教官はそう言った。桔平とヨルは比較的落ち着いた様子で金網の中に入る。教官もワゴンといっしょに中に入ると、固く扉を閉めた。
「よし、では早速開始するぞ。」
鋼鉄でできたワゴンはタンスのようにいくつか小さな扉がついた作りになっていた。そのうちのひとつを開け、教官は何か取り出す。それはタイプA、少し大きめの猿の形をしたACだった。ぐったりと力の抜けた姿から、まだ起動されていないことが伺えた。
そのACの背中の部分をいじりながら教官は説明した。
「わたしもここで監視を行うが、瀕死程度の怪我まではわたしも手を出さない。わたしが防ぐべきは死だけだ。わかったな。」
『はい。』
猿の目に青白い光が灯り、節々も輝いていく。
「では、開始だ。」
グガガガガ!!!
耳障りな金属の音ともに、ACがすごい勢いでこっちに向かってくる。
「おっと。」
「ん。」
思ったよりも速い動きに、ふたりともすれすれで攻撃をよけた。勢いのまま金網にぶつかったACもすぐに向きを変え、ヨルへ標的を定めた。
ヨルは攻撃をかわしながら双剣を抜き、十字にACを切る。しかし傷は思ったよりも浅く、あまり効果がない。その隙に背後をとっていた桔平も両手の爪で背中を切るが、手応えがなく舌打ちをする。
ふたりでACと応戦するが、ACには学習能力があり、あまり長く戦っているとこっちの戦い方を予測されてしまう。時間が勝負だ。ヨルは力強く双剣を振り、桔平のほうへ吹き飛ばす。勢い良く飛んできたACを桔平は鋼鉄の継ぎ目をねらって力任せに叩ききる。しかしそれも思ったほど効かない。
「ちっ。これ以上続くと………」
桔平が思わずそううめいたところで、
グギャガガガ!!
「あ?」
突然ACが咆哮をあげ、なぜか空中でばたばたと暴れて動かない。よく見ると、双剣を抜いたヨルの両腕から細いピアノ線のようなものが伸び、金網に絡まりながらACを空中で締め上げていた。
それを見てヨルの賢さに呆れながら笑う。
「さんきゅ。」
動けないACの背後にまわり、機械の継ぎ目を狙いながら切りつけ鋼鉄のボディを引きはがす。中には青白く輝く丸いコアがあり、それを配線ごと引きはがした。目の光を失い力の抜けるACを確認したところで、教官が桔平からコアを受け取る。
「よし、よくやった。コンビプレーとして最高だったぞ。戦闘では一瞬の間が命取りになる。そうして無言で意思疎通のできる仲間がいるというのはとても良いことだ。」
『ありがとうございます。』
敬礼をして教官の前に並ぶ。教官は手に持ったタブレットにメモを書きながら淡々と語った。
「東はやはり体術の成績からもわかるが動きはすばやく、パワーもあるな。それでいて突っ込みすぎるというわけでもないところもいい。あとは器用さが必要だな。他の武器に挑戦してみるのもいいだろう。」
「はい。」
「水樹は正直装備を見たときは不安もあったが、さすがだな。なかなかに使いこなせている。攻撃や防御だけにとらわれず冷静に戦況を分析するあたりはかなり軍人にふさわしいと言えるだろう。しかし戦争の最前線では戦術というのはないに等しい。お前はどちらかというと前線にはふさわしくないだろう。今のように、東のような戦闘系の人間のサポートとしては超一流になれる。そのまま精進しろ。」
「はい。」
「よし、次だ。なかなかいい出だしだ。」
教官の開けてくれる扉をくぐってフェンスの外に出ると、莉亜と由宇が交代で中に入っていく。緊張した面持ちの莉亜の肩をヨルは軽く叩いてやった。
「がんばって。緊張しないで。」
「う、うん。ありがと。」
ふたりが中に入ったのを見て、教官は早速また同じタイプのACをワゴンの別の扉から取り出す。
「敵は同じだ。今のを見て大体戦い方の検討はついただろう。では、いくぞ。」
ACの目が光ったのを見て、弾を装填しながら由宇は莉亜に笑いかける。
「大丈夫だよ。がんばろうね。」
「うん。わたしが近距離で攻めるから。」
「おっけ。」
飛び出してくるACの姿をとらえた途端、莉亜の顔つきが変わった。普段の猫目がより鋭く輝き、姿勢を低くとった姿が本物の猛獣のようにさえ見える。ACが莉亜に向かって飛び込んできたところで、莉亜は地面についた手を起点に両足を回した。勢いだけで飛び出してきたACはそれをまともにくらい吹っ飛ぶが、またすぐに向かってくる。
ACには鋭い爪と牙がついていて、口の奥には小さな銃口も見えた。莉亜は腕と足ににしか防具がない。打ってくる前に仕留めなければ。
由宇は右の銃から一発の銃弾を打ち込み、それが効かないのを確認すると、すかさず左手の銃をかまえる。それには改造した銃弾を装填していた。当たった途端に電撃を走らせるため、ACの伝達回路をいくらか破壊できるはずだった。
しかしそれを打つ前にACが莉亜に襲いかかる。
「ちっ。」
銃は仲間に当たる可能性もあるのが玉に瑕だ。互角の戦いが繰り広げられるのを見ながら、右手だけで右の銃弾の装填を変更する。
「莉亜!あげて!」
そう言った途端、一進一退の戦いをしていた莉亜があえて頬をわずかに爪でかすらせ、それによって姿勢の崩れたACを鋭い蹴りで上に跳ねあげる。
グギガガガ!
すぐに体勢を立て直すACに由宇は右手の銃弾を打ち込み、すぐさま左手の銃も発射した。攻撃力を上げた右の銃弾がACの肩に穴をあけ、そこに左の銃弾が正確に吸い込まれていく。
ガ、グギ、ガガガガ
効いたらしい電撃に体をびくつかせながらACが落ちてくる。莉亜はそのACの体を抑え、小手についた金具でACの背中を開いてコアを取り出した。
「よし、ふたりともよくやった。こっちへ来い。」
教官にコアをわたして前に並ぶ。
「なかなか良い戦いだった。よくやったな。」
『ありがとうございます。』
「金森、お前は武器の選択が正しかったな。お前は身長が低いからリーチをとるのは不可能だ。だがあえて近距離戦にすることでリーチは関係なくなるし、お前の戦い方と非常に相性の良い武器だ。だがやはり防御力が低いのが不安だ。より動きを素早くしてよける能力を上げてもいいが、お前の速い動きを邪魔しない防具を考案するのもいいかもしれない。防具制作の授業の教官に相談しなさい。」
「はい。」
「それからー、高橋。お前のその銃弾はオリジナルだな。かなり良い出来だ。わたしたちのぶんも作ってもらいたいくらいだな。だがお前の戦い方は必ずだれかのサポートを必要とする。今回は金森が良い動きをしてくれたが、いつでもそううまくいきはしないだろう。水樹のように他の武器を同時に装備するのも良いかもしれないな。二丁の銃を使うことで装填のタイムロスをおぎなっているのはよかったぞ。」
「はい。」
出てきた莉亜はまるで人が変わったように弱気になってため息をついていた。
「はああー緊張したよおー。」
さっきまでのまるで猛獣のような動きと鋭い眼光からは想像もつかないような顔に桔平は笑う。
「はは!お前らしいな!」
「ぅえ?なに?」
「なんでもねーよ。」
ヨルはポケットから絆創膏を取り出し、薄く血の流れる莉亜の頬に貼り付けた。
「莉亜、お疲れ様。」
「ありがとー、ヨル。」
ふふふ、と莉亜がうれしそうに笑ったところで、拓也がだるそうに立ち上がった。あくびをしながらフェンスの扉を開ける姿には緊張感のかけらもなくて。
「ね、拓也。ほんとに大丈夫?」
そう声をかけるヨルに、拓也は振り向いてゆるく笑った。
「だーいじょーぶだーって。ま、見ててよ。」
入ってきた拓也を見て教官はひとつうなずいた。
「よし、やはりお前には期待できそうだな。じゃあ、いくぞ。」
用意されたまた別のACが、同じようにすごい勢いで飛び出してくる。
「♪」
鼻歌交じりに拓也は小型の地雷をACの着地しそうな場所に投げ置く。しかしACはそれにすぐさま反応し、体を反転して着地点をずらしてきた。
しかし
「はい、終了。」
ドン!!!!
ACがずらしていた着地点にはいつの間にかまた別の地雷が貼り付けられていて、ACはまともにそれをくらい、吹っ飛ぶ。また吹っ飛んだ先のフェンスにも何か別の小さな装置が取り付けられていて。
ガガガガゴガガカ!
そこにぶつかった途端、ACの体に恐ろしい電流が流れ、耳障りな咆哮をあげる。3秒ほどで電流が止まりACが力なく地面に落ちたのを待ち、拓也はU字の固定具をACの首や腕、足に向かって投げ、地面に拘束する。そしてなめらかな手付きで工具を扱い、背中からコアを取り出した。
四人は言葉を失ってその光景を見ていた。拓也の動きは決して早くなかった。それぞれの装置を配置していくのもゆったりとしていて、しかしそれがすべて計算された戦術のもとで配置されているからこそ、その動きが可能になっているのだ。最後の電流の装置なんかは、拓也がフェンスに入った途端にすぐ設置していた。まるですべての罠に敵が勝手に吸い込まれていっているのではと思うほど、完璧だった。
「よし、やはりお前はACの扱いがわかっているな。やつらはそこまで知能指数が高いというわけではない。良い戦い方だ。ただ、常に敵はACだというわけではないからな。人間相手にしてもそれだけ手のひらで転がせられるような戦術も考えておくように。」
「はい。」
「よし、今日はここまでだ。休憩するなり体術訓練をするなり好きに時間を使ってくれ。では解散。」
のんびりとフェンスから出てきた拓也を、だれもが呆然と見つめていた。その四人の顔を見まわし、拓也はヨルに向かって困ったように笑い、言った。
「だから、大丈夫って言ったじゃん。」
それにヨルは思わず微笑んだ。
「ああ、おかえりなさい。」
ちょうど帰ってきたらしい情報屋が、ドアの鍵を開けながら振り向いて微笑んだ。その姿を見て莉亜は駆け出す。
「じょー!ただいまー!」
「はいはいおかえりなさ………え?金森さんほっぺどうしたんですか?絆創膏が……」
「ん?あ、ちょっとけがしちゃっ……そう!そうなの!今日ね、初めてACの解体の実技やったんだー!」
「すごいじゃないですか!どうでした?大変でした?」
「んとね、思ったより強くてびっくりしちゃったー。レベル2だったのに怪我しちゃったしちょっと落ち込む。」
「初めてなんですからしょうがないですよ。擦り傷ですか?」
「うん。」
「じゃあなおさら十分ですよ。学生でACの相手ができるだけですばらしいです。」
「ふふ、ありがとう。」
もう親子のような微笑ましいふたりの姿にみんな言葉を失う。しかし桔平だけはずかずかと歩み寄り、情報屋に頭をなでてもらっている莉亜をひっぺがした。
「おい、てめぇ今帰ったとこか?」
「はい、そうですよ。」
「じゃあ時間あんな。」
「ええ。」
「聞きてぇことがあんだ。俺らのこと聞く代わりになんでも教えてくれんだろ?」
「もちろん。」
「じゃあ上に来い。」
カンカンと音をたてながら莉亜の手を引いて上の階に登っていく桔平に3人もついていく。
「なんでしょうねー、こわいなあー。」
そうつぶやきながらドアの鍵を開ける情報屋の背中に、
「たぶん今ニュースになってる件のことですよ。」
とヨルは言った。それだけで情報屋は、ああ、とうなずき、開けたドアから部屋に入っていきながら小さくつぶやいた。
「ずいぶん危険なところに首を突っ込むんですねえ。」
「え?」
その言葉の意味を問う前に閉まってしまったドアをしばらく見つめ、ヨルも上へとあがった。
食後の紅茶をテーブルに並べ、ヨルはいつものカウンターの椅子に座った。みんなもいつもの場所でゆったりとくつろいでいる。桔平もソファーに沈んでアイスティーを一口飲むと、すっかり所定の位置になったテーブルの向かいに座る情報屋を見つめた。
「なあ、あんたはさ、やり手の情報屋なわけだろ?」
「あはははー、照れるなあ。」
「うるせえよ!いや、そうじゃなくてさ、そういう仕事って武器とかにも詳しいわけ?」
「え?ああ、まあある程度は。」
「んーーーー。」
桔平は何かためらうようにがしがしと頭をかく。ヨルは桔平はニュースの真偽を聞くために情報屋を呼んだと思っていたものだから、桔平のその態度がよくわからなかった。
桔平は一度顔を手でぬぐうと、情報屋をちらりと見た。
「俺にさ、武器選んでくんね?」
『は?』
だれもがその言葉に声をあげた。情報屋も唖然と桔平を見つめている。
「だあああそんな顔すんなよ!こっちだって頭下げて頼んでんだからよ!」
「頭は下げてないよ。」
「由宇てめぇうるせぇな。」
「どういう風の吹き回しなの?」
ヨルの質問に桔平はまた恥ずかしそうに頭をかいて、腕を組んだ。
「いや、今日解体実技してみてさ、いまいち自分がどんなタイプの戦闘員なのかわかんなくなったわけ。こいつなら俺らのこと調べてわかってそうだし、なんだかんだでこいつ強そうだろ?」
今まで情報屋をとことん嫌っているように見えた桔平が意外と情報屋のことを観察し、認めていたことにヨルは微笑んだ。みんなも納得したように笑う。
「桔平って意外と筋肉バカじゃないよな。」
「あ?拓也てめぇ………」
「いやあーなんだか今日は褒められっぱなしでわたしも照れちゃ……」
「うるせえよ!いいから早く考え……」
「ね!じょー!それならあたしにも考えてくれないかな?」
「もちろんいいですよー。」
「あ、じゃあ俺もお願いしていいですか?」
「はい。あ、じゃあ簡単なカタログがいくつか下にあるので取りに行ってきますね。」
立ち上がって部屋を出ていく情報屋をみんなで見送るが、桔平はしばらく呆然とそのドアを見つめていた。そして横目でちらりとみんなを見る。すると莉亜はにやにやと意地悪そうに笑い、ヨルも微笑んだまま紅茶を飲んでいて、拓也にいたってはぷるぷると震えながら巨大クッションに顔をうずめていて。
笑ってる。あれは確実に笑っている。
振り向くと、由宇もにこにことこっちを見ていた。
「あ、いや、素直でいいとおも……」
「うるせぇ!!!!」
頭をかきながらどかっとソファに座りなおすと、莉亜と拓也がいっしょに爆笑しはじめた。
「あはははははは!!もーきっぺちょおおおおかわいい!!照れちゃってさーもー!あはははははは!!」
「くっ……やべぇ止まらねぇ………あーまじ腹筋ブチ切れるかと思っ……ぶっ!」
そのふたりを見て桔平は舌打ちをして赤くなっていそうな顔を拭く。それにヨルと由宇も小さく笑った。
「ふふ、たしかに驚いた。てっきりニュースのこと聞くんだと思ってたから。」
「そうそう、まさかだったなー。」
たしかに桔平はニュースのことも聞こうと思った。あの情報屋はやり手だ。身のこなしからして、あんだけへらへらしていても馬鹿みたいに強いのがわかる。そんなやつならあのニュースや軍の発表が本当かそうじゃないかくらいわかるはずだ。
しかし。
「だってあいつさ、結局これから起きる戦争とかってやつについても話さねーじゃん。毎回うまいこと誤魔化される。もしその話が本当なら、あのニュースだって絶対関係あるだろ。それなら聞いたって答えねーよ。」
それに感心したようにふたりがうなずいたところで、情報屋がまた戻ってきた。
「カタログ持ってき……なんですか?ずいぶん楽しそうですねー。」
まだ笑い続けてる莉亜と拓也を見て情報屋も顔を輝かせる。
「いまねーきっぺがいかにかわいいかって話を…………」
「りあ!!!」
「だああもう落ち着けって桔平。ほんと素直じゃねぇんだか……」
「うるせぇ拓也!!」
「東くんはそういうところがありますよねぇ。でもそういうお茶目なところが彼のチャームポイ………」
「だああああうるせええええええ!!」
ソファに倒れ込んでじたばたと暴れる桔平を見てみんな満足したのか、あっさりと話題を変えて盛り上がる。
「で、これがカタログです。いろいろ載ってますが、パーツを組み合わせて自分の好みにカスタムもできますので便利ですよ。」
「わああああ、すごーい!いっぱいある!ほら!由宇もヨルも見てみなよ!」
「情報屋さん、俺は遠距離系で装填の速いものがいいんですけど……」
「ああ、そんな高橋くんにはこっちのカタログのほうがいいかもしれませんね。」
和気あいあいといった雰囲気のテーブルまわりをじとっとした目で見つめ、桔平はため息をついた。
「東くん。」
「…………なんだよ。」
情報屋がニコニコと微笑んでカタログをひとつ桔平のほうへ投げ飛ばしてくる。
「あなたにはこれがいいでしょう。」
そこには攻撃性のある防具が様々な部位によって載っていた。わいわいと楽しそうに盛り上がる四人の輪から抜け、情報屋は桔平の隣に座る。
「あなたは近距離戦が合うと思いますが、その中でも体術の活かせる戦い方がいいかと思います。ですからそうした防具型のものがしっくりくるんじゃないですかね。ですが、近距離戦というのはもちろん距離を詰めることから始めなければ行けません。それが困難な場合のために、中距離程度の武器を備えておくこともおすすめしますよ。」
あまりにも的確なアドバイスに、桔平は言葉を失って情報屋を見つめた。彼はまだにこにこと笑っているだけだが、やはりその動きすべてに隙がなく、それにこれだけの戦闘知識。
「あんたマジで何者なわけ?」
情報屋はそれに声を出して笑い、盛り上がる四人のほうを楽しそうに見つめた。
「なかなか死なないゴキブリ、ってところですよ。」