平穏
一週間後。
「あちー。拓也、交代。」
「やだ。」
「あ?」
高いフェンスに囲まれた野外演習場。この時間、そこでは数十名の生徒たちが体術訓練を受けていた。「実技」の科目の中のひとつの体術訓練の時間では、生徒たちはペアを組み、その相手と組み手を行うことになっていた。今はAランクとBランクの生徒たちが集められていて、それなりの戦いをしている生徒たちばかりのようだ。
動きやすい養成所支給のジャージに着替えた 生徒たちがあちこちで訓練をしている中、教官は3人。歩いて見て回っては型を直したり、さぼっている生徒を注意したりしているが、回るのはほぼ緑色のジャージのBランクの生徒ばかりで、Aランクにはほとんど気を止めない。それを利用しているのか、体術の苦手な拓也はフェンスにもたれて動かないままだった。
由宇の蹴りを左腕で受けながら、右肩で汗を拭いて桔平は言う。
「いつまで休んでんだよ。そろそろ代われって。」
「めんどい。がんばれ〜。」
「お前教官にばれちまえばいいんだよ。」
それに隣で同じく組み手をしていた莉亜とヨルが戦いを止め、タオルで汗を拭く。
「わたしたちもちょっと休憩しよ。」
「だね〜。今日あっつーい!」
一週間前に新学期が始まったばかりだというのに、本格的に授業の始まった生活に体がついていかない。春の日差しが強く感じるようになってきて、なおさらだるく感じる。それに由宇と拓也も動きを止め、襟元を引っ張って風を通した。
「あー、休憩休憩。暑くてやってらんねーよ。」
「そうだねー。休もう。」
ふたりもフェンスに向かい、背中を預けて汗を拭く。乱れた髪を結び直しながら、ヨルはとなりに来た由宇に声をかけた。
「ねえ、由宇。」
「ん?」
「無線機の解析進んだ?」
由宇はここ一週間、あの激励品の無線機の解析をしていた。たとえ激励品とはいえ、何か仕込まれていたらたまらない。
「あー、けっこう行き詰まってる。やっぱり最新機器だからね。だけど、あの人の話聞いたばっかだからさ、盗聴は避けたいんだ。」
「そうね………。」
あの人、とはあの情報屋のことだ。彼の言う通り自分たちが怪しいやつらの注目の的なのだとしたら、盗聴があっても不思議じゃない。あのあと情報屋が部屋にやってきて隠しカメラなどのチェックはしてくれたが、なんでもかんでも彼を信用するわけにはいかない。だからこそ、あの無線機は情報屋には任さず、由宇が任されているのだ。
「考えすぎってことはないのー?」
同じく隣に並んでフェンスにもたれに来た莉亜が笑う。莉亜はあの日以来、情報屋の世話をあれこれ手伝っているようだった。最近は名前を名乗らない情報屋のことを「じょー」とまで呼ぶようになっていて。頭に風をとおすようにふたつに結んだ髪をぱたぱたと揺らし、唇をとがらせた。
「だって所長からもらったやつなんだし、なんか仕組まれてても悪い人たちに聞かれてるわけじゃないんじゃない?よっぽど所長の悪口とか言うようになったら怒られるかもだけどー。気になるんなら「じょー」に見てもらったほうが手っ取り早いのに。」
それに桔平が莉亜の頭をはたく。
「いった!なにすんのー!」
「お前な、少しは人を疑うってことを知れよ。」
「知ってるよー。そのくらい知ってますー。」
「……………。」
「なっ!何だ!その顔!」
休憩していたはずなのにケンカという名の訓練をはじめるふたりを見送って、ヨルはため息をついた。
「まあ、考えすぎならいいんだけどね。あの人の話聞いてからやたら神経質になっちゃった。」
「しょうがないよ。こんな世の中だし、何が起きてもおかしくない。」
由宇は癖のついた赤髪をかきあげて汗を拭いた。
「もしも、さ。」
「うん。」
「もしも………」
由宇はそこで一度言葉を止め、口を閉ざした。
うるさく騒ぎながら向こうでは桔平と莉亜がケンカをしていて。ケンカとはいえ回りからしたらあまりにも高度な攻防が繰り広げられているそれを見ようと、訓練中の生徒たちが少しずつ集まり、妙な盛り上がりを見せている。
その光景は本当に平和で。
それを見つめたまま、由宇はまた口を開いた。
「もしもほんとに大戦争が起きたとしたら…………。」
「…………。」
「俺たちみんないっしょ、ってわけには、いかないよね。」
「…………………そうだね。」
空は青くて、日差しは暖かい。その空を見るだけで、この世界は本当に平和なんじゃないかと思ってしまう。だから、この演習場の、この養成所の、このNipponの平和はいつまでも続くんじゃないかと、戦争なんてありないと、脳がどうしてもそんななまけた気持ちしか発信してくれなくて。
「先のことなんてだれにもわかんないじゃん。」
突然、拓也がそう口を開いた。
拓也はフェンスにもたれたまましゃがみこみ、どんどんヒートアップしていく人だかりを見つめていた。
「拓也?」
ヨルが聞き返すと、拓也はまるで独り言のように、ゆっくりと言葉をつむぐ。
「今、こうして俺たちが平和にしてる間にも、どこかで戦争が続いてて馬鹿みたいに人が死んでる。良いことも悪いことも、いつ俺たちに降りかかるかわからない。平和な土地で暮らしてんのに、まだわからない先のことを考えて落ち込んだりしたら、今死んでくひとたちに失礼だろ。」
普段無口な拓也は、たまに重い話をする。そんなときは決まって真剣な顔をしていて、終わればすぐにいつもの眠そうな顔になってしまうけど。今も拓也はもうあくびをして目をしばたたかせていた。そんな顔を見て、ヨルは小さく笑った。
「拓也って、変な人。」
「んー、知ってる。」
あくびまじりの拓也の言葉に、ヨルも由宇も思わず笑った。
ケンカはまだ続いているようで、莉亜を呼ぶ男子たちの歓声と、桔平を呼ぶ女子の歓声とが混ざりあってすごい盛り上がりだった。もはや教官までもがおもしろそうにそれを見ていて。
「あ。」
拓也が小さく声をあげるのでヨルがそっちを見ると、まだケンカは続いているというのに、拓也が横から言う。
「あと5秒で終わりだよ。」
それにヨルはまた視線を戻す。
いち、に、さん、よん、ご。
するとそこで莉亜のカウンター蹴りが桔平の急所に入り、桔平が固まる。笑い声が上がる生徒たちの中で、莉亜は歓声に答え、桔平は地面を転がり周る。それにヨルも思わず笑い、横で小さく笑っている拓也を見た。
「拓也はどこまで先が見えてるの?」
それに拓也は青い瞳でヨルを見上げ、ゆっくり微笑んだ 。
「5秒先だよ。」
「じょー。もしもーし。」
「はいはい、ちょっと待ってください。」
古びたドアをノックすると、ドアの向こうから足音が聞こえてきて、鍵が開けられる。寝癖のついた頭をかきながら、へらへらと笑った情報屋が顔を出した。
「金森さん、今日は帰ってくるの早かったですね。」
「うん、みんなは今お買い物。あたしは先に急いで帰ってきちゃった。おじゃましまーす。」
「はいはい。」
この一週間で部屋はずいぶんときれいになっていた。ホコリまみれだった部屋は掃除され、ベッドやテーブル、ソファといった必要最低限の家具も運ばれている。一週間前に情報屋がこの下の階に住むようになってから、莉亜は毎日帰ってきてからここに顔を出すことにしていた。情報屋はいつも朝はこの部屋にいないから。
「きれいになったねー!ベッドも買ったの?」
「そうなんですよ。そしてついに!」
「ついに?」
「水道が通りましたー!わーい!」
「おおー!おめでとうございまーす!」
ぱちぱちと拍手をすると、情報屋はわざとらしく胸をはり、ドヤ顔になる。それにうれしくなって笑い、もう一度部屋を見回した。
「ね、前から思ってたんだけどさ。」
「なんでしょう。」
「この部屋テレビも本もなんにもないけどいっつも何してるの?」
それに情報屋は、ああ、という顔になり説明してくれる。
「夕方までは外に出てますし、家にいるときは仕入れた情報の整理ばっかりしてますよ。資料は大事な商品ですから、だれの目にもつかないところに隠してるんです。」
「へー!さがす!」
「や、やめてください〜。」
ひとしきり走り回ったあと、床に座り、テーブルをはさんで情報屋の持ってきてくれたグラス入りの冷たい麦茶をふたりで飲んだ。シンプルな紺色の絨毯はとても触り心地がいい。
「ね、じょーはさ。」
「はい。」
「ずっと家がなかったの?」
それに情報屋はグラスを置いてまたへらへらと笑った。
「はい。仕事柄いろんなところを飛び回ってましたし、そのほうが楽だったので。」
「そっかあ………。」
莉亜は眉をひそめ、グラスをテーブルに置いて姿勢を正す。その様子に情報屋が驚いた顔をするが、その瞳を莉亜はじっと見つめた。
「あのさ。」
「あ、はい。」
「正直言って、この部屋に住まわせちゃってさ、迷惑じゃない?」
「え?」
「なんかあたしが強引に引き止めちゃった感じになっちゃったしさ。迷惑だったかもーって……思って………。」
それに情報屋は笑って、立ち上がってキッチンのほうへ行った。
「そんなことありませんよ。」
「………ほんと?」
「ええ、本当に。」
キッチンの棚から何かを取り出すと、彼はまた戻ってきて、持ってきたらしい箱から莉亜に一枚のクッキーをくれた。
「確かに最初はためらいましたよ。わたしが怪しい人間だということは自覚してましたから、迷惑だろうと思いましたし、家を必要だと思ったことも、ありませんでしたからね。」
情報屋はまた向かい側に座り、自分もクッキーを取り出して頬張る。
「ですが、こうしてまともな家に住んでみると……。いいものですねぇ。みなさんが生活してる音がわずかに聞こえるんですよ。天井から。でもそれがまったく嫌じゃないんです。ホテルで聞く物音とはまったくちがう。暖かい生活があって、自分にも暖かい部屋があって。それを実感するんです。あのベッドがうちに届いて、さっきそこで昼寝をしましたが、なんだか妙に落ち着きましてね。まるで久しぶりに寝たっていうような感覚になったんですよ。家がないというのは無意識のうちに常に緊張している状態になるのかもしれません。家があるというのは素晴らしいことですね。」
言い切ってから照れたように笑う情報屋を見て、莉亜は安心して頬がほころんだ。けっこうずっと気にしていたから、本当に安心した。口につけたクッキーはチョコレート味で、甘くてとてもおいしかった。
「あのね。」
「はい。」
「あたしね。戦争孤児なの。」
そこで情報屋のほうを見るが、ほう、という顔をするだけで、あくまでも変わらない様子で話を聞いてくれている。じょーのこういうところ、だいすき。
「上にいる他の4人もみんなそうだけどね。みんなそれぞれ大変な目に合ってて、あたしは施設に入る前こういう帰るお家がなかったの。」
「7歳より前ってことですよね?」
「うん。小さかったしあんまり覚えてないんだけど、良いお父さんとお母さんではなかったと思う。」
莉亜は一瞬目を閉じて昔のことを思い出す。雨。雷。汚い部屋。拳をあげる女の人。お酒。
「……お父さんは兵隊になって、帰ってこなかった。お母さんは……たぶん娼婦だったな。家にはやたらたくさん子供がいて、だれひとりまともに面倒はみてもらえてなかった。殴られることなんかしょっちゅうで、歳が上のほうのお姉ちゃんやお兄ちゃんたちはお酒もタバコもして、いなくなったりおかしくなったり。あのころはわかってなかったけど、今になったら思い出したくもないようなことだってたくさんさせられたんだと思う。今はね、そういうことほとんど覚えてないの。人の脳って、嫌なことは記憶の奥にしまっちゃうんだって。でも本当に忘れてよかった。覚えてたらきっと…………ううん、なんでもない。」
情報屋はただただ静かに莉亜の話を聞いてくれていた。静かな部屋。遠くからは人混みのざわめきや、家の外を行き来する人々の小さい足音も聞こえてくる。でも莉亜の頭の中には、あの日のうるさい雨の音が響きわたっていた。
「……悪いことをしたり、ちょっとお母さんの言う事を聞かなかったりしたら、いつも外に放り出されるの。あんなに嫌な家だったのに、外でひとりぼっちになるのは心細くてしょうがなかった。でも、ある日ね。また嫌なことをさせられそうになって嫌で暴れたら、いつもみたいに外に出されたの。でも家に戻ったらまた同じことになる。どうしても戻りたくなかった。だから……そのまま逃げ出したの。雨の日だった。」
母親の顔ははっきり思い出せないのに、あの雨の日の雨の音や肌にぶつかる感覚、冷たさは鮮明に覚えていた。視界が真っ白になるくらい雨が激しく降っていて、冷たくて、うるさかった。
「小さいなりに、もうあの家には戻っちゃいけないんだってこととか、ひとりで生きていかなきゃ、とか、考えてたんだと思う。とりあえず橋の下で一晩寝て、次の日起きてからはとにかく家から離れたくて、ただただ反対方向にずっと歩いて行ったの。それで……どのくらい歩いたのかな。わかんないけど、とにかく歩き続けたあとにね、男の子に会ったの。すごくいじわるそうな子で、なんだかこわかった。」
意地悪そうな金色の目と、金髪。ほんとに、変わってないなー。ふふっと笑うと、情報屋も小さく微笑む。
「東くんですか?」
「うん。そう。きっぺはあたしを秘密基地に連れてってくれたの。きっぺはあたしよりもずっと先に孤児になってたみたいで、まわりの怖そうな孤児の子たちも、こわそうなホームレスのおじさんたちも、みんなきっぺのこと知ってた。きっぺの秘密基地は路地裏のぼろぼろの木の塀をくぐった先の空き地にあった。ぼろぼろの廃墟だったと思う。きっぺとあたしはペット用の小さいドアからそこに入れた。中には家具もそろってて、雨が降る外よりはずっとあったかかった。ごはんも分けてくれて、なんだかうれしくて、あたし泣いちゃったの。そしたらきっぺがね、あたしの頭をなでてくれて、俺は強いんだぞ!だから大丈夫だ!って………。わけわかんない。」
情報屋の部屋にある窓から、ビルの隙間からきらきらと輝く夕日が見えた。真っ赤な太陽は、あのとき見たものに似てる。
「次の日に起きたらさ、きっぺがいなくて。またひとりぼっちになったのかな、と思って、すっごく不安で。急いで外に出て、きっぺを探して走り回ったの。そしたらね、すぐ見つかった。近くに住んでたホームレスのおじさんのテントの前にいたの。おじさんに背中向けて体操座りしててさ、うつむいてぎゅってズボンの膝を握ってるのが見えたから、泣いてるのかなって思って、慌てて駆け寄ったらさ。ペンみたいなのを持ってきっぺの首を触ってたおじさんが、もういいぞーって。きっぺも、ありがとうって。わけわかんなくて立ってたら、きっぺが気づいて、なんだ、来たのかって。それでねきっぺが言ったの。俺は強いんだって言ったろ!これがその証拠だー!って。首の鮫の刺青を指さしてさ。目は涙でうるうる。きっとすっごく痛かったんだろうなー。」
莉亜はまた笑って、それと同時にひとつぶの涙がこぼれたのに気づき、目をかいた。
「その日の夕焼けはすごくきれいで、今でも覚えてる。あたしの手を握って連れて帰ってくれるきっぺが、すごくかっこよく見えたくらい。彫りたての刺青が痛そうに腫れ上がってるのを見て、あたし、そのとき決めたの。あたしもきっぺみたいになるって。お家がないひとにお家をあげて、あたしが守ってあげるんだって決めてたの。だから………。」
そこで部屋のドアがうるさく叩かれ、外から4人の声が聞こえてくる。
「おーい莉亜!メシ作るぞメシ!いるんだろー?」
「ちょっと、桔平、乱暴すぎ。やめてよね。」
「莉亜ー、そろそろ帰ろうよー。」
「今日は桔平の担当だから食いたくなかったら来なくてもいいよ。」
「あ?なんだと?拓也、もう一回言ってみろ。」
「今日は桔平の担当だから食いたくなかったら来なくてもいいよ。」
「馬鹿にしてんのかお前。」
「してないと思った?」
わーわーとうるさいドアの外に、莉亜はまた笑った。
「はいはい、金森さんもうすぐ行きますよー。ドアだけは壊さないでくださいねー。」
情報屋が声をあげてそう言うが、外が騒がしすぎて聞こえているのかどうかわからない。それに苦笑いをしているうちに、莉亜は立ち上がってカバンを持って玄関へ向かう。
「金森さん、大丈夫ですか?」
「うん!もう平気。なんか長話しちゃってごめんね。」
「いえいえ、わたしでよければまた聞かせてください。」
そこで莉亜は意地悪そうに笑って、情報屋のもとまで戻ってきて勢いよく抱きつく。さらには彼の頬に軽くキスまでして。
「うわ!な、ど、どうしたんですか?」
「ふふ、話聞いてくれたお礼。じゃね。」
とてとてと小走りで玄関に向かう莉亜を見送る。ドアの開く音。
「お前ほんとに俺の事見下しすぎ………って、やっと出てき………ん?お前なんか目ぇ赤くね?」
「えー?そんなことないよーん。」
「ん?あ、ほんとね。ちょっと赤い。」
「え?え?莉亜なんかあったの?」
「桔平が泣かしたんじゃないのー?」
「拓也は黙ってろ。お前まさかあの怪しい情報屋に……!」
「え、きっぺ、ちが………」
「こるぁっ!!!!情報屋出てこい!!」
「ちょ、桔平うるさい!やめなさい!」
「きっぺ!ほんとにちがうの!」
「うるせぇ莉亜はだまってろ!!こら!!出てこいよ!!」
「うわ、ガチ切れ………情報屋さーん!逃げたほうがいいですよー!」
「桔平!やめなさいって!」
「ほんっと筋肉バカは切れやすくて困るな。」
どかどかと掃除したばかりの家に土足で入ってくる音が聞こえる。
「あはは、困ったなー。さすがに土足はないでしょ。」
「うお!そこにいたか!!てめぇ莉亜に何しやがった!!答えろ!!」
「だ、だからわたしはお話をしてただけ…… 」
「うるせぇ!!」
「えー。」
胸ぐらをつかむ桔平の手をほどこうとしながら、彼の首元の刺青を見る。青い鮫が彼の首筋から頬にかけて泳いでいる姿は本当にかっこよくて。会ったばかりの女の子のために、痛いのにも耐えて、涙もこらえて刺青を彫ってもらっている彼の姿を想像したら、なんとも微笑ましかった。
「てめぇなににやにやにやにやしてんだよ。」
「あはは、生まれつきの顔で、すみません。」
「らちがあかねぇ。てめぇとりあえず上に来い。」
「え?ちょ、うわわわわ。」
「桔平!もう、いい加減にしなさい。」
「あーもう靴で人ん家あがるってどういうことだよ。うーわ、砂だらけ。」
「いいから由宇もどけ!こいつを拷問する。」
「はあ?!きっぺ!ほんとやめて!」
「莉亜もお前反省しろよ!だからなんでもかんでも信用すんなって言っただろうがよ!」
「今の現状でこの中で一番危険な人間は桔平だよ。」
「拓也てめ………」
「いい加減にしないと……………」
「う、うわ、ヨルがきれた!!拓也!桔平!よけ………」
『ぎゃあああああああ!!!!!!』
吹っ飛んでいくふたりをよそに、ヨルに首根っこをつかまれて助けられた情報屋。由宇は玄関の影からあきれたように見守っていて。
そんな光景を見て莉亜は心から笑った。あの母親そっくりの金髪と緑の目も、今はだいすきだった。だって金髪はきっぺとおそろいだから。みんなに「莉亜」って呼ばれる人間の証拠だから。
あたしが幸せでいられるのはこの空間だけ。みんながそろってるこの空間だけなの。「莉亜」として、幸せな人間「莉亜」がいて、「莉亜」を幸せにしてくれる人たちがいる。
「ヨルてめぇ!!!」
「情報屋さん。今日は上で夕ご飯ごいっしょしませんか?汚した部屋もあとで桔平にやらせますから。おわびです。」
「え?そんな、申し訳ないですねー。いいんですか?」
「どうせ今日も情報収集でうちに来るんでしょ?」
「まあ確かに。じゃあご馳走になろうかなー。ちなみに担当は……」
「桔平のメシはよしたほうがいい。」
「拓也!!うるせぇぞ!!」
「私が作ります。」
「腹減った!」
「拓也!!!!!」
ただただ莉亜は笑った。幸せだった。
あたしはこの空間を、絶対に守らなきゃいけないんだ。