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激動
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乱花







高層ビルに、ひしめき合う群衆。


先を急ぐサラリーマンや、携帯タブレットを片手にふらふらと歩く学生たち。同じことを繰り返す毎日の中で、平穏な時間だけが確かに過ぎていくばかりだった。


ただ、今年はいつもより、街はそわそわと色めき立っていた。街を彩るカラフルな装飾は、どれも「100」という数字を縁取っている。そう、今年は特別な年だった。


第四次世界大戦が終戦を迎えてはや100年。この記念すべき年を祝っているのである。


しかし、第四次世界大戦の終了は戦争の終わりを意味したものではなかった。あくまでも政治的に取り決められたものであり、主要国の多くは国民に危害を加えないことを条件とした。その後も軍と軍の争いは続いた。国民には危害を加えないという条約のもとで。これにより国民は安全な生活を保障され、こうして人々は平穏な毎日を送っているのである。いまこの瞬間も、数多くの人間が銃弾をその身に浴びている中で。


もはや国というものはただのコミュニティに過ぎず、政府は消え、国を統治するのはそれぞれの軍だった。


この戦乱の世で、最も大きな力を持つ軍のひとつが所属しているのが、ここNippon(日本)だった。


すでに多くの国を制圧したNipponだが、制圧した国々に監視システムを張り巡らせる以上、言語の統制や武力行使などをすることもなく、それらの国民たちに比較的寛容な対応をすることで知られていた。


そんなNipponにおいて、最も豊かで繁栄しているのが、首都Tokyoだった。高層ビルが立ち並ぶTokyoには最新テクノロジーが集まり、巨大透明スクリーンが街のいたるところで製品の広告やニュースを流し、電力で走る型落ちの車も走る中で、水素や太陽光で走り、無人ドライブも可能となった車たちが行き交う。そうした豊かな生活をするために、ここ数百年制圧されたたくさんの国々からの移民が続出した。もはやNippon国民には他国の血が混ざっていて当たり前。かつてのアイデンティティー黒髪黒目、黄色の肌にアジア顔などという国民はほぼいなくなっていた。


多種多様な民族が行き交う街中で、目立つのは軍人と、そして軍人によく似た制服に身を包む若者たちだった。この世の中、学問を学ぶための学校に通う生徒はそう多くはない。ほとんどが「養成所」と呼ばれる軍事学校に通い、武芸を学んでいるのである。国民の10代の若者たちのうち、約半数はこうした養成所に通っていた。そこでは戦術や戦闘法、武器の生産から解体まで手広く軍事関係の知識を身に付け、卒業後に軍に所属できるような人材を育て上げられてきた。


近代化が進み、戦いの中心はテクノロジーを駆使した武器を使う人間たちと、AC(automatic creature) と呼ばれる自立型ロボットたちだった。各国はその開発に専念し、より高度なACを創り出した国が勝利を収めるようになった。しかし、テクノロジーが発達すればするほど、世界は人間の能力へと回帰していった。意思疎通のできないロボットに比べ、優秀な戦闘員は扱いやすく、可能性があることに気づいたのである。そうして主要国は新しい戦闘員の訓練にも力を注いだ。その結果、こうしてここNipponにも数多くの養成所が誕生したのだ。


卒業年数の存在しないこの養成所では、より優秀に、すべてのカリキュラムをこなしたものから卒業し、軍に入隊していくシステムになっている。全国に建てられた養成所の中でも、軍の本部も置かれている首都Tokyoにある養成所は軍直営のものも多く、レベルが高いことでも知られていた。


ここ、105軍営養成所もまた、そのうちのひとつだった。約1000人もの若者たちがここへ通い、力を蓄えている。彼らはAからFまでのクラスにランク分けされ、定期的に行われる試験によってそれぞれに振り分けられる。さらにカリキュラムの過程で実施されるいくつかの検定にパスをし、すべての検定に合格したものが卒業し、軍に配属される仕組みになっていた。


春先の新学期、この日に前年度の試験の結果が出ることになっていた。


「おはよー。」

「おはよ。」

「この前の実技試験どうだった?」

「やべーよ。絶対ランク落ち。」

「Fだったらどうしようー。」

「お前戦術理論は得意じゃん。」


長期休暇を経て養成所に来る生徒たちはみな校舎前に発表されるランク分けに緊張している様子だった。


1000の生徒たちがひしめき合う校舎前には、巨大スクリーンが映し出され、だれもがそこに並ぶ自分の名前を探すことに集中している。


「やったー!Bになってる!」

「おいうそだろ……。2ランク落ちてるよ。」

「お前F?まじか。」

「相変わらずCじゃーん。がんばったのになー。」


それぞれが一喜一憂する中で、養成所の精鋭たちわずか20名のみが入ることの許されるAランクもまた、注目の的だった。そこにはこの養成所の人間だれもが知る英雄たちの名前が並んでいたからだ。


そこで群衆がざわつき、それぞれが道を作るように動いていく。だれもが視線を向け、女子生徒たちが歓声を上げる中、そこを他の生徒たちとは少しちがう制服を着た5人の生徒が歩いてきた。


「うわー、またヨルがトップかー。勝てない。ってか拓也にも抜かされちゃった。」

「きっぺ!きっぺにあたし勝ったよ!」

「うるせーよ!お前が実技のときに卑怯な手使うからだろ!」

「うるさいふたりとも。拓也、2番おめでと。」

「どうも。」


赤髪でたれ目の青年と、今では珍しい長い黒髪と黒目の大人びた少女。首に鮫の刺青を入れた金髪の青年と背の低い茶色がかった金髪の少女がケンカをしていて、そのうしろをあくびをしながら碧眼の青年が着いてきていた。


5人には他のだれにもない風格が備わり、だれもが羨望の眼差しを向けている。


騒ぐ5人にたくさんの生徒が一気に押し寄せて行った。


「東先輩!さすがです!」

「ヨルさん3年連続トップっすね!」

「莉亜ちゃん!やったねー!」

「俺あのひとたちと同じランクとか無理……ついてけねー!」

「高橋先輩かっこいい!」

「2番椎名先輩だってさ。安定だな。」


彼ら5人はこの養成所一の有名人だった。入所早々ランクAに入り、それから3年毎年Aを維持。その優秀さと整った容姿で養成所のアイドルのような存在だった。彼らは特別だった。


そこに校内放送のアナウンスが流れる。


『生徒は振り分けられたランクの教室に移動するように。また、東桔平、金森莉亜、椎名拓也、高橋由宇、水樹ヨルのトップ5名は所長から激励の品が贈られます。所長室へ来なさい。』


それに生徒たちからの歓声がさらに大きくなる。それに答えるようにしながら、彼らは校舎へと入って行った。









「いやあ、毎年君たちなものだから私もプレゼントに悩むよ。そろそろネタがなくてね。」


かつて軍の司令官をしていた飯田所長が深いシワをさらに深めて笑った。所長室のデスクの前に並ぶ5人も、所長補佐の田中指導員も、だれもがこの光景にはもう慣れていて、儀式的な緊張はもはやそこにはなかった。


田中も笑い、5人に包装された品をわたし、敬礼する。


「お前たちはうちの誇りだ。施設児としてもダントツの才能を見せてくれている。これからも励んでくれ。」


それに5人も敬礼をして返す。


施設児。


長きにわたる戦争で、Nipponには戦争孤児が増えていた。親を戦争で亡くしたり、他国から移住してきた際にはぐれたり、捨てられた子供もたくさんいた。そんな子供たちのために軍が行った対策が、「施設支援」だった。全国にたくさんの戦争孤児用の施設が作られ、入居は無料。そこでは基本教育が施されていた。しかし、全国の施設児から徐々に軍人の教育を受けたいという声が広まった。もともと孤児に軍事訓練を施す施設があったこともあり、彼らもそこに憧れるようになったのである。軍営の施設だったこともあり、軍もそれに快く答えた。そのうちに施設はただの施設ではなくなり、孤児たちに特殊な軍事訓練を施す「施設」となっていったのだ。


そうした「施設」出身の生徒は、全国の養成所の中でも好成績を残すことで知られ、養成所の生徒たちの憧れになった。この5人もまた、施設出身だったのである。


制服には施設児をしめす装飾と紋章がつけられ、さらにAランク用の腕章もつけた彼らが養成所のアイドルとなるのは必然だった。


「君たちは本部のほうでも評判でね。うちも君たちのおかげでかなり助けられてるんだ。ありがとう。さ、教室に戻りなさい。」

『はい。』


5人は一度礼をして、所長室を出た。


「ね、これ中身なにかなー。」


莉亜は短く切りそろえた前髪の下の眉を上げ、大きな緑色の目で激励品を見つめる。そしてふたつにしばった長い髪を背中にはらい、手のひらに乗る程度の激励品を振ってみた。少し重めで、中身ががさがさと揺れている音が聞こえる。


「去年は赤外線認識の眼鏡だったよな。」

「うん。」


金髪をがしがしとかきながらそう言う桔平に莉亜はうなずく。桔平も同じように箱を振ってみると、教室に向かいながら包装をやぶく。


「せめて教室で開けなよ。」

「せっかちね。」


あきれたように笑う由宇とヨルをよそに、がさがさと包装紙をはがして、桔平は箱を開けた。全員で中身をのぞきこむ。


「なにこれ。」


莉亜が取り出したそれは小さなカフスボタンのようなものと、黒のシンプルなブレスレットだった。革製のように見えるブレスレットだが、やはり少し重い。ヨルは黒髪を揺らしてそれをのぞきこむとふむとうなずいた。


「無線機よ。」

「無線機?」


聞き返す桔平に、次は由宇が答えた。


「カフスボタンのほうがマイクで、ブレスレットが受信機。相手の声がブレスレットに伝わって、その情報が手首の神経に刺激を送って、脳に直接伝わるようになってるんだよ。」


由宇は戦術理論と武器の生産についての科目が特に成績がいい。そんな由宇の説明に桔平と莉亜はふーんとうなずき、ブレスレットを莉亜から取り返すと桔平はさっそく手首に通した。


「へー、かっこいいじゃん。」

「いいねー!あたしもつける!」


桔平はぷらぷらと手首を振って感触を確かめた。付け心地は悪くない。莉亜もがさがさとブレスレットを取り出し、手首にはめる。


「うー、ちょっと大きいー。」

「莉亜、貸して。ここのボタンで伸縮するの。」

「おお!ほんとだー!ヨルさすが〜。」


うれしそうに歩いていく桔平と莉亜を見送りヨルがため息をつくと、いつの間にか横で由宇がブレスレットを取り付けている。きらきらとした瞳でブレスレットを見つめていた由宇だが、あきれたようなヨルの顔に気づく。


「あ…………。」

「………。」

「いや、だってさ、こんな最新機器もらえるなんてうれしくない?俺は相当うれしいんだけど。」

「はあ……はいはい。みんな子供なんだから。」


ヨルが髪をかき上げたところで、後ろから拓也がつぶやく。


「………これ、信用していいもんかな。」


ふたりが振り向くと、同じくブレスレットを出していた拓也がそれをつけることなくしげしげと見つめていて。


「どういうこと?」


それに拓也は深い青色の瞳で一度空を見上げ、ブレスレットを箱にしまって歩き出してしまう。


「なんでもない。とにかく俺はこんなだれが聞いてるかわかんないものつけたくはないんだよ。」


拓也の背中を見送って、由宇は考え込むようにうめいた。


「んー、まあ、拓也の言うことも一理あるよね。」

「そうね、うちに帰ったら解体してもらっていい?」

「まかせて。」

「ありがと。」


遠くで無線機を試してはしゃぐ3人を見てヨルは小さく笑い、廊下を進んだ。











「ただーいまー!!」


いつものように莉亜が一番に部屋に入る。


Tokyoの下町、古い民家やさびれたビル郡が立ち並ぶ地区に埋もれるように建っている小さなビルに5人は住んでいた。もはや廃墟になっていた格安のその物件を養成所からの奨学金で買い、中はリフォームしたのである。といっても全てをリフォームするほどの経済的余裕はもちろんなく、5階建てのうちの上3階ぶんだけをリフォームし、下2階分はまだ閑散としたままだ。そのために、玄関は外の緊急避難階段を登った3階部分にあり、いつもみんなで階段を登って帰っていた。


玄関を入って少し廊下が続き、その先に左側にカウンター式のキッチンのあるリビングダイニング。右側には階段があり、それぞれの寝室のある4階、勉強部屋兼トレーニングルームをかねた5階へ続いている。階段の脇にはトイレ、そしてシャワールームとバスルームへ続くドアがひとつずつ並んでいる。


ここに5人は、養成所に入った三年前から住んでいた。


「ヨル!今日はヨルがごはん担当だよ!あたし手伝うねー!」

「ありがと。今日は新学期のお祝いだから豪華にする。」

「おーまじか!ヨルの作るメシはうまいからなー。」

「桔平、お前も手伝ったら?その破壊的な料理の腕が少しはまともになるかもよ〜。」

「あ?拓也ケンカ売ってんのか?お前のメシだってそんな……」

「はいはいふたりとも落ち着いてー。」


ケンカを始めそうになる拓也と桔平、ケンカに巻き込まれる由宇、いそいそとエプロンをつける莉亜。


「莉亜、制服汚れるから先に着替えてきて。」

「はーい。」


小走りで階段を登っていく莉亜。ほかの3人はさっそくソファーに座り、ゲームの準備をし始めている。そんなリビングを見てヨルは小さく微笑んだ。


5人は昔からずっといっしょだった。


かつて5人が育った733軍事施設。そこでみんな出会った。


それぞれがそれぞれの事情で戦争孤児になって、絶望と孤独の中で出会い、お互い身を寄せ合いながら生き延びて、戦って、強くなった。今年のこの春で、5人が出会って10年になる。6歳で出会い、7年施設で学び、養成所で3年。みんな今年で16歳。


もうそんなになるのね。


自分の部屋で部屋着に着替えて、下に降りてエプロンをつけ手を洗う。この家を買ったお金は、Aランクの人間だけが特別にもらえる奨学金もそうだが、施設にいたときからみんなでコツコツ貯めたお金で買った。お小遣いを貯めて、内職をして、少しずつ稼いだお金でここまできれいですてきな家を買うことができた。全部、いつまでもみんなでいるためだった。


だからヨルにとって、みんなにとって、今のこの現状は夢を見ているみたいに理想的で、幸せなことなのだ。


「莉亜、切るのうまくなったじゃない。」

「ほんと?やったー!」

「あ、あ。危ないから落ち着いて。」

「あー……あははは。」


「おい、由宇、てめ、ひきょ………!」

「ふふーん。戦いに卑怯も何もないでしょ……って拓也!やめろって!」

「あー?卑怯もなにもないんだろぉ?ゲームひとつでそんなムキになんなってー。」


ポスター型の軟体薄型テレビの映像と3人の様子を見る限り、ゲームは拓也の圧勝のようだった。コントローラーを持ったまま床に仰向けで倒れている桔平と、頭を抱え込む由宇。余裕の表情で課題の戦術理論の本を取り出そうとする拓也。ヨルはできた料理の皿を持ち3人に声をかけようとするが、それよりも先に莉亜が倒れる桔平のもとに駆け寄り、勢いよくダイブした。


「ぐぉあ!!」

「なーに負けてんのー!ていうかきっぺがバトルゲームで拓也に買ったとこなんて見たことないけど。そもそも。」

「んあ?!なんだと!!俺だって勝つっつーの!」

「由宇!あとであたしともやろー。」

「いいけど……莉亜には余裕で勝てるよ。俺。」

「えー、わかんないじゃん。拓也もやろ!ただしハンデありで!」

「俺に?」

「あたしに!!」

「おい聞けよ!!!!つかどけよ!!!」

「うるさーい!はいはい、ごはんだよー。3人ともそろそろ着替えて。」


ヨルはテレビの前のテーブルに料理を並べていった。チキンソテーにスープ、サラダ、ペンネ。成長期の男子が3人もいる5人分の料理が並ぶ食卓は、毎日ものすごい量になる。とくにみんな養成所で馬鹿みたいに身体を動かすものだから、とにかく食べるのだ。今日もおかわりを何回分も用意していたけど、30分もしないうちに全部きれいになくなった。


ヨルが黙々と洗い物をしている中で、四人はゲームを再開していた。


「おら!おら!莉亜だけには負けねえ!」

「うぉわ!とりゃ!やめてよー!由宇!由宇たすけて!」

「まかせて〜。」

「お、おい由宇!裏切っ……!」

「俺もー。」

「は?!拓也は来んな!拓也だけは来んな!や、やめ……うわ!捕まれ…っ!は、はなせ!拓也たのむからはな…!おわあああああああああああ!!おれぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

「やったあっ!桔平には勝っ………え、なんかあたしだれかにつかまれ……た、拓也!はなして!いやー!はなし………ああっ!!!あたしー!!!!!!」

「はっはー!その隙に俺が……うお、かわされた!ま、負けるか!この!この!うお!やばい!!掴まれた!!くっ!やめ!ああああああああ!!うそー!!!!」

『Winner TAKUYA!』

「はっ。楽勝。」


また倒れ込む桔平。今度は由宇もうしろのソファーにぐったりと身体をあずける。莉亜はうつぶせで倒れたまま洗い物が終わって手を拭いているヨルに向かって手を伸ばした。


「よ、ヨル………敵を………敵をうってください………。」

「莉亜!莉亜眠っちゃダメだ!眠ったら死ぬぞ!」

「ごめん………ごめんねきっぺ…せめて……最後に……プリンが食べたかっ…………がくっ。」

「莉亜ああああああああああああああああ!」


何かのドラマが展開されているリビングを見て、髪をかきあげる。


「拓也。3人の敵よ。一対一で勝負しましょ。」


それに拓也はヨルを見上げて笑った。


「ふふん。百人斬りの俺に勝てるかな。」










『Winner YORU!』

『すげええええええええええええ!!!!』

3人が歓声を上げる中、拓也だけは床に突っ伏していた。ヨルは付けっぱなしだったエプロンを外しながら立ち上がる。


「よし、敵打ちも終わったことだし。みんな早くお風呂入ってよね。」


そのヨルをよそに、桔平と莉亜と由宇は肩を寄せ合いこそこそと話し合う。


「どうやったらあんな大技連発できんだよ…………。」

「みた?ヨルの指の動き。もはや見えない。残像。」

「俺もうこわくて一生挑めないよ。ヨル先輩さすがっす。人類最強っす。」


それに振り返ってヨルがガンを飛ばすと、3人は一様に黙り込む。


「いいからお風呂入りなさい。」

『はい。』


それに全員部屋に行って着替えを取りに行こうとしたところで、リビングにインターホンの音が鳴り響いた。それにぐったりと倒れていた拓也が顔を上げる。


「だれ?今ごろ。」


ヨルがそうため息をついて壁に植え込まれたパネルを操作する。するとそこには玄関の外に立っているひとりの男が映っていた。少し汚れた白のワイシャツに、ジーンズ。大きなリュックをしょった姿は放浪者のようで、ニット帽からこぼれる茶髪の隙間からのぞく糸のようににこにこと細められた目がカメラを見つめていた。


『もしもーし。』


軽い口調でそう声をかけてくるが、だれもがその姿に顔をしかめた。


「だれだこいつ。物乞いじゃねーだろうな。」


桔平が顔をしかめ、腕組みをする。


戦後の経済発展で国の情勢はかなりよくなったが、海外からの移民が増えたせいで怪しい人間が増加したのも事実だった。軍の規制と厳しい処罰で多少減ってはいるものの、妙な輩も珍しくない。


返事のないインターホンに、男は慌てたようにひらひらと両手を振った。


『あ、怪しいものじゃないですよー。ただの情報屋ですー。』

「じょーほーや?」


莉亜が桔平を見上げる。桔平はわしわしと頭をかいて答えた。


「今の世界情勢のせいで、世界の情報を集めてはそれをメディアとかに売ったりするやつらがいるんだよ。軍からのニュースじゃあ軍の検閲が通ってるせいでそれが正しい情報かどうかわんねえからな。」


それに由宇が首を傾げた。


「もしこの人が本当に情報屋だとして、なんでここにいるわけ?」


するとまるで聞こえていたかのようなタイミングで男が答える。


『あのー、君たちがかなり優秀な生徒だって評判なんで、どんな子たちなのか知りたいなーなんて思ったんですけど。インターホン越しでもいいから話聞かせてもらえませんかー?』


それに4人は思わず顔を見合わせる。


「え、じゃあもうあたしたちがだれか知ってるんじゃん。」

「そうみたいね。バレてる以上、断っても付回されるだけかもよ。」

「めんどくせーなー。それなら今話したほうがよくねえか?」

「んー、でもそもそもこの人信用できるかどうかっていったら微妙じゃん。」


そんな会話にそれまで人ごとのように寝転がったままだった拓也のほうをヨルが見る。


「で、どう思う?」


拓也は5人の中でも特に戦術理論の科目の成績が良かった。もともと物を考えたり、いろんな可能性について予測することが好きなんだ、とヨルは思っていた。いつもぼんやりとしているように見えて、拓也はいつの間にか常に一番楽なポジションにいる。わからない人には、ただなまけているように見えるのかもしれない。しかし、こうして戦闘について学ぶ者にとっては、それはひどく難しいことなのだ。卓越した情報分析能力と、素早い思考、そして決断力と運が伴わなければそれは不可能なのだから。


拓也はうつぶせにしていた身体を反転させ天井を見上げ、しばらく考え込む。


「………ま、いいんじゃない?あいつが本当はやばいやつだったとしたら、今断ったらもっと厄介だろ?入れちゃえ入れちゃえ。」

「入れるの?うちに?」


あからさまに嫌そうな顔をする莉亜を見上げ、拓也は笑った。


「妙なことしてもうちん中なら逃げ場ないだろ。捕まえて飯田さんに電話すりゃあそこまでってね。」


それに桔平は悪そうな笑みを浮かべ、ヨルも微笑む。


「たしかに。じゃ………」


ヨルは玄関のほうへ歩いて行き、ドアのカギを空ける。


「もしもーし、僕このままじゃ独り言言いまくってるだけのただの変なやつに……あれ?」


開いたドアの隙間から見た男は予想以上に温和な雰囲気で、シャツに浮き上がる体格は細く、身長は高かった。明らかにひ弱そうなその見た目にヨルは少し顔をしかめる。


こんなのが、本当に危険に身を置く情報屋なのだろうか。


顔をのぞかせたヨルの顔を見つめ、男は糸目を少し見開いてあからさまに喜んだ。


「おお!よかったー!このまま朝までねばることになるかと思いましたよ!それにしても噂通りずいぶんきれいな顔を……」

「いいから入って。 」

「わあー、ありがとうございます。いえ、すぐに帰りますから、はい。いやーうれしいなーほんとに。」


男は靴を脱ぐときょろきょろと珍しそうに中を見回しながらリビングまでやって来る。4人はいつもの位置に座ってそれを待っていた。桔平と由宇はテレビに向かい合うソファーに。拓也は窓際に座り、テーブルと挟むようにお気に入りの巨大クッションを抱いて気だるそうに顎を乗せていた。莉亜は拓也に向かい合う位置で床に体操座りをしていた。


「ずいぶんときれいなお家に住んでるんですねー。本当に学生ですか?この建物って外見はかなりさびれてますし、あ、悪く言うつもりはないんですよ?ただ、中も廃墟みたいなのかと思ってましてね、もしもすごい荒れた怖い青年たちばっかり出てきたらどうしようーなんて不安だったんですよ、これでも。そしたら美少女が招き入れてくれるものですから舞い上がっちゃって。ああ!君たちですね!」


大きなリュックを床に置いて情報屋は顔を輝かせた。


「ずいぶんとよく喋る情報屋だな……」


桔平の小さなつぶやきに、莉亜の後ろ姿の肩がぷるぷると震える。


「いち、にー、さん、しー、ご。5人。やはりそうですね。」


うれしそうにする情報屋に、後ろから着いてきていたヨルがテレビの前、桔平と由宇に向かい合う位置に座るようにうながし、キッチンでコーヒーを淹れ始めた。情報屋はよいしょ、と声を出して座り、またぺらぺらと話し始める。


「いやー、緊張するなー。あ、おかまいなく。悪いなあ、押しかけてきたのにコーヒーまで。いやいやすみません。」


紺のニット帽を脱ぎ前髪をかきあげると、情報屋は意外と顔の整った、若い男だとわかった。茶髪に茶色の瞳で人種的ルーツはわからないが、日本語に違和感はないことから、移民ではない。ひとつ、疑いが晴れる。違法滞在中の移民ではない。


ヨルが運んできたコーヒーを微笑んで受け取り、一口飲む。ヨルは全員分配り終えると、いつものカウンターの高椅子に座って同じくコーヒーを飲んだ。


「んー!このコーヒーおいしいですねー!水樹さんは料理の成績も優秀なんですね。」

「ん!げほ!名前知ってんの?」


あわててコーヒーをテーブルに置く莉亜に情報屋はにこにことうなずいた。


「もちろんですよー。」


すると情報屋は手で順にひとりひとり指していく。


「成績トップ、容姿端麗の水樹ヨルさん。」

「体術が得意で、語学の成績も常に上位の金森莉亜さん。」

「体術はもちろんのこと、そのカリスマ性でグループ研修での統率能力はだれよりも高い。女子生徒からはダントツの人気、東桔平くん。」

「武器生産に長け、独自のシステムも開発してしまうブレイン、高橋由宇くん。」

「戦術理論は常に満点。地理も得意で気象予報もできる。椎名拓也くん。」


言い終えたところでもう一回コーヒーに口をつける情報屋に、桔平は顔をしかめた。


「あんた、どこまで知ってんの?」


それに情報屋は一息ついてから、後ろに手をついてくつろいだような姿勢をとった。


「どこまでって、ここまでですよ。ちなみにあなた方に何をしようってわけでもないんです。ただ純粋な興味としてあなた方のことが知りたいだけなんですよ。施設出身とはいえ、異常な強さ。5人の絆。沸き上がる養成所。おもしろいですねー。実に興味深い。これから起きる大戦争の戦況を変えるコマとなり得るのかもしれない人材。そこでわたしは独占欲が出ました。あなた方のことをだれよりも知りたい。だれにもこの情報はわたしたくない。だからここに来ました。もちろんあなた方のことを教えていただければ報酬はお渡ししますよ。これでもわたしはやり手でしてね。ここらの同業者の中では一番稼いでるといってもいい。」


情報屋は一度立ち上がって大きなリュックを取りに行くと、そのファスナーを開けて、中身を取り出す。


するとそれは恐ろしい数の札束だった。出しても出しても尽きることのない札束。おそらくぱんぱんな大きなリュックの中身すべてが札束なのだろう。しかしそれには5人のうちだれも反応しなかった。金など興味はない。自分たちで幼い頃から稼いできたからこそ、金欠に恐怖はないのだ。5人でがんばればなんだって可能なのだから。


その顔を見て情報屋は笑った。


「ま、あなた方がこんなものに興味がないのもわかっていますよ。」


そう言って札束をまた雑にリュックにしまっていく情報屋を見て、ヨルがすぐさま口を開いた。


「ねえ、それはしまってもらってかまわないんだけど、あなたさっき『これから起きる大戦争』って言ったでしょ。それって、なに?」


それに情報屋は口を開こうとして、何か思いついたように一度口を閉じる。


「ああ、じゃあこうしませんか?わたしがあなた方の情報を独占する代わりに、わたしは報酬としてわたしの持つ情報を提供する。契約ですよ。どうでしょう?」


それに顔をしかめるヨルの代わりに、桔平が苛立つように頭をかいて言った。


「は?ちょっとよくわかんねえんだけど。俺たちがあんたと契約することに必要を感じねえんだよね。大戦争?そんなもん今に始まった話じゃねーし。だいたいあんたがたかが俺たちの情報のためだけにそんな必死になってんのもわけわかんねーわ。」


それに由宇もうなずく。


「ほんとそうだよ。別にここにいる5人の話に秘密なんかないし、話そうと思えばだれにでも話すよ。でもあなたはわざわざ報酬まで用意してる。おかげで逆に警戒しちゃうんだよね。」


情報屋は困ったように笑い、ぽりぽりと頭をかいた。


「あはは、賢い人を相手にするのはなかなかうまくいきませんねー。まああなた方の疑問はひとつの答えで解決すると思いますよ。それは私が情報屋だから、とでも言っておきましょう。」


そこで情報屋はきょろきょろと見回し、混乱した顔でコーヒーを飲んでいた莉亜を手で指す。


「金森さん。」

「は、ふぁい!」

「あはは、そんなに緊張しないでください。金森さんは戦争をするにあたって最も重要なのはなんだと思いますか?」

「え、えっと………な、なんだろ……」


「情報よ。」


ヨルが遮って答えると、情報屋はうんうんと何度もうなずく。


「そう、すべては情報です。武力でも、戦術でもない。だれよりも情報を持っている人間が最後には生き残る。わたしはこの物騒な世の中で、そうした最強の武器を携えて生きているんです。そして、あなた方5人の情報を今から独占しておく、というのは今後の世の中を生きていくうえでとても強い武器になる。だからわたしはこうして必死であなた方を取り込もうとしているんですよ。もちろんその情報を売りさばこうだなんて考えてはいません。ただ、あなた方をどのタイミングで世間に知らしめてやろうかということには非常に興味がありますが、ね。」


ふふ、と最後に笑い、情報屋はまたコーヒーに口をつける。その様子を見て桔平は呆れたようにため息をついた。


俺は難しいことを考えるのは嫌いだし、こういう大切な決断は由宇やヨルのほうが正しい決断が下せる。だけど、こういうときはいつも俺が決めることになっていた。小さいころから、みんなで暮らそう、とか、みんなでお金を貯めよう、とか。いつも俺が決めてきた。ほぼ直感だったけど、それが間違ったことはなかったし、もしかしたらみんながうまくやってくれたおかげで失敗しなかったのかもしれない。


とにかく、今の俺の直感は、こいつは嘘をついてない、と言っていた。ならばこいつの言う事を信じてみてもいいかもしれないし、さっきはああ言ったが、大戦争、という言葉はやたら引っかかる。この戦乱の世で、あのかつての世界大戦のようなことが起こるとでもいうのだろうか。それは、俺たち5人にとってとても重要な話だ。


もちろんデマの可能性もある。だが、少なくとも軍の発表しているニュースよりはずっと聞く価値がありそうだった。そして情報屋という職業は、信頼が命だ。いつだれに命を狙われるかわからないほどの危険な情報を持ち、そしてそれを売買して生活しなければならない。情報屋の評判はその情報と供に恐ろしいスピードで広まる。だからこそプロの情報屋ほど信頼できるものはいない。さっきから情報屋の動きを隅から隅まで監視してみてわかったことだが、こいつの身のこなしは完璧だ。絶妙に隙があり、それでいて攻撃できそうな隙はまったくない。会話能力にも長けているし、ここらで一番、というのもきっと本当なのだろう。ならば、信頼しても良いのではないだろうか。


ヨルを見ると、もうあいつは結論が出たかのようにのんびりとカウンターでコーヒーを飲んでいて。莉亜はわけがわからないという顔をしている。いつものことだ。由宇は何か考え事をしている顔だが、もう情報屋に対して敵意や緊張は見せていない。拓也にいたってはいつからそうなのか腹に抱いた馬鹿でかいクッションにあごをうずめてうとうととしていて。


これは、決まりだな。


「ま、あんたのことを信用する気にはならないけど、いいよ。」


桔平の言葉に情報屋が顔を輝かせる。しかし言葉を発させる前に桔平は由宇に視線を送る。それに反応するように由宇はすぐさま口を開いた。


「ただし、先にいくつか質問に答えてもらっていいかな。」

「えー。普通なら別料金なんですけど、ま、いいですよ。」

「あなたの同業者のひとたちも俺たちのことは知ってるのかな。」

「もちろん。ここらで知らない人はいませんよ。」

「じゃああなたよりも先に他のひとたちが俺たちに接触してきてもおかしくなかったわけだ。」

「あー、あはは、それはわたしが手を回して手を出さないようにさせてました。」

「なるほどねー。納得。俺たちのことを狙ってた人たちの中にはもちろんやばそうな人たちもいたわけでしょ。」

「正直言って、いましたよ。他国からの手のものもいましたね。」

「じゃあ、もしいま俺たちがあなたと契約したら、これからもそういう人たちを遠ざけてくれたり……」

「もちろんですよ。それが独占権というものです。」

「ふーん。じゃ、あなたは何から知りたい?」


それに情報屋はまたわかりやすいくらい顔を輝かせて喜んだ。


「これで契約成立ですね!!わー!うれしいなー!いやあ、知りたいことは山ほどあるんですけどね!今日は夜も遅いですし契約を取り付けただけでもよかったとして帰りますよ。今日は良い夢が見れそうだなー!ふふ。定期的に夜こちらにお邪魔させていただきますから、お話聞かせてください。」


そう言うやいなやニット帽をかぶり、いそいそとリュックを背負って帰る準備をしはじめる。


「住むとこあるの?」


おもむろな莉亜の質問に、情報屋は困ったように帽子越しに頭をかく。


「え?あー、まあ定まった家はありませんねー。仕事柄、いろんなところに行きますから、見つけるタイミングを失ってしまって……。まあしばらくはこちらが商売相手になるわけですから、適当に近くのホテルに泊まりますよ。」

「そうなんだー……。」


それになぜか莉亜が、落ち込んだように視線を落とすので、情報屋はあわてて両手をぶんぶんと振った。


「あ、いえ、けっこうホテル暮らしも悪くないんですよ!住む場所が定まってないと気持ちも楽ですから、なんというか、自由で!あはは。じゃ、そろそろおいとましますか。どうもすみませんね、夜分遅く。失礼しました。あ、水樹さん、本当にコーヒーおいしかったです。」

「それはどうも。」


玄関へ向かう情報屋のあとに着いてヨルが見送りに行こうと立ち上がると、それよりも先に莉亜が小走りで情報屋を追いかけた。


「ね!うちの下に住めばいいんじゃない?」

『はあっ?!』


それに拓也以外の3人がそろって声をあげる。


「え?なに?」


目が覚めたのかそう言う拓也の寝ぼけた言葉に耳を貸すひとなどだれもいなかった。


「ちょ、莉亜なに言ってんだてめぇ!」

「莉亜、何考えてるかわかんないけど、わたしは絶対反対だからね。」

「俺も悪いけど反対だよ。さっき知り合ったばっかりの人間なんだよ?ちょっと無防備すぎる。」


全員に責め立てられるが、莉亜は逆に何言ってんの?とでも言わんばかりに顔をしかめる。


「だって家がないんだよ?かわいそうじゃん。」

「かわいそうとかお前……そういう話しじゃ……」

「下と上では鍵だってちがうんだし、下は空き部屋なんだからなんも困らないじゃん!」

「お前な!!」

「うるさいうるさーい!!とにかくあたしは知らない人でも外に放り出すことなんてできないの!!!」


やけになったようにぶんぶんと首を横に振り、莉亜は驚いたように固まったままの情報屋の右腕に抱きついた。当の本人は困ったようにまた頭をかく。


「あー………参りましたね。金森さん、私はそこまで商売相手に迷惑をかけるわけには……」

「やだ。」

「いえ、あの、私ならだいじょ……」

「大丈夫なことない!」

「いや本当にだい……」

「やだあっ!!」

「えーー……。あの、どうにかしていただけませんか?」


糸目をなさけなく垂らして言う情報屋に、ヨルは一度ため息をついて莉亜の頭をなでた。


「莉亜。」

「…………。」

「どうしても嫌なの?」

「…………。」

「そう……。」


もう一度ため息をついて由宇と桔平のほうを見たヨルの目は、しょうがないね、と言っていた。それにふたりももう何も言えない。


ここにいるみんなは、お互いの過去を知ってる。孤児になった理由も、孤児の間の生活も。いつも莉亜とケンカばかりしている桔平だが、桔平はだれよりも莉亜との付き合いが長い。その分一番莉亜のことをわかっているから、今回だけは何も言えないのだ。莉亜の過去を考えれば、これはしょうがないことなのかもしれない。


混乱したようにきょろきょろとしている情報屋をヨルはもう一度見る。


本当にこのひと、大丈夫なの?


「………鍵、持ってくる。」

『ええ?!』


そう言ったヨルに、莉亜も情報屋も驚いたように声をあげた。


「いいの?!よかった!よかったね!」

「え?え?なん、なんで、え?いえ、私は本当に……」

「下の鍵持ってくるから、待ってて。」


そう言って階段を登っていってしまうヨルの後ろ姿を呆然と見送り、情報屋はまだ困ったように眉をへの字にしていた。しかしそんな情報屋のことは気にせず、莉亜は抱きついていた腕をぐいぐいと引っ張って玄関へ連れていく。


「あのね、下は掃除してないから今はちょっと汚いかもしれないけど、広いし使いやすいと思うの!」

「いや、あの、金森さん……」

「トイレとお風呂は自分で水道引いてね!それまではうちに来てくれれば使わせてあげるから。布団とかどうしようねー。」

「あのー………あー、困ったなー。」


「こら、莉亜!鍵空いてないんだから!待ちなさい!」


わたわたと外へ出ていく3人を見送り、桔平はぐったりと首をまわした。


「はあー………わけわかんないことになったな。なんか疲れた。俺さき風呂入ってい?」

「ああ、うん、いいよ。」


由宇がうなずくと、桔平は着替えとタオルをとりに上に行ってしまう。由宇は長くため息をつき、ソファーに座って拓也を見た。拓也はまだ飲んでなかったのか、気づいたようにぬるくなったコーヒーにだらしなく口をつけている。


「ずっと寝てたの?」

「ん?ああ、微妙。ちょっとは聞いてたよ。」

「はは、あっそ。」


時計を見ると時刻はもう夜中の、22時。長い夜だった気がする。大戦争、だなんて言葉が出ていたのと同じ空間だとは思えないくらい、穏やかで、静かな夜だ。


ふと気がついて、ポケットにしまっておいた激励品のブレスレットとカフスボタンを取り出す。これを調べてみなきゃだったな。


「俺部屋に戻ってるから。」

「あーい。」


またうとうととしはじめる拓也をおいて、由宇は自分の部屋へ向かった。












「なんか困ったら言ってねー!」

「ほら、莉亜もう行くよ。じゃあ、おやすみなさい。」

「すみません、ほんとに。ありがとうございます。」


ふたりを見送って、ドアを閉める。


「ふー………」


振り向くと、空き部屋だという部屋は本当に広くて、家具も何も置かれていない状況では、下手なダンスレッスンの部屋くらいはありそうだった。ふたりが簡単に掃除してくれたおかげで、とりあえず一晩は床ですごせるくらいにはなっている。


まさかこんなことになるとは思わなかった。


もう、ここ10年以上、家なんてものはなかった。特にほしいとも思ったことはなかったが、こうして場所を用意されると少し落ち着かない。


布団の代わりにいつも使っているブランケットを床にしき、そこに座ると、胸元の服のボタンをひとつ軽く触る。すると目の前に緑色に輝くパネルがいくつも現れるので、いくつかを操って電波を発信した。


しばらく待つと、通信がつながる。


「もしもし、ああ、はい。いや、本当に驚きましたよ。金森さんは良い子ですね〜。あはは。はい、そうですね、もうそろそろだと思いますよ。もう『彼女』も動き出したようです………ええ、そちらもそろそろなんじゃないですか?覚悟は必要でしょう。その時は……はい、わかりました。まかせてください。はは。はい。それでは。」


パネルを終了させ、部屋を見回す。


「…………明日、家具でも買いに行きましょうかねー。」







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