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翌日日曜日。
アニタの提案で、誕生日プレゼントとしてテレフォンカードをジョンアにあげることにした。テレフォンカードというのはなぜか五百フラムぶんが主流なので、アニタと私で一枚、ナンネとエルミで一枚、さらに私はもう一枚をひとりで。ジョンアの家は固定電話ならあるものの、料金未納で時々使えなくなることがあるという。
アニタの家まで行って答案用紙を受け取ると、私はひとりケイネル・エイジへと向かった。
ショッピングセンターで待ち合わせ、ピザショップでピザを、ケーキショップに行ってケーキを買った。ナイルとアドニスはランチを控えめにしたという。これはおやつ代わりだ。
ルキアノスの家のゲームルームでそれらを食べながら、テスト問題と答案用紙を確認した。アドニスはルキから正確なアドバイスをもらいつつ、公式や問いと解答の覚え方、正しい計算方法などを、アニタのために、ルキからもらったレポート用紙を使って書いていった。
アニタへのレポート用紙にあれこれと書き込んでいたアドニスがふいにペンを止め、切りだした。
「そういや二十五日、どうするか決まったんか」
私の口元がゆるむ。「それは私のことを訊いてんの? それともアニタのことを訊いてんの?」
「お前だアホ」
私は笑いながら、脇に置いた灰皿で煙草を消した。
「二十三日に同期の奴らでパーティーだって言ったじゃん。それを二十五日にした。なんとなく。十三人? が、家に押しかけてくる予定」
ルキアノスは私のななめ右隣で床に腰をおろしていて、私の教科書片手に復讐テストという名の簡単な手書き小テストを作っている。ナイルは私の背後にあるソファベッドに座り、新発売のプレミアム・チーズケーキを堪能中だ。ときどき思いついたように、突然私に問題を出してくる。
「十三人て、そりゃまたすごいな」と、アドニス。「そういやお前の部屋は無駄に広いって、アニタが言ってたっけ。屋根裏のワンフロア丸々だとか」
「そう。でも家そのものが小さいから、言うほど広いわけでもないんだけど。しかも飲み会になる予定だし」
後方からナイルが口をはさむ。「いいのか受験生がそんなことして。っていうか十三人、全員酒飲めるわけ?」
「ううん」彼に答えた。「男共の何人かは飲むけど、飲んでもすぐ顔真っ赤になる奴もいる。発泡酒じゃなきゃ無理とかって。たぶん、みんな強いってわけじゃないと思う。すぐテンション上がったりするし。女共は、まともに飲めるのっていうのは私ともうひとりくらいかな」ジョンアは少々なら飲める。「それでも飲みたいっていう女がいるから、とりあえず発泡酒とチューハイも用意する。酔い潰れられたら最悪なんだけどね。だから最悪、何人かが泊まること覚悟しとかなきゃダメかも」
「ハメはずす時期間違ってる気がする。普通やるとしたら二年か三年の、しかも春休みとか夏休みだろ、そういうの」
「そうだけど、去年は私、オトコいたし。たぶんあいつらの中でも、中学最後ってのが頭にあって。それに、男共が私の家に来たってのが大きいんじゃない? まだ二回だけど。最初は呼んだわけじゃないんだけどね。九月に突然押しかけてきて、ビール飲んで帰って。一回そういうのがあったら、次もまたあるじゃん、なんか」
「ああ、なるほど」ナイルは納得した。「しかも部屋がそんだけ広いってなったら、よけいか」
「そーいうこと」
「けど酒用意して飲み会って、親が許すわけ?」アドニスが言った。「お前が飲むのはともかく、他の奴らも一緒に飲み会ってなったら、わりと量いるだろ。お前が買えるわけねえし」
アニタはこういうことは喋っていないらしい。「おばあちゃんの許可はとってある。飲ませすぎないようにだけ気をつけろって。酒も、お金は私が出すけど、おばあちゃんが買ってくれる。ちなみに、私はおばあちゃんと二人暮らし。親はいない。っていうか一応いるけど、もう他人同然」
「は?」
アドニスとナイルが声を揃えた。黙々と小テストを作っていたルキアノスは手を止めて視線をこちらに向けた。
「──他人?」アドニスが繰り返す。「て、なんだ」
「中学入学前に親が離婚。私はひとり暮らしの祖母の家へ。私が最後に父親と母親に会ったのは、中学入学前の三月。それっきり声も聞いてない」
「え、三年近く会ってないってこと?」ナイルが訊ねた。「電話もなし?」
「ないわよ」あっさりと答えた。「私もしないし。私の保護者はおばあちゃんになってる。まあ役所の細かいとこまでは知らないけど。あのヒトたちが私にするのは、毎月中学生には多すぎる気がするお金を振り込むことだけ。もしかしたら生活費みたいなの、おばあちゃんのところにも振り込んでるかもしれないけど、私の知る限りは特になにも」
アドニスはなんとかと言った様子で口を開いた。「てっきり、親とばーちゃんと四人くらいで暮らしてんのかと思ってた。しかもわりと金持ち的な」
祖母の存在は彼らにも話していたし、“親”という言葉が出ても、私はさらりと流していた。
「よくそれ言われるけど、金持ちとかじゃないと思う。昔は地元にある、アッパー・ミドル層の家庭が集まる通りのコンドミニアムに住んでたけど、オジョウサマ的な暮らしなんてしてた覚えはないし。なにがどうなってんのか、私は訊かないから知らない。もうとっくに、両親のことなんかどうでもよくなってる。おばあちゃんはめったに怒らないし、酒も煙草も、夜遊びにだってなにも言わない。気楽なもんよ」
「なんか──」ナイルが言葉を継ぐ。「あれだな。お前がスレてる理由がわかった気がする」
私は笑った。
「でしょ。ついでに言えば、“ベラ”ってのは正確なファーストネームじゃなくて、ただの愛称だったりする」
「はあ?」アドニスは声をあげた。「え、嘘だろ?」
嘘であればと願うけど。「嘘じゃねえし」
「イザベラ?」ルキが言った。「もしかして」
「そう。それがほんとの名前」
ナイルは天を仰いだ。
「ああ、だからだ。なんかバランス悪いと思ってたんだよ、“ベラ・グラール”って」
「うん。もうそれが浸透してるしね。同期も他の友達も、ひとりを除いてみんなそれだし。私は自分の名前がキライだし。だから」左手首につけている、彼らと色違いの刻印入りブレスレットを示す。「これの時も言わなかった。なんなら改名したいくらいなので。学校も家のことは知ってるから、私がテストにそのバランスの悪い名前を書き込んでてもなにも言わない。私がいちばん気をつけなきゃいけないのは、入試でうっかり名前を書き間違えないようにすること」
アドニスの表情は一気に呆れたものになった。「お前、それしたら本気でアホだぞ。入試で名前書き忘れたら、いくら合格点とってようが、そのテストじたいが無効になる。ぜんぶパーだ」
テスト用紙の名前部分が空欄になっていたら、もしくは普通ならありえないが、名前が間違っていたりすれば、たとえ全問正解していようと、そのテストは零点になる。それは、入試でなくても同じことだ。
「気をつけます」
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ルキアノスの作った小テストをどうにかこうにか終えたあと。残り数種類数個になったケーキのうちの、プレミアム・チーズケーキをどちらが食べるかでナイルとモメていると、ゲームルームのドアが開いた。
「なんか来たよ」左隣でナイルが言った。「幽霊みたいなのが」
うしろ手でドアをしめたゼインは放心状態らしく、誰とも視線を合わさずに、とぼとぼとこちらに歩いてきた。
向かって右、シングルソファに座っているルキが言う。「っていうか、なんで知ってるんだ。言ってないはずなのに」
「んなもん」ナイルがこちらを見る。「お前しかいないよな」
「そうですね。昨日メール入れました」と、私。
「昨日って、こいつ泊まりデートじゃなかったっけ」アドニスが言った。
ナイルが答える。「そのはずだけど」
そんな言葉たちを無視して、ゼインはソファベッドに座っている私の前で床に腰をおろした。なぜか正座。背筋を伸ばし、眉を寄せて私を見る。
「オレ、お前のこと好きなの?」
全員、声を揃えた。「は?」
「なんか、サビナにそう言われた」ソファベッドの端に両腕を乗せて顔を伏せると、ゼインはこもった声で説明をはじめた。「昨日、サビナが泊まりにきてて。お前からメール入ったじゃん。それ見たの今日の朝なんだけど。ベラがくるらしいから、ちょっと早めに切り上げて、夕方前くらいにルキん家に顔出しに行っていいかって。したら──」
ナイルが続きを促す。「なに」
彼は魂が抜けるかと思うような、深すぎる溜め息をついた。
「嫉妬とか、なんかあるとかを疑ってるんじゃないけど、オレ見てると、ベラのことが好きなんじゃないかと思うって。よくベラのこと話に出すし、会ったらすごい楽しそうだしとか──」
またくだらないことを。
彼が続ける。「もちろんそんなわけないっつったんだけど、自分で気づいてないだけかもしれないし、一回ちゃんと考えてみてって。勘違いならいいけど、もうなにも言わないけど、もしそうだとしたら、自分とつきあうのはおかしいからって」
「あんた、遠まわしにフラれてんじゃないの、それ」
私が言うと、アドニスがすかさずつっこんだ。「違うだろ」
上げた頭を片手で抱え、うつむいたままゼインがまた溜め息をつく。
「んでサビナ、そのまま帰っちゃって。しばらくひとりで考えてたんだけど、なんか考えたら考えるほどわかんなくなって、気づいたらこんな時間で。とりあえず行くしかないかとか思って、来たんだけど──」またうつむく。「わけわかんね」
視線をそらしてルキアノスがつぶやく。「だから言ったのに」
私は訊き返した。「なに」
彼は答えない。
「だから」アドニスが応じる。「変にベラと会いたがるから、勘ぐったら怪しく見えるって、まえに言っただろ」
確かに言っていた。「いや。っていうか、なんでいちいち勘ぐるの? なんでいちいち怪しい方向に持っていこうとするの? いい加減キレるわよ」
呆れたようにルキが言う。「こそこそしてたら、そう思われたってしかたないってこと。サビナにしたって、普通に考えたらイヤだろ。気になるだろ」
こちらも呆れて天を仰いだ。
「こそこそなんてした覚えはない。言うほどメールだの電話だのはしてないの。今日のことを教えたのは、私が言わなきゃ誰もゼインを誘わないだろうって思っただけ。でもサビナへの当てつけなんかじゃない。特別会いたいわけでもない。私にもゼインにもその気はないの。友達として会うだけなのに、なにがそんなにおかしいの? ナイルだってカノジョがいるけど私と会うじゃない。それと同じでしょ。去年私はオトコがいたけど、それでもあなたたちと会ってた。なにも変わらないじゃない。
みんなの知らないところでメールしただけで、電話で一時間くらい話しただけで、たったそれだけでこそこそしてるって言うの? 私とゼインにはサビナっていう共通点がある。ゼインとサビナに私っていう共通点があるのと一緒。共通点のことなら、普通に話題になるでしょ。
それでもあなたたちに言いたくないことだってある。そっちは気にするかもしれないけど、そこまでぜんぶ打ち明ける必要はないでしょ? サビナの立場だってあるんだから。それを考えれば、サビナのことでゼインと私が話したことを、サビナ本人に言わないのも普通なの。
サビナがイヤな思いするって言うけど、実際むこうも余計なこと考えてるのかもしれないけど、それはゼインが嘘ついてないってことじゃない。私に会ったことを話してる。嘘つくよりマシ。正直に話してるんだから。ゼインが正直すぎるから変に勘ぐってるだけでしょ。でもこっちはそんなの、どうすることもできない。お互いにその気がないから、言える範囲で正直に話してる。
この状態を、サビナのことを考えてどうにかしろなんて言ったら、私はともかく、ゼインのいちばんいい部分を奪うことになるんじゃないの? 嘘が苦手で正直すぎるくらい正直すぎて、小さいことでこの世の終わりみたいに悩んでっていう、私と正反対の長所がなくなるじゃない。恋愛って、そこまで自分押し殺さなきゃいけないの? そこまでしなきゃいけないなら、もう別れればいいじゃない。そんなの、どうせ長続きしないわよ」




