○ Learned Things
祖母の家。
私は予定していたとおりの言い訳を祖母にした。祖母はそれ以上深く訊いたりはしなかった。私の言うことがすべて真実だとは思っていないだろうが、私が嘘をつく時は、それなりの理由があるのだろうと理解してくれている。私の話を信じるか信じないかではなく、私自身を信じてくれているのだ。なので私が必要だと思ってつく嘘なら、祖母はなにも言わずにそれを受け入れてくれる。
疲れているしさっさと寝てしまいたくて、私とアニタが二階で、ナンネとジョンアとエルミは一階でシャワーを浴びた。
私はシャワーを浴びながら、メールアドレスを戻してアドニスに電話しなければいけないことを思い出した。家を出てから十二時間も経過していないのに、とても時間が経った気がする。長い一日だった。たった数時間のあいだにいろいろなことが起きすぎだ。
間接照明数個だけの屋根裏部屋。
「もう二度とプラージュは使わない」ラグの上、アニタは真剣な表情で言った。「車持ちなんかロクなもんじゃない」
ほら言った。と思い、私は笑った。エルミとナンネも笑った。ケイから聞いたらしい。それを聞いたアニタは怒った。
「っていうか、誰にもアドレス訊かれなかった」エルミはダークブラウンのブランケットをぐちゃぐちゃにして抱きしめている。「あんだけ男がいたのに」
ナンネは無視した。「やっぱベラは男運? 友達運? は、あるっぽいよね。迎えに来てくれるとしたらタクシーか、もしかしたらマルコがって話してたんだけど。まさか──」言葉を切った。
ビール片手に答える。「タクシーで行くつもりだったんだけどね。マルコがだいたいの場所特定してくれて、チェーソンに言ってくれて、それからは早かった」
「すごいよね」アニタが言った。「あんな説明だけでわかってくれると思わなかった。こっちは木と川しか見えてないってのに」
「あれも昔は単車やスクーターで走りまわってた男だからね。車になったらそんなことはしなくなったらしいけど」
「あ、そういえば」エルミが割って入る。「ケイに訊かれたから、あんたが一年の時にキスしたのはカルロで、今年の球技大会の時にキスしたのがスニヤとコージモだっての、喋った。スニヤとコージモのことは誰かよくわかってなかったっぽいけど」
「あっそ」もうどうでもいい。「ならついでに教えといてあげる。誰とは言わないけど、今日もうひとり、キスした相手が増えました」
「は!?」アニタとエルミは声を揃えた。「誰?」
「だから言わないっつの」
いぶかしげな表情でアニタが訊く。「まさか、いよいよマルコ?」
笑える。「それはない。絶対しない。あれはない」
エルミが訊ねる。「アドレスは? 誰かに訊かれたの?」
「いーえ、いりません」
「なんだ」そっけない返事が返ってきた。安心したらしい。
「とりあえず私、ちょっと一階に行ってくる」ビール缶と携帯電話を持って立ち上がる。「電話しないと」
「お菓子食っていい?」アニタが訊いた。「ちょっとだけ。かなり疲れたから、甘いもんが欲しい」
それはわかる。だから私はビールを飲んでいる。「どーぞ。電話終わったらスポーツドリンク持ってくる」
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ひとりリビングにおりた。祖母はすでに二階の自室にいる。編み物をしているか読書をしているか、もしくは眠っているかだ。
テレビと向き合う位置でソファに腰をおろし、アドニスに電話をかけた。メールアドレスはすでに元に戻している。彼にメールは送っていないけれど、二十三時台なのでまだ平気だろう。
「はいよ」とアドニスの声。「アドレス元に戻したんか」
「うん。ごめん、なんか立て込んでて」
「アドレス変えなきゃいけない用事って、かなり変なことな気がするけど。いきなりブチられたのかと思ったわ」
「一度フェードアウトしようと思った時にそれをさせてくれなかったのはそっちじゃない」
「うっさいアホ。んで、とりあえず報告。今日デートして、つきあうことになった」
「あら。告白したの? されたの?」
「なに。お前、そんなん興味ないんじゃなかったっけ」
「ないけど」あっさりと答えた。「一度フッた相手なのに、どのツラさげてデートに誘ったのかなと思って」
「フッてないし!」
「え、そうなの?」
「いや、正確には、フッてはねえんだよ。オレも気になるっつーか、そんな感じだったし。好かれてんのもなんとなく気づいてた。イヤな気もしてなかった。ただお前の勉強みてることもあって、アニタのことが頭の片隅にあってな。まえにも言ったけど、やっぱ引け目あるし。それに、ルキと一緒に最後までお前の受験勉強、手伝う気でいるし。だとしたらルキの昔の女みたいに、お前と自分とーなんて言われたら、なんかイヤだし。で、ちょっと待ってくれみたいに言った。先にケリつけなきゃと思って」
「で、私も無事合格点とったし、アニタと話してケリがつけたから、自分からデートに誘ったわけですか」
「そういうこと。ルキと一緒に女のダチの受験勉強みてるし、そいつのテスト前はそっちを優先するってのもちゃんと話してある。一ヶ月か二ヶ月に一回は遊ぶってのも。一応ぜんぶ納得はされてる。実際嫉妬しねーかは知らんけど、んなこと今気にしててもしかたないし」
きっと、最初は誰でも、平気だと言うのだろう。「そ。まあよかった」アニタとはえらい違いだ。「なら私は嫉妬されないように努力する。特になにもすることはないだろうだけど。話はそれだけ?」
「ああ、いや。明日暇だったら、とりあえずお前の合格点祝いかなと思って」
「今努力するって言ったばっかりなのに!?」
アドニスは笑った。
「これも一応言ってある、もしかしたら明日さっそく遊ぶかもって。ルキもオレも、テスト問題とお前の解答用紙は見たいし。ナイルも予定は空けてる。チーズケーキと激辛ピザのために」
「なら昼過ぎでいい? ランチ終わらせてから。激辛ピザはおやつか夕飯になるけど」
「いーよ。んじゃ一時か二時くらいか。ナイルには、昼に食いたいなら昼飯食うなって言っとく。家出る前にメール入れてくれたら、またバス停まで迎えに行くわ」
「わかっ──」“わかった”と答えようとし、言葉を止めた。「や、明日はタクシーで行く。ショッピングセンターで待ち合わせようか。ナイルがランチにピザだって言ったら、先にピザショップに行けばいいし。それからケーキを買う。さすがに予約はしなくていいけど」
「お前、金使いすぎ。まあ、んじゃそうするか。こっちが揃ったら一応メール入れるわ。あとはもう適当。とりあえず教科書とテスト問題と解答用紙は持ってこいよ」
「わかった。明日ね、おやすみ」
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そういえばと思い出し、明日の昼過ぎにアドニスたちと会うと、ゼインにメールを送った。
飲みかけのビールと、スポーツドリンクの未開封ペットボトルを持って屋根裏部屋に戻る。
エルミが大騒ぎしていた。ジョンアが自分を乗せてきてくれた単車男に電話番号をもらっていたのだ。方法が少々おもしろくて、ウェスト・キャッスルに送ってもらう途中でコンビニに寄り、メモ帳とペンを買うわけではなく、店員にペンを借りて、他の客が残していった不要レシートに電話番号を書いたものを渡されたという。相手の名前はトッシュ、十八歳。アニタたちによると、わりとかっこいいのだとか。
ベッドの端に腰かけた私は、さすがにギャングはどうなんだとかなんとか、やたらと文句をつけるエルミに訊き返した。
「なにが問題? お前のそれはただの嫉妬。僻み」
彼女が反論する。「なんかあってからじゃ遅いじゃん。そりゃ話してる限り、そんなんじゃなかったけど。今日だって、ギャングじゃない男に関わってあんなことになったんだし──」
「それはあんたの見る目がないからじゃないの」
「メールしたのはあたしだけど、相談はちゃんとしたし!」
うるさい。「私は話してないからそれがどんな奴なのかは知らないけど、今日のことにしたってその男のことにしたって、あんたたちがもうちょっと見る目養えばいいだけの話じゃないの? 車持ってるからとか年上だからとか逆らえないからとかって、曖昧な理由でなんでも言いなりになったりしなきゃいいだけの話。十八歳が来た時だって、ヤバそうだと思ったんなら逃げりゃよかったじゃん」
「どうやって? こっちにはわりと仲よくなった気がする十七歳二人がいて、そいつらが大丈夫だとかなんとか言うんだもん。信用しちゃうじゃん!」
なにを言っても反論する。「だから、たった数時間話しただけで、そんな簡単に信用するなよって話。なに言ったって出会い系サイトで知り合った奴ってことに変わりはないんだから」
「そうだけど──」エルミはやっと口をつぐんだ。
「なら、ベラならどうした?」アニタが訊ねる。「十七歳の男四人とちょっと仲良くなった。二人が帰って、代わりに自称十八歳の車持った男二人がきた。夕飯奢ってくれてるって言ってる。正直気持ち悪いけど、まだ十七歳がいるからまあいいかって思う。でもドライブ行こうかって言われた。さすがにどうかと思ったけど、断る方法がわかんない。ベラは夕飯に釣られるなんてことはないだろうけど、あたしたちは釣られる」
私は欲しければ自分で金を出す。「ファミレスのレストルームに行く。タクシーを呼ぶ。タクシーが来るまでなんとか店を出るのを引き伸ばす。タクシーが到着したら、そいつらの車には乗らずにタクシーに駆け込む。無理に追うなんてことはしないでしょ、タクシー運転手が目撃してるんだし。とりあえずちょっと走ってそいつらから離れてもらう。私に電話してタクシー料金を出させる。はい終了」
言い終えると、四人は数秒黙りこんだ。
「──そういう方法、なんで思いつかないかな」ブランケットを抱きしめ、アニタはビーズクッションに寝転んだ。「ああ、あたしもタクシーの番号、登録しとこうかな。もしもの時に役立つかも」
「けどさ」ナンネが言う。「うちら、なんもないこと祈るくらいしかできなかったんだって。車に乗る段階じゃ、ベラに言っても呆れられるだけだし──ドライブに誘われて、怖いからって逃げるのにタクシー使って、ベラに金出してもらうってのも──」
「なんかあってもっと面倒な事になるよりいいっつの」私は言った。「っていうか私に電話するんじゃなくても、その気持ち悪い男になんかされるよりは、親に事情話してタクシー料金出してもらって説教くらうほうがまだマシじゃん」親のいない私がなにを、とは思う。
「まあ、そうだけど──」
「っていうか」アニタは勢いよく身体を起こした。「もう“プラージュ”はやらない。もうやだ。マジでやだ。絶対やだ」
彼女の向かいで今度はエルミが、もうひとつのビーズクッションに寝転ぶ。
「ベラの男運が欲しい。なんでベラの周りって、楽しいヒトばっかなんだろ。アドニスたちもそうだし、マルコもチェーソンも怖いけど、そんな悪いヒトじゃないし。パーヴォとレジーもだし」
恋愛でいう男運はないけれど、友達という意味なら男運はいいほうだ。
「出会い系サイトを使ってないからじゃないの」
アニタが言う。「けど、ナンパとなにが違うんだって話ではあるよね。たいして変わらない気がするんだけど」
私は肩をすくませた。
「ルキたちの場合、むこうは制服だったし。他にナンパしてきた奴でも、あきらかに中高生くらいだろってのじゃないと、相手にしないほうがいいんじゃないかとは思ってる。まあたいていは無視だけど。
出会い系サイトって、いくらでも嘘つけるじゃん。メール友達だとしても、嘘ついてメール続けて、実際会ってさらに嘘つくみたいな。言ってるうちにそれが本物みたいになるとこ、あるし。
でもナンパだったり、出会い系サイトでいきなり会ったりっていう作りたての嘘は、それなりにボロが出ることもあると思う。そういうの見抜いて、あとはもう直感しかないでしょ。
今日ので言えば、あんたたちが十八歳の二人を見て、ちょっとヤバそうって思った勘が当たりだった。でも断れなくて逃げずについてったから、あんなバカでイヤで最悪な思いした」
アニタはまたへこんだ。「ああ。なんだろうな。ベラがいたらたぶん、ちょうどいい感じにバランスがとれるんだよね。ベラは相手を信用しないし、長々と話そうともしない。あたしはそれをわかっててナンパ男を相手にする。ドライブなんてベラは絶対断るし、ベラの適当で冷たい態度にすぐ引くってことは、カラダ目的なんだろうなってわかるんだけど。そうじゃなきゃ友達になれるんじゃないかとか。実際元彼はいいヒトだったし」
「っていうか、疑り持っててもな」ナンネがつぶやく。「やっぱベラみたいに、きっぱりはっきり態度とれるようになんないとダメか。ないアタマ絞って逃げる言い訳考えるんじゃないと」
「とりあえず、直感でヤバイと思ったら、どうにかして逃げなよ」私は続けた。「ファミレスのレストルームに立てこもるのでもいいじゃん。揃って行けるような雰囲気じゃなかったら、最初にひとりが席を立つ。十分くらい経ったら、具合悪いのかもって様子見に行く。これは二人でも三人でもいい。荷物を持つのはさりげなく。上着は安全だと思えるまで脱がないようにする。一時間も待つバカはいないだろうし、そのあいだに親にでも連絡して、具合が悪いっつって迎えにきてもらえばいい。下手に騒いだら面倒なことになるんだから、相手だって諦めるわよ」
エルミはうなった。「頭に入れときます」まだ“プラージュ”をやめる気はないらしい。
「っつーか話、それてるよね」アニタが言った。ジョンアに訊く。「電話すんの? いや、べつに僻みとかじゃないんだけど」
彼女はやっぱり曖昧。「わかんない」
「でもいいヒトそうではあったよ」ナンネが口をはさんだ。「やさしかったし、ぜんぜん怖くないし。って、むこうはほとんどジョンアと話してたから、よくわかんないけどさ」
「だよね。ギャングなのにあんま不良に見えないし、わりとかっこいーし、もったいない気はする。たぶんベラにマルコにチェーソンてきたら、そんな変なこと考えてるわけでもないだろうし」
遠い目をし、エルミがつぶやくように言う。
「そうだよ、もったいないよ。ベラの言うとおり、自分の勘を働かせるしかないけど。なんならベラから、パーヴォたちにトッシュがどんなヒトかっての、訊いてもらえばいいし」
「それはしなくていいよ。勘なら、悪いヒトじゃないと思ったし。やさしいもん。それにそういう──恋愛感情かどうかなんてのだって、わかんないし。ただの友達としてかもしれないし」
「友達としてなら、こっそり電話番号渡したりしないでしょ」アニタは悪戯に口元をゆるめている。「二十三日、うちらでジョンアのミニ誕生日パーティーしようかと思ってたけど、なんならデートしてみれば? 単車デート」
彼女はかたまった。「え」
ナンネも同意する。「ああ、いいじゃん。まあ誕生日に遊んでくださいって自分から言うの、変だけど。クリスマスにどうするかも知らないけど。ここでのパーティーは二十五日だし、悪くないと思えば二十四日だって遊べる。トッシュが暇だったらだけど。あんた携帯電話ないんだもん、会うしかないよ」
「ああ──」
エルミがひらめいた。「あ、なんならトッシュに誰かもうひとり呼んでもらって、あたしと四人で遊ぶ?」
「便乗すんな」アニタが止めた。
「邪魔すんな」ナンネも言う。彼女はエルミとジョンア相手にだけは強気だ。「お前はプラージュでおとなしくメールしてろっつの」
「うっさいな!」
笑える。「とりあえず、私はもう寝る」灰皿を床に置いた。「あとあんたら、明日はランチ食ったら帰ってね。私は昼から出かける。タクシー呼ぶから、なんなら送ってくけど」
「え、どこ行くの」エルミが訊いた。
「ルキたちのとこ。私の合格点祝い兼復習兼アドニスとルキの誕生日祝いも、かな。このあいだのテスト問題と答案用紙もちゃんと持ってってね。たぶん今年みんなで集まるのはこれが最後になるだろうし、がっちり復習してきます」
「ああ、あたしも行きたい」彼女はつぶやいた。
「無理。他の友達も来るし、そいつはすごく人見知りで性悪だから」ナイルのことを言ってみた。もしするとゼインも来るかもしれない。そうなるとまた面倒なことになる気もする。「お前はハヌルと一緒に受験勉強してろ」
エルミはすかさず拒否した。「やだよ!」
「んじゃさ」アニタが言う。「答案用紙、あずけていい? 数学でわかんないとことか、どーやったら公式覚えられるかとか、そういうのをちょっと、アドバイスしていただけたら──」
こっちは連れていってもいいのかもしれないけれど、アニタはギリギリまで、そんなことは言わないと思われる。アドニスのほうもつきあいはじめたばかりだし、しばらくはそっとしておいたほうがいい気もする。
私は「いいよ」と答えた。「んじゃ先にナンネたち送ってからね。でも定員オーバーだから、エルミのとこまでは歩こうか」
「遠まわしにひとり歩いて帰れって言われてる気がする」と、エルミ。
お前がいなければ私たちはタクシーに乗れる。「どっちでもいいよ」




