○ Hard Penalty
スネが駐車場のほうを見やる。「あれ、誰か来たっぽい」
車はライトをつけていない。
ゴスタも振り返る。「マジかよ」
私は無視した。「ビッチって、どんなののこと言うの?」視線をこちらに戻す彼らに向かって続ける。「今までつきあった男はひとりなんだけど、寝たのは六人なんだよね」すごい嘘をついた。キスだけなのに。
彼らは声を揃えた。「は?」
「え、マジで?」ゴスタの表情はものすごくにやけてきた。「完全にビッチな気がするけど、なんでんなことになってるわけ?」
なんだか気分が悪くなってきた。車のドアが閉まる音がした気がしたが、それも無視する。彼らにだって、むこうを意識されては困る。
「ひとりの人間に縛られるのってキライなの」私は苦笑気味に答えた。「いろんな男を知りたいってのもある」キャラが本物のビッチになってきた気がする。「スキモノなのね、きっと」私、半端なく悪ノリしてる気がする!
「マジかよ」声までうわついてきた彼は、表情から笑みがこぼれるのを抑えられないらしい。「んじゃ」距離を縮めて座りなおすと、私が背をあずけているベンチの背もたれ部分に左腕をまわしてこちらに顔を近づけた。「オレも試してみるか?」心なしか鼻息も少々荒くなっている気がする。
笑うな、笑うな私。「ほんと?」笑いだしたい気持ちを必至に抑えて微笑みを返す。「じゃあ、今からホテルに連れてってくれる? 三人てのはまだしたことないんだけど」やばい、マジでヤバい。いろんな意味でヤバイ。
「二人でよくね?」と、ゴスタ。
笑えるけれど、本気で気持ち悪い。「まあ、私はどっちでも──」
「ベラ!」後方からマルコが大声で私を呼んだ。「離れろ!」
そう言われたので、彼らがぎょっとして振り返るのも気にせずバッグを持ってそそくさと立ち上がり、私は彼らから離れた。
少々距離をとったところで振り返ると、マルコが後方にある芝生広場を走ってきていた。
かと思えば、飛んだ。ベンチを飛び越えるよう、慌てて立ち上がったゴスタに向かって。
マルコはゴスタに飛び蹴りをかました。胸のあたりにキレイに入り、吹っ飛んだとまではいかないものの、バランスを崩したゴスタはどすんと大きな音を立ててしりもちをついた。
キレイに着地したマルコは何事もなかったかのように立ち上がった。「くそ、ドミノ倒しにしてやろうと思ってたのに。失敗した」スネが間一髪でよけていたのが気に入らないらしい。
私は思わず、小さく拍手した。
「あんた、私が逃げてなかったらどうしてたわけ? 巻き添えですよ?」
「離れろっつっただろ」
あはははは。
呆気にとられていたゴスタがはっとする。「誰だてめ──」マルコの後方から、控えめ且つゆっくりな拍手をしながら歩いてくるチェーソンに気づいてか、言葉を切った。
「いやー、二年も隠居してたわりにぜんぜん鈍ってないな」チェーソンが言う。「けどドミノにならなかったからビール奢れよ」
「うっせーアホ」と、マルコは不機嫌な返事をした。
ギャングたちも建物側から、ぞろぞろとこちらに駆けつけた。
「ちょ、オレらもやりてえんすけど」ギャングのひとりが言った。「すげえ楽しそう」
チェーソンが提案する。「んじゃさっきみたいに、ベンチと地面に並ばせれば? ひとり一回、マルコみたいにキレイに着地しつつドミノが成功したら、ビール一本と煙草一箱買ってやる」
「マジっすか!」
男二人の抵抗は通用しなかった。反撃しようとしたゴスタはマルコの回し蹴り一発で地面に沈み、続いてギャング組による数発で暴れるのをやめた。そして口ごたえしようものなら、彼らには容赦なく蹴りだの拳だのがお見舞いされた。一度につき一発ではない。二、三発は入る。
レジー、パーヴォとギャング連中は楽しそうにベンチ前にゴスタを立たせ、スネを地面に座らせて、まるで走り幅跳びにでも挑戦するかのように、芝生から走ってきての飛び蹴りドミノ倒しを成功させようと奮闘した。
ドミノ対象者があからさまによけようものなら、やはり二、三発お見舞いされる。しかもその挑戦は、ブラック・ギャングのほとんど全員──ボスであるチェーソン、アニタたちと一緒に待機している二人、なぜか遠慮するひとりのギャングを除いた十八人ぶん繰り返される。スネはすぐに泣きだした。
ちなみに“なんで”という彼らの質問には、“自分の胸に手をあてて訊いてみろ”とかいう決まり文句が返された。ゴスタもあやまりだした。通用するわけがないけれど。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
いつのまにかどこかの国の拳法使いのような声をあげながら続けられる飛び蹴りドミノ倒しへの挑戦光景を眺めながら、マルコはなにを話したかを私に訊いた。
「携帯電話の電池がないって言ったら、さっそく車で充電するかって言われて、あとでお願いするからとりあえず座ればっつって、男欲しいけどできないとか、今までつきあったのはひとりだけど六人の男と寝たとか言ってみた」淡々と、けれど長々と彼に答える。「そしたらさっきのあれよ、距離縮めて、なんならオレも試してみるかとかなんとか──」
「うわ、キモ」左隣、チェーソンはあからさまに不快そうな表情をした。「あの顔にそんなこと言われたわけ?」
「さすがに気持ち悪かった」と、私。「っていうか、自分の嘘がおもしろすぎるうえに、あれにそんなこと言われるわけだから。もう笑いそうで笑いそうで」
「お前、顔は気にしねーんじゃなかったっけ」マルコが言った。
「気にしないはずなんだけど、喋ってたらどんどん、ね。内容のせいかも。とにかくなんかもう、笑いたいし不気味だしどうしようかと思って」
「車の音聞こえた?」
チェーソンに答える。「聞こえた。あいつらも気づいたけど、とりあえず無理やり話続けた。下ネタに持ってったらこっちを優先してくれた」
「で、奴らはいきなり飛び蹴りくらったと」
「そういうこと」まともな飛び蹴りなんてはじめて見た気がする。
マルコが彼に言う。「とりあえずお前、車バレたからドミノ失敗のぶんはチャラだかんな。んでお前はなんもしねえの?」私に訊いた。
「や、するよ」バッグから取り出したサングラスを再び装着し、腕を組む。特に意味はないけれど、もうあまり、まじまじとあの顔を見たくない。吐きそうだし笑いだしそうだ。「とりあえずあのわけのわからない大会が終わらないことにはね」
変態二人はもうすでにボロボロなのに、許してくださいと頼んでいるのに、まったくもって聞き入れてもらえない。意識を失えばもうラクなのかもしれないが──何人かはそれなりのクリーンヒットでドミノ倒しもできているものの、キャップを落としたゴスタが狙われるのは頭ではなくボディで、スネに向かってゴスタが飛んでくることがあっても、本能的に頭を庇ってよけてしまうのだろう、身体が打撃を受けても頭を打つなどということはしない。彼らも攻撃に頭を狙ったりしないので、気を失いたくても失えないようだ。
かと思えば、ギャング男の飛び蹴りでゴスタがまたもうしろに倒れ、それがスネに向かってまっすぐで、ゴスタの後頭部がスネの顔面を直撃し、勢いで倒れたスネは地面で頭を打った。
起きないからと、ギャングのひとりがスネの顔を足でゆする。
「あれ、気絶しちった」
「水かけりゃ起きるんじゃね」
「どこに水があんだよ」
なんてことを彼らが言ってると、半泣きのゴスタは地面を這うようにしてまた、逃げようとした。逃げられるわけもなく、すぐ捕まった。ついでにまた身体に何発か蹴りを入れられて。
「そいつらのポケットの中身、ぜんぶ出して」
私が言うと、彼らはゴスタをうつ伏せにして地面に寝かせ、二人のジーンズのポケットを漁りはじめた。気絶したまま、スネの頭はゴスタの頭のほうに向けられた。
「べつにたいしたもん入ってねえよ」ゴスタの荷物を漁ったレジーが言う。「携帯電話に財布、鍵。超普通」
「ちょっと持ってて」
バッグをマルコに預けると、私はレジーの横にしゃがんだ。黒い携帯電話を手に取る。充電は七十パーセント近くあった。メニューから設定画面を開く。
「ねえ」
私はゴスタに声をかけた。彼らに取り囲まれ、うつ伏せの状態で身体を押さえつけられた彼の顔はこちらに向いていて、青ざめてるのか泣きわめきたいのか、よくわからない表情をしている。とりあえずもう、気分は地獄のバカンスだろう。
「ここに来るまえ、なにしたの? いたいけな中学生に夕食奢ってやって、そのあとなにしたの?」
もしかするとなんとなく予想はしていたかもしれないが、それでも確信はなかっただろう。やっとはっきりと繋がったからか、彼の表情は本格的に青ざめた。口を小さくぱくぱくさせてる。
「なにしたんだって訊いてんだろが」
向かいにいたギャングのひとりが彼の後頭部を強く蹴った。ゴスタの目からはとうとう涙が流れた。不潔感が増す。
別の男は彼の髪を掴んで持ち上げ、自分のほうを向かせた。
「ヤらせねえなら車から降りろとか言って、山に放置したんだよな」
ぶるぶると震えるゴスタは泣きながらうなずいた。
「すいま──」
「ごめんで済んだら俺らいらねえんだよ」
彼は髪を掴んだまま、ゴスタの顔を思いきり地面に叩きつけた。低いうなり声がもれた。痛そうだ。
「こらこら、気絶しちゃダメよ」と、私。ゴスタの顔が再びこちらに向けられる。口からも鼻からも血は出ているし、照れているわけではないのだろうが、頬も擦り切れて赤くなっている。「暗証番号教えて、携帯電話の」
その言葉には拒否したそうな表情を見せたけれど、ほんの数秒答えを迷っていただけで、彼の身体はまた数発蹴られた。痛みに耐えられないのか、泣きながら暗証番号を答えた。
スネもやっと意識を取り戻した。状況が把握できないからか、ゴスタが泣いていることに気づいて戸惑っているのか、再び涙は流しても声を出したりはしない。
「ほら、ちゃんと画面見て」泣きじゃくるゴスタに向かって、私は携帯電話の画面を見せた。「これね、わかる? “初期化”っての」彼の携帯電話を再び操作してクリック、“初期化しますか?”という質問に“はい”とボタンを押して応えた。暗証番号の入力が求められる。“五六八七”。再び警告が表示される。初期化するとすべてのデータが消えるけど、それでもいいかと。“はい”という答えに合わせて決定ボタンに親指を乗せ、また画面を彼に見せた。「壊すよりマシでしょ?」
そう言って、決定ボタンを押した。“初期化中”の表示が出ている数秒間、誰も喋らなかった。真っ青ゴスタは唖然としていた。
“初期化完了しました”という表示が出ると、誰かがふきだしたのをきっかけに、ギャング連中はげらげらと大笑いした。
「ついでにメモリーカードのほうもやっといてあげる」
そう言って私は、彼に画面を確認させつつ、メモリーカードも初期化した。さらに爆笑される。便乗するよう、スネの携帯電話もメモリーカードごと初期化された。




