* Battle Field
再びヒップホップ音楽が爆音で流されるパーキング内、ケイとビールを取り合ってじゃれる私にマルコが声をかけた。顎で私の右後方を示す。
振り返ると、レジーとパーヴォがこちらにきていた。これといって思いつく言葉がなかったので、とりあえず挨拶はした。
「マジで来たんかよ」と、パーヴォ。「連れてこなくていいって言ったのに」マルコに言った。
「アホ。事の発端はこいつ。こいつに見せなきゃ意味ねえだろ」
なぜか私、知らないうちに元凶にされているらしい。「とりあえずあやまっとく。ごめん」
「いや、ベラが悪いんじゃないよ。元はといえば──」うしろを見やってからこちらに視線を戻す。「なんでビロンにキレられるのかってのが、オレらにもよくわかんないし」
それは私にもわからない。「っていうか、レジーがもうやめるって言って、ビロン? が、キレたのよね。なんであなたまで巻き添えくらってんの?」
「だからそれは、ビロンがレジーに殴りかかって、二人が喧嘩になって、それを止めに入ったらパコがさらに割り込んできて、みたいな」
状況は一応、納得した。「どこまでも伝染病ね」ケイからビールを取り返す。「で、勝てんの?」
「負けたらキレるからな」マルコが口をはさんだ。「恥かかすなよ」灰皿は彼の手に渡っている。
パーヴォは空笑った。
「プレッシャーになるからやめて」
「ベラ」レジーは携帯電話の画面をこちらに見せた。私の名前と番号とアドレスが表示されている。「実はまだ消してなかったりする」
「消せよ頼むから」
「あともーちょい待って」携帯電話をポケットにしまう。「負けたら消す。勝ったら消さねえ」
「なんだそれ」
ケイが訊く。「ベラに惚れてんのか、もしかして」
「まさか。惚れるほど知らねえし。っつーか、誰?」
マルコが答える。「俺の弟。ケイ。中二」
「ああ、これが噂の」と、パーヴォ。「マジで──」
彼が意味深に言葉を切ったので、ケイはしかめっつらを彼に返した。
「うっせーよ。悪かったなチビで」
「いや、そうとは──」
私はケイの肩に左腕をまわして髪にキスをした。
「でも身長、伸びたよね。また」
「地味に伸びてる。一ヶ月に一回は学校の保健室で測る」
「今何センチ?」
「言わねえ。お前が卒業する時まで言わねえ。っつーか覚えてるか? 約束」
「なんだっけ」
「焼肉!」
私が卒業するまでに百五十センチを越えたら、というものだ。「覚えてる」すっかり忘れていた。「なに、卒業まで教えない気?」
「教えねえ」
「あっそ」
「え、なに、もしかして」パーヴォが私たちを見やる。「デキてんの?」
「デキてねえよ」ケイが答えた。「恋愛感情は一切ないけど、オレもこいつも平気でこういうことする」
「ええー」
「ちょっと。誰にでもしてるわけじゃないわよ」と、私。
「よく言うよ」マルコは無愛想に言った。「キス魔が」
「終わったことだバカ」と、私。
ケイが割り込む。「え、お前、オレ以外ともしたの?」
ばれた。「今年は二人。マスティとも二回したことある。あと一年の時にひとり」アゼル以外にということ。
「マジか。マジでキス魔か」
「違うわバカ。今年のはね、球技大会で優勝したらっつってね」
「え、勝ったらキスっての、あり?」レジーが私に訊いた。
「やだよ」即答した。
「ピンチになったらでいいんじゃね」ケイが言う。「そしたら気合いは入るかも」
「ピンチになりたくないんだけど!?」
そうつっこんだパーヴォの名前を、彼らの後方から男が呼んだ。そろそろはじめるぞ、と。
「んじゃ行ってくるわ」彼はポケットから財布と携帯電話、キーケースを出してレジーに渡した。「マルコを相手にするよりはぜんぜんマシなはずだから、たぶん勝てる」
「たぶんじゃなくて確実に勝てよ」とレジーが言う。「負けそーなのはオレひとりでじゅうぶんなんだから」
彼は笑った。
「だな。行ってくる」
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簡単なボディチェックを済ませたあと、歓声に迎えられ、彼と対戦相手のパコは円の中心あたりに立った。改めて彼らが紹介される。少なくともブラック・ギャングの上の連中は、どちらを応援するわけでもないらしい。
ストリートの喧嘩ではなく“決闘”の意味合いのほうが強いということで、喧嘩は喧嘩でも、卑怯なことはなし、というルールが強調された。それからこれは、チーム戦ではない。自分の勝利は自分のもの、ということだ。そして一応はチームの人間とチーム外の人間の喧嘩なわけなので、勝敗でチームの人間とパーヴォ、レジーとの関係がどうこうなるものでもない──つまりどちらが勝っても負けても、仕返し云々の類もないことが説明された。
そして、誰かが鳴らしたクラクションを合図に決闘がはじまった。
攻撃をかわす、殴る、蹴るの動作はあたりまえ。もちろんすべてをよけきれるのは、おそらく一部の人間だけだ。どちらを応援してる声が大きいかというと、それはやはりパコのほうだった。それでもすんなり終わるとおもしろくないからか、それともどこかには友情があるのか、パーヴォを応援する声も一応はある。ただ煽っているだけかもしれないが。
一度勝っているからだろう、パコは最初、完全余裕の表情で挑んでいた。それは彼をまったく知らない私にもわかった。だが徐々に、その顔から余裕ぶった表情が消えていった。
パーヴォは最初から挑戦者、全力で挑んでいる。恐ろしいくらいに集中していた。というより、向かい合う攻防の中で集中力が高まっていったのか。
最初ならもらっていた攻撃を、だんだん受けなくなった。よけて攻撃するというふたつのアクションが、そのうちひとつの動作になった。一度に与える攻撃の数が増えた。連打というか連撃というか、手と脚をうまく使っている。
おそらくそれほど力があるわけではないのだろう、喧嘩で役立つ力はという意味だが──それでも顔に何発もくらわせられれば、相手の身体はそのうちそれに耐えられなくなる。頭をやられればもともこもなくなるので、意識して顔をガードする。そうすれば、今度はボディが空く。プラス、マルコが教えたらしい、卑怯ではない急所への攻撃もいくつかは入っている。相手を捕まえたときは頭突きもくらわせる。ダメージは蓄積される。最初の気持ちの入れかたが、大きな意味を持ってくる。相手の動きが鈍くなる──。
パーヴォは相手の視界を手で遮り、蹴りを入れた。曲がるパコの身体を掴み、脚で彼の顔を蹴り上げる。パコの背中を腕で固定しているから、それを三回。
周りの目にも、これで勝敗が決まったのは明らかだった。パーヴォが手を離すと、パコの身体は地面に倒れた。
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「なんかな、殴りながら、ぜんぶアホらしくなってきた。なんで喧嘩なんかしてんだろーみたいな」上半身を地面についた手で支えながら座っているパーヴォが言った。
勝負が決まった時、パコは気絶していて、パーヴォには勝利が言い渡された。また十分後にレジーとビロンの決闘がはじまるらしい。
マルコはチェーソンに呼ばれてどこかへ行き、私は知らない男が持ってきてくれた、タオルに包まれた凍らせ使いまわしタイプの冷却枕で彼の左頬を冷やしている。口の中が切れたらしく少々血が出ていたのだが、それは別のタオルで拭き取った。
「私もそれは教えてほしい。なんで喧嘩なんかすんの? いや、売られたら買うけどさ。なんで男って、なんでもかんでも殴り合いで済ませようとすんの?」
私の向かいでレジーが答える。「てっとり早いから」
「もうちょっと他にやりかた、あると思うんだけどね」
「お前のやりかたなんて、なかなか真似できねえよ」左隣にしゃがんでいるケイが口をはさんだ。「っつーかああいうのは、女だからできるんだし」
おそらく二月に私がやらかした、忌まわしき男への復讐のことを言っている。
それはそうだろうけど。「なんかね。素直にオメデトウじゃないよね、こういうの」
「まあ──」ケイがパーヴォの脚を指で押すと、彼は痛いわと声をあげた。「あ、やっぱ痛いか」なにをわかりきったことを。
また知らない男がやってきて声をかけた。「湿布使うか?」黒い肌に控えめのパンチパーマ。チェーソンに呼ばれてビールを持ってきた男だ。「消毒薬はねえけど」
私の「いる」という返事とパーヴォの「いらない」という返事が重なった。黒い男は笑いながらも湿布の箱をこちらにくれて、また去っていった。
レジーがパーヴォの灰色のパーカーを引っ張る。
「おら、脱げ」
「やだよ! 寒いわ!」
「あとから身体動かなくなるよりマシだろ」
そんなやりとりをよそに、ケイは鼻歌をうたいながら血のついたパーヴォのジーンズの裾からめくりはじめた。痛いところを彼に確かめながら、おもしろおかしく脚を指で押していく。そのたびにパーヴォは痛がり、ケイはけらけらと笑った。
パーヴォが恨みがましく言う。「お前マジで、マルコの弟じゃなかったら──」彼はレジーによってパーカーとタンクトップを肩まであげられている。
「なに言ってんだよ。ちゃんと手当てしてやろうとしてんじゃん」と、ケイ。
この子はマジで危険。「そういうこと」と言いながら、私は開封した箱からいくつかある袋をひとつ取り出し、湿布をケイとレジーに渡した。レジーは確かめることなどせず、彼が攻撃を受けただろう場所に適当に湿布を貼っていく。パーヴォの身体の一部は湿布だらけになった。
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またパンチパーマの黒い男がやってきた。
「レジー、いけるか?」
「うぃーす」彼が立ち上がる。「んじゃま、行ってくるわ」
「あ、ちょっと待って」私は言った。「ケイ、財布とって」
彼は立ち上がり、マルコの車の上のボンネットの上にあるバッグから財布を出した。
「いくら?」
お前が出すのかよ。「二千」
ケイは遠慮することなく財布を開けて二千フラムを出してこちらに渡した。受け取った二千フラムをそのままパンチパーマの彼に差し出す。
「ビールまだあるなら、あと二本もらっていい?」
「いいけど、金はいらねえよ」
「私にはそっちに奢ってもらう理由がないの。それに湿布代も入ってる。誰が買ったのか知らないけど、買ったヒトがいらないならチェーソンに渡して」
彼は肩をすくませた。「わかった」と答えて二千フラムを受け取り、ちょっと待ってろと言い残してまた戻っていった。
「奢り?」パーヴォが私に訊いた。「ビール」
「飲める?」再び冷却枕を彼の左頬にあてる。「口ん中切れてんでしょ?」
「たぶん慣れたら平気。殴られたあとに飲むのはこれがはじめてってわけでもないし」
レジーは預かったものと一緒に自分の携帯電話と財布と鍵をパーヴォの脚の上に乗せた。
「飲めんかったら置いといて、オレがあとで飲む」
「んじゃさっさと終わらせねえと、ぬるくなる」
「言えてる」
戻ってきたパンチパーマの彼から冷えたビール缶を二本受け取った。
白いパーカーを脱いでパーヴォにあずけたレジーは、「ちょっくらかましてくる」と言って円の中心に向かい、私たちはビールのプルトップを開けた。
さらに高まる歓声に包まれている中でレジーとビロンが紹介されるあいだに、マルコもこちらに戻ってきた。女を紹介されていたらしい。
ビロンの姿を再確認したケイは顔をしかめた。
「うわー。やっぱきつそう」
「レジーもどっちかっつーとチビの類だしな」身長百八十五センチのマルコが答える。「身長差は約十五センチってとこか。ついでに相手は少々肉厚。パコみたいにはいかねえ」
「勝てる見込みあんの?」
「あるにはある。あの体型じゃ脚技はたいしたことねえ」ビロンは脚が短い。「だとしたら攻撃は拳。なら最初のうちは腕を狙う。反射神経がいいわけじゃねえだろうから、よけるわけじゃなくてガードする。攻撃を続けりゃそのうち、腕に力が入らなくなる。もっといきゃ上がらなくなる。そうなりゃレジーはとび蹴りも使えるから、それを顔面にかませばいい。倒せたら勝てる確率は上がる。リーチは変わんねえから、たぶんなかなかそこまでいけねえけどな。ボディならみぞおちを狙うしかないだろ。ただあのデブは頭突きも得意らしい。スピードはレジーが上だけど、捕まったら力負けすることは確実。絞め技もちょっと教えてやったけど、なんたって平日数時間の特訓を五日続けただけだからな。喧嘩慣れしたあのデブに通じるかってのは、微妙だ」




