* Ducky Isle
辿り着いたのはレジーとパーヴォの地元、ダッキー・アイルだった。
山があって、家よりも畑が多い気がする田舎町。普段の生活が不便にならない程度の店が大通り──気づかなかったが、ナショナル・ハイウェイ──沿いに、いくつかあるという程度だ。
夕食を食べ終わると、マルコは小さな山へと向かった。小さいといっても、ウェスト・キャッスルにあるキャッスル・マウンテンよりは大きいと思う。
少し進むと、“この先オーバー・ヘンプ・マウンテン・パーク”と書かれた看板があった。その下に数台の単車とスクーターが停まっている。マルコいわく見張りらしいのだけれど、止められるどころか進んでくださいと促された。
また少し進むと、パーク利用者用のパーキングが現れた。子供用の遊具広場以外にも、テニスコートやグラウンドがあるという。こんなところで喧嘩をするのか。
パーキングの奥には、数台の車と多くの単車やスクーターが集まっていた。何台かはエンジンとライトをつけたままにしている。マルコは群れから少し離れたところに車を停め、エンジンをかけたままちょっと待ってろと言って車を降りた。
私が煙草に火をつけて一口吸うと、ケイがそれを奪って一口吸い、吐き出す煙で輪を作りはじめた。
「それ、ブルがよくやってた」私は彼に言った。
残りの煙を彼は勢いよく吐き出す。「顎がかなり疲れる」
「なんでそんなことするのかがよくわかんない。なんの意味があんの? 疲れるだけなのに。しかもものすごく間抜けな顔になるのに」
「べつに意味はないんだろうけど」もう一口吸ってから煙草をこちらに返す。「っつーかなに? オレも間抜けな顔してるって言いたいの?」
「うん」と、私。こちらも煙草を吸う。肺が汚染されてく。脳も汚染されていく気がする。それどころか全身が。煙を吐き出しても、浄化される気はしないし、されるわけがない。「マスティは頬を指で叩くの、やってた。それも間抜け」
「あれは難しい。顎使うほうが簡単」
アゼルは絶対にやらなかった。「だから、やっても意味ないって。普通に吸いなさいよ」
「灰がヤバイ」彼はコンソールボックスから蓋つきの黒い丸型灰皿を取り出した。「落としたら兄貴に殺される」
開けられた蓋に灰を落とす。
「殺される前に殺すからだいじょうぶ」
「なにがだいじょうぶだよ。勝てるわけ──」言葉を切り、顔をしかめた。「普通にお前のほうが勝ちそうな気がすんのはなんでだろ。力じゃ絶対兄貴のほうが上なのに」
力では、そうだろう。「でも私はあんたに負ける。それは確実」灰皿を受け取った。
「これ、なにが基準なんだろな。オレは兄貴には負ける気しねえけど、勝てる気もしない」
「なんだろうね」煙を吐き出す。「アゼルにだって負ける気はしない。でもその気になったら、アゼルは私を簡単に殺すだろうなってのもわかる。両方死ぬ」
ケイは答えず、私の右肩に頭をあずけた。
「もうすぐ、一年になる」
灰皿についている火消し穴のひとつに煙草を入れた。こちらも彼に寄りかかる。
「なるね」
「待ってんの?」
「さあ」
「正直に言えよ」
私は目を閉じた。「そう言われても、よくわかんない。しばらくは引きずってた。でも三月、マスティたちが施設に入った。わけがわかんなくなって、ぜんぶをアゼルのせいにした。六月に入る頃になって、やっと現実を受け入れた。ときどき寂しくはなる。でもそれが、アゼルがいないせいなのか、マスティたちがいないせいなのかってのは、自分でもわかんない。アゼルが戻ってきたらヨリを戻すのかって訊かれたら、答えはノー。でも仮に、また引きずり込まれるようなことがあったら、拒否する自信もないの。また傷つけられるのがわかってるから、引きずり込まれるのが怖い。でもたぶん、そうならないことも──相手にされないことも、怖いんだと思う。いちばんいいのは会わないこと。私にはそれしか言えない」
数秒沈黙し、彼はゆっくりと溜め息をついた。
「オレはアゼルとつきあってる時のお前が好きだったけどな。まあ最近は、わりと戻りつつあるけど。今年前半のお前は、昔に戻ってたじゃん。あれもキライじゃなかったけど、よく笑うっての考えたら、アゼルとつきあってた時のほうがよかった」
私にも、それはわかる。彼がいた頃は、本当によく笑っていた。キレるところはキレていたけれど。
「でもまたやりなおしたとしても、いいことなんてないのよ。また私はボロボロになるし、あいつは私のせいで人生がめちゃくちゃになる。今は私、受験生だし。どっちかっていうと、会いたくない気持ちのほうが大きい気がする。また上がり下がりの状態がはじまって、受験どころじゃなくなりそうだし」
アマウント・ウィズダムの施設を見に行くということは、会うことにはならない。ただほんの少しでも、たとえそれがたった数分のことでも、顔を見ることがなくても、ただ、アゼルの近くにいたいだけ。
「とか言って、一月に帰ってこなかったらヘコむぞ、絶対」
可能性はある。「──たぶん」
「うん」
「帰ってこないと思う」
「なんで」
なぜだろう。そんな気がする。「悪い意味じゃ、期待を裏切らない男よ。きっと帰ってこない。私にとって“最悪”な行動をとれる男だからね。今は私、あいつが帰ってこないことが、自分にとって“最悪”になるのかはよくわからないけど。それでもあいつはそう思ってる。あんたの言うとおり、帰ってこなかったら、それほど酷くはなくてもヘコみはすると思う。そういう期待は裏切らない奴だから、たぶん帰ってこない」
ケイは肩をすくませた。
「よくわかんないつきあいしてるよな、ほんと」
「マルコに言わないでよ、こんなの」
「言わねえよ。オレ、口かたいもん」
「ねえ、どの口が言ってんの?」
「補足する。言うなって言われたらってこと」
笑える。「じゃあもうなんも言うなバカ」
「それは無理」
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マルコが戻ってきた。いつのまにか、集まっていた他の車や単車、スクーターたちが、いくつかの外灯で照らされただけの薄暗いパーキングの一部をライトアップするよう、円を描く形に並んでいる。マルコもその円の一部に加わるよう車を移動させた。
そしてエンジンをつけたまま、マルコに続いて私たちも車を降りた。一台の車がヒップホップ音楽を爆音で流している。人数が半端でないのはすぐにわかった。といっても、二百も三百もいるわけではない。だが男の割合高く、五十人以上は軽くいて、いくつかのグループに分かれて話をしていた。
おもしろいのは、おそらくほとんど全員が黒をベースにした服を着ているということ。ジャージやスウェット姿もいるものの、男の多くはキャップをかぶったうえでパーカーのフードをかぶっていた。“ブラック・ギャング”は人種のことではない。チームカラーだ。
マルコが私に言う。「お前、なんで灰皿持ってきてんだよ」
「私はポイ捨てしない派なの。ついでに言えばこれ」火消しに差していた、半分以下になった煙草を見せる。「まだ吸える」
「金持ってるくせに貧乏性だな」
「散々ヒトに金使わせてる奴がなに言ってんすか」
後方から妙に重い雰囲気のある黒い乗用車がパーキングに入ってきて、マルコの車の右隣に停まった。エンジンをかけたまま運転席から男が降り、右ハンドルのその車をまわりこんでこちらにくる。黒い髪は少し長め、その上半分をうしろで束ねていた。マルコほど筋肉質でないその肌の色は少し黒く、目は奥二重だろう。身長はマルコより少し低いくらいだ。マルコと軽い挨拶を交わすと、彼は私とケイを見た。
「その娘がベラ? と、弟のケイ?」
「そー」マルコは私たちに彼を紹介した。「これがブラ・ギャンのボス、チェーソン」
これが噂の。悪の集団のボスなわりには落ち着いて見える。気がした。
「どーも」と、私は愛想のない挨拶をした。
「もっとゴツいの想像してた」ケイが言う。「坊主で太ってて、ドカーン! みたいなの」
「ああ、まえのアタマがそうだったけど」と、チェーソン。「悪かったね、普通で」
そう言うと、やはり黒いトレーナーを着ている彼は振り返って誰かを指で招いた。すぐに男──おそらく高校生くらいの男が二人、駆け寄ってくる。手にはビールを持っていた。チェーソンに飲むかと訊かれ、マルコとケイはいらないと答えたものの、私はもらった。男二人はすぐにさがった。
ビールを飲みながら、チェーソンはケイの顔をまじまじと観察した。
「よく見ると似てんな。昔のマルコそっくり」
彼は微妙そうな顔をした。「オレ、ここまでイカつくなりたくねえ」
「なんでだよ。男前じゃん。毎日のように女取り替えられるぞ」
「男前なのはわかってるけど、兄貴ほど女遊びしたいと思ってないもん。二股とかできる自信ねえし」
チェーソンはけらけらと笑った。
「こいつの二股、二回ぶん知ってるけど、両方失敗してるし。女の扱い適当すぎるから」
マルコがむっとする。「よけいなこと言うなアホ。今もうそんな元気じゃねえよ」
「よく言うよ」視線をこちらへとうつした。「それにしても、マジで中学生? 見えないな」
私も少々ムカついた。「それしょっちゅう言われるんだけど、実際何歳くらいに見えるわけ?」
「んー、べつに老けてるって意味じゃないんだけど。十五でも納得できるし、十四でもとおる。けど十六にも十七にも見える」
カツアゲされた時はメイクをしていなくて、レジーと一緒にいた男にガキだと言われた。メイクがダメなのか。
「あんま嬉しくない」と答えた。
むしろ格好がダメな気もする。ちなみに、私はガキだと言われてもムカつく。というかそろそろ、実年齢より上に見られてもいいか。高校生になれば、だけど。
「身長のせいもあるんだろうから気にしなくていい。──お、来た」
チェーソンが私たちの後方を見やって言った。耳障りな音を出す単車が続けざまに数台、パーキングへと入ってくる。
円を描いた一部の人だかりが道を開け、単車が二台、円の中へと入り、そのまま小さく円を描くように周りはじめた。どちらも二人乗りだ。うしろに乗っているのはおそらく、レジーとパーヴォの喧嘩相手であるブルーとドカン──太っているヒトだろう。
単車が止まり、それを降りたブルーとドカンは両手を挙げて見せた。同時に周りから歓声があがる。ちなみにブルーといっても、それはカツアゲの時がそうだっただけで、今日は彼らも黒い服を着ている。真っ黒だ。
チェーソンはまた誰かになにかを合図した。すると二人を乗せてきた単車がさがると同時に大音量で鳴らされていた音楽が消え、ひとりの男が円の中心に立ち、再びの歓声の中で彼ら二人を紹介した。名前は聞こえなかった。
「そして挑戦者──」マイクなどあるわけがないので、男は声をあげた。「レジーとパーヴォ!」
彼が腕を伸ばした先から、レジーとパーヴォが現れる。こちらも同じくらいの──おそらく少々のブーイングが混じった歓声が沸いた。二人は両手を挙げたりはしなかった。どちらもポケットに両手をつっこんで、敵の二人を睨むように見ている。服装も真っ黒ではない。レジーは白に黒いプリントの入った──おそらく最初に会ったカツアゲの時と同じパーカーを着ている。
チェーソンが円の中心へと向かい、私とケイはマルコに続いて彼の車のフロント部分へと移動した。マルコ、ケイ、私と並んで、エンジンをつけたままのボンネットに腰かける。
チェーソンが右手を少し挙げただけで、歓声だか冷やかしだかわからない声は止まり、あたりはしんと静まり返った。
「チームの奴全員がわかってると思うけど──」ビール缶片手に彼が言葉を継ぐ。「俺はやりたくねえことを無理にやらせるために、まえのアタマを殴ったわけじゃない。レジーとパーヴォはチームに入ってない。それはお前ら二人もわかってるはずだ」ブルーとドカンに言っている。
「けど」、と言ってレジーとパーヴォへと視線をうつす。
「お前らにカツアゲのやり方教えたのはチームの奴らだ。もちろんお前らがチームメンバーとして行動してないことはわかってる。お前らがもうやらねえっつったのにこいつらがキレるってのも、筋が通らねえだろうよ。でもな。今までチームの奴らと一緒になって散々オイシイ思いしといて、いきなりやめるって言われても、すぐには納得できないもんだ」
というか、“友達”なのか“連れ”なのかは知らないが、足を洗おうとする人間を止めるというのは、どうなのだろう。“友達”でも“連れ”でもないような、少なくとも“友達”ではないよな。言い換えれば、禁煙しようとする友達を止めるのと同じことになる気がする。そしてこの喧嘩祭りというものじたい、どうなのだろう。禁煙が原因でもこういうことになるのか。
そんな私の考えをよそに、チェーソンは続けた。
「一週間前の喧嘩の勝敗はなしだ。今日この時間、この場で決着をつける。レジーとパーヴォが勝ったら、なにをやめようと、もう誰にも文句は言わせない。言うなら俺が直接潰す。その代わり負けたら、またカツアゲにつきあうか、もしくはチームに入るかだ。一回戦はパコ対パーヴォ」ブルーはパコと言う名前らしい。「二回戦はビロン対レジーだ」ドカンではなくビロンなのだとか。「十分後に一回戦をはじめる」
たかが喧嘩に、なんだこの規模。いや、これが“決闘”なのか。殺し合いとは違うのか。マシンガンでバババババーン、みたいな。




