* Believing
私は、五月がキライだ。
五月は自分の誕生日があると同時に、アゼルとはじめて会った月でもある。とはいっても、どの月にもアゼルたちの記憶があるせいで、一年のほとんどがキライになりつつあるけれど。
十日の日曜は私の十五歳の誕生日で、その翌日、今年は多くの同級生からプレゼントをもらった。笑わせバトルに参加していた連中からお菓子をもらったり、アニタたちはCDだったりアクセサリーだったりサングラスだったりという、細々したものをくれたり。
ちなみに彼らは今、私に球技大会へのやる気を起こさせられるのは誰かという勝負をしている。これがなかなか難しい。以前なら乗ってやっていた挑発にも、まったく乗らなくなっているのだ。
そこでA組とB組の男子二人が、D組が優勝もしくは準優勝したらキスしてやると言いだした。そっちが優勝したらフレンチでキスしてあげると返すと、彼らのほうがやる気になった。
アゼル以外にも、つきあってもいないのに三人の男とキスしたことのある私にとっては、フレンチキスなどというものにはまったく意味がなく、してたまるかと息巻いてやる気を起こす理由にはならなかった。
二十九日に開催される球技大会のチラシもすでに配られていて、カルメーラを含む同じクラスの女子と、アニタたち他クラスの女子たちが、今年も応援メッセージを作って貼ろうと持ちかけてきた。興味がないから勝手にやれと言っておいた。
けっきょく私のやる気ゲージがまったく上がらないまま、さらに二週間が過ぎ、二十六日。昼休憩時間になるとやはりゲルトたち、アニタたちが来て、話をしているところにさらに、中学二年生になったケイが教室に来た。
机の上、私が腕を広げてアピールすると、ケイはハグに応えてくれた。
私が離そうとしないものだから、彼はとうとう呆れた声を出した。「長いって」
「もうちょっと」
ケイはいつも、私と同じ香水の香りがする。去年の私の誕生日、祖母がプレゼントしてくれたものを彼も気に入って、同じものを使いはじめたのだ。ちなみに彼は今、三月に中学を卒業したばかりの新高校一年生とつきあっている。アゼルのことも、リーズたちのことも知っている。
ハグもまともにできない、クソ生意気なガキだったケイでも──私にはまだまだ届かないが──また少し身長が伸びたせいか、少し落ち着いた感があるからか、ハグをすると安心する。彼は男というより身内側、弟のような存在で、だからこそ落ち着くのかもしれない。
「よし」私はやっと彼を離した。「で?」
「同期の女共が、今年も応援メッセージ、やるのかって」
「やるみたい。私は参加しないけど」
「二年もやっていい?」
喋ると落ち着き感がゼロになる気がする。「やればいいよ。許可とりたきゃとればいいけど、去年やってるし、平気だと思う」
ケイは肩をすくませた。
「ま、そうだよな。んじゃ勝手にやれっつっとく。んで女の何人かが、知ってる一年にも声かけようかっつってんだ。一年がやるっつったら、そこは許可とらなきゃいけないじゃん。ボダルト主事じゃなきゃダメ?」
許可をとるとすれば、女子が中心か。「主事じゃなくてもかまわない。女子がメインで動くんだから、カンニネン教諭でもいいわよ」カンニネン教諭はけっきょく今年もクラスを受け持つことはせず、私たちの学年の主任になった。「頼りないけどね。なんならあんたがついてってあげて、主事に頼めばいいじゃない。それがいちばん話が早いわよ」
「めんどくせえよ。なんか去年より怖くなってるし」
主事のなにが変わったというのだ。「平気。私の名前出せばいいよ。主事に頼むよう私に言われたって言えば、すぐにわかる。あとなんならね、私が、許可くれないなら球技大会に出ないとかほざいてたって言ってみ。すぐだから」
彼は笑った。
「わかった。んじゃ一年のぶんはオレが行く」
話がまとまったところで、トルベンの隣で私の椅子に座っているセテが、私に球技大会のやる気を起こさせる勝負をしていることと、なにを言ってもまったく効果がないことをケイに話した。
「やる気になんなくてもいいんじゃないの?」ケイが答える。「だって今年はわりとクラス、分かれてんだろ? ベラがやる気になんないほうが、勝てる確率は上がるじゃん」
「そういう問題じゃねえんだよ」ゲルトが言った。「勝ち云々は正直、どうでもいい。俺らもやる気がないといえばないし。けど、やる気のないこいつなんてつまんねえだろ」
「まあ、確かに?」
イヴァンが続ける。「ドッジはベラにとっちゃストレス発散だから、おちょくってストレス溜めてやろうとしたけど、それもダメだったんだよ。食い物で吊るのもダメ。オレなんか特に、ベラがやる気出さないとやる気出ないのに」
「けどオレにとっちゃ、そのほうがありがたいよ。二人が別クラスで勝てる確率が上がってるうえに、二人ともやる気ないってなったらさ」
「やる気のない奴らに勝って嬉しいか?」
ゲルトが訊くと、ケイは眉を寄せた。「べつにいいと思うけど──」こちらに言う。「どうなの、これ」
「さあ」と、私。「べつにいいよね。適当にやって適当に終わらせれば」
「だよな。オレたち二年は本気でやるけど。特にお前とイヴァンのクラスは、本気で潰す気でいくけど」
私とイヴァンは去年の球技大会、一年C組だったケイのクラスに助っ人として参加し、準優勝まで持っていった。アゼルたちを混ぜて状況をイーブンにしたものの、優勝は私たち、二年D組だった。
つまり雪辱を果たしたいらしい。「がんばれ」
「けど」ケイがつけたす。「約束。他のクラスはどうでもいいけど、オレら二年とやる時は、本気でやれ。オレも二年の奴ら、もう一回煽っとく。だからお前もちゃんと本気出せ」
なにを言いだすかと思えば。「そんな約束はできません」
「オレと約束出来ないっつーの? またオレをヘコませる気? またがっかりさせる気?」
痛いところを突いてくる。本気ではないだろうが──いや、どうなのだろう。
彼は右手の小指をこちらに向けた。「約束しろ。ドッジで二年と試合する時は、ちゃんと本気でやれ」
約束などしたくないのに、約束などキライなのに、こんな言いかたをされると、応えないわけにはいかない。
溜め息をついて渋々、私は彼と指きりをした。
「約束する。二年とは本気でやる」渋々だったはずなのに、なんだかムカついてきた。「っていうか、あんたのクラスだけは潰してやる。あと去年、一年C組だった連中。顔覚えてる限り潰してやる」
彼は生意気強気に微笑んだ。
「やれるもんならやってみろ。もう二年になったんだぞ。オレらだってそれなりに体力ついてる。負けねえよ?」
ケイがなぜか、アゼルに結びつく。ムカつく。「こっちだって体力は──ついてるか知らないけど、っていうかクラス的には弱いけど、私はすぐにはやられない」
「よし」小指を離し、ケイはゲルトへと視線をうつした。「あれ、二年だけだからダメ?」
「半端だから半額でいいか」
そう言うと、ゲルトたちはさっさと五十フラムずつ、コインがない何人かは百フラムを出して、今この場にいない連中のぶんも肩代わりしたりで、ダヴィデの手からケイに、千四百フラムが小銭で渡った。
なにこれと訊いて、彼らに勝負の賞金のことを簡単に説明されると、ケイはありがたく受け取ることにし、教室をあとにした。
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「一年には許可、出した」
翌日、放課後の第一校舎正面玄関フロア、生徒指導室前。ドアにもたれる生徒指導主事が私に言った。今日は呼び出されたわけではなく、昼休憩時間にケイからメールが入ったので、私が主事に会いに来た。
彼が続ける。「許可おろさないと来ないとか、そんな脅しが通用しないのはわかってるだろ」
私は苦笑った。「脅しのつもりじゃないですよ。ちょっとユーモアをつけたす機会を彼にあげただけ。そんなことしなくても許可がおりるってのはわかってますもん」
彼が肩をすくませる。
「で? やる気になったのか」
「いえ──微妙です。同期の連中は、どうにかやる気を出させようとしていろいろ、言ってくるんですけど。アゼルたちのことがどうこうっていうのじゃなくて、そこはもういいんですけど、去年のタスカとの最強伝説を崩したくないってのが大きくて」タスカはイヴァンのことだ。イヴァン・タスカ。
「ひとり勝ちじゃダメなのか」
主事の質問に、私は首を横に振った。
「だってクラスメイト的に、勝てないですし」
今度は呆れ色の溜め息が返ってくる。
「校長たちもルシファーたちのことは知ってるからな。お前の精神状態が不安定なんだろうってことも予想はしてたし、クラス分けはかなり悩んでた。ただ二月のあれを抜きにしても、立場的に、組み合わせによってはお前をヒイキしてることになる。あの件では誰のことを責めてるわけでもないが、お前なら乗り越えるだろうって、そう信じてはいる」
「てっきりもう、失望されてると思ってましたが」
「それはない。本物の信頼ってのは、簡単にはなくならん。相手の裏でなにが起こってたかを知ってて、それも原因のひとつだろうって受け入れたら、よけいな。このあいだの話はまだしてないが、心配もしてる。プレッシャーになるとよくないだろうからって、言いはしないが」
大人は、大きい。
「乗り越えろ、グラール」主事が言葉を継ぐ。「信頼を裏切るなとは言わん。落胆させるなとも言わん。優勝を目指せとも言わん。遊び半分、本気半分。そう言ったのはお前だ。それは今年も変わらんから、それをプレッシャーにしなくていい。ただ、お前は前に進め。これだけは言いきれる。お前は進める人間だ。問題を起こすわけじゃないなら、多少自分勝手でもいい。ルシファーを待ってるのかは知らんが、待つにしても待たないにしても、前に進めよ」
思わず、泣きそうになった。
私は、崩れ落ちなければいいと思っていた。だが立ち止まっていただけだった。
時々振り返り、前を見ようとして、けっきょく進めていなかった。立ち止まっていただけだったのだ。
泣きたくなくて、苦笑った。
「そうですね──待たないって決意は、一月から変わってませんし」ただ少し振り返り、恋しがっただけだ。「ドッジじゃ勝てる自信はまったくないけど、遊び半分本気半分で、勝てる可能性のあるバレーをがんばることにします」でももう、それもしない。「校長たちの気持ちに応えられるかはわかりませんけど、乗り越えられると思ってくれてるその気持ちを、私は信じることにします」
そう答えると、主事はめずらしくも微笑んだ。「そうしろ」
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“本物の信頼は、簡単にはなくならない”
この言葉は、意外だった。
私はまだ、子供なのだろう。裏切られて泣きわめいて、そうでなければ怒って、憎しみに変えてしまう。
けれども大人は、できるヒトは、簡単に失望したりはしないらしい。
アゼルに対して同じことをできるわけはないけれど、そうではなく、乗り越えられると信じてくれているヒトたちの気持ちと、そう信じてもらえてる自分のことを、信じてみることにする。
憎しみに変えれば持ち歩けるはずだったのに、持ってはみても、歩いてはいなかった。
もう、やめる。
やっと少し笑えるようになったのだから、あとは時間が解決してくれるだろう。ただほんの少し、私が考えかたを変えればいい。
そうすればきっと、前に進める。




