* Invitation
十二月五日、木曜。
二時限目の休憩時間、三年D組の教室にやってきたケイに呼び出され、フロアの中央階段脇に立った。腕を組んで右肩を壁にあずけ、彼が切りだす。
「土曜、暇か?」
嫌な予感がした。「私、受験生」
「よし、暇だな」無視だった。「祭りがあんだって。行こーぜ」
「ねえ。つくならもうちょっとマシな嘘つけば? もう十二月よ。クリスマスやカウントダウンじゃあるまいし、そんなのあるわけないじゃない」
「そういう祭りじゃねえよ。けど祭り」
「屋台出る?」
質問すると、彼はあっさり答えた。「あるわけないじゃん」
私はむっとした。「なら行かない。屋台の出ない祭りなんて興味ない」
「ダメ。行くの」譲らないつもりだ。「兄貴が連れてってくれる」
ほらきた。と、私は思った。
「兄貴、昼すぎまで親父の仕事手伝わされるらしいから、たぶん昼の二時か三時くらいになると思う。そのくらいに迎え行く。そんでドライブしてちょっと早めに飯食って、したら祭り」
「なんでわざわざ学校で言うの? 昨日の夜にでもメールか電話すればよかったじゃない」
彼は勝ち誇ったような表情をした。「直接のほうが説得しやすいだろ。直接なら、お前は絶対断れねえ。それに兄貴がいるところで電話したら、渋るお前にムカついて兄貴が電話代わるかもしれないし、そしたらお前は無理やり電話切る可能性がある。オレが直で言うほうが早いじゃん」
そう言われるとそんな気がした。そうなる場面が安易に想像できた。
実際、マルコからの電話にはもう、応じないつもりでいた。今度車に乗れば、今度こそアマウント・ウィズダムに連れていかれそうだ。せっかく祖母の家でのパーティーをクリスマス当日にしたのに、そんなことされれば困る。まあアマウント・ウィズダムに行くかどうかは、今も正直迷っているけれど。二十三日の夜に行けば、なんてことを、なにげに考えていたりもする。
私は溜め息をついた。
「わかった。行けばいいんでしょ。で? 帰りはまた遅くなるわけ?」
「そりゃな。まあたぶん、十時かそこらには帰れるんじゃね、知らねえけど。っていうかお前、いつまでその制服でいる気? もう十二月だぞ。周り、みんな冬服になってるだろ。寒くねえの?」
私はまだ春秋用の新制服を着ている。登下校時はパーカーを羽織っているから平気なものの、授業中は少々寒い。教室の暖房は一月と二月、しかもクラスメイトの半数以上の同意がなければつけてもらえない。
「正直、わりと寒い。特に朝。来週からは冬服になるつもり」
そう答えると、ケイは肩をすくませた。
「まあ似合ってるからいいんだけどさ。風邪ひくなよ。入試の時に風邪ひいたとか最悪だぞ」
──風邪。
「ひかないよ」と、私。「私はバカだから風邪ひいても気づかないの」
彼は笑った。「オレは一月がマジで弱い。ほぼ毎年ひいてる」
休憩時間終了、三時限目開始のベルが鳴った。
「あ、行くわ」階段のほうへと身体を向ける。「土曜の昼すぎな、忘れんなよ」
彼に手を振った。「ん」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
土曜。
午後二時半すぎ、インターホンが鳴らされた。ケイだ。外にはマルコの車が停まっている。急かされるまま、祖母に少し遅くなるかもと伝え、車に乗り込んだ。ケイと並んで後部座席に座る。マルコには、ガソリン代を出すからキャッスル・ストリートからウェスト・キャッスルを出てと頼んだ。了承された。
車が走り出すと、右隣でケイが、私の履いているレギンスを見ながら訊いた。
「ってゆーか、なにこれ。ストッキング?」
「レギンスらしい」私は答えた。黒のストッキングに黒い生地を巻きつけたような、よくわからない、スタッズつきのデザインだ。「いつ買ったのかも覚えてないけど、なんかあったから。履いてみた」
「パンクがキライなくせに、パンクみたいになってる」
「元を辿ればロックだからね。イライラしそうな時とかは私、服装がロック系になるの。たいていはジーンズにTシャツとかキャミソールとか、季節的にはドルマンチュニックとかだけど。イヤな予感しかしない時はとりあえず派手になる」
「たぶん大丈夫だって。お前もキライじゃないはず」
「じゃあそろそろ教えてくれる? なんの祭りなのか」
「まだ」運転中のマルコが口をはさんだ。「っつーか先にどこ行くか決めろよ、ケイ」
「南は? まだ行ってねえ」
「あんま行くと目的地が遠くなるからな。南だと戻ってくるのがしんどい」
「んじゃ北! ローア・ゲートのほう。ゲーセン行きたい」
「はあ? わざわざローア・ゲートに行ってゲーセンてなんだよ」
「センター街のゲーセン、最近景品がシケてるもん。それに兄貴、昔言ってたじゃん。ローア・ゲートにあるゲーセンは設定が甘いって」
「いつの話だよ。何年前だと思ってんだ。しかもお前、そんな金ねえだろ」
「平気。朝兄貴がシャワー浴びてるあいだに、親父とおふくろにちょっともらったし。足りなくなったらベラにやらせる」
なぜ私。
「ああ、なるほど」マルコはなぜか納得した。「んじゃゲーセン巡りか」
「巡る! ゲームソフト置いてるゲーセン探す!」
「よっしゃ」
車のスピードが上がった。なんだこの兄弟。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ゲームセンターなど興味がないのに、なぜかそれ巡りにつきあわされた。少し大きい町に行っては、ゲームセンターのあるショッピングモールを探した。ケイの目当ては景品にゲームソフトを置いているUFOキャッチャーだったのだが、なぜかカーレースゲームにまでつきあわされた。ボコボコにされた。
UFOキャッチャーのセンスも私にはないらしく、けっきょくケイとマルコにお金を渡して勝手にやれ状態だ。実は連れてこられたの、財布目当てなのではないかと思った。
それでもぬいぐるみやくだらないアニメグッズといったものなら少々甘く設定されているUFOキャッチャーのツメも、ゲームソフトとなるとさすがにそうはいかないらしかった。ケイが欲しいらしいゲームソフトを手に入れられないまま、ローア・ゲートを東から西へと進み、ショッピングセンターやそれよりも大規模なショッピングモールをハシゴしていった。
プランク・プレイン・シティに入り、もう何軒めだかわからないショッピングモール。ゲームセンターの隣に中古品も取り扱うゲームショップを見つけ、ケイを連れてそこに入った。
当然のように、私やアゼルたちがマブで遊んでいたゲームが中古ゲームとして売られていた。もちろんそれ以外もある。
ゲーム機がどんどん進化していくにつれ、ゲームソフトも当然値上がりしていく。数年前なら、大ヒット商品でなければ二千フラムで買えたものが三千フラムを越え、高いものなら5千フラムになる。マルコは、おそらくこれから、もっと値が上がると言った。もしかすると数年後にはたいしておもしろくもない、ヒットもしないものでも八千フラムくらいになるかも、と。
私はゲームには執着しないのでどうでもいいが、ケイのようなゲーム好きにはおそらく痛手だ。
一度ひとりで店を出てATMでお金をおろし、またゲームショップに戻ると、一万フラムまでならクリスマスプレゼントとして買ってあげるとケイに言った。彼はマルコと一緒に本気で悩みはじめた。安いのをたくさん買うか、高いのを数本買うかだ。
そのうちマルコの入れ知恵で、マルコにもクリスマスプレゼントを渡せと提案──というより強制された。上限金額が五千フラム追加され、私の財布からは一万五千フラムが颯爽と消え、遠慮のないふざけたモンタルド兄弟は勝ち誇ったようにハイタッチをした。しかも二度目のデザートを奢らされた。もうやだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「喧嘩?」すっかり暗くなった空の下を走る車内、私は訊き返した。「祭りじゃなくて喧嘩?」
「喧嘩祭り」とケイが言いなおす。「お前の知ってる奴らしいぞ」
私はぽかんとしている。
「レジーとパーヴォ」運転中のマルコが答えた。「二人が喧嘩するわけじゃねえよ。カツアゲの時、助手席側にレジーといた奴、覚えてるだろ? あいつとパーヴォが喧嘩して、運転席側にいたデブがレジーと喧嘩する」
意味がわからなかった。「ちょっと待ってよ、なんでそんなことになってんの?」
「レジーに言ったんだろ、集団でカツアゲするのはどうかと思うとかなんとか、変な正義感チラつかせて。レジーはそれまでなんも思ってなかったけど、やたらはっきりモノ言われたせいで違和感感じて、次の日またカツアゲに呼ばれたけど、やらねえって言った。デブがキレた。で、パーヴォも巻き込んで喧嘩になってやられた」
やられたのかよ。
マルコが続ける。「話を聞いたチェーソンが、とりあえずその喧嘩はなかったことにしろっつった。その話の流れでデブがキレるところじゃねえだろって。あいつもそれなりに筋は通すからな。ただレジーとパーヴォはブラ・ギャンじゃねえけど、デブたちはチームに入ってる。あからさまにレジーたちの味方をするわけにもいかねえ。だから一週間の猶予をやった。気持ち変わんねえなら一週間後にみんなの前でリベンジしろっつって。勝ったらもうカツアゲだのなんだの、やりたくねえことにつきあわなくていい。その代わり、これはデブたちが出した条件だけど、負けたら今までどおりカツアゲにつきあうか、チームに入るかってことになってる。で、今日がその決闘の日」
私は唖然としていた。どいつもこいつも、どこまでバカなのだろう。
ケイが補足する。「ちなみにこの一週間、兄貴がその二人に喧嘩教えた。なんかその、チェーソン? は、立場的にそんな味方できねえからって、兄貴に話がまわってきたんだって」
は。
「パーヴォは喧嘩の実践、そんなないらしいけどな」マルコが言う。「まあ体格でいや互角だし、それなりにセンスはあるから、たぶんそんな苦戦はしねえ。レジーはわりと喧嘩できるけど、相手があのデブだし。あいつらも小学校の時にボクシングかじってたらしくて、なんかキレーな喧嘩しようとするから、ちょっとクロいやりかた教えてやった」
橋を渡りきり、車が右折して土手に出る。
「っていうか、なんでそこにあんたがいるわけ?」私はケイに訊いた。「あんたはそういうんじゃないでしょ」
彼は肩をすくませる。
「心配しなくても、そういうのになりたいわけじゃねえよ。するつもりもない。そりゃ喧嘩のしかたはなんとなく、兄貴に教えてもらってるけどさ。兄貴にその電話がきた時、オレも一緒にいて、ベラが行くなら見に行きたいっつっただけ」
「ならいいけど──」いや、いいのかどうかはわからない。マルコに訊く。「っていうか、なんでそれを私が見に行かなきゃいけないの? あいつらの番号もアドレスも消したし、消すってのもレジーに言った。聞いてないの?」
「聞いてる」と彼は答えた。「お前が原因だとは言わねえけど、元はといえばお前だろ。まああいつらは、単に殴られたのにムカついてやり返したいだけだとか言ってるけど。俺だって、どっちが勝とうが負けようがどうでもいいとは思う。けど筋通すって意味で言や、お前は見るべきだろ。見届けてやれよ」
そんなことを言われても。




