* Twisted Justice
「それにしたって、マジでありえないよね」アニタが言った。「普通だ普通だって言いながら、なんかものすごく微妙。正直超がっかり」
ボードウォークのステップ、すでにクレープを食べたあと。彼女は私の左隣で手すりに背をあずけて腰をおろしている。その一段下には同じようにナンネが、その隣にエルミ、ジョンアが座っている。私とエルミがここまで戻ってきた時、四人組はすでにいなくなっていた。合流すると、私たちはとりあえずクレープを食べた。
「だからごめんつってんじゃん!」エルミがしかめっつらで言う。「声とかノリとかだと、あんなのが来るなんて思わなかったんだって!」
ナンネがつぶやく。「あたしももう怖いわ。会う気はないけど、べつに顔で選ぶとかでもないけど、おもしろいと思ってた相手がああいうのだったらマジでどうしよう的な」
「マシなの、あの左端にいた子だけだよね」アニタはおそらく特徴のない男のことを言ってる。「地味だけど、地味なのも悪くないんだなって思ったもん」
その言葉に、ナンネは笑いながら同意した。
「で、どうすんの? これから」
「もう帰ればいいんじゃね」と、私。
「せっかくここまで来たのに!?」反論したものの、アニタはすぐ思い直したらしい。「ああ、でも金ないや」月末なので。
「“今から”で投稿してみる?」エルミが提案した。「べつに実際話さなくても、ああやって観察するのはちょっとおもしろい気がする」
「メル友じゃないから幻滅もしないし?」と、ナンネ。
アニタも乗った。「あ、それおもしろそう。とりあえず使ってるとこ見てみたい」
こいつらバカなのではないか。
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エルミの教えに従って、アニタがなぜか私の携帯電話で投稿することになった。もうどうでもよくなったので、私はひとりソフトクリームを買いに行った。
さっきアニタたちがクレープを買った店なのだけれど、新商品として、高級ソフトクリームなるものが発売されていた。コーンが大好きなワッフルコーンではなく、薄焼きクッキーのような感じだ。お値段まさかの五百フラム。さすがにどうかと思ったものの、とりあえず買ってみた。
ありえなかった。おいしい。ふわふわ。五百フラムの価値はある。でもさすがにもったいない気もする。一日ひとつ食べたら、月にいくらになるのだという話だ。
というか、売る場所を間違っている気がする。グランド・フラックスではなくファイブ・クラウドで売るべきだ。いや、ファイブ・クラウドではスウィーツショップには行かないし、もしかすると売られているのかもしれないが。
アニタにも食べさせてやりたい気がする。って、こんなものが売られていること、なぜ教えてくれなかったのだろう。あのやろう。
「ベラ?」
戻ろうとしているところに聞き覚えのある男の声で名前を呼ばれて振り返った。私、一瞬かたまった。ゼインとサビナだ。
「ハイ」
「ハイ」サビナも私に挨拶した。彼女たちは仲良く手をつないでる。
「なにやってんだ」サビナを連れてこちらへと歩きながらゼインが言った。「うわ、なにそのソフトクリーム」
「五百フラムの高級ソフトクリーム」黒のルーズなロングニット・ガウンコートのポケットから、先ほどの釣りの五百フラムを差し出した。「食う? そこのスウィーツショップで売ってる」
「一個五百フラム!?」彼が五百フラムコインを受け取る。「マジで? うまい?」
「超うまい」と、私。「ルキとアドニスの誕生日はこれでいいんじゃないかと思う」
彼は笑った。「お前が食いたいだけだろ。けど」サビナへと視線をうつす。「奢ってくれるらしいから、甘えよーか。ちょっと食ってみたい」
サビナが私に訊く。「いいの?」
「うん。っていうか、これは食ったほうがいいと思う。マジで」
「じゃあ──ありがと」
「お前はひとり?」ゼインが訊ねる。「な、わけないか」
「友達と一緒。でも」サビナに言う。「アニタやエルミたちだから、こっちは通らないほうがいいかも。エルミに見つかったら話しかけるとか言いだして、ちょっと面倒な気がするから」
「ああ、わかった」
「んじゃスウィーツショップ通り抜けて、店のほう行くか」ゼインがサビナに提案した。「そんで久々にサウス・アーケードのほうに行くとか」
「そだね」と彼女も同意する。「そうしよっか」
サウス・アーケードなど久しく行っていない。「んじゃね」
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アニタたちのところに戻ると、残り半分ほどになったソフトクリームを一口ずつ、彼女たちにあげた。うまいと絶叫していた。アニタはこの新商品の存在に気づいたものの、さすがに高すぎると思ったらしい。エルミは値段を訊いて愕然としていた。
メールのほうはといえば、私がいないあいだに投稿と受信が完了、アニタもアドレスを一時的なものに変え、十五歳と十六歳らしい二人に偽アドレスを教えてやりとり、エルミは私の携帯電話で十六歳と十七歳の二人とやりとりして、どれを呼ぶかを決めている最中だった。テーブルベンチが空いたことに気づき、急いでそこを陣取った。
エルミの感覚はアテにならないなどと言い、アニタは自分のほうから十六歳の男を選んだ。ちなみに投稿の内容は、今女三人で遊んでいるのだけれど、市内のセンター街近くに住んでいる男三人組、話せませんか、的な内容らしい。他の女の投稿を参考にしたらしいのだが、ただ観察したいだけで、会う気などさらさらないという。彼女たちはケイネル・エイジの人間を避けるために地元を訊いていた。もちろん嘘かもしれないので、センター街より西が地元という相手も避ける。
アニタが選んだのはセンター街の南側にあるショア・オフィングという町に住んでいるという男だった。近いから二十分もあれば着くとかで、やはりグランド・フラックスに彼らを呼んだ。
そしてエルミが物足りなさそうな顔をするものだからしかたなく、高級ソフトクリームを奢ってさしあげることにした。アニタたちにも食うかと訊くと、少々遠慮を見せたもののアニタとナンネが欲しいと答え、ジョンアはいいと言ったけれど、食べられないわけじゃないならついでに食っとけと二千フラムを出した。アニタとエルミがご機嫌で買いにいった。
あまりのおいしさに発狂気味に絶賛していたものの、ジョンア以外、また太ってしまうと後悔もしていた。実際エルミは、去年あたりからなにげに太っている。気にしていないのだと思っていたのだが、実は気にしていたらしい。
ナンネは冬休みからダイエットすると言いだした。アニタは太っていないし、むしろ細いほうなのだけれど、私の身長や体重を気にするものだから、どうしても自分が理想体型だとは思えないという。よくわからない。
そしてやってきたのは、身長がわかりやすく大中小となっていて、髪もゴールデンブロンド、ライトアッシュブラウン、ダークブラウンと三拍子揃った三人組の男だった。不良な感じではないけれど真面目すぎる見た目というわけでもなく、顔も特別かっこいいわけではないものの、なにもかもがわりと普通なものだから、会う気はなかったはずなのに、話してみてもいいかもと言いだすバカがいた。アニタとエルミだ。
三人組だと言ったのでこちらは三人でなければダメかもと言いながら、会話ができるジョンアと三人で行こうかという話になり、私が帰ると言ったので、ナンネも入れて四人で彼らのところに行くことにした。ひとり増えたと言い訳して。
相手のアドレスをアニタの携帯電話に送り、自分のメールアドレスを元に戻すと、私はひとり祖母の家へと帰った。つきあってられない。
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夜の十時半頃。
レジーにメールを入れて電話、昼間の流れを説明した。彼はものすごく笑った。
「で、なんでベラは途中で帰っちゃったわけ?」電話越しにレジーが訊いた。「話せばよかったのに」
私はラグの上、赤いビーズクッションに背をあずけて仰向けに寝転んでいる。
「ヒトと話すの、そんなに好きじゃないから」
「無口?」
「そういうわけじゃない。でも知らない人間と知り合うことがまず苦手。愛想よくするのが苦手」
「最初は愛想よかった気がするけどな」と、彼。「あれか、ツレ相手だとめっちゃ喋るけど、人見知りするみたいな」
「それも違う気がする。友達といても、喋らない時は喋らない。気まぐれだから。知らない奴相手に弾丸トークかますこともあるけど、それは目的がある時だけ。私の行動ってなんか変わってるらしくて、みんないちいち理由を訊いてくる。こうやって自分の性格がどうこうっていう説明をするのがめんどくさい」
「え、いや、ごめん」あやまった。「で? その二組目はどーだったん? ナンネたち的に」
夕方、アニタたちは報告のために家に来た。しばらく話して、それなりに楽しかったものの、本当に話すだけで終わったという。エルミいわく、むこうのノリというのもあってか、アドニスたちやレジーたちと話した時ほどは楽しくなかったとか。今度からは不良らしき男を捜すことにすると言っていた。あとノリ重視。
「普通だって」私は答えた。「よくわかんない。つまらなくはないけどめちゃくちゃノリがいいってわけでもなくて、アドレス交換したわけでもないし、次会うってのもたぶんないって」
「そんなもんか。まあ確かに、ノリってのは大事なんだよな。オレらもそーやって思われるのがイヤだから、たいていノリよくしてるもん」
「愛想よくってのがうまいのね。不良のくせに」
「くせに言うな」とレジー。「ちなみにオレ、ベラのことは相当変な女だと思った。あの状況──最初のあれで笑うとか、マジありえねえ。マルコがいるからかと思ったけど、そうでもないっぽいし」
カツアゲの時。「特になにも考えてなかった。空気読むのが下手なのよね。場違いなこと言ってつっこまれることもよくある。殴られたら殴り返しただろうし、怒鳴られたらこっちもキレてたと思う。マルコだって黙ってないだろうけど、私は私で、やられたらそのぶん返すだろうし。あなたが普通に会話してくれなかったら、もっと違う状況になってたかも」
「怖いよなんか。オレは女には手上げねえもん。ベラがオレらと同世代だってのはすぐわかったから、イコール運転手だって若い可能性が高いわけじゃん、ウリでもしてない限り。けどベラが普通に出てきたあたり、そんなやましいところじゃねえし、運転手が女って可能性も低くなる。だとしたら高い確率で二択。あんな高級車に乗った若い男といえば、金持ちシシーかヤバイことしてる男かのどっちか」“シシー”というのは軟弱男のことだ。「ちょっと考えりゃわかるのに、あいつら止まんないんだもん」
「まああいつに喧嘩を売った時点で、ある程度ああなることは予測できたんだけど。でもよかった、車傷つけなくて。それやってたら、あのバカのことだから、たぶんもっとやってた気がする」
「オレもそんな気がする」と、彼は苦笑いながら答えた。「いや、車に手出さないってのは最低限のルールなんだわ。あとから面倒が起きた時、弁償させられたら困るし、軍手は痕跡残さないようになんだけど。たいていは何人かで脅すだけで金入るからさ、それでちょろっと小遣い稼ぎ」
それを小遣い稼ぎと言うのか。「バイトしようとか思わないの?」
「あー、たまにやるけど、夏休みとかだけだな。人手が足りない時に日雇いで、みたいな。けどそんなんすぐなくなるし。つってもあれだよ、カツアゲは、上に呼び出されてつきあうのが多い。金ないからちょっとつきあえみたいな」
「抜け出せないループに入ってんのね。暇だし自分もお金ないからまあいいかってなって、そんなことをずるずると」
「あ、わかってくれる?」彼は軽い調子で応じた。「しかも何人かで山分けするとしたら、やっぱ何件かやんなきゃいけないし。ヘタレのおっさんとかがビビッてんの見てんのが、ちょっとおもろいってのもある。最近いちばん笑ったのは、最新型のオープンカーでケバい女と山の上の公園でイチャついてる三十代の男にカツアゲかました時。こっち十人くらいいたんだけど、金よこせってはっきり言う前に、自ら有り金ぜんぶ出してきたもん。半泣きで土下座して、これで勘弁してくれって。女は二十ちょいだったんだけど、さすがにドン引きしてて、先輩がそのままお持ち帰りしたっていうな」
なにが楽しいのだろう。「イライラしたらヒト殴ったり、喧嘩売られたら買ったりってのはわかるけど、そういうのはわかんないや。集団でどうこうってのが好きじゃない」
「ああ──まあ、そうだろうけど。え、サシだったり、二対二とかならカツアゲはアリなわけ?」
ありかなしかで決めるものなのか。「どうかな。カツアゲって行為そのものはどうかと思うけど、サシや二対二ならまだマシなような──でも他人のモノを威嚇や暴力で強引に奪うってのが、やっぱなしか。マルコがやったことも、どうかとは思う。でも先に仕掛けてきたのはそっちで、あいつは喧嘩を買っただけ。ついでに奪われそうになったものを逆に奪っただけ。呆れはしたけど、そこまで気にはならない。でも無抵抗の、関係ない人間相手に仕掛けるのはちょっと違うかな。あなたたちがなにをしようとどうでもいいけど、集団で弱い人間を攻撃するようなのは好きじゃないから、あなたたちと友達にってのは無理ね。ってことで、私はもう寝る。番号とアドレスは消すから、そっちも消して」
「え、ちょい待ってって」レジーが引き止めた。
「なに」
「これ、そういう電話だっけ?」
「話の流れでそうなっただけ。私はお金を貰えるほうだから、お金がなくてそういうことをするってのは、わからないわけじゃないけどやっぱりイヤ。私が知ってる金のない喧嘩バカは、ずっと親を脅してお金巻き上げてたけど、中学を卒業したらすぐに仕事をはじめた。そっちが言ってたみたいに、正規じゃなくて日雇いで、週に何日か呼んでもらえればいいほうだったけど、続けてるうちに仕事は増えた」
増えたのに、バカなことをしたものだ。アゼルが裏切ったのは、なにも私のことだけではない。
私は続けた。「それがあたりまえだと思ってた。あなたたちのカツアゲに笑えたのは、くだらないし最低だけど、他人がやってることなら、どうでもいいことだから。でも友達となるとね、ちょっと違う。わざわざイヤな感情抱きながら友達になる必要はないし」
それにしても、こんなふうにアゼルのことを話すことになるとは思わなかった。
つぶやくように彼が言う。「──えらくはっきりモノ言うな」
「言う人間だもん」と、私。「べつにいいじゃない。元はマルコたちの賭けのために番号とアドレス、交換したんだし。それが終わればこの交換に意味はないでしょ」
今度は天を仰ぐようにうなった。
「んじゃ、一個だけ教えて。なんで昼間、オレに電話してきたわけ?」
「出会い系サイトの流れを説明できるのがあなたとパーヴォくらいしかいないからよ。で、あなたのほうがときどきメールくれてたから。他の友達に電話して謎だけ持たせるのでもよかったけど、それじゃ相手がすっきりしないし。だったらちゃんと説明できる相手のほうがいいかなと思っただけ」
「ああ──え、マジで消さなきゃダメ?」
「消しましたなんて報告はいらないし、もらっても困る。でも私は消す。自分からは連絡しないし、あなただってわかればメールにも電話にも応じない。あと、パーヴォにも言っといて、彼のも消すから。勝手だとは思うけど、こういう性格だから。どう言ってくれてもかまわないし、どう思われてもかまわない。文句があるなら聞くけど、私の意見は変わらない」アゼルが言っていた、“変な正義感”なのかもしれないけれど。「話は終わり。じゃあね」
「──ん」
電話を切ると、レジーとパーヴォの電話番号とメールアドレスを削除した。
この話をすれば、アゼルはまた、変な正義感だと言うかもしれない。そして私はまた嫌われる。私が持っているのは歪んだ正義で、アゼルは正義がキライだった。
でも、私の歪んだ正義に笑うことだってあった。間違ってないって言ってくれることもあった。
だとしたら、言い換えれば──アゼル。
あんたの中にだって、歪んだ小さな正義はあったのよ。そんなところでもやっぱり、あんたは矛盾していた。




