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R E D - D I S K 0 3  作者: awa
CHAPTER 15 * FALL HEART
72/139

○ Annoying Snoop

 「すげーことがわかった」

 右折してキャッスルロードに出たところでマルコが言った。まだ外は薄暗いという程度なので、私はサングラスをかけている。けれどメイクはしていない。髪を乾かすだけで精一杯だった。

 私は訊き返した。「なに?」

 「アマウント・ウィズダムの施設、インディ・タウンから高速使っても、軽く二時間はかかる」

 「それって近いの? 遠いの?」

 「それはお前がどう思うかだろ」

 どう思うか。会うのに──というか会えるわけではないので、アゼルがいる施設を見るためだけに、二時間──しかも高速だから料金も払って、二時間──。

 二時間といえば、授業をふたつと休憩時間を二回──つまり二時限目が終わったあとの休憩時間からランチタイムまで──。

 「恐ろしく長い」と、私はつぶやいた。「二時間のあいだに、どれだけ心変わりするんだって話だよね」

 「高速乗っちまえば、心変わりしてもそう簡単には引き返せねーけどな」

 確かにそうだ。ローア・ゲートの施設は見たし、なにも行きたいと言っているわけではない。行くなどという話をしていたわけでもない。なぜそんなことを調べたのかは知らないが、行っても意味はないとわかっているし、そんなところに行ってしまったら、今度こそなにをやらかすかわからない。けれどもなんとなく、そこがどんなところなのかは興味がある。

 「こないだ言ってのはどーなったんだ」マルコが訊いた。「やんなきゃいけないこと」

 パーティーの話だ。「やってるよ、一応」それなりに。ゆるゆると。

 「ふーん。なんか今日、変だぞお前。妙に静か。いつも車乗るなり文句言ってくるくせに、今日はそれもなかったし」

 放課後にクリスマスの話が出たからだ。ディックの件はいいのだが。「もう慣れた」というか、断る暇もなく電話を切ったじゃないの。

 「昨日、エデがメールしてきた」

 どのツラ下げてだ。「へえ」

 「続き訊けアホ」

 「訊かなくても話すつもりだから言ったんでしょ」

 「じゃあ言わね」

 めんどくさい人間との会話は、いつも面倒なことになる。「あっそ」

 「どのツラ下げてメールしてきたんだあいつ」

 そんな彼のつぶやきに、私は思わず笑った。

 「私も同じこと考えた」フラれたくせに、“自分から別れた”と言っている。

 「だろ。俺とお前が会ってるとか、微塵も思ってねえらしいな。お前からケイに、ケイから俺に話が伝わるとも思ってないっぽい」

 車はやはり、ナショナル・ハイウェイを右折する。

 「しょうがないから訊いてあげる」サングラスをはずしながら私は言った。「なんてメールきた?」

 「言いかたがムカつくから言わね」

 「言わないならケイに電話して拉致られたって言う」

 「勝手に言え」

 ムカつく。まあどうでもいい。サングラスをしまい、バッグを後部座席に放り置いた。黒いレザークッションがふたつ置かれている。まえはなかったはずなのに。

 私はまた質問した。「で、どこ行くの」

 「飯」

 「どこに食べに行くんですか」

 「さあ」

 まさかの答えだった。「ほんとに考えなしなの? バカなの?」 

 「まだ飯の時間じゃねえだろ。ちょっと遠出する」

 「遠出しなかったことってあったっけ。いつもローア・ゲートに行ってますけど」

 「それより遠いかも」

 「どこ行く気よ」

 「細かいことは気にすんな。先にスタンド行ってからコンビニ寄る」

 なんだか、ものすごく騙された感があるのはなぜだろう。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 後部座席で携帯電話が鳴った。私はシートを倒してバッグから電話を取り出し、画面を確認した。アニタだ。少々悩み、無視しようかとも思ったものの、マルコは出ないのかと言うし、出なくてもあとから文句がうるさいだろうからと、寝転んだまま応じた。

 「なに」

 「明日、暇?」

 「さあ。明日のことは明日になってみないと」と、私。

 「なんだお前」ムカついたらしい。「ペトラとカルメーラと、遊ぼっつってんだけど。来ないかなと思いまして」

 「どうかな。わかんない」なぜなら面倒なので。「行けそうだったらメールする」

 「わかった。で、今は? なにしてんの?」

 詮索がはじまった。「ドライブ中ですよ」

 「は?」

 「ナショナル・ハイウェイを──東に向かって進行中。あ、赤信号で車が停まった」意味のない実況をした。「どこ行くかは知らない」

 アニタは数秒の間をつくってから口を開いた。

 「デボラとじゃないってことだ」

 放課後、マルコから電話があったとき、画面に表示された彼の名前を見た。だから気にしている。

 「ケイの兄貴と一緒。つまりエデの元彼。ケイはいないけど、二人だけど、なにか問題でも?」

 「問題は」勢いよく言ったが、それもすぐおとなしくなった。「ないけど──」

 「ねえ。言いたいことがあるならはっきり言えば?」

 彼女がまた押し黙る。

 「──つきあってんの?」

 「ありえない」

 「──まさかとは思うけど──」アニタはどこか臆病な物言いで言葉を継いだ。「寝てないよね」

 「いくらあんたでも、キレるわよ」

 「ごめん」彼女は必死だった。「でも苦手だとか言ってたじゃん。あたしは──話聞いただけだけど、アゼルみたいな──っていうか、アゼル以上の不良だって言ってたでしょ。実際そうなんだろうし──なんか──」

 私は冷静に質問を返した。「ねえ。あんたがアゼルのなに知ってんの? マルコのなに知ってんの? 比べられるほど知らないじゃん。残念ながらぜんぜん違う。他から見れば同類でも、私から見ればぜんぜん違う。エデのこと気にしてんのか知らないけど、あんたが想像するようなことは一切ない。私にそんなことができると思ってんの? すると思ってんの?」

 彼女は反論した。「思ってない! 思ってないけど、ベラ、なにも話してくれなくなった。サビナやアドニスのことは、すぐじゃなかったのも、状況的にしょうがないんだろうと思うからべつにいい。でもまえは、どんなのと知り合って、なにがあってって──ちょっと時間が経ってからでも、それなりに話してくれたじゃん。でも今、ほとんど話してくれないんだもん。そこにマルコの名前なんか見たら──」

 私が詮索嫌いなことを、アニタは知っている。だから話したくないのだろうとわかることは訊いてこない。その代わり、私はいつも話してきた。話してもいいことなら話してきた。

 けれど今年の一月、アゼルがいなくなって、距離ができて、リーズたちもいなくなって、私の精神面の問題だったり、周りのややこしい状況だったり、文化祭だったりもあって、ほとんどなにも話さなかった。

 クリスマスパーティーの件で電話した時にやっとサビナやゼイン、アドニスたちのことをある程度話したものの、たとえばケイの家にディナーに行ったり、ランチに行ったり、ディックのことも、ルキアノスとの喧嘩まがいのことがあったことも、私は一切話していない。去年なら話していただろうことを、ぜんぜん話していない。ローア・ゲートの更生施設を見に行ったあげく泣いただなんて、言えるわけがない。

 目を閉じたまま左手で額を多い、私は溜め息をついた。

 「悪い意味じゃなくて、話したくないこともあるの。クリスマスに会うヒトのことは、あんまり話したくない。言えるのは、相手が二十八歳の大人の男だってこと。知り合いをとおして知り合った、ちゃんと信用できるヒト。恋愛だとかそんなのじゃない。バカなことをやってるわけでもない。まともなヒトだけど、うしろめたいことはなにもないけど、それでも話したくない。

 マルコとだって、あんたが心配するようなことはない。マルコが免許をとってから二回、ドライブに連れてってもらったけど、ケイも一緒だった」少々の嘘と、少々の事実を差し引いた真実。「苦手なのは今も変わってない。今日のもほとんど強制だし、でも反抗するのも面倒なの。あんたたちと一緒でおばあちゃんのことも知ってるから、拒否したらややこしいことになるだけ。そのぶん本人には文句言いまくってる」今日は言っていないが。「変に勘ぐらないでよ、頼むから」

 沈黙。

 「──わかった」と、彼女はつぶやくように答えた。「ごめん」

 どうしてこんなに、誰かのことに興味を持てるのだろう。心配ですら私にとってはありがたくないということを、彼女はちゃんと知っているはずなのに。

 「話していいことなら、気が向いたらそのうち話す。って言っても、それほど笑える話はないし、約束はできないけど」

 「べつに、笑えなくていいけど──」また言葉を濁す。「なんか──」

 なんかなんかってうるせえよ。「わかった。さすがのあんたも引くかもしれない、少々酷い話をしてあげる。これは約束する」

 「なに?」

 「今は無理。でも来週中には話す。それで我慢して」

 彼女が唇を尖らせる姿が目に浮かぶ。

 「わかった」と、アニタ。「邪魔してごめん。明日、来れそうならメールか電話して」

 「ん」もう行く気はない。「じゃね」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 「俺は後釜扱いか」

 私が携帯電話をバッグに戻していると、不機嫌そうにマルコが言った。こちらはシートを起こす。車はアロウ・インレットとフォア・リブレットの境界線となる通りを左折し、北へと向かっている。

 「心配しなくてもするつもりはないわよ。っていうかなれるわけがないじゃない。あいつらは不良ってだけでひとくくりにしてる」

 「もう不良とか言える歳じゃねえんだけどな」彼は反対車線にある、セルフサービスじゃないガソリンスタンドに車を入れた。「で、なに? ヤッてんのかとか言われたわけ? 俺をアゼルの代わりにして?」

 「そー」

 ガソリンのニオイが好きなのに、セルフスタンドでない場合は窓を閉めなければいけない。窓を拭いてもらえないからだ。つまり、ガソリンのニオイを堪能できない。

 彼は促されるまま車を停め、窓を開けて店員に「レギュラー満タン」と言った。ついでに車の灰皿も渡す。窓を閉めると、別の店員が白いダストクロスで窓を拭きはじめた。私はこの時間がとてもキライだ。じろじろと見られている気がしてキライだ。

 「んじゃ」マルコが言う。「俺とアゼルの共通点てなに? 喧嘩するとこ、スケコマシなとこ──あとなんだ」

 スケコマシというのはようするに、女癖が悪いということ。

 「口が悪い、性格が悪い、ヒトをガキ扱いする、自己中、短気で強引──」あと、なにがあるだろう。「──だめ、ぜんぜん浮かばない」もっとあるはずなのに、アゼルのイヤな部分が浮かばない。

 「そんなんどこにだっているけどな。んじゃ違う部分は?」

 違う部分。「──アゼルは、あんたみたいに笑わない。そんなに笑わない」ものすごく笑う時もあるけれど、その時は顔を隠す。「怒ると、すぐ嫌がらせする。怒ったフリも得意。私の扱い方をよくわかってる。わかってるのに、やさしくするよりも意地の悪い態度を優先する。嫌味や皮肉がすごく得意。それで私を笑わせてくれる。いつも矛盾してる」私のことが好きで好きでしかたなかったはずなのに、私を裏切った。「私のことが大嫌い」大嫌いなのに、愛してくれた。愛してくれていたはずなのに、消えた。

 もしかするとアゼルも、私を、憎みながら愛していたのかもしれない。愛しながら憎んでいたのかもしれない。

 店員が運転席の窓をノックし、マルコは窓を開けて灰皿を受け取った。グレーの消臭ビーズが入っている。彼はそれを元あった場所に戻した。いつのまにか窓も拭き終わっていて、ガソリンも入れ終わっていて、料金を払うと、促されるまままた、通りへと出た。北へと向かう。

 「違う部分てのが、半端なくわかりにくい」と、マルコ。

 アゼルと私には、共通点がある。“家族”に捨てられたという共通点。“家族”を憎む共通点。

 私は無視した。「ソフトクリーム奢ってくれる?」

 「知ってるか? 俺とお前の財布の中身、変わんねーの」

 「だからこのあいだ、やたらとお金使わせたの?」

 「中学生のガキと手持ち額が変わんねーって、なんかムカつくだろ」

 「じゃあ自分で出します」

 「俺のもな」

 「漫画はやめてよ」

 やめろと言ったのに、マルコはまたも漫画をレジに持っていった。あと肉まんを注文。私も欲しくなって、でもソフトクリームも欲しくて、どうしようかと真剣に悩んでいると、とりあえず肉まんを買えと言われた。別のコンビニに寄ってくれると。従った。

 ふたつめのコンビニでマルコも同じようにソフトクリームを買ったのだけれど、ケイと一緒に読んでいるらしいコミックスを見つけ、またそれを買った。私のお金。ほとんど強制で連れ出されているのに、なぜこちらがそんなにお金を出さなければいけないのだろう。謎だ。

 彼はやっとエデの話をした。他の女と一緒にいたという噂を聞いたけど、それは本当かと訊かれた。マルコは、本当だけどただの女友達だと答えた。おそらく信じた。話はそれで終わらなかった。

 なんでもエデは自分の親に、二十歳と中学三年がつきあうのはありかと訊いて、完全になしではないのだろうが、遊ばれている可能性が高いと言われたらしい。真剣ならいいのかと訊ねると、それなら問題はないのではないかという答えが返ってきたという。そのうえで、やりなおしたいと言われた。マルコはうまく理由をつけて断った。

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