○ Annoying Snoop
「すげーことがわかった」
右折してキャッスルロードに出たところでマルコが言った。まだ外は薄暗いという程度なので、私はサングラスをかけている。けれどメイクはしていない。髪を乾かすだけで精一杯だった。
私は訊き返した。「なに?」
「アマウント・ウィズダムの施設、インディ・タウンから高速使っても、軽く二時間はかかる」
「それって近いの? 遠いの?」
「それはお前がどう思うかだろ」
どう思うか。会うのに──というか会えるわけではないので、アゼルがいる施設を見るためだけに、二時間──しかも高速だから料金も払って、二時間──。
二時間といえば、授業をふたつと休憩時間を二回──つまり二時限目が終わったあとの休憩時間からランチタイムまで──。
「恐ろしく長い」と、私はつぶやいた。「二時間のあいだに、どれだけ心変わりするんだって話だよね」
「高速乗っちまえば、心変わりしてもそう簡単には引き返せねーけどな」
確かにそうだ。ローア・ゲートの施設は見たし、なにも行きたいと言っているわけではない。行くなどという話をしていたわけでもない。なぜそんなことを調べたのかは知らないが、行っても意味はないとわかっているし、そんなところに行ってしまったら、今度こそなにをやらかすかわからない。けれどもなんとなく、そこがどんなところなのかは興味がある。
「こないだ言ってのはどーなったんだ」マルコが訊いた。「やんなきゃいけないこと」
パーティーの話だ。「やってるよ、一応」それなりに。ゆるゆると。
「ふーん。なんか今日、変だぞお前。妙に静か。いつも車乗るなり文句言ってくるくせに、今日はそれもなかったし」
放課後にクリスマスの話が出たからだ。ディックの件はいいのだが。「もう慣れた」というか、断る暇もなく電話を切ったじゃないの。
「昨日、エデがメールしてきた」
どのツラ下げてだ。「へえ」
「続き訊けアホ」
「訊かなくても話すつもりだから言ったんでしょ」
「じゃあ言わね」
めんどくさい人間との会話は、いつも面倒なことになる。「あっそ」
「どのツラ下げてメールしてきたんだあいつ」
そんな彼のつぶやきに、私は思わず笑った。
「私も同じこと考えた」フラれたくせに、“自分から別れた”と言っている。
「だろ。俺とお前が会ってるとか、微塵も思ってねえらしいな。お前からケイに、ケイから俺に話が伝わるとも思ってないっぽい」
車はやはり、ナショナル・ハイウェイを右折する。
「しょうがないから訊いてあげる」サングラスをはずしながら私は言った。「なんてメールきた?」
「言いかたがムカつくから言わね」
「言わないならケイに電話して拉致られたって言う」
「勝手に言え」
ムカつく。まあどうでもいい。サングラスをしまい、バッグを後部座席に放り置いた。黒いレザークッションがふたつ置かれている。まえはなかったはずなのに。
私はまた質問した。「で、どこ行くの」
「飯」
「どこに食べに行くんですか」
「さあ」
まさかの答えだった。「ほんとに考えなしなの? バカなの?」
「まだ飯の時間じゃねえだろ。ちょっと遠出する」
「遠出しなかったことってあったっけ。いつもローア・ゲートに行ってますけど」
「それより遠いかも」
「どこ行く気よ」
「細かいことは気にすんな。先にスタンド行ってからコンビニ寄る」
なんだか、ものすごく騙された感があるのはなぜだろう。
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後部座席で携帯電話が鳴った。私はシートを倒してバッグから電話を取り出し、画面を確認した。アニタだ。少々悩み、無視しようかとも思ったものの、マルコは出ないのかと言うし、出なくてもあとから文句がうるさいだろうからと、寝転んだまま応じた。
「なに」
「明日、暇?」
「さあ。明日のことは明日になってみないと」と、私。
「なんだお前」ムカついたらしい。「ペトラとカルメーラと、遊ぼっつってんだけど。来ないかなと思いまして」
「どうかな。わかんない」なぜなら面倒なので。「行けそうだったらメールする」
「わかった。で、今は? なにしてんの?」
詮索がはじまった。「ドライブ中ですよ」
「は?」
「ナショナル・ハイウェイを──東に向かって進行中。あ、赤信号で車が停まった」意味のない実況をした。「どこ行くかは知らない」
アニタは数秒の間をつくってから口を開いた。
「デボラとじゃないってことだ」
放課後、マルコから電話があったとき、画面に表示された彼の名前を見た。だから気にしている。
「ケイの兄貴と一緒。つまりエデの元彼。ケイはいないけど、二人だけど、なにか問題でも?」
「問題は」勢いよく言ったが、それもすぐおとなしくなった。「ないけど──」
「ねえ。言いたいことがあるならはっきり言えば?」
彼女がまた押し黙る。
「──つきあってんの?」
「ありえない」
「──まさかとは思うけど──」アニタはどこか臆病な物言いで言葉を継いだ。「寝てないよね」
「いくらあんたでも、キレるわよ」
「ごめん」彼女は必死だった。「でも苦手だとか言ってたじゃん。あたしは──話聞いただけだけど、アゼルみたいな──っていうか、アゼル以上の不良だって言ってたでしょ。実際そうなんだろうし──なんか──」
私は冷静に質問を返した。「ねえ。あんたがアゼルのなに知ってんの? マルコのなに知ってんの? 比べられるほど知らないじゃん。残念ながらぜんぜん違う。他から見れば同類でも、私から見ればぜんぜん違う。エデのこと気にしてんのか知らないけど、あんたが想像するようなことは一切ない。私にそんなことができると思ってんの? すると思ってんの?」
彼女は反論した。「思ってない! 思ってないけど、ベラ、なにも話してくれなくなった。サビナやアドニスのことは、すぐじゃなかったのも、状況的にしょうがないんだろうと思うからべつにいい。でもまえは、どんなのと知り合って、なにがあってって──ちょっと時間が経ってからでも、それなりに話してくれたじゃん。でも今、ほとんど話してくれないんだもん。そこにマルコの名前なんか見たら──」
私が詮索嫌いなことを、アニタは知っている。だから話したくないのだろうとわかることは訊いてこない。その代わり、私はいつも話してきた。話してもいいことなら話してきた。
けれど今年の一月、アゼルがいなくなって、距離ができて、リーズたちもいなくなって、私の精神面の問題だったり、周りのややこしい状況だったり、文化祭だったりもあって、ほとんどなにも話さなかった。
クリスマスパーティーの件で電話した時にやっとサビナやゼイン、アドニスたちのことをある程度話したものの、たとえばケイの家にディナーに行ったり、ランチに行ったり、ディックのことも、ルキアノスとの喧嘩まがいのことがあったことも、私は一切話していない。去年なら話していただろうことを、ぜんぜん話していない。ローア・ゲートの更生施設を見に行ったあげく泣いただなんて、言えるわけがない。
目を閉じたまま左手で額を多い、私は溜め息をついた。
「悪い意味じゃなくて、話したくないこともあるの。クリスマスに会うヒトのことは、あんまり話したくない。言えるのは、相手が二十八歳の大人の男だってこと。知り合いをとおして知り合った、ちゃんと信用できるヒト。恋愛だとかそんなのじゃない。バカなことをやってるわけでもない。まともなヒトだけど、うしろめたいことはなにもないけど、それでも話したくない。
マルコとだって、あんたが心配するようなことはない。マルコが免許をとってから二回、ドライブに連れてってもらったけど、ケイも一緒だった」少々の嘘と、少々の事実を差し引いた真実。「苦手なのは今も変わってない。今日のもほとんど強制だし、でも反抗するのも面倒なの。あんたたちと一緒でおばあちゃんのことも知ってるから、拒否したらややこしいことになるだけ。そのぶん本人には文句言いまくってる」今日は言っていないが。「変に勘ぐらないでよ、頼むから」
沈黙。
「──わかった」と、彼女はつぶやくように答えた。「ごめん」
どうしてこんなに、誰かのことに興味を持てるのだろう。心配ですら私にとってはありがたくないということを、彼女はちゃんと知っているはずなのに。
「話していいことなら、気が向いたらそのうち話す。って言っても、それほど笑える話はないし、約束はできないけど」
「べつに、笑えなくていいけど──」また言葉を濁す。「なんか──」
なんかなんかってうるせえよ。「わかった。さすがのあんたも引くかもしれない、少々酷い話をしてあげる。これは約束する」
「なに?」
「今は無理。でも来週中には話す。それで我慢して」
彼女が唇を尖らせる姿が目に浮かぶ。
「わかった」と、アニタ。「邪魔してごめん。明日、来れそうならメールか電話して」
「ん」もう行く気はない。「じゃね」
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「俺は後釜扱いか」
私が携帯電話をバッグに戻していると、不機嫌そうにマルコが言った。こちらはシートを起こす。車はアロウ・インレットとフォア・リブレットの境界線となる通りを左折し、北へと向かっている。
「心配しなくてもするつもりはないわよ。っていうかなれるわけがないじゃない。あいつらは不良ってだけでひとくくりにしてる」
「もう不良とか言える歳じゃねえんだけどな」彼は反対車線にある、セルフサービスじゃないガソリンスタンドに車を入れた。「で、なに? ヤッてんのかとか言われたわけ? 俺をアゼルの代わりにして?」
「そー」
ガソリンのニオイが好きなのに、セルフスタンドでない場合は窓を閉めなければいけない。窓を拭いてもらえないからだ。つまり、ガソリンのニオイを堪能できない。
彼は促されるまま車を停め、窓を開けて店員に「レギュラー満タン」と言った。ついでに車の灰皿も渡す。窓を閉めると、別の店員が白いダストクロスで窓を拭きはじめた。私はこの時間がとてもキライだ。じろじろと見られている気がしてキライだ。
「んじゃ」マルコが言う。「俺とアゼルの共通点てなに? 喧嘩するとこ、スケコマシなとこ──あとなんだ」
スケコマシというのはようするに、女癖が悪いということ。
「口が悪い、性格が悪い、ヒトをガキ扱いする、自己中、短気で強引──」あと、なにがあるだろう。「──だめ、ぜんぜん浮かばない」もっとあるはずなのに、アゼルのイヤな部分が浮かばない。
「そんなんどこにだっているけどな。んじゃ違う部分は?」
違う部分。「──アゼルは、あんたみたいに笑わない。そんなに笑わない」ものすごく笑う時もあるけれど、その時は顔を隠す。「怒ると、すぐ嫌がらせする。怒ったフリも得意。私の扱い方をよくわかってる。わかってるのに、やさしくするよりも意地の悪い態度を優先する。嫌味や皮肉がすごく得意。それで私を笑わせてくれる。いつも矛盾してる」私のことが好きで好きでしかたなかったはずなのに、私を裏切った。「私のことが大嫌い」大嫌いなのに、愛してくれた。愛してくれていたはずなのに、消えた。
もしかするとアゼルも、私を、憎みながら愛していたのかもしれない。愛しながら憎んでいたのかもしれない。
店員が運転席の窓をノックし、マルコは窓を開けて灰皿を受け取った。グレーの消臭ビーズが入っている。彼はそれを元あった場所に戻した。いつのまにか窓も拭き終わっていて、ガソリンも入れ終わっていて、料金を払うと、促されるまままた、通りへと出た。北へと向かう。
「違う部分てのが、半端なくわかりにくい」と、マルコ。
アゼルと私には、共通点がある。“家族”に捨てられたという共通点。“家族”を憎む共通点。
私は無視した。「ソフトクリーム奢ってくれる?」
「知ってるか? 俺とお前の財布の中身、変わんねーの」
「だからこのあいだ、やたらとお金使わせたの?」
「中学生のガキと手持ち額が変わんねーって、なんかムカつくだろ」
「じゃあ自分で出します」
「俺のもな」
「漫画はやめてよ」
やめろと言ったのに、マルコはまたも漫画をレジに持っていった。あと肉まんを注文。私も欲しくなって、でもソフトクリームも欲しくて、どうしようかと真剣に悩んでいると、とりあえず肉まんを買えと言われた。別のコンビニに寄ってくれると。従った。
ふたつめのコンビニでマルコも同じようにソフトクリームを買ったのだけれど、ケイと一緒に読んでいるらしいコミックスを見つけ、またそれを買った。私のお金。ほとんど強制で連れ出されているのに、なぜこちらがそんなにお金を出さなければいけないのだろう。謎だ。
彼はやっとエデの話をした。他の女と一緒にいたという噂を聞いたけど、それは本当かと訊かれた。マルコは、本当だけどただの女友達だと答えた。おそらく信じた。話はそれで終わらなかった。
なんでもエデは自分の親に、二十歳と中学三年がつきあうのはありかと訊いて、完全になしではないのだろうが、遊ばれている可能性が高いと言われたらしい。真剣ならいいのかと訊ねると、それなら問題はないのではないかという答えが返ってきたという。そのうえで、やりなおしたいと言われた。マルコはうまく理由をつけて断った。




