* Hatred Without A Love
「──んじゃ」マルコが切りだした。「それでもいいって奴がいたらどうよ? っつーか内心不満に思ってても、言わなきゃバレねえだろ? まさかお前、それを相手に言ったりしねえよな?」
「ねえ。私の性格、ちょっとはわかったんじゃないの? 仮に誰かに口説かれることがあるとして、私はこういう話をきっとする。拒否するために。普通はそこで引くでしょ。でももしそれでもいいって相手が言うなら、私は不満を言うわよ? だって“それでもいい”ってことは、あいつのことを考えて、比べてもいいってことでしょ? そうじゃない、あいつはこうしてくれたってのを、言ってもいいわけでしょ? だけどそんなニセモノで満足なんてできるはずがないし、そのうち言うのも面倒になる。相手だって聞きたくなくなってくると思う。相手がどうにか耐えたとしても、私がそんなことを続けたいと思わないし、そもそもそんなことはしたくない。けっきょくすぐに終わるわよ、そんなの」
どうやら彼は絶句したらしい。また少し沈黙をつくったあと、わけのわからないことを言いだした。
「お前、脅迫罪で訴えてやろうか」
「なんでよ」
「今のは絶対脅迫罪で立件できる。こんなこと、男に言っていいはずがねえ」
意味がわからない。「もうね、なんか、するってことは、アゼルに直結するの。まえにあんた、私に訊いたでしょ、したくなんないのかって」
「訊いた」
「ほんとにね、なんないの。寂しいとは思う。放課後に行く場所がなくなったし、ベッドにひとりで寝てるとね──アゼルのはシングルベッドだったから。で、私のベッドはダブル。ものすごく広く感じる。でもあいつがいないってことは、私の相手をしてくれる男がいないってこと。っていうかまあ、あいつといても自分からしたくなることって、ほとんどなかったんだけど。私はアゼルになんかされるんじゃなきゃ、したいと思わない。フレンチキス以上のことなら、絶対あいつのことが頭に浮かぶ。でもあいつと同じようにできる人間なんているはずがないし、私も満足できるわけがないってわかるから、するってことを含めるなら、誰ともつきあえない」
納得なのか呆れなのか溜め息をつき、マルコは私の後頭部に頭を乗せた。
「そこまで言って、なんでまだ惚れてるって、はっきりと認めねえのかわかんねえ」
私は苦笑った。「認めない。絶対認めない」
脚の上にある左手の指輪に触れた。愛のない憎しみだって、きっと存在する。そうでなければ、困る。
「──いちばんの、問題は」
「あ?」
「あいつ以外となんて、したくないって思ってることかな。あいつ以外には見られたくないし、見たくない。さわられたくないし、さわりたくもない」
「──この状態はどうなんだ」
「こんなの、なんの意味もないじゃない。私は恋愛感情がなくても手をつなげるし、肩組まれてもなにも思わないし、キスされたって動じない。どうでもいいから。でもそれ以上はイヤ」
「もう認めろよめんどくせえ」
「絶対イヤ」即答した。「だって、好きってわけじゃない。会いたいなんて思ってない。これはそういう話じゃない。あいつがいいかげん、私に色々刻み込んでくれたおかげで、私は誰ともつきあえないって話。私も変に頑固でこだわる部分があるから、よけいに誰ともつきあえないって話」
少しの間のあと、マルコは私の髪に顔をうずめた。今日は私、帰宅後祖母の家でシャワーを浴びてから、ずっと髪をおろしている。
「どこまでなら怒んねえ?」
「なにが」
「お前にさわんの」
「だからイヤだっつってんじゃん」
「どうでもいいことだってあんだろ」
「なんでわざわざしていい範囲なんて説明しなきゃいけないの。されたくないわ。アホか。バカか」
マルコは無視した。身体を少しこちらに傾けて左脚をシートに立て、私がもたれていた右腕を、コンソールボックスをまたいで私の腰にまわすと、おなかの上にある私の右手に指を絡ませた。私の髪を左耳にかけてうしろにやり、その髪に頬をあずける。
「ねえ、なにしてんの?」
「どこまで怒んねえのかなと」
彼の息が耳のうしろにかかって、少しくすぐったい。
「ねえ、なんか体勢が変なことになってる」
「だな。コンソールがすげー邪魔」
「この車を選んだのは自分でしょ」
「ミッションのいいとこ知ってるか?」
「いいとこなんてあんの? 面倒なだけだと思うんだけど」
身体をまた少しこちらに傾け、左腕も私の腰にまわす。両手を私の指に絡ませると、彼は私の耳に頬を寄せた。
「いや、オートマだとな、わりと片手が空くだろ。運転中に腕絡ませたり手つなごうとしてくる女がいんだわ。ミッションだとそれがねえ。腕絡ませられても事故る可能性があるから拒否できる」
「じゃあミッションタイプは甘えたい女の敵ね」
「甘えられたくねえ男の味方ってことにもなる。アゼルはどっちだろうな」
「どっちだろう。ミッションのほうが好きだとは思うけど、めんどくさいからオートマじゃないかな。でもあいつはイチャつくの、好きじゃないって言ってた。よくわかんない」
「こういう体勢にはならなかったわけ? あ、車だからどうこうってのはナシな」
「普通になってた。ベッドの上で、私がアゼルの脚のあいだに座る。それで話す」
「イチャついてんじゃねえか」
「え、それでイチャついてるって言うの? じゃあ今のこの状況はなに? 私とあんたはイチャついてんの?」
「──撤回」つぶやいた。
「“イチャつく”の基準がわかんない。たぶんそういうのって、初々しさみたいなのが必要な気がする。そうじゃなくても、ものすごく好き好きオーラが出てるとか」
彼が笑う。「なんだそれ。ヤりたがってんのとは違うのか」
「文化祭の時。体育館裏に来たエデは、イチャつきたくてあんたの首に腕をまわした。エデから好き好きオーラが出てたでしょ。だからイチャつきたがってるんだなと思って」
「ああ、なんとなくわかるけど」
「私とアゼルにイチャついてるなんていう、可愛い表現は似合わないと思う。みんなの前でキスはじめてイチャついてるって言われたこともあるけど、少なくともこっちはそんなんじゃないからね。修学旅行から帰ったばっかりで、ものすごく会いたかった時だし」
ものすごく会いたかったのに、引きこもったリーズのところに行ったわけだが。
「で、朝までヤりまくったと」
「は? してないし。フツーに家に帰った。次の日は泊まったけど、“まくり”ってほどじゃないと思う。別の部屋にみんないたし」
「へえ。ツレがいても関係なくヤるんだな」
「ドアの鍵は閉めてるから、あんま関係ないかな。最初はすごくイヤだった。でもそのうち慣れた。みんな帰んないんだもん。なんかあるたびに飲み会がはじまるから、適当につきあってそのうち、こっちはベッドで静かに寝る」
「お前ら、相当なスキモノだよな」
「アゼルとするのは好きだった」意味が違うような気がするものの、答えた。「ゼロの状態から、ぜんぶあいつ。私はべつにしなくてもいいんだけど、一緒にいると安心するの。ベッドでじゃれるのが好き」
「イチャついてんじゃねえか」
再びのつっこみにはっとした。
「ほんとだ、イチャついてる。あれはイチャついてるっていうかも。ああ、だからあれね、人前ではイチャつかない。ベタベタしてるとかも違う。なんだろう、よくわかんない」
「聞いてるこっちのほうが意味わかんねえよ」
「だいじょうぶ。私ももう、なんの話してるのかよくわかってないから」
アゼルも時々、こんなふうにしてくれた。うしろから私の腰に手をまわして、首筋にキスをした。そしてときどき、吸血鬼みたいに噛みつく真似をした。
“もっとちゃんと噛んで”と言ったことがある。“吸血鬼みたいな歯型がつくわけはないからイヤ”だと拒否された。でも一度だけ、歯を少しだけ使って、小さく噛んでくれた。私の反応を見てエスカレートして、皮膚を食いちぎるつもりかというくらいに思いきりやるものだから、ものすごく痛かった。血が出なかったからか、もう一度やろうとしたので、私は全力で拒否した。
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「お前、俺のことキライなんじゃなかったっけ」マルコが言った。
「うん、キライ」と、私。
「ぶっとばされてえのか」
「え、訊いたのはそっちでしょ。それにそれはあんたも同じじゃない、私のことがキライ」
「エデに言ったことには意味なんかねえんだから、そこは無視しろ。それ以外ならムカつくとは言ったけど、キライだって言った覚えはねえよ」
「ムカつく相手にこういうことするのって、ほんと意味わかんないよね」
「それはお前も同じだろ」
「めんどくさい。でもそろそろ腰が痛いです」
「俺もそろそろ疲れてきた」
「なら離せばいいと思う」
「離れるタイミングがわかんねえ」
「エデが見たらなんて言うか」
「もう関係ねえだろ。別れてんだから」
「別れても気持ちが残ってれば嫉妬するのが普通の女です」
「別れてなくて気持ちがあっても嫉妬しねえお前は異常な女だよな」
「そう。嫉妬なんて無意味なことはしない」
「わけわかんね」
「あんたは嫉妬する?」
「しねえ。自己中だから弄ばれるようなのはキレるけど、べつに独占欲とか、そんなんがあるわけじゃねえし」
「女が他の男と話したり遊んだりするのはどうでもいいんだよね。他の男に色目使うのは?」
「あからさまならキレる。キレて捨てる」
「しがみついたりしないよね」
「そんな女にそれほどの価値はねえよ」
なんとなく、これが普通の男なのかもしれないと思った。この自己中を“普通”と認定するには少々無理があるかもしれないが、こういうタイプの男の“普通”は、こうなのだろう。もちろん、ゼインみたいなタイプもいる。女にもいろいろいるように、男にもいろいろいるらしい。そしてアゼルはやはり、どちらのタイプにも属さない。というより、“アゼルタイプ”というカテゴリーを作るほうが早い。
「帰ろっか」私は言った。「眠くなってきた」
「お前の電話の件が片づいてないような気がすんだけど」
「たぶん平気。イライラはしてないけど、とりあえずできる気がする」
少なくとも、抜け殻状態は抜け出した気がする。
「えらく適当だな」
「私は基本的に適当なのでね」なんてことを、アゼルも昔言っていた。
「またコンビニでソフトクリーム買うか。今度は奢ってやる」
「散々ヒトの財布使っておいてなに言ってんですか」
「運転手は疲れんだよ」
音楽が欲しいと言うと、マルコはコンソールボックスにCDが少し入っていると教えてくれた。ほとんどパンクだった。しかも少し古めのもの。最近のは生ぬるくてダメらしい。けれど好きなロック・アーティストのがあったので、それを再生した。
コンビニに寄ってソフトクリームを奢ってもらい、ローア・ゲート・シティからベネフィット・アイランド・シティに帰った。
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祖母の家に帰ると、私はアニタに電話した。パーティーのことを話すと、彼女はものすごく乗り気になった。明日さっそくうちにきて、二人だけの会議をするとか。なのにけっきょく、電話で話がはじまった。
メイン司会はそんなにいらないので、アニタとペトラ、ハリエット。そして一応、エルミも候補に入れておく。あとは二人ほど、同期か二年に声をかけて、そこから実行部裏方として声をかける何人かを決める。
といっても二年は来週水曜から二泊三日で修学旅行に行くので、話を持ちかけるとすれば再来週で、イコール、会議もそのあとということになる。エデたちを、などということは、どちらも言わなかった。
思い出したらしく、アニタがアドニスやサビナのことを訊いてきたので、おおまかな流れを説明した。エデたちとのシカトの一件で、サビナの彼氏がアドニスたちにつながることはわかっていたものの、細かいことは聞いていなかったようなので、遡ること約一年、私はアドニスとルキアノスと三人でいる時に、性悪三人組が声をかけてきたところから。
彼女は呆気にとられたりキレたり呆れたりしていた。
アニタにとっても、アドニスはおそらく理想で、だけど未練はないという。それが強がりなのかは、よくわからない。未練があったとしても、彼女は絶対に、私にそれを言ったりはしないだろう。
とても不思議なのだけれど、アニタとの電話を終えた頃には、なぜか久々に、妙にすっきりした気分になっていた。こんなに長くアニタと話をしたのはひさしぶりだったし、なによりアゼルのことをまともに話したのが、本当にひさしぶりだった。
その相手がマルコというのは、少々意味がわからないけれど。




