* Cause Of Stress
どうにか遅刻せずに済んでいる火曜。
短縮された授業のあと、放課後は進路について、担任との二者面談があった。確実に無理だと言われると思っていたのに、言われなかった。むしろさっさと終わらせたいのか、ミュニシパル・ハイスクールについての簡単な説明と、あとどのくらい平均を上げなければいけないかを言われた程度で、十分もかからないうちに面談は終わった。
無理だと言われないのが、去年の学年末テストの努力を認められてだとか、そういうことではないことはわかっている。相手にするのが面倒なのだ。だって私、すっかり問題児だから。
ミュニシパル・ハイスクールはオフィング・ステイトという、ベネフィット・アイランド・シティの東に位置する町にあるという。ウェスト・キャッスルからだと、センター街で乗り継ぎをし、バスで約三十分ほど。私の希望どおり私服高で校則はゆるめ、普通科のみ。やはり基本五教科の合計が二百五十点はあったほうがいいと言われた。つまり平均が五十点ということで、その点数にはぜんぜん足りていない。
面接は面接官をだまくらかすと考えればとおる自信はあるものの、確実に受かろうと思えばやはり平均、五十五点は欲しいところだ。けれどそれを目標にすると、各教科約十五点ずつ上げなければいけないことになる。その一方、ルキアノスの話によると、五教科の合計が二百点あれば受かるということなので、それを基準に考えれば余裕ということになる。
面談が終わって教室を出ると、廊下にはまだ、順番待ちだったり、面談を控えた誰かを待ってる生徒たちが何人かいた。もう誰がいるとか認識するのも面倒なのだが、中央階段、四階へと続く階段のステップを数段陣取り、アニタたちは当然のように待ち構えていた。
うんざり顔で近づく私にセテがにやついて訊く。
「どーよ、成果は? やっぱ無理って言われた?」
「言われてない。まだ点数が足りないなって言われただけ」
「なんだ、つまんねえ」
ヤーゴと並んでステップに腰をおろしているトルベンがつぶやいた。彼はフェンシング部なものの、今週は全面的に部活動が休みだ。だからといって、なぜ彼がいるのだろう。
本当に黙ればいいと思う。私はヤーゴへと視線を向けた。「そーいや、春休み、なんか用だったの? なんか電話したとかメールしたとか」
「もう遅いわ!」彼は声をあげた。「つーかメール、まだ見てないわけ?」
「見てない。読む気にならなかったメールは、メールの一覧表示画面で未読ぜんぶにチェックつけて既読にしたから」
ヤーゴが天を仰ぐと同時に、ほとんどが笑った。
「もうお前、携帯電話捨てちまえ」カルロが言う。「そしたらもうちょっと平和な人生送れるかもよ」
「それもいいわね。壊そうか」
そう言うと、アニタは絶対ダメだと怒った。そこに、エルミとナンネ、ジョンア、そしてまさかのハヌル──通称メガネゴリラが来た。
「ベラ、面接終わった?」ハヌルが訊いた。似合わないのに新制服を着ている。
なぜお前がいる。「終わった」
「どこ行くの?」
お前がいないところ。「あんたは?」
「ノース・キャッスル高校かな。私服だし」
私服を理由にするあたりに吐き気をもよおすのだが、志望校が違っていてよかった。「そ」吐きそうだ。
「え、どこよ?」
お前がいないところ。「ミュニシパル」
「え、行けんの?」
なにを考えるわけでもなく、私はメガネゴリラに向かって微笑んだ。
「黙らせてほしいの?」
一瞬ビクついたものの、ハヌルはすぐに不気味な笑みを浮かべた。
「嘘だって、がんばれ」
黙れ。
空気を変えようとしてか、訊いてもないのにエルミが口をはさんだ。「あたしは面接、明日だけど。ウェスト・キャッスル高校に行くつもり」
そんなことを無視した私は彼女を指で招くと、ハヌルたちに背を向けエルミの肩を組んで数歩離れたところに連れていった。
「なんであいつがいんの?」
小声で訊くと、エルミは声を潜めて言い訳した。「うちらジョンア待ってたんだけど、なぜかハヌルも一緒に待ってて、あんたの高校がどこかって話になって」
「ねえ、私がどこの高校に行くかって、あんたらに関係ある?」
声を潜めたまま反論する。「でもあいつのは知ってたほうがいいじゃん! そりゃあいつは、自分は頭いいからみたいな自慢入ってるけど、落ちたら笑い者だし、そうじゃなくてももし高校かぶってたら、進路変更できるでしょ!?」
確かにと納得した。ミュニシパル高校志望だと言われれば、私は本気で進路を変えるだろう。「あっそ」
エルミから腕を離して向きなおると、再び受け止めたくもないハヌルの視線を受け止め、私は彼女に微笑んだ。
「そういや知ってた? 今年の一月にね、アゼルが更生施設に入ったの」
一同が揃ってぎょっとした。アニタやペトラたちは、私が自分から言いだしたことに。トルベンとヤーゴはどうだかわからないが、エルミとハヌル、ナンネとジョンアは知らなかったから。
私は、かまわず続けた。「しかも一年くらい帰ってこないらしいのね。まあ、イコール別れたってことになるんだけど。フラれたんだよね、私。だから受験に集中するの、それなりに。ものすごく頭のいい、イースト・キャッスルに通ってる男友達がいるから、その子たちに勉強教えてもらってね。だから受かると思うよ。だって私、やればできる子だし」知らないが。「ついでにね、ここにいる十二人にジュース奢ることになってるから」適当な頭数を口にした。「もう行くわ。バイバイ」
最後を強調して言うと、ハヌルは口元を引きつらせ、ナンネとジョンアに挨拶してひとり、中央階段をおりていった。
私は自分の、たいしたものが入ってないカバンを、ハヌルが折り返し階段をくだって姿が見えなくなったのを確認してから、二.五階の踊り場に向かって思いきり、叩きつけるように投げた。ハヌルの足音は一度止まったけれど、またすぐ続いた。
五ポイントくらいすっきりした。ストレスゲージは五十オーバーなので、ぜんぜん足りていないのだけど。
「アホ」と私に言うと、セテは颯爽と階段をおり、踊り場に転がっている私のカバンを拾ってこちらを見上げた。「行くべ? ジュース」
「行かねえよ」と、私。
ゲルトが私の左肩に曲げた腕を置く。
「お前が奢るっつったんだぞ」
エルミは頭数を数えはじめた。「──十二! あたしも入ってる!」
どうやら私は、いろいろと間違ったらしい。「もう勝手にして」
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イヤだと言い張ったのでどうにか、ニュー・キャッスルにあるKマーケットでジュースを買って、そのあと向かいにある公園に行くなどということは避けられた。
あの公園は、二年前の六月、アゼルがはじめて私にキスをした場所だ。つきあってもいないのに私のファーストキスを奪い、さらにキスした場所だ。ついでに言えばその日、店内にあるスウィーツショップで買ったソフトクリームの包み紙のアタリを、アゼルとマスティ、ブルに奪われた場所でもある。Kマーケットには行けたとしても、さすがにあの公園に行くのは無理だ。
けっきょく中学校から近いほうの、やはりニュー・キャッスルにあるシード・リーフという小型マーケットに行った。ジュースだのアイスクリームだのを私のお金で買ったあと、店のパーキングエリアで談笑がはじまった。
ペトラはイースト・キャッスル高校もしくはノース・キャッスル高校かコマース高校か、そういったワンランク上を志望する。イースト・キャッスル高校は無理だと思っているものの、ダヴィデとイヴァンとトルベンもそのあたり。ただしイヴァンは進路をうるさく言われてるわけではないので、ウェスト・キャッスル高校かテクニクス・サイエンス高校でもいい。私服は面倒なのでミュニシパル高校とノース・キャッスル高校は選択肢から除外。
ゲルトとセテはテクニクス・サイエンス高校狙い。近いから。
カルロとヤーゴはまだ曖昧で、行けるならテクニクス・サイエンスかミュニシパル、もしくはキャッスル・ウィジン高校だという。今はまだひとまずの段階なので、急いで進路を決めなくてもいいのだ。ちなみにジョンアは高校など行かない。
しばらくすると、トルベンとヤーゴが、次にダヴィデとイヴァンとカルロが帰っていき、残った私たちも解散することになった。
アニタたちが帰ったあと、一ブロックと少し先に家があるエルミを見送ると、私とナンネとジョンアも、オールド・キャッスルへと歩きだした。
「ハヌルはマジで落ちればいいと思う」ナンネがつぶやく。「教室でもいちいちつきまとってくる。マジでうざい」
「教科書破いたらどうなるかな」と、私。
「問題になるでしょ。それはまずい。さっきの追い返し方は、今考えたらわりと傑作だったけど」
「精神削ったからね」ソフトクリームで、ストレスは十ポイントくらい解消された気がする。
唸りながら背伸びをすると、ナンネは「けど、やっぱりか」と言った。「同じ高校なんて行けるはずがないとは思ってたけど、レベルが違いすぎる」
彼女はミスター・ダヴィデ・カーツァーに片想い中だ。
「どこ行くの」特に興味はないが、私は一応訊いてみた。
「行くっていうか、担任にここならって勧められたのは、シーニック・インレット高校」
聞き覚えがあった。以前ルキアノスが話してくれた。「山の?」
「まあ、山らしい。バスでも一時間半くらい?」
「それならインディ・ブルーでもよくね」
「そうだけど、たぶん見栄張るならって意味。それにインディ・ブルーは、不良がめっちゃ多いらしいし。ベネフィット・アイランド・シティの公立高校の中じゃ、いちばん最悪だって話だし。さすがに」
つまりイジメが怖いと。「行かないのも手だと思うけどね」
「じーちゃんとばーちゃんが、高校は絶対行けって言うんだもん。しょうがない」
「あー。とりあえず受験勉強の傍らで、ハヌルのボケが高校落ちるように祈っとこうか」
ナンネは力強く賛成した。「だね」