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R E D - D I S K 0 3  作者: awa
CHAPTER 14 * REMEMBER HEART
69/139

* Reasons

 彼の腕にもたれて目を閉じたまま、私はマルコに切りだした。

 「こないだ言ったでしょ、男友達がスクーターの免許とりに行ったって」

 「ああ」

 「あの時ね、暇だったから、シミュレーションの機械で遊んだの。車のやつ。アゼル、速度オーバーで二回かな、引っかかっただけで、あとは完璧だった」

 「へえ。お前は?」

 「ぶつかりまくった。歩行者引いたしガードレールにぶつかったし、もうめちゃくちゃ」

 彼は笑った。「お前に運転させたらえらいことになるな」

 「でもスクーターは乗れるわよ。パーク内しか走ってないけど」

 「あれに乗れねえ奴なんか存在すんのか。しねえよ、たぶん」

 彼はできるだけ、私がもたれている腕を動かさないように──というかギアを替えるにしても、影響がないようにしてくれている。私は、肩にもたれればそれほど反動がないことに気づいた。けれど相変わらず目は閉じたままで、車が停まるのも曲がるのも気にしない。どこに行こうと、海でないのならどうだっていい。

 「でも何十回も塾に通って、そのたびに試験に落ちてるおばあちゃんがいるって」と、以前ブルから聞いたことを話した。

 「それはあれだろ、筆記試験が原因だろ? 筆記ならお前も危ねえんじゃね」

 「ああ」なるほどだ。「成績が軽く落ちたもんだから、周りが妙に心配してますよねっていう」

 「どんくらい?」

 「五教科の平均が三十点くらいかな。ただでさえ目標に足りてないのに」

 「進路変えりゃいいんじゃね」

 「それはイヤ」

 「どこ行く気だ」

 「ミュニシパル」

 「私服高か、オフィング・ステイトの」

 「そう」

 「テクニクス・サイエンスのほうが近いだろ。しかも確かあんまレベル高くなかったような」

 「そうだけど、レベルはミュニシパルと変わらないし。私服は絶対なの。それにそこ行ったら、友達に怒られる」

 「なんで」

 「私と同じ高校に行きたくないから。私がいたら平和な生活が送れないんだって。カノジョもできないし」

 「ふーん。男は知らんけど女のほう、お前の学年、なにげにレベル低い気がする。顔いいのが特にいねえ」

 「一部しか見てないじゃん」

 「ま、どれもガキでしかねえんだけど。あ、けどあのゴリラはフケてたよな。おとなっぽいとは違う。ババくさい」

 「ハヌルのこと?」

 「それ。あれはさすがに喰えねえわ。金もらっても喰えねえわ」

 喰える男は存在するのだろうか。「超失礼」

 私は彼に、ハヌルの見栄の話をした。誰か紹介しろと言うから、男と別れたのかなんてことを言ってみると、存在しないはずの“元彼氏”の話をでっちあげたこと。マルコがオトコはいないのかと訊いた時、“今はいない”と言ったのもそこからきてるのだろうということ。彼は笑った。笑いすぎて事故るのではないかというほど笑っていた。

 途中でガソリンスタンドに寄ったので、ガソリン代だと言って財布を渡した。満タンにしやがった。そのあとコンビニに寄ってソフトクリームを買おうとしたのだけれど、彼は私のお金で、なぜか週間と月間の漫画雑誌を三冊も買いやがった。あとコーヒー。

 そこで気づいた。車の中、インストルメンタルパネルの天面に黒とシルバーのドリンクホルダーがついていた。それを言うと、前回私が乗った時にはもうつけていたと言われた。気づかなかった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 車は、またローア・ゲートへと向かっていた。

 以前行ったアマウント・アイランド。の、湖みたいな川の部分。けれどその時降りた場所を通り過ぎ、言っていた水門下の小さな橋を渡り、向かいの山のふもとに辿り着いた。

 少しだけ進んだところにやはり空き地──以前車を置いたところよりもオープンになったスペースがあり、そこにバックで車を停めた。向かいは山。後方も山で、右に見える湖みたいな川の奥にはオレンジ色の明かりが灯るハーバーが、そして少々の家や建物がある。その奥は当然山。左は水門。本当に湖のようだ。

 バッグを後部座席に置いてミュールを脱ぐと、私はドアのほうを向いて座りなおした。足はシートの上に、ドアを支えにして立て、マルコの右腕とコンソールボックスにもたれる。

 祖母の車でもそうなのだが、私は助手席に乗る時、必ずといっていいほど、シートをめいっぱいうしろにやる。けれどマルコの車は、最初に乗った時からずっと、めいっぱいうしろに下げられていた。運転席もだ。

 彼は窓を少し開け、たばこに火をつけた。

 「で、なんの用だったんだ」

 「今さら?」

 私は目を閉じて訊き返した。とても静かだ。エアコンをつけていなくても涼しい。なんのためにエンジンをつけっぱなしにしているのかはわからないが。

 「お前、言わねえもん」と、マルコが言う。

 「ムカつかせてくれないかなって思っただけ。電話でもよかった」

 「は? ムカつかせるってなに」

 「やらなきゃいけないことがあるんだけど、イライラしなきゃやる気にならないの」

 「やんなきゃいいだろ」

 もちろんアニタたちに丸投げすることも、できるといえばできるのかもしれないが──話が進まない可能性が高い。そもそも表に立たなくても裏方としては、しっかり仕事をしろと言われた。

 「それはダメ。だからこう、イライラしなきゃいけないの」

 「意味わかんねえ。ようするに喧嘩売ってんのか」

 「喧嘩とはちょっと違う──自分でもよくわかんないんだけどね、なんかこう、イライラしなきゃいけないのよ、たぶん」

 たとえば十一月後半や十二月なら、もしかするとまたパーティーの話があちこちから持ちだされて、私は自然とイライラしたかもしれない。だが今はまだ十月で、そんな時期ではない。というか、もしかするとイライラの問題でもないかもしれない。この抜け殻状態さえどうにかできれば、文化祭の最後、アニタたちにおつかれさまコールをさせた時のように、行動できるかもしれない──の、だが。

 わけがわからないらしく、マルコは煙草の煙を、窓の外に向かって勢いよく吐き出した。煙草を持った左半身だけを少し起こし、インストルメンタルパネルの中央下部、シフトレバーとのあいだにある灰皿に灰を落としてまた、シートにもたれる。

 「喧嘩じゃねえイライラってなんだよ。喧嘩になんねえイライラの意味がわかんねえ」

 やはりダメか、と思った。アニタたちに煽ってもらう程度では、球技大会同様、まったく動じないのだが。ある意味マルコが、最後の頼みの綱だった気もするのだが。

 「ならいい」私は言った。「どうにかする」

 「俺がイライラしてきた」

 彼は不機嫌になるとすぐ態度──声に出る。わりとわかりやすい。

 「うん、ごめん」

 少し間を作ると、彼は溜め息をついた。

 「アゼルはわかるわけ? お前がどうしてほしいのか、どうすりゃその──喧嘩じゃねえイライラにできるのかって」

 「たぶんわかる。あいつは私を怒らせるのが好きだし得意だから」

 「は? っつーかお前のほうがあいつをイライラさせてる気がする。すげーそんな気がする」

 「そうね、それもある。あいつは私の無関心な部分が大嫌い。時々突拍子もないこと言ったりしたりする破天荒な部分には慣れてきてたと思うけど、それでも私の、ヒトの気持ちを──あいつの気持ちを考えない部分も、大嫌いだった。考えないっていうか、考えても無視する部分かな。怒るのわかってて、怒らせるようなことするところとか」南京錠の時がそうだった。「そういう無神経な部分も大嫌い。ほとんどは呆れられてたけど、たまに怒らせてた」

 数秒沈黙。

 「──お前より、俺のほうがあいつに会いてえかも。なにを思って二年近く? つきあってたのか、マジで訊きたい。なんでつきあえたのか、本気で謎」

 「遠慮しないところはね、おもしろいと思ったって言ってた。昔の話だけど。最初から、ものすごく失礼ぶっこいてたんだよね、まじで。軽くムカつきつつも、興味持った。でもそのうち、遠慮しないというよりはただの無神経だってわかった。だから怒った」そして最初の浮気。「私と同じで、普通怒るだろってところで怒らないっていう、わりと特殊な部分は持ち合わせてると思うんだけど。でも私の場合は、無心経度と無関心度が半端じゃないらしいし。友達いわく完璧。諦めの早さは尊敬モノ」二年前、マスティに言われた。「アゼルだってそれに嫌気がさしたこと、何度もあった。相手にしないだけで、ムカつくことはよくあったって」

 灰皿で煙草の火を消しシートに背をあずけ、マルコは溜め息をついた。

 「ぜんっぜんわかんねえ。ただの慣れか?」

 「さあ」どれだけ怒っても、浮気しながらも、戻ってきてくれた。私が戻ったこともあったけれど、アゼルだって戻ってきてくれた。「ずっと一緒にいる同期の友達ですら私に呆れること、よくあるみたいだけどね。慣れはあるかもしれないけど、よくわかんない」

 なにより、一緒にいた時にどうして私を置いて喧嘩しに行けたのかが、本気でわからない。私にどうしろというのだ。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 また少し沈黙が広がった。

 「──なんで」マルコが切りだす。「誰ともつきあわねえ? 気持ち的に無理だとしても、アゼルとのことを基準に考えて、他の奴とつきあうのが無意味だとしても、誰かとつきあってるほうが、あいつが戻ってきた時、お前の好きな“復讐”はしやすくなんだろ」

 それは、一理ある。でも。「じゃあ訊くけど、プラトニックなつきあいってできる? あんたじゃなくても私と同世代の、私の相手をできるような男に、そんなつきあいができると思う?」

 「──プラトニックって、ヤんねえってこと? 一切?」

 「そう。まあキスくらいならいいけど、フレンチのみ。深いのはなし」

 「──いや、無理だろ。絶対無理」

 「じゃあ私は誰ともつきあえない」

 「はあ? なんでだよ」

 「普通に考えてよ。あんたが誰かと寝るとするでしょ。で、その女は終わったあと、ものすごく満足そうなフリしてんだけど、内心は足りないとか、こんなんじゃないとか思ってたら、どうよ?」

 彼は黙りこんだ。

 「──どうよとか」つぶやくように言葉を継ぐ。「言われても」

 「内心はね、不満ばっかりなの」私は軽い調子で続けた。「終わったあとだけじゃなくて、最中もかな。そこじゃねえよとか、そうじゃねえよとか、今のはこうだろとか。フレンチキスはともかく、それ以上のことをしてる時は、常に頭の中で他の男のことを思い出してる。あいつはこうだった、あいつはこうしてくれたって。そんな女と寝たいと思う?」

 また沈黙ができた。私はずっとドアのほうを向いて目を閉じているので、彼の表情はわからない。

 「いや」マルコは突然言った。おそらくこちらを見ている。「ちょっと待て。テクって意味なら、アゼルがどんだけのもんかは知らねえけど、それ以上がいないにしても、同等くらいにできる奴はいる確率、高いぞ? だいたいお前、アゼルしか知らねえわけだろ? あいつが最高だとは限らねえじゃねえか」

 「だからこそってのもあると思う。それにあいつは、一年半かけて“ベッドの上での私”っていうのをつくったの。そういう意味では、私はあいつに染まってる。私が言うのも変だけど、ベッドの上じゃ、あいつは私よりも“私”を知ってる。あいつのやりかたのすべてが、ベッドの上でのそれなのよ。でも私が言ってるのは、テクニックってことだけじゃない。あんたですら理解できないほど、“普通”じゃなかったのよ、私とあいつは。“普通”じゃないなりに、狂ったこともしてきた。季節はいろいろ。それを思い出さない時期なんて、たぶんないと思う」

 また沈黙が広がった。

 なにが“普通”なのかは知らないけれど、“狂っていた”ということはわかる。私とアゼルは、そうやってつきあってきた。他の誰かが相手では、きっとあんなふうにはならなかった。ベッドの上でもそうでなくても、私たちはどこかずれていて、私は、そんな私たちが好きだった。アゼルも、それは同じだった。

 彼はゆっくりと口を開いた。「──狂ったことって、なんだ。場所的なことか? 外とか? んなもん、ヤろうと思えばヤるぞ? 俺もたまにヤるぞ?」

 思わず笑った。まあ、するヒトはするのだろう。

 「場所なんかじゃない、精神的によ」確かに場所というのもあったけれど。「でもそれを言うつもりはない。理解されないだろうし、されたくもないから。その記憶は、私とあいつだけのものだから。そういうのがあるからね、誰とも寝たりできないの。つきあうってことがするってことに直結するなら──」アゼルも最初、私にこんなセリフを言っていた。「私はもう、誰ともつきあえない」

 マルコはまた黙りこんだ。私も喋らなかった。こんなにアゼルのことを話したのは、久しぶりな気がする。

 少なくともベッドの上では──するということに限定すれば、アゼルは私のすべてを知っている。私以上に知っている。なにでどんな反応を示すか、どういう時になにをしてほしがっているのか、どんな時になにがいちばん感じるか──。

 アゼルに教えられたことが、私の快感のすべてだ。彼の方法で、私は最高の快感を得る。まるで私がアゼル専用で、アゼルが私専用みたいに。──専用のなんなのかは、知らないが。浮気のことを考えれば、アゼルは私専用ではないのかもしれないが。

 それでも私は、アゼルのためだけに服を脱いでいるようなものだった。──脱いでいるって、脱がされるんだけど。

 なにも最後の日にアゼルが言った、“お前は俺のもん”という、そんな言葉を信じて、こちらもそれを貫こうとしているわけではない。私は誰のものにもならない。アゼルにだって、“支配”されるつもりはない。

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