* Casting Off Skin
月曜。
エルミが日曜に男と別れたらしい。あまり会えないことなどが原因で喧嘩になったらしいものの、詳しいことはよくわからない。ハヌルには言うなと口止めされた。わざわざ会話したくないので言わない。それ以前にそんな報告もいらない。
クラスでは、やっと二学期ぶんの席替えをした。もうあまり意味がないと思いつつ、私たちはグループをそのままに、廊下側の席についた。
水曜には同級生のほとんど全員に、コピーされた文化祭の自作PVディスクが渡った。聞くところによると、二年からも買いたいという生徒が出たという。立て替えたディスク料金を適当に徴収した私を除いて、売り上げぶんはクラスメイトが山分けした。たいした額ではないけれど。
ハリエットたちに着せるために買った文化祭PV用のドレスや装飾品の類は、少々対象を変えつつも誰かの手に渡っている。
リカがプライベートで着る自信がないと言ったピンクのドレスは、それならと欲しがったハリエットのものになった。ピンクのバッグはリカが持ったままだ。
ハリエットが着ていたドレスはなぜかアニタの手に渡り、カルメーラは手に入れたドレスをそのまま持って帰った。何人かの女子がなぜか欲しがった猫耳カチューシャはサビナの元に、けれど白狐のお面は誰にもあげず、私が持っている。
そして文化祭のアンケート結果、ステージ部門は見事に私たちのクラス、三年D組が一位だった。アテレコをやった二年D組は二位。教室部門はケイが所属する三年E組のホラーハウスが一位だった。当然だろう。
なぜか今頃になって、私が中学一年の時、同期のひとりを蹴って踏みつけたという話がアニタとペトラに伝わったらしく、相手はハヌルなのかと、少々の期待を込めての答え合わせを求められた。ゲルトたちもその方向で議論していて、こちらは否定も肯定もしなかったものの、彼らの中ではもう確定という結論に至っていた。
木曜は、少々おかしなことになっていた。
まず、マルコがエデ以外の女を連れていたという噂が流れた。どうやらエデは別れたこと、誰にも言っていなかったらしく、噂を耳にしたペトラやカルメーラがそのことをエデに話してはじめて、別れたという話を聞いたという。
理由は当然年齢のことなものの、事実が少々捻じ曲がっていた。エデが自分から別れると言ったことになっていたのだ。
見栄なのか。それはプライドによる見栄なのか。そこに意味はあるのか。それでなにか変わるのか。
アニタから実際はどうなのと訊かれたので、マルコからだと聞いていると話した。彼女は鼻で笑った。ペトラたちも、エデの様子から嘘なのではないかと勘ぐっていたけれど、私もアニタも話さなかった。どうでもいい。
土曜日。
PVを観たサイラスは、想像以上の出来に関心してくれたものの、ディックは歌がCD音源だということがなぜか不満らしかった。意味がわからない。
自由主義のサイラスと三人で散々話したあと、文化祭を抜けてきたルキアノスと待ち合わせてランチをとり、彼の家に行った。
アドニスは文化祭でホストとして、外行きの笑顔を振りまいているらしいし、ナイルとゼインは二人してそこに遊びに行っているから、PVディスクはひとまず封印、テスト勉強をした。
夕方には帰って、けれど次の日もルキアノスの家へ。映像を観たルキとアドニスとナイルは関心していた。アドニスなんかは、アニタの姿を嬉しそうに観ていた。おそらく理想の女なのだろう。未練はないと言い張っているが。
ただ、映像を一時停止してハヌルのことを教えると、三人ともかたまっていた。そして無言でまた映像を再生した。
そのあとはテスト勉強。アドニスとナイルも手伝ってくれた。
自慢ではないけれど、ほとんど頭に入っていない。
私はまた、抜け殻になっていた。
抜け殻になっていたので、テストに集中などできなかった。
また笑う回数が減っていると、自分でもわかった。それを気取られないようにはしていたけれど。
そんなわけで、テストの結果は微妙だった。前回ほど難しくないと周りが噂する五教科の合計は、ぎりぎりで二百二十点ある状態。ルキアノスはなぜか私の心配をしていた。
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十月二十三日、水曜日。
昼休憩に入ったと思ったら、校長室に呼び出された。しかも生徒指導主事の声で、校内放送で。なにもしていないのに。少々成績が下がった程度なのに。
小うるさい同期の連中をかわしながら校長室へ向かうと、部屋の前に主事が待ち構えていて、入れと促された。彼と一緒に校長室に入る。
そこには校長と教頭がいた。校長はデスクの前のソファに腰をおろしていて、私は教頭の向かいでソファに座った。ドアを閉めた主事はそのまま、腕を組んでドアに背をあずける。
「少々成績が下がったようですが」と、校長が切りだした。「勉強に集中したいですか?」
「私はその場その場で凌ぐタイプです。常に集中なんてしてられません」
そう答えると、彼らは苦笑った。気をとりなおして校長が微笑む。
「では、今年もやってもらいましょうか。今年の二学期の終業式は十二月二十日です。クリスマスからは、去年よりもさらに離れてますが」
パーティーの話だ。さすがの私もたじろいだ。「でも──」
「受験を理由に拒否はできませんよ」悪戯に口元をゆるめる教頭が口をはさんだ。「卒業生──去年の三年生も、受験の前に参加したんですから」
「さすがに──二月のあれや、先月同期の女たちがやったことを考えれば、それはどうかと──」
「これが“責任”だと思ってください、ミズ・グラール」校長が言った。「去年、君たちからはじまったことです。もちろんこちらはもう、二月の件は気にしていません。先月の一件は、両成敗だということで話がついたはずです。もちろん、忘れてもらっては困りますがね。新しく作った“歴史”をすぐに無くすようなことはしたくない。
来月また期末テストがありますが、君の人選で、ゆっくり無理なく準備をはじめてください。もちろん具体的な準備時期は君に任せます。去年は二週間と少しという短い期間でしたが、今年は一ヶ月ほど前から告知できるように。去年同様、君は表に立たなくてもかまいませんが、裏の仕事はしっかりやってもらいます。それが君たちの、中学最後の大きな仕事になるでしょう」
──中学、最後。私から、はじまったこと。
「──わかりました」私は、答えた。「去年みたいに切り詰め状態ではなく、ゆっくりやります」
「できれば」と教頭が言う。「一年はどちらでもかまいませんが、二年は少々、実行グループに入れてあげてください。そうすればまた来年、君たちが卒業しても続けられますから」
新しい、歴史。「はい」
私が抜け殻状態なことに気づいているゲルトやセテ、アニタは、ペトラやイヴァンたちと一緒に、第一校舎の正面玄関前で待ち構えていた。無視して素通りしようとすると怒られた。
「もうちょっと待って」と私は言った。アニタたちに仕切らせることは確実なのだが、それを陰で支える気力すら、今はない。周りで騒がれても、話を進められない可能性がある。それは困る。
まだ十月だ。大嫌いな十二月までは、まだ時間がある。幸いあのパーティーには、直接という意味ではアゼルは関わっていない。二月のあのバカ行為を気にしなくていいのなら、“責任”という意味もあるのなら、裏方としての仕事はする。
けれど今の私は、抜け殻だ。どうやってこの状況を抜け出せばいいのかが、さっぱりわからない。
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わからなくて、夕飯を食べたあと。自室に戻ってマルコに電話した。
奥でやたらと騒がしい声が聞こえる電話口での、彼の第一声。「なに」
「暇じゃないよね」と、私。
「ツレと遊んでるけど。なんだよ」
「ならいい」
「は? なに」
だめだ。なぜ彼に電話したのだろう。イライラさせてくれるかもと思ったのだけれど、やはり無理な気がする。
「ごめん、いい。おやすみ」
言葉を待たずに電話を切った。ベッドのクッションに顔をうずめる。
一年というのは、長い。本当に長い。
アゼルがいなくなって約九ヶ月。気が遠くなるほど長かった。このままやっていけると思ったのに、なぜまたこんな状態に陥っているのだろう。やはり施設なんて、見に行くべきではなかったのかもしれない。あれから、なんだか変だ。
あのパーティーにアゼルは直接関わってないけれど、リーズとニコラは関わった。つけくわえるなら、あのクソ男も関わっていた。
それでもアニタやペトラもいたので、それほど苦しいことにはならない。むしろリーズとニコラは、恒例行事化に賛成だった。やるべきなのだろうということは、わかる。
アゼルがいたら、なにを言うだろう。あいつなら、どうすれば私をこの状態から解放できるか、きっとわかる。ゲルトとは違う、もう一冊の取扱説明書。──さすがにそれはないか。終始私を理解できていないようなところは、あった。
けれどもこういう時は、アゼルがいちばんだ。皮肉めいた言葉をいくらだってくれるし、私を怒らせてくれる。もやもやした気持ちを消してくれる。というか、今はそのもやもやの原因が彼だ。
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おそらく三十分ほどが経っただろう。寝ているような寝ていないような、よくわからないそんな状態の中、手の中で携帯電話が鳴った。
無視した。
なのにまた鳴ったので、目を閉じたまま誰からかも確かめず、適当なボタンを押して電話に応じた。
「今どこ」
目を開けた。マルコの声だ。「──家」
「あ? いるか? 部屋真っ暗だけど」
だって灯かりは、つけていない。「来たの? わざわざ?」
「お前が変な電話よこすからだろ。三分待ってやる。出てこい」
アゼルのところに連れていってと頼んだら、どうなるのだろう。
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私が助手席に乗り込むと、マルコはなにも言わずに車を出した。今日は最初からキャッスル・ロードのほうを向いていたので、マブを見たくないと身構える必要はなかった。
「そーいや」右折してキャッスル・ロードへと出たところで彼が言った。「エデは? 別れたとかって話、聞いてねえの?」
窓のほうを向いたまま答える。「先にあんたが他の女を連れてるって噂がまわってた。で、エデが別れたことを周りに話した。でもフラれたんじゃなくて、年齢を理由に自分から別れたって話してるみたいね」
「はあ? 俺がフラれたことになってるわけ?」
「そう」
彼は舌打ちした。「マジうぜえ。見栄とかマジうぜえ」
私は強がりと見栄の塊ではあるものの、アゼルのことで嘘はつかなかった気がする。昔の浮気のことは、言わなかっただけだ。喧嘩が理由というのが大きいし。浮気はただの結果論というか、きっかけというか、だ。と、これは強がりか。
顔をそむけたまま、私は目を閉じた。
「べつにいいじゃん。エデの性格を知ってれば、なんとなくわかるよ、嘘だって」
「まあ──つーかお前、外向いてると見られるぞって」
「夜だしスモーク貼ってるから平気な気が」
「それは言えてる。けど俺は気まぐれに窓開ける」
車はナショナル・ハイウェイへと出て右に曲がった。
私は身体を起こしてなんとなく、マルコの右腕にもたれてまた目を閉じた。
この車は運転席と助手席が、インストルメンタルパネルからまっすぐ伸びるセンター・アームレスト・コンソールボックスではっきりと区切られている。シフトレバーもそこ、インストルメンタルパネルとコンソールのあいだにある。
「なんだ。誘ってんのか」マルコが言った。
「腕動かすな。うざい」
「無茶言うな。車壊れるっつの」
存在したはずの未来。あの日から二年後、私は、アゼルの車の助手席に乗っているはずだった。
──気がする。




