○ Suspicious Man
聞いた話によると、アウニやエルミを含む一部の女子たちは、映像の中にあった花火の写真にとても不満そうな反応を見せていたという。カルメーラたちは私が悪いと言い訳した。みんな黙った。
私のみ不満だらけの状態でのランチをとり終わると、まずは一年のところからということで、ぞろぞろと第一校舎へ向かった。
三年になって半年経つからか、一年生というのがとても幼く思えた。もちろん身長のせいもあるのだろうが、彼らは若いというか、初々しいというか、三年に対する態度がいちいち新鮮というか──とはいってもおそらく、初々しさや三年に対する態度がどうこうというのは、私は最初から持ち合わせてもいなかったけれど。
第一校舎で散々遊んだあと、二年フロア、ケイのクラスのホラーハウスに行った。去年私たちが作ったのとそっくりな外観のそれには、すでにそれなりの行列ができていて、叫び声や笑い声と共に出てくる生徒たちがいた。やはり笑うのは、ほとんどが男だ。しかもそれが驚いたり怖かったりしたのをごまかすためなのかは、やはりよくわからない。
去年の私たちのそれと同じくらい怖いと評判の三年E組ホラーハウスに、アニタたちが少々躊躇していたこともあり、私はゲルトと一緒にいちばんに乗り込んだ。私たちは怖いと言われれば言われるほど、おもしろがる。
結果、本当におもしろかった。元ネタは同じなのだが、どのタイミングでなにが出てくるかというのは私たちの時とはぜんぜん違っていたし、私たちから引き継がれた小道具も、彼らが手を加えて作りなおしていたので、ほとんど別のものになっていた。それでも私とゲルトは色々なところから出てくるそんなものたちを、驚くこともなくまじまじと観察して意見を言った。
そしてとうとう、暗幕の裏に潜んでいたケイに見つかって怒られた。なので私たち、一緒に来たアニタたちが入るあいだだけでもと、外には出ずに裏にまわり、演出を手伝った。こちらは携帯電話の電源を切って、受付には連絡を入れてもらって、私たちを待たずに彼女たちを入らせるよう促して。
もちろん二年E組のものだけでも怖かったのだろうが、私とゲルトの即席の案も手伝って、私たちはアニタたち女を全員、半泣きか、完全に泣かせた。男たちも、内心怖かったなんて言うわけはないけれど、全員を驚かせた。
脅かし役というのはかなりおもしろかった。去年の文化祭で自分たちのホラーハウスをまともに手伝わなかったことを、少々後悔した。けっきょくアニタたちが全員出てもしばらく、私とゲルトはそれを手伝った。
そのあとアニタたちと合流、乱入していたことを話すと、こってり怒られた。中にいるのはわかっていたものの、本気で怖かったらしい。男たちは驚きはしたけど怖くはなかったと言い張った。本音など一生聞けないだろう。
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数日前、私はまたしてもひとりで職員室に行った。いつまでも決まらないらしい文化祭の打ち上げ話をまとめるのと、ハリエットを現時点で、チャーミアンより目立たせることを目的として。
校長と教頭、生徒指導主事と学年主任が相手をしてくれたその席で、私はまたも無茶な頼み事をした。乾杯用のジュースは自分たちが用意するので、文化祭の閉会式が終わったあとに三年フロアの廊下で一斉に乾杯してもいいか、と。
すると校長たち、例のイジメの一件で私を疑うような結果になったことへのお詫びにと許可をくれただけでなく、全校生徒を相手にすればいいと言って、閉会式後に各クラスの生徒数人に飲み物を回収させ、乾杯の音頭をとる生徒をテニスコートに呼び、一年は第一校舎と第三校舎から、二年と三年は第二校舎から、乾杯に参加してもらえばいいという提案をしてくれた。しかも飲み物を用意してくれるとまで。
結果、生徒たちが校舎をまわっているあいだに教諭たちが体育館に飲み物を準備、夕方五時三十分すぎに体育館での簡単な閉会式を終えたあと、各クラスの出席番号一番から七番までの男子生徒にジュースを取りにくるよう促したうえで、アニタとペトラ、ハリエットとエルミにテニスコートに集まるよう呼びかけた。しかも私からではなく、生徒指導主事の口から、五百人以上集まっている全校生徒の前でだ。
少々戸惑った様子で何事だと彼女たちに訊かれたので、あんたたちの大好きな目立つ役をあげるのだと答えた。彼女たちはすぐに打ち上げの代わりなのだと理解したらしく、アニタとハリエットとエルミは飛び跳ねて喜んだ。なにがそんなに嬉しいのだろう。
フロアに戻った生徒たちがジュースを持って廊下に、教室にと窓を開けて集まると、彼女たちは四人それぞれに拡声器を持ってテニスコートに立った。当然のことながら、教師陣の多くは職員室から、主事や学年主任を含む何人かは第一校舎と第二校舎を繋ぐ一階通路からそれに参加した。
彼女たちは適当すぎる挨拶を終えると、四人で声を揃え、おつかれさまと乾杯の音頭をとった。五百人以上の生徒たちがそれぞれの場所からそのセリフを繰り返し、乾杯した。なぜか歓声と拍手が溢れた。
二年E組が使ったホラーハウスの小道具は、また後輩に引き継がれることになったという。ケイと同じクラスの男の子の弟がやりたがり、しかも学校が倉庫に置き場所を作ってくれたので、そこに保管されるのだとか。こんなものを伝統化させてどうするんだろうと思ったけれど、まあ気にしないことにした。
四曲ぶんの自作PVが入ったディスクのコピーの注文は、同期のほとんど全員が注文しているのではないかという話だった。ちなみにハリエットたちが学校でコピーする許可をA組担任のババコワ教諭にもらっているので、CD-Rの料金は私がまとめて立て替えて、その代金のみを──おそらく百フラムコインばかりで──もらい、残りの売り上げは三年D組で適当に分けようという話になっている。
そうして、私たちの中学最後の文化祭が終わった。
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リーズたちがいなくなってから、私はできるだけ、リーズの家の前を通らないようにしている。もちろん向かいブロックで三軒離れてるだけなので、リーズの家族にまったく会わないなどというのは無理な話だ。会えば挨拶はするし、状況によっては少し話もするけれど、リーズたちの話題は出さないし、まだまだ帰ってこないということを実感してしまうので、なんとなく、避けている。場所的に、マブのように完全に避けるというのは不可能だけれど。
そんなわけで、リーズの家に面するのとは反対側の通りを歩いて帰る。実際、こちらのルートのほうがほんの一、二分ぶん、近かったりはする。オールド・キャッスル組が一緒だったり、マブに行く時は正門を出て右、つまりリーズの家のほうのルートを使っていたというだけだ。
けれどこのルートを通ると、いつも去年のことを思い出す。怒るのをわかっていながらプレゼント──南京錠を渡そうとする私に、アゼルが嫌がらせをするため、私を呼び出したルートだ。このルートでマブに行って、散々嫌がらせをされた。そして愛された。不機嫌で無愛想な態度はすべて、アゼルの計算だったけれど。
外はもうすっかり暗くなっていた。再来週には中間テストがある。やってられない。十一月にもまた期末があるのに。やってられない。
冬が近づく。受験が近づく。アゼルが帰ってくる。──かもしれない。
これだけ会わずにいると、もう一生会わないのではないかと思う。
だって、両親はそうだ。私を捨てる人間は、絶対に戻ってこない。会わなくてかまわないし、会いたいとも思わないけれど。
いつからか私は、アゼルがいなければ生きていけないと思っていた。忘れもしない一月六日、アゼルが消えた日──実感がないまま、絶望という地獄に突き落とされた気がした。
けれどよくよく考えてみれば、アゼルが言っていた──私は、存在そのものが地獄だ。これ以上落ちようがない。私はひとりで生きていける人間だった。ひとりで生きていきたい人間だった。確かにリーズたちのこともあって、荒れたりもしたけれど、なんとかここまでやってきたのだから、今さら会う必要はない。
右側に、すでに閉店しているビューティー・サロンが現れる。平屋の広めの建物で、パーティーだったり結婚式だったりのためのメイクアップをプロに頼める店だ。あとヘアケアだったりボディケアだったりも。自分とは一生縁がないと店のような気がするけれど、利用する客はいるらしい。
通りを歩く自分から数メートル先、歩道に面したサロンの駐車スペースのひとつに停まっていた黒い乗用車から、明らかにこの店には不似合いだろう男が降りてきた。髪は短く、おそらく一センチか二センチほどしかない白髪の交じった黒髪で、前髪はM字型にカットされている。しかももみあげとあご髭と口髭、すべてが繋がっていた。背が高く、おまけにティアドロップ型のサングラスをつけている。どう考えても不自然だ。いや、髭を整えにきたか? そもそもこのビューティー・サロンは男性客も利用できるのか? いや、サロンは閉まってるし。などと考えたが、気にしないことにした。
「お嬢さん」
前を通り過ぎようとしたところで、そのおかしな男が声をかけた。ドアを閉めた車の脇に立つその細身の男は若く見える気もするけれど、それなりに年をとっていると思われる。六十代か七十代くらいだろう。黒いスーツを着ているが、黒に白い水玉模様のスカーフをつけているので、シャツの色はわからない。
周りには誰もいないはずなので、男の視線のとおり、声をかけられたのは私なのだろう。と思い、ひとまず立ち止まった。
車のルーフパネルに曲げた右腕を乗せて男が言う。
「道を訊きたいんだが、ウェスト・キャッスル小学校にはどう行けばいいかわかるかい?」とても落ち着いた声だ。
こんなところで、というかこの町で道を訊かれたのははじめてだ。小学校は、それほどわかりにくいものでもないはずなのに。
私は質問を返した。「キャッスル・ストリートはわかります?」
「ああ、わかる。そこを通ってきたんだけどね、説明された道順を忘れて適当なところを曲がったら、そのまま道がわからなくなってしまって」
ここはオールド・キャッスルだ。中学に行きたいのならともかく、ニュー・キャッスルに建つ小学校に用があるのなら、この場所は見当違いもいいとこだ。どんな説明を受けたのだ。
親切な私は、ひとまず適当に説明してさしあげることにした。
「ならまず、キャッスル・ストリートに戻ってください。左に曲がってキャッスル・ストリートへ出て、南へ。少しまっすぐ進めば、標識が出てます。それを右に曲がればそのうち左に小学校が見えますよ」
そういえば私は親切ではなかった。不親切だった。適当すぎるにも程がある。
「ああ、こっちじゃなかったんだな」男はループパネルから腕をおろす。「ありがとう、助かったよ」
いいのかそれで。「いいえ」
彼は車のドアを開けたが、また視線をこちらに戻した。
「暗くてよく見えないんだが、君の髪は赤?」
サングラスをしているからだと思われます。「ええ、マダーレッドの」
「染めてる?」
「いいえ」
「そう。希少な色だね。とてもキレイだ」
なにをぶっこいているのだ。不審者どころか変人か。「どうも」愛想笑いを浮かべて答えた。「無事に辿り着けることを祈ってます」
「ああ、ありがとう」
彼は車に乗り込んでエンジンをかけた。こちらもまた歩きだす。サロンの敷地を出る時、彼はクラクションを短く一度鳴らして開けた窓から再びありがとうと言い、走り去った。




