○ Breakout
九月最後の日、月曜の朝。
三年D組の教室に入ると、クラスの約三分の一が教室の中央席を取り囲むようにして、妙にざわついていた。その中心にいるのは机に顔を伏せるハリエットだ。私は特に気にしなかったものの、訊かなくても説明してくれる奴というのは、どこにだって存在する。
カルメーラたちの話によると、同じ劇団に所属しているチャーミアンが、この国の首都であり、去年私たちが修学旅行で行った場所でもあるイースト・メトロポリスの、おそらくたくさんあるだろう芸能事務所のひとつにスカウトされたのだという。ハリエットが劇団に入っていることは聞いていたけれど、チャーミアンも同じところに所属しているとは知らなかった。
という感想を彼女たちに言うと、論点がずれているとつっこまれた。こんな田舎に首都圏からスカウトが来るのね、なんてことも言ったが、やはり違うと言われた。
説明の続き──スカウトを受けたチャーミアンは、こちらの高校ではなく、イースト・メトロポリスの高校に進学することを即決した。女優になるらしい。まったく気づかなかったけれど、他のクラスの人間は今日、その話題で持ちきりで、チャーミアンに早すぎるサインをせがむ者までいたのだとか。
その一方D組ではハリエットがやたらと落ち込んでいて、しかも彼女は変に自信をなくしたらしく、文化祭での“Pretty In Pink”を演らないと言いだし、みんな騒ぐに騒げない状態なのだという。くだらない。
「“かまってちゃん”になっただけでしょ」
群れから少し離れた教室の後方、説明を聞き終わった私は、カルメーラともうひとりの女子に言った。この説明のせいで、教室に入ってからたっぷり三分以上経過しているのに、私はいまだに席に座らせてもらえない。
「女優になるなんていう贅沢な夢は持ってないとか言ってたくせに、チャーミアンがスカウトされて注目浴びてるからって、自信なくしたとか言い訳して。しかも自分が演りたいって言いだしたもんを投げ出すって? ただの“かまってちゃん”じゃん」
私が好き勝手喋っているうちに教室のざわめきはどんどん薄れていき、今はほとんどのクラスメイトの視線がこちらに向けられている。
「ベラ、言いすぎだって」カルメーラが声を落として言った。「落ち込んでるんだよ」
「勝手に落ち込んどきゃいいじゃない」私はハリエットにも聞こえる声で話している。「演らないなら演らないでいいわよ。PVは流すし、なんならステージ演出は他の誰かに演らせるから。ヒトが代わってるっていう不自然な状態で、もしかしたらおかしな注目浴びられるかもしれないし?」
カルメーラたちを含め、クラスメイトはさすがに言いすぎだと言いたげな表情を浮かべている。
しかし私は気にしない。「“Pretty In Pink”のデータを壊せば使えなくはなるけど、どっちにしても後悔するのはハリエットひとり。クラスの奴らの陰の不満を受けとめなきゃならないのもハリエットひとり。ああ、それでもある意味、注目はされるかも? 自己中振りまく嫉妬深い落ち込み女ってレッテルつきだけど。リカにも当然、迷惑がかかるわけだけど。あ、でもヒースコートはそっちのほうが嬉しいか」
その言葉に、何人かは小さく笑った。もちろんヒースコートもだ。クラスメイトたちは徐々に、私の声がハリエットに聞こえるようにか、彼女の後方から退いている。
「ねえ」カルメーラに言う。「私、ハリエットの演技がへぼいなんて言ったっけ」
「え、ううん、言ってない。むしろ尊敬ものだって」
尊敬したのは演技力というより、その堂々とした態度にだ。
「だよね。私が知る限り、このクラスの人間、誰もハリエットの演技を否定してない。むしろ褒めてる」
まだ顔を伏せてふさぎこんでいるらしいハリエットのうしろ姿に向かって、私はさらに言葉を続けた。
「チャーミアンの演技がどんなもんだか知らないけど、運があったかなかったかの話でしょ。なかったはずの対抗心燃やすのはけっこうだけど、投げ出せばよけいに惨めになるだけ。それでもいいならやめれば。どっちでもいいよ、私は。このクラスにあんたほどの演技力と歌のうまさと目立ちたがり屋精神を兼ね備えた奴がいるなら、そいつに代役やらせるから」
こちらが言い終わると、沈黙と共に、クラスメイトの視線は一気にハリエットに集まった。
その視線を感じたのか感じてないのか、ハリエットが伏せったまま、小声でなにかをつぶやいた。でも私には聞こえなかった。
かと思えば、彼女は突然立ち上がった。
「ベリーなんかキライ!」そう叫ぶと、涙目のしかめっつらで、睨むようにこちらを見た。「演るもん! 誰にも演らせないもん! 代わんないもん!」怒っている。
それでも私は、彼女に向かって微笑んだ。「よく言った」
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十月四日、金曜日──文化祭当日。
体育館に、適当な状態で集まった開会式と共に、それははじまった。今年は少々、文化祭のシステムが変わっている。
今まで、午前に行われるステージ演出は自由見物だった。なので教室部門ならそれが午前から開いていることもあったし、ステージの見物客には二年と三年しかいない、などということも少なくなかった。
だが今年は、ほとんど強制的に全員が見物することになっている。去年は球技大会の影響もあって、一年の多くもステージを見に行き、午前の教室部門がほとんど機能しておらず、それは今年も同じだろうからということらしい。
全校生徒が朝のHR中に受け取った投票用紙を持ってステージを見物し、体育館を出る際、出入り口付近と開放された履き出し窓付近に設置された投票箱に、どのクラスのステージがよかったかをみっつ書いた投票用紙を入れる。教室部門は通例どおり、LHRの時に投票用紙を回収する。
とはいえ、体育館での見物は、集会の時のようにきちんと並ばなくてもいい。敷かれたブルーシートの上に適当に座ったり、ステージ袖の邪魔をしないようにという条件つきで、ステージ袖から狭い二階にあがって見物したりもできる。
数人の教諭と数人の保護者がグラウンドにテントを張り、から揚げやポテトなどの軽食を作り売りしているので、開会式のあと一度解散、生徒たちはそこでつまみを買ったり準備をしたりして、また体育館へと戻っていた。
ちなみに私たちのクラス、ハリエットたちが自ら進んで最後を飾ると言い出したので、順番はステージ部門の最後だ。つまり大トリ。朝から会議室で私にメイクされた彼女たちは開会式のあと、会議室で着替えた。当然のように他のクラスからの注目を浴び、ハリエットやカルメーラはともかく、リカは本気で恥ずかしそうだった。
けれどそんな注目も、長くは続かなかった。テントでつまみを買って体育館に行こうとした時、マルコが現れたのだ。私と彼は目が合ったものの、どちらも話しかけるようなことはしなかった。なぜって、すぐにエデが勝ち誇ったような表情で彼をキスで出迎え、マルコの言っていたように、腕を絡めてひっついたからだ。
そんな姿を見た私は“エデガエル”を思い出し、ハリエットとカルメーラに隠れるようにして笑っていた。クラスメイトになにを笑っているのだとつっこまれても答えられないほど、たっぷりと三分間は笑った。
だが三年の一部の、マルコを文化祭に招き入れたエデへの反応は、わりと微妙なものだった。もちろんカルメーラのようなタイプは、とりあえず羨ましそうにする。けれど相変わらずエデを嫌っていたりする連中は、さすがにないなどと言っていた。特にエルミやハヌル。アニタとペトラは呆れた様子だった。私も去年、そんなふうに思われてたのかもなとつぶやくと、そこは否定されたが。まあ、どうでもいい。
そして体育館でステージ・プログラムがはじまった。ケイが二年D組にやらせたアテレコステージは、けっこうな爆笑を招いていた。三年D組の連中は負けるかもなんてつぶやいていたけれど、私は気にしなかった。こんな勝負に興味はない。エデたち三年A組が準備のためにステージに向かうと、マルコはケイたち二年につまみを奢らされていた。
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自分のクラスの番がまわってきても、私はステージ袖に潜むつもりはなかった。なのに拉致された。
ステージ袖は狭い。バレーボールやバスケットボールは専用のカゴに入れられてはいるが、きちんと整頓され収納されているわけではないのだ。そのうえバドミントン用のラケットやシャトルも、カゴに入れて一箇所にまとめられてはいるものの棚に収められてはおらず、ボール類と一緒にただ隅に追いやられている。なぜか生徒用の机も物置として置かれているし、二階へとあがる階段の下がホコリにまみれていることは、しっかりと確認しなくてもわかるほどにホコリっぽい。
準備のため薄暗いそのステージ袖に入ると、何人かはそそくさと二階にあがってカーテンを閉めてまわり、体育館から自然の光を奪った。ほとんどは女子で、彼女たちはマイクを持っている。二階から歌をうたうのだ。
男子を含む何人かはマイクを持ってステージ脇に控えたり、音楽担当として機材の前で構えたり、幕を開ける準備にとりかかった。彼らがマイクを持ったのは、最初の曲、“Breakout”のCメロと、二度繰り返されるサビをうたうためだ。
そしてステージ袖へのドアの傍に立つ三年の学年主任、カンニネン教諭が、「それでは最後のステージ。三年D組で、“B.N.P.W”です」と紹介した。
“B.N.P.W”というのは、そのまま、“Breakout”、“Need You Now”、“Pretty In Pink”、“Where The Lines Overlap”の頭文字。流す曲の順番でもある。演目タイトルを決めなければならず、色々案はあったものの、サプライズを狙ってわけのわからないものにしてやろうという意見が尊重され、これになった。
照明を完全に落としたステージに再び巨大スクリーンが現れ、合図で幕が開けられると、デッキのスイッチが入れられ、曲と映像を合成したCD-Rが再生された。映像が映し出され、画像編集操作を覚えたクラスメイトがさらにコミカルになるよう手を加えた“Breakout”の自作のプロモーション・ビデオが流れる。
めちゃくちゃ眠い朝
今日はサボッてもいいかな
毎日並べた机の上
みんなで数字とにらめっこ
こんなのティーンエイジャーのすることじゃない
音楽の授業してよ
廊下でかけっこ
先生たちから逃げるのよ
教科書は破り捨てて
窓から投げちゃえ
今すぐ私たちは
飛び出すの
限られた時間を無駄にはできない
学ばなきゃいけないと思うの
もっと違うことをね
先生たちは止められないし 私たちも止まらない
私たちが欲しいものはここにない
私たちはただ楽しみたいだけ
飛び出さなきゃ
放課後なんて待ってられない
今しかできないなにかがあるって
私たちはちゃんと知ってる
これでいいのよ
学校はなにを教えるんだろう
善悪や愛を教えていない
なぜ数字を並べ替えなきゃならないの
そんなのが人生に必要だとは思えない
教えてよ
クレイジーになる方法
行動してくれるまでは戻らない
必要なのは行進じゃなくてパーティーなの
だから今すぐ私たちは
飛び出すの
限られた時間を無駄にはできない
学ばなきゃいけないと思うの
もっと違うことをね
先生たちは止められないし 私たちも止まらない
私たちが欲しいものはここにない
私たちはただ楽しみたいだけ
飛び出さなきゃ
放課後なんて待ってられない
今しかできないなにかがあるって
私たちはちゃんと知ってる
これでいいのよ
彼らって嘘ばっかり
嘘に埋もれた偽善者
私たちには私たちのやり方がある
飛び出さなきゃ
限られた時間を無駄にはできない
学ばなきゃいけないと思うの
もっと違うことをね
先生たちは止められないし 私たちも止まらない
私たちが欲しいものはここにない
飛び出さなきゃ
放課後なんて待ってられない
今しかできないなにかがあるって
私たちはちゃんと知ってるから
これでいいのよ




