表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
R E D - D I S K 0 3  作者: awa
CHAPTER 12 * SENSATION HEART
59/139

* Roar Gate City

 「出てこい」電話越しに、マルコが言った。「今すぐ」

 九月十七日、月曜の夜八時すぎ。夕食のあと部屋に戻ってすぐ、彼が携帯電話を鳴らしていることに気づいた。一度は無視したものの、着信音が鳴り止んだあとに不在着信を確認すると、それがすでに二回目の電話だったことがわかり、そのうえまた電話がかかってきたものだから、しかたなく応じた。

 私は訊き返した。「なんで家にいると思うの? 友達のところにいる」

 「今さっき部屋の電気つけたじゃねえか。くだらねえ嘘つくんじゃねえよ」

 衝撃だ。ばれている。家の前にいるのか。出てこいと言うなら当然か。

 「疲れてるの。これからシャワー浴びてビール飲んでもう寝るの」また嘘をついた。

 「お前、どんだけヒトをキレさせりゃ気が済むわけ?」彼の声は、最初からずっと不機嫌だ。「さっさと出てこいっつってんだろ」

 もうやだ。ほんとにやだ。「わかった」

 携帯電話のみを持ち、リビングにいた祖母にちょっと出てくると言って家を出た。家の前にマルコの姿はなく、代わりにダークグレーらしき色の乗用車が、祖母の車のうしろに停まっている。窓にはスモークが貼られていて、中は見えない。

 ぽかんとしていると、車の窓が開いた。そこには運転席に座るマルコの姿があった。

 「さっさと乗れ」

 どうやら彼は運転免許証を取得し、車を手に入れたらしい。答えず彼のほうへと歩いた。乗りたくはない。本当にイヤだ。キライというわけではないが、とにかく関わりたくない。彼の不機嫌な話しかたは、本当にアゼルそっくりだ。アゼルを思い出すからどうこうというのではないのだが、なんというか、本当に苦手。どうしてかはわからないけど、とにかく苦手。

 車の脇に立って彼に言う。

 「用があるならここで言って。乗る必要はない」

 「お前が乗らなきゃ話さねえ。乗らねえならお前の家に入ってデボラと話す」

 それだけ言うと、彼は窓を閉めた。

 なんだこいつ。本当にムカつく。自分だって喧嘩売ってばかりじゃない。

 後部座席のドアを開けてやろうとしたけれど、なかった。まさかの二ドアだ。気づかなかった。思わず車体を蹴りたい衝動に駆られたものの、よく見ると高級そうなその車はとてもキレイで、もしかすると新車なのかもと思ったので、とりあえずやめておいた。車のうしろから回りこんで助手席へと向かう。車体後方は独特の形をしていて、もしかするとスポーツカーなのかもしれない、とも思った。車になど興味がないので、さっぱりわからない。

 ドアを開けて助手席に乗り込む。シートはレザーで黒。座るととても違和感があるのに、妙に身体に馴染む気がした。ドアの内側だったりインストゥルメントパネルだったり、ところどころがダークブラウンの木目になっている。あと、やたらと細いハンドルも。メーターは丸い筒のようで、おかしな角度に曲がっているギアレバーを見れば、マニュアル・トランス・ミッションタイプなんだとわかる。

 そして知るはずもないのに、新車というのはこんなニオイなのだと思った。けれどそれとは別に、スカッシュの香りもする。アシストグリップに平たく筒状になった缶タイプの芳香剤がはさまれていた。

 こちらがドアを閉めると、マルコはなにも言わずに車をバックさせてから、祖母の車を避けるよう前進させた。

 こちらもなにも言わなかった。なんのためにこんなことをされているのか、さっぱりわからない。ひとまず普段からの祖母の言いつけどおり、シートベルトを締める。

 窓の外を眺めていると、おそらくナショナル・ハイウェイに出ようとしているのだろうけれど、車がマブのある通りに向かっていることに気づいた。何度行ったかわからないコンビニが視界に入り、思わず目を閉じた。

 その通りに入っても、マブは左側にある。私が座っているのは右側だ。右から視線をそらさなければいい。けれどその通りに並ぶ家にだって、見覚えがある。なにも見たくなかった。

 アゼルが、マスティが、ブルがいなくなって、あの家がどうなっているのかなど、知る勇気がない。“もしなくなっていたら”などとは、考えたくはない。また春休みの自分に逆戻りしてしまう。

 あの家は私たちにとって、ただの遊び場ではなかった。マスティの亡くなったお祖父さんの家というだけでもないし、ただアゼルが住んでいただけの家というわけでもない。笑って、騒いで、喧嘩して、泣いて、仲なおりした家。アゼルとだけではなくて、マスティとブルだけでもなくて、リーズとニコラも一緒に、みんなで二年間を過ごした家。たくさんの思い出が詰まった家。二年と半年後、彼らが帰ってくるのはあの場所だと信じている。それまではきっと、私も行くべきではない。

 けれど住む人間がいなくなって、使う人間がいなくなって、そうしたら、あの家はどうなるのだろう。

 考えたくなくて考えなかったことを、今さら考えてしまった。なくなるはずがないと、必死に自分に言い聞かせる。“最悪”など見たくないから見ない。どれだけタクシーに乗ろうと、ずっと避けてきた場所だ。今になって知りたくはない。

 窓のほうを向いたまま、マルコに気づかれないよう強く目を閉じてひたすら、車が曲がるのを待った。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 少しすると、車が右に曲がるのがわかった。

 「どこ行く気?」目を閉じたままマルコに訊いた。

 「さあ」それだけ。

 この男、本当にうざい。オーディオデッキはあるけれど、音楽もなにも流していない。聞こえるのはエアコンの音とエンジン音と、ときどき彼が操作するギアレバーの音。あとは外の、すれ違う車の音だけ。ものすごく居心地が悪い気がするけれど、ギアを入れ替える時の音が好きだとも思ったりする。マニアック。

 すれ違う車の音が頻繁に聞こえるということは、もう確実にナショナル・ハイウェイに出てるだろうと思い、ゆっくりと目を開けた。

 そのとおりだった。よかった。アロウ・インレットのショッピングセンター前にあるバス停などは、特に気にしたりしない。わざわざ意識して見たりもしないけれど。

 私は再びマルコに質問をした。「話があるんじゃないの?」

 「べつに」

 蹴飛ばしてやろうかこいつ。「なら家に帰してください」

 「無理」

 車は赤信号で停まった。

 さて、どうしよう。黙っているほうがいいのか、無理やりにでも話したほうがいいのか。答えがさっぱりわからない。というか、帰りたい。

 ひとまず前方を向くことにした。喋ってもどうせこんな調子で、なにを言っても喧嘩にしかならない。以前のトルベンを相手にしてる感覚だ。つまり、口を開かないのが正解だとは思うのだが。

 また彼に訊ねる。「なにがしたいの?」

 「嫌がらせ」

 出たよ。お前はアゼルか。ルキアノスか。トルベンか。

 「誰によ」とても無意味な質問だった。

 「お前っつーよりはエデに」

 「は?」彼を見た。「なんでこれがエデへの嫌がらせになるの? 嫉妬ってこと?」

 「車手に入れたら、一番に助手席に乗せてやるって言った」

 信号が青に変わり、ギアを操作してまた、車が走り出す。

 彼はこちらを見たりはしない。「今日免許とって、あちこち走りまわって、やっと手続き終わった。ツレと飯食いには行ったけど、助手席に乗ったのはお前が最初」

 納得した。「そんなのケイでもよかったと思うんだけど」

 ケイは私と彼の仲が微妙なことを知っているのか、エデのことを報告するのでなければ、無駄にマルコの話をしたりはしない。

 「ケイはあとで迎えに行く」と彼が言う。「エデには免許とれんのは明日だって言ってるけどな」

 「じゃあエデは、今日あんたがこうやって車で公道走ってることすら知らないと?」

 「知らね。普通に教習行って、ツレと遊んでると思ってる」

 笑える。「ねえ。頼むからそっちのことに巻き込まないでよ。っていうか、免許見せたらばれるよね。交付日書いてるよね」

 「見せなきゃいいだけの話だろ」あっさりと答えた。「巻き込みはしねえよ。お前のこともケイのことも言わねえもん」

 「ならいいけど」

 また視線をそらした。もういやだ。私の周りはどうしてこう、いつも面倒なことになるのだろう。

 今度はマルコが質問した。「学校でなんかあったか。お前がっつーか、あいつ」

 「なんで」

 「平日だろうと学校サボッて教習見に行きたいとかなんとか、毎日のように言ってたのに、ここ何日か言わなくなってるから」

 「連れてったの?」

 「まさか。ぜんぜん相手できねえから無理。できても無理」

 「私が知るわけないじゃない」

 エデがいじめまがいのことをやって、されていたと知れば、彼はどういう反応をするのだろう。

 「ふーん。まあどうでもいいけど」

 「てっきり心配してるのかと」

 「するかよ。あいつが事故ろうと死のうとどうでもいいわ」

 「よくそんなのでつきあえるな」

 「もう飽きた」

 飽きちゃった。「いつまでつきあうつもり?」

 どうでもいいがギアを入れ替えるタイミングの共通点が、さっぱりわからない。なにが基準なのだろう。

 「さあ。とりあえず文化祭は来いとか言われた」

 「来るの?」

 「親父が仕事休ませてくれたらな。去年はお前、アゼルとそのツレ、呼んだんだろ?」

 そんなことまで知っているのか。「呼んだわけじゃないわよ。あいつらが勝手に来ただけ」

 ブルとマスティがホラーハウスに入る目的で。アゼルとは、まあ、あれだけれど。

 「どっちでも一緒だろ」と、マルコ。

 「エデの反応は?」

 「すげー喜んでた。目的はお前じゃなくてケイのホラーハウスだってのに」

 男を乱入させることでステータスが上がると信じているバカ。それで私に対抗するつもりなバカ。車はまた赤信号で停まった。

 「また不審者扱いされたらどーすんの」私は静かに言った。「ババコワと鉢合わせたり」どこに向かっているのだろう。

 「さあ。あのアホ連れてりゃどうにかなるだろ。ケイは、来んならお前と一緒にいたほうがいいとか言ってたけど」

 「そんなバカな」

 「そのほうが教師になんも言われねえんだと」

 「言われないってことはないわよ。たぶん呆れと諦めだもん」

 「あと堂々としすぎてるからってのもある」

 「そーね。去年も他のクラスや一年の教室で普通に遊んだし」車が再び走り出す。「でも一年は、球技大会の時にあいつらを見てたから。あんたの場合はちょっと違う」

 「まーな。ま、どっちでもいいんだけど。ただエデをつけ上がらせるにはそれもアリかと思ってるだけ」

 「なにがしたいのかさっぱり」

 「文化祭終わったらそのうち別れる。年が違いすぎるって周りに反対されてるからって理由で。そのあとすぐに別の女連れてるとこ、あいつに見せてやる」

 予想以上に計画的だ。しかもなんだか、一昨年、アゼルたちとセンター街でやったナンパ遊びに似ている。相手のプライドを崩す遊びに。

 「海には行かないでね」私は言った。

 「なんで」

 「海はキライ」

 海は、アゼルと母親を思い出す。昔夢でみたあれは、母親に似た誰かなのかもしれないけれど。よくわからない。

 「っていうか、もう帰ればいいと思う」と、私はつけたした。

 「んじゃローア・ゲートに行くか」

 ローア・ゲート・シティ。北の方角にあるわりと大きな市だ。ここからでもおそらく三十分はかかる。

 「遠すぎだと思うんだけど」

 「気にすんな」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 目的地が決まったからか、マルコが運転する車のスピードがあがった。

 ベネフィット・アイランド・シティを川が多い市だと言うなら、ローア・ゲート・シティは海の市だ。市の面積の半分が海に面している。──気がする。

 ベネフィット・アイランド・プレフェクチュールに住んでいればさほど気にしないものの、ローア・ゲートには全国的に、それなりの重要ポイントや観光地とされているものが多く存在していて、その中でも北北東の方角にはとても大きな橋──高速道路があり、それはこのフォース・カントリー地方と本州を繋ぐ玄関口にもなっている。ただ、山が多くて田舎なことに変わりはない。三分の一はおそらく、山だ。

 ときどき話してときどき沈黙しながら、マルコは本当にローア・ゲートへと向かった。煙草を切らしてるから買うとかで、途中コンビニに寄り、ソフトクリームを買ってくれた。だって私、財布を持ってきていないから。携帯電話しか持ってきていないから。

 車はやはり新車らしい。ただデザインは一応、四十年から五十年ほど前のもの。何年か前に有名な映画で使われたことがあるらしく、人気が最熱して、メーカーがまた似たり寄ったりなデザインでの製造をはじめ、それを就職祝いだとかでお父さんと親戚まわりを言いくるめ、買わせたのだとか。まだ就職していないくせに。仕事をはじめるのはあさってからのくせに。ただのスポーツカーではなく、高級スポーツカー。けれどシートベルトを四点式にするようなことはしなかった。


 ローア・ゲート・シティに入っても車はまだ停まらず、ずっと奥へと進んでそのうち橋を渡り、島に辿り着いた。アマウント・アイランドというらしい。アゼルが入った施設のあるアマウント・ウィズダム・プレフェクチュールとはまったく関係がないものの、少々ムカついた。

 大通りをしばらく走っていると、フェンスと木々に囲まれた、やたらと大きな施設が右手に現れた。教育大学だという。左側はその大学の専用グラウンドで、なんてことない景色なのだけれど、まだ寝静まる時間ではないはずなのに、一台の車もヒトも見当たらず、それほど車が通らないらしいのに妙にキレイに整備された、外灯つきの四車線道路と大学が持つ木々、そして方々に見える山たちが合わさった景色というのが、とても素敵に思えた。田舎ではあるけれど、ここになら住んでもいいと思った。

 次の瞬間、大学の先にある橋が目に入り、当然のように川が流れていて、ハーバーに小型のヨットがたくさんあることに気づいた。過去に自分が住んでいたウェスト・アッパー・ストリートを思い出し、数秒前に考えたことを取り消した。ハーバーはあって当然だし、見てもなんとも思わないものの、その近くに住むというのは少し違う。ヨットをすべて撤去してくれるなら、住んでもいい。どんなわがまま。

 短い橋を渡っていると、左手が湖のようになっていることに気づいた。ベネフィット・アイランドに湖なんてあったのかとマルコに訊くと、これは湖ではないと言われた。ここから見ればそう見えるけど、川らしい。惜しい。

 その川沿いには数軒の家がぽつぽつと建っていて、その家をとても羨ましいと思った。だってここ、昼なら、きっとすごく景色がいい。夜でも素敵だと思うのだから。けれどまたもハーバーの存在に気づいた。もういい。

 少し走ると、道路は四車線から二車線になった。突き当たりは山。正面に小さな倉庫のようなものがあり、道はその手前で左右の二股に分かれている。右折レーン、左折レーン、そして対向車用と再び三車線になったものの、左と右、どちらを行っても狭い気がする。走っていたのは十一号線で、それは右折するらしく、てっきり従うものだと思ったら、車は左折した。看板も標識もなくてさっぱりなのだが、おそらくこれ、対向車が来たら地獄だと思う。どうするのだろう。

 とはいえ、煙草を吸いながら運転するマルコ越しに広がる景色はもう、湖にしか見えなかった。山と川とハーバー。湖だと思うなら少し違うけれど、ある意味ウェスト・アッパー・ストリートの景色だ。

 右手にある山のふもと、ちょっとした空き地のようなスペースに古びた倉庫がふたつあったけれど、この道の先にはもう、山以外のものは望めないとわかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ