* Be Strong
うたい終わり、ギターが鳴り止むのを待ってから目を開けると、ほとんど同時に演奏を終えたディックは妙ににやつく笑みを見せていた。
「決まりだな」と、彼。
「でもな、目立つってのがな──」
「なんでそんなにイヤなんだ? 恥ずかしいわけじゃないんだろ?」
「違う。うたうことそのものは、べつにかまわない。でも目立つと、なんかこう──いろいろと、面倒が起きるので」
「よくわからん奴だな。けどお前、うたわないのはもったいないぞ。サイラスがベタ褒めしようと、正直並よりちょっと上程度だろと思ってたのに、想像以上だった」
並よりちょっと上の、とはどんな程度なのだろう。
「私は並でいい。ステージにあがるのが好きってのでもない。陰が好きなの」
彼はぽかんとした。「陰?」
「だから、こう──裏方? 作るのは好き。誰かが目立つためのステージを作るのが好きなの」
「よし、却下」
「なにがだ」
「そんなわけのわからん言い訳は聞かん」
そう言って、彼は“Be Strong”という曲は知っているかと訊いてきた。
知っているが。「ピアノソングじゃないですか」
「気にするな」
どうしてこう、伸びのある曲ばっかりうたわせようとするのだろう。「長いこと聴いてないから、歌詞間違えるかも」
これは昔、母親がときどき聴いていた歌だ。ピアノなど弾けないくせに、そんなイメージじゃないくせに、ときどき聴いて口ずさんでいた。なぜ私が覚えているかは知らない。
「そんなことも気にするな」ディックが言う。「俺もさっきの“Pretty In Pink”、ちょっと間違ったけど、わからんかっただろ」
「ぜんぜん」
「お前はとにかく歌に集中しろ。歌詞が聴きたいわけじゃない。歌声が聴きたいだけだ」
とんだ横暴男だ。この曲は難しい。これから面接を受ける女たちは、とても厳しいことになりそうだ。
「わかった。音量上げてくれる? マジでうたってみる」
そう言うと、彼は笑って了承した。
このアーティストは、ピアノを弾きながら曲をうたう。曲の強弱を、その曲の主人公の強さややさしさ、弱さ、繊細さなんかを、彼女はピアノと声で表現する。歌唱力とは言わないかもしれないが声にも伸びがあり、ロック要素はまったくと言っていいほどないものの、このアーティストのことは尊敬している。すごいと素直に思う。私、無理。
調整を終え、ディックは再び床に腰をおろした。ギターを鳴らして入る部分を確認する。「いくぞ」と言うと、彼はまたギターを弾きはじめた。
ピアノではじまるはずなのにギターだから、妙な違和感があったものの、私はまたうたいはじめた。
わかってる 終わらせたいのよね
あなたの人生すべてを
でも銃を置いて 私の話を聞いてほしい
瞳を閉じて
絶望して泣いたり
誰も信じられなくなったり
誰もがそんな風に感じるの
独りきり 明日が怖いと感じた時
次の夜が来るのをただ待つ必要はない
あなたは花のように枯れたりしない
枕を濡らすこともうたうこともできる
太陽は敵じゃない
強くなって
わかってる 道を見失ってしまったのよね
誰かを真似るために
でも誰かに あなたの価値を決めさせないで
あなただけがあなたの輝きを知ってる
自分を置き去りにしないで
正義を貫いて
終わらせてしまっては意味がないの
でも独りきり 明日が怖いと感じた時
次の夜が来るのをただ待つ必要はない
あなたは花のように枯れたりしない
枕を濡らすこともうたうこともできる
太陽は敵じゃない
強くなって
才能を隠したりしちゃだめ
自分の色を恥じたりしちゃだめ
誰にも聞いてもらえなくても
なにも諦めないで
いつか誰かに届くから
信じて あなたのことも
独りきり 明日が怖いと感じた時
次の夜が来るのをただ待つ必要はない
あなたは花のように枯れたりしない
枕を濡らすこともうたうこともできる
太陽は敵じゃない
強くなって
あなたのために 強くなって
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
“Be Strong”は、私の中にあるなにかのスイッチを押したらしい。
ロックがうたいたいと言うと、ディックもロックのほうがいいと言いだした。少し古めの曲を言い合って、おそらくわかると意見が一致すれば、彼はギターを弾き、私はうたった。歌詞やギターコードを間違っても、どちらも気にしなかった。そのうちディックはコーラスを入れるため、マイクスタンドを用意してスツールに座り、私は床に腰をおろしたまま、アーティストの年齢性別は関係なく、アルバムを持っているとかいたという話になれば、適当な間奏で繋いで、途切れることなくセッションを続けた。
そう、これがセッション。
彼も相当な音楽バカで、気づけば普通に楽しんでいた。
普通に楽しんでいたものだから、時間など気にしていなくて、時間が経つのも忘れていて、もう何曲めだかわからないセッションを終えたところで同時に、お互いの携帯電話が鳴っていることに気づいた。同時に顔を見合わせ、同時に壁にかかった時計を見た。
午後二時十五分。
「まずい!」と、二人同時に叫んだ。慌てて機材やスツールを片して、慌てて二階におり、料金を払ってキーズ・ビルから出た。ディックはこのビルの地下で打ち合わせをするらしい。
キーズ・ビルを出ると、目の前のパーキング内で白い乗用車にもたれ、携帯電話とにらめっこするスーツ姿の男女二人組がいた。ディックの姿を確認した女が、肩眉をあげて疑わしげな表情を見せる。打ち合わせの相手のようだった。一般的なランチタイムを過ぎたからか、どの店の前にもさっきほどの賑わいはない。
彼に行ってと言い、私はまたも鳴りだした携帯電話をバッグから取り出した。アドニスからだ。ディックに楽しかったと言いながら手を振って、電話に応じた。
「ごめんなさい」私は言った。「まじでごめんなさい」
「めずらしく素直だな」と、アドニス。「今どこにいるわけ? ちっとも連絡ないから、とりあえずセンター街に来たんだけど」
ディックは低いフェンス越し、パーキング内にいる彼らにあやまっている。私はキーズビルの前、歩道脇にある低く黒いフェンスに腰かけた。
「ファイブ・クラウドには来てるのよ。ちょっと色々あって」
「自分から言いだしといてこれって──あ、うしろ見てみ、うしろ」
そう言われて振り返った。ドッグス・アンド・ダッグスの脇にある歩道を、アドニスとゼイン、ルキアノスが歩いてくる。
電話を切って立ち上がり、アドニスたちのほうへと歩き出した私を、二人組がパーキングから出てくるのを待つディックが呼び止めた。
「ベラ! 十二月、いいとこ連れてってやる! 今日の感覚、忘れんな!」
彼は“Be Strong”をうたい終わったあとから、バイトに来るよう説得することはしなかった。もう決まりだと思ってるのか、どちらにしても二年後だしと思っているのかはわからない。ただこういうセリフを言うということは、生演奏でうたう快感を、言葉ではなく全身で感じろということなのかもしれない。
目の前のギターに合わせてうたうのが楽しいという気持ちと、でも目立ちたくはないという気持ちが自分の中で激しく葛藤しているけれど、それでもそんなことを言われたら、どこに連れてってくれるのか、正直楽しみに思ってしまう。
「わかった!」歩きながら、私は再度手を振って答えた。「楽しみにしとく! ありがと、またね」
そう言うと、ディックも手を振り返してくれた。彼は二人組と一緒に、キーズ・ビルの地下に続く白い建物へと向かった。
通りを渡ってキーズ・ビルの東向かい、角に建つグリルチキン・レストランの前に立った。こちらに来たアドニスが訊く。
「なんだ、デートか」
「そう、デート」ある意味では。
「年上好きだなお前。ちょっと年上すぎる気もするけど」
「あら、知らないの? 恋愛に年齢は関係ないのよ」と、ふざけたことを言ってみる。「楽しかった。このテンションはやばい。よけいなもん買いそう」
「買い物はしてねえの?」ゼインが訊いた。「なんか買うって言ってたんじゃなかったっけ」
そう言われてはっとした。デジカメの用紙だ。「忘れてた。寝坊して、あとで行こうと思ってたんだけど」
アドニスは呆れた。「おいおい。まあいいや。ルキは歩きながら店選ぶっつってるから、適当に歩いてアーケードのほう行くべ」
彼らのうしろに立ち、無言で東の方向を眺めるルキアノスへと視線をうつす。この感じは、おそらくまた機嫌が悪い。当然だ。二時までには連絡を入れるはずだった。
私はあやまった。「ごめん」
「怒ってないよ」そう答えると、彼はやっと私と視線を合わせた。ものすごく冷たい表情で。「さっさと終わらせる」
これは相当怒っている。「はい」
やはり機嫌の悪い気ルキアノスがエイト・フラッグ・エリアに行こうとするのを、私とゼインは必死に止めた。アドニスやゼインに渡すプレゼントならそれでもかまわないけれど、ナイルのはだめだと言い張って。その言いかたには、アドニスとゼインに怒られた。
けっきょくウェスト・アーケードまで歩いて私の買い物を済ませ、ついでにメッセージカードも買って、ファイブ・クラウドに戻ってからルキが選んだ店に入り、ゼインがナイルの好みと持っているマフラーを思い出しながらあれこれ悩んでプレゼントを選んだ。私はレオパード柄を勧めようとしたのだけれど、やはりここでも怒られた。
ゼインが選んだのは、ざっくり編みの大判ロングマフラーだった。ベージュ、ブラウン、ダークブラウンの三色ボーダーで、フリンジがついている。アドニスとゼインがメッセージカードにふざけたメッセージを書き込んで、店で包装してもらった。
ケイネル・エイジのショッピングセンターにナイルを呼び出してケーキを奢るつもりだったのだけれど、怒っていないと言い張るルキアノスの機嫌が終始微妙なものだから、プレゼントを渡すのは彼らに任せ、ケーキはまた今度ということにして、彼らと別れて私はひとり、ウェスト・キャッスルへと戻った。




