○ Apology In Entrance
いつのまにか、夕方五時を過ぎていた。彼らは予想以上に大量の写真を印刷した。特にセテとカルロとヤーゴは、それぞれ十五枚を超えるという遠慮のなさだ。どうやら週末には、また用紙とインクを買いに行かなければいけないらしい。
夏休みの終わりにアニタが家に来た時も、ペトラだけではなくカルメーラとハリエットもついてきて、しかも他の子にも少し配りたいとかで、けっきょく五十枚近くの用紙がなくなった。それでもまだ足りないとぼやいていた。次からは少し金を取ると言ってある。デジカメは撮った写真をその場で見て削除もできるから、最終的に残るのはほとんどがベストショットで、だからこそ、あれもこれもと印刷したくなるらしい。
なぜ数人が印刷しにくるたび、専用インクと五十シートのセットを買わなければいけないのだろう。金がどうこうというより、本当に面倒だ。
彼らがそろそろ帰ろうかという話をしはじめた時、ベッドの上に放置していた携帯電話のバイブレーションが再び震えた。やはりイヤな予感しかしなかったのだが、なぜかゼインからだった。
「なーに」
「明日、ナイルの誕生日!」彼は唐突に切りだした。
「それはそれはおめでとうございます」
「いやいや、オレじゃないし。明日だし!」
「なに? なんかあげるの?」
「いや、そんな余裕ないから」と、ゼイン。「だからな、お前に誕生日のことを教えて、お前がナイルに祝いのメールかなんかをしたら、それがオレのナイルへの誕生日プレゼントってことになるだろ?」名案だと思ってるのか、なぜか誇らしげだ。
「なんでだ」私はつっこんだ。「だってこのあいだ、ミスター・ピンキー・レオパード、あげたじゃない。あれでいいでしょ」
「え、いやいや。って、プレゼントあげろって言ってるんじゃないよ? 単にメールでも入れてやってって話。そういうのは多いほうがいいだろ? もちろん、“ゼインに聞いた”ってのを、ちゃーんとつけくわえてな」
なにを言っているのだろう。彼の感覚は、いったいどうなっているのだろう。自分も他に比べればズレている人間だが、彼は別の意味でズレている気がする。
「わかった。じゃあ今度みんなで会う時、ナイルにマフラー買おっか。お金は私が出すから、あんたたちは選んで。なんならパートを分散する。誰かが店を選んで、誰かがモノを選んで、私が買って、誰かが愛の込もったメッセージを書いて渡すの。どーよ?」
こちらも少し誇らしげに提案してみると、電話のむこうでゼインは笑った。
「マフラーにはまだ早すぎる気がするけど、まあそれでもいいよ、お前がいいんなら。んじゃナイルには内緒にして、アドニスとルキに話してみる。そんでまた、適当に会う日決める。オーケー?」
「オーケー」私は答えた。「覚えてたらメールも送ってあげる。あんたから聞いたってのをちゃんとつけくわえて」
「よし。じゃーな」
「うん」
電話を切ると、そういえばアホな女共からメールは届いてないのかとセテが訊いたので、ついでにと未読メールを確認してみた。相当な数だった。知っていたのに言わなくてごめんだとか、自分も関わっていたという暴露報告だとか、D組の連中は文化祭を投げ出さないでとか、ただひたすらあやまってきたり──アニタは、こっちが片づいたらペトラと一緒に家に行く、だとか。
他のメールへの返信はしないことにしたものの、彼女のそれにだけは勘弁してくれと返事を送った。彼らには、差出人の名前を言わずに内容だけを伝えた。
携帯電話を閉じた瞬間、またバイブレーションが震えたものだから、危うく手から落としそうになった。再び開いて画面を確認すると、なぜか中学校からだった。休むだの遅れるだのという連絡を気まぐれに入れることがあるので、登録してあるのだ。とりあえず出ろと彼らに言われ、通話ボタンを押して携帯電話を耳にあてた。
「グラールか?」ボダルト主事の声だった。
「そうですけど、主事? なんですか」
「よくわかったな。お前、今家にいるか?」
この質問、今日は二度目だ。「はい?」
「勘違いをしていたこと、ミズ・ワルテルが、娘を連れてあやまりに行きたいそうだ」
また面倒がはじまった。「勘弁してください」ようするに親子じゃないの。
「だから、家にいるのかと訊いてる」
私は気づいた。もしかすると、選択肢をくれているのかもしれない。
「残念ながら、友達の家に向かってます。帰りが何時になるかわかりません。夜の八時頃なら、祖母は家にいるかもしれませんが」と、言ってみた。
「わかった、伝える。生徒たちは今も話してるよ。ヘイズと何人かは、お前のことをかなり気にしてた」
ヘイズはアニタのことだ。「だいじょうぶだって伝えてください。話なら明日聞くからって。失礼します」
電話を切り、私は溜め息をついた。
「エデの親が、エデ連れてあやまりに来るとか言ってるらしいわ」携帯電話をベッドに放り投げる。「なにをあやまることがあるのか、さっぱりなんだけど」
「そりゃ、疑いをかけるような発言をしたからだろ?」ダヴィデが言った。「だからって親子揃ってあやまらなくてもいい気はするけど」
「エデの母親ってどんなだっけ」カルロが訊いた。「見たことある気がするけど、よく覚えてねえ」
セテがにやついて答える。「すげえ似てんの。ほんとそっくり。これぞ親子! みたいな」
「直接話したことはたぶんないけど、性格もわりとそっくりそう」今もビーズクッションに背をあずけて寝転ぶヤーゴは何度も寝そうになっていて、そのたびにトルベンとセテに起こされている。「きつい感じ。我が強いっつーか。昔、うちのおかんがエデの母親と一緒にPTAの仕事したことあったけど、おかんは苦手だっつってた。よく言えばテキパキしてるけど、仕切りたがり? 自分のペースでまっしぐら? わりと命令口調? 和気藹々とってのがあんまできない? ついていけねーんだと」
ゲルトは小首をかしげた。
「そんななのに、あやまりにはくるんだな。なんだ? オル・キャス特有の人情か?」
その言葉にイヴァンは笑った。
「ニュー・キャスの人間なんか、絶対あやまったりしない気がする。つーか、親がそんなことに出て行くこともしないような。自分のことだろ、みたいな? 学校に苦情の電話入れたとしても、そっちがどうにかしろで終わり、みたいな。解決したらさらっと終了的な」
彼は笑って同意した。
「小学校の参観日ですら渋るもんな。まあ来なくていいけど」
「けど十二月、三者面談があるべ」うんざりそうにセテが言う。「やってらんね」
「なんでもいいわ」トルベンが割って入る。「帰ろーぜ」
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ゲルトたちが帰ったあと、少しして、アニタとペトラが家に来た。こちらは電話やメールを無視していたのに、けっきょく押しかけてきたのだ。三階の窓からその姿は確認できたし、居留守を使おうかとも思ったものの、祖母が帰ってくるまで居座られるのは迷惑なので、とりあえず玄関の扉を開けた。
けれど中に入るよう促すようなことはせず、私は腕を組んで戸口にもたれた。
「ほんとにごめん」アニタはすがるような声で切りだした。「相談しようかと思ったけど、ベラが関わったら、エデはまた懲りないんじゃないかと思って──」
私は冷静に応じる。「もうわかったから。もういいって。二度と聞きたくないって言ったじゃん。たった六時間で忘れたわけじゃないでしょ」
彼女は眉を寄せて身構えた。今にも泣きそうだ。
かまわず続けた。「今さらなに言ったって、やったことは変わらない。こっちは話聞いて、軽蔑に近い感情が半端なく自分の中に広がったってのも、ビール飲んでたらそのうち、それがものすごく大きな呆れに変わったってのも、否定しないしするつもりもない。なに言ったって今さら。間違ってると思ったから怒っただけよ」
アニタの返事は待たず、うつむいて黙りこくるペトラへと視線をうつした。
「もう終わったの? 話し合い」
彼女ははっとして顔をあげた。「ああ、終わった」
「ぜんぶで何人くらい?」
「口開いてない奴もいたけど、四十人以上はいたと思う。六十人近くかな。細かい事情知らなくても、サビナの件とエデの件、両方で、知ってて黙って見てた奴ってのも──強制はしてないけど、集まったから。A組とB組、C組が特に多かった」
ひとつの理由には、教室の位置があるだろう。中央階段をはさむD組以外は並んでいるから、廊下でも目撃しやすい。もうひとつはおそらく、夏休み中にD組が編集作業で三年フロアにいなかったこと。他の三クラスは体育館に練習に行く時でも、順番が前後に並んでいたりした。会議室は三年フロアにあるのをローテーションで使用もしている。あともしかすると、噂というのもあったかもしれない。空気がおかしい、エデたちが変だと、A組の女子から他のクラスの女子にまで広がった。女はそういうところに、妙に敏感な部分がある。私を除いて、だが。
やはり学年の女子の半数は、関わっていたということになる。「そ。やっぱ気づかないほうがおかしいのかもね。ヤーゴですら気づいてた。二度目の花火にカーリナを連れてくるって言われた時点で、普通なら気づいてる。違和感を追求してる」そうしなかったのは、私が無関心だから。
ペトラは溜め息混じりに、首を横に振った。
「隠してたのはこっちだよ。あんたの言うとおり、サビナにそういうことが起きた時点で、こっちはそれをちゃんとやめさせるべきだった。でもエデの機嫌をどうにかする程度のことしかできなかった。あんたが知ったら怒ってくれるかって、それは考えたんだけど──サビナがそれほどの友達の域に入ってないってのは、見てればわかったし。それを黙って見てるしかできないこっちだって、怒られる可能性がある。けっきょくアニタまで巻き込んで、周りの意見聞いて、こういうことしかできなかった」
「巻き込まれたわけじゃない」アニタは涙目で否定した。「ペトラに話聞く前から、サビナがそうなってるって、見てればなんとなくわかった。エデにすごくムカついた。同時に、カーリナにもムカついた。ベラはあたしになんかあったら、いつも怒ってくれる。でもカーリナは黙って見てるだけだった。ほとんどエデ側についてた。結果的に同じ側に立つことになったけど、サビナひとり助けられないで、なにが友達だって思った」
「それを言ったら、あたしだってそうだよ。確かに今は、あんたとつるんでることのほうが多いけど──」
彼女たちの背後でシルバーの軽自動車が右方向から走ってきて、家の前で停まった。祖母の車だ。彼女たちも気づいて振り返った。
はい、時間切れ。「そういうやりとりは、あんたたちだけで勝手にやって。もういいから、私の前では二度とこの話、持ち出さないで。忘れろとは言わないけど、最高にバカなことをした記憶ってことで、記憶の奥底に封印しときなよ」
祖母はバッグを肩にかけて車から降りた。
「アニタにペトラじゃないの」こちらに向かいながら言う。「どうしたの? こんなところで立ち話なんて。あがればいいのに」
「おかえり」私は祖母に言った。「もう帰るとこなの」
「あら、そうなの? てっきり夕食を食べてくれるのかと」
「まさか」と、私。彼女たちに視線を戻す。「ってことで、もう帰って。明日学校でね」
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夕食の準備を手伝いながら、祖母に今回の件を話した。ところどころで驚いたり苦笑しながらも、祖母は話を聞いてくれた。もちろん、小学校の時のジャングルジムでのことも。
「あなたは誤解されやすいものね」と、祖母は言った。私はそんな表現を使えるほどいい人間でもないと答えたけれど、彼女はそれをさらに否定した。
私は無関心で、動じる部分が少ないように見えるけれど、きっと心に受ける傷は他の人と同じくらいで、ただそれをうまく処理する方法を、自然と身につけているのだろうと。それが私の正義や強さの源なんだろう、と。
また買いかぶりだと思ったが、あえて否定しないことにした。祖母の言うことは信じられる。
エデ親子が来るかもしれないこと、もし来た場合、私は居留守をとおすことも伝えた。祖母はちゃんと対応すると約束してくれた。
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午後八時すぎ、エデとエデの母親は本当に来た。
「ほんとにすみませんでした」エデの母親が言った。「娘の言うことをあっさり信じて──」
「いえいえ、いいんですよ」祖母がやさしく答える。「あの娘はちっとも気にしてませんから」
ええ、ちっともね。と思った。
私は階段をあがった二階で、玄関ホールからは見えない位置に、壁にもたれて座りこんでいる。彼女たちは玄関で話をしていた。祖母があがるかと言ったけれど、とんでもないとエデの母親が断ったのだ。そして事情を知らないと思ったらしく、簡単に事の流れを説明したあと、とりあえずあやまった。エデの母親だとは思えないほどの平謝りだった。
エデの母親が叱りつけるような声を出す。「ほら! あんたもあやまりな!」
だが答えは聞こえない。
「泣かないで」祖母が言った。エデは泣いているらしい。「ほんとに気にしなくて大丈夫だから。それより友達とは仲なおり、できたの?」
ほんの少し間があいた。
「そう。それならよかったわ」
「お孫さんが怒ってくれたそうです。先生方から聞きました。方法は少し違うけど、やったことは大差ないと。ほんとにそのとおりでした。それなのにこの娘ったら、自分ばっかり被害者みたいな言い方するんだから!」
エデの母親が言い切ると同時に、なにかを叩く音がした。
「まあまあ」祖母がなだめるような声で言う。「今回のことは、誰がいちばん悪い、なんてのはないと思いますよ。みんな同じように責任があります。もちろんうちのベラもそれは同じで、あの娘もそう思ってますよ。でもあの娘はあやまられたり、助けたと思われるのが苦手で。本人は深く考えず、好き勝手に行動してるつもりで、今日だってさっさと遊びに行っちゃったんですから。どうか気になさらないで」
私は音を立てないよう立ち上がると、開けっ放しのドアの向こうに行き、ドアを静かに閉めて階段をのぼった。




