○ The Way Of The Fight
裏門を出たところでカバンを教室に置いたままなことに気づいたものの、もうどうでもよかった。携帯電話と財布は持っている。正直、携帯電話は要らない気もするけれど。
祖母の家に帰ると、真っ先にシャワーを浴びた。そのあとキッチンでビールを確保、しかも三本。一本を開けて飲みながらつまみにするお菓子を用意して、三階の屋根裏部屋へと上がった。
ラグに寝転んだ頃には、嫌悪感よりも呆れのほうが大きかった。アニタやペトラに対してもだ。みんな、サビナに対する態度が、という意見をとおしてはいたものの、普段のエデに対する復讐だってあったのだろう。エデから遠ければ遠いほど、そういう状況に陥ったエデを心の中であざ笑っていた。エルミやハヌルなどは、そうだろう。だから私に言わなかった。言えば終わってしまう可能性があるからだ。
確かにイジメはキライだけれど、知れば止めていたかもしれないけれど、エデに同情してのことではない。やはりそれをする側の人間が誰かというのが大きい気がする。カーリナがそれを率いてたとして、そこにアニタだけでも関わっていなければ、おそらくあれほど嫌悪したり怒鳴ったりはしなかった。真っ先に呆れただろう。私がイジメを嫌っていることを誰より知っているアニタがいたから、信じたくなくて、ヒいて、あの反応になったのかもしれない。
サビナのことにしても、エデならやりそうだとは思う。驚きもしない。その時点で気づいてれば、彼女たちに言ったように、やはりもう友達なんかやめろと言う。というかそんなの、もう友達ではないし。
その結果サビナがこちら側についたとして、エデの周りがどちらを優先するかはわからない。結果的にこちらの人数が増えたとして、エデたちが浮くようなことになれば、エデはまたサビナや他の奴らを取り戻そうとするかもしれないし、もしそうなれば、そこで喧嘩を仕掛けられる。あいつを完全な悪者にできる。こちらから意識して教師陣を巻き込める。あいつのしたことを学校中に広められる。
気に入らないのは、やはり陰で結託して、集団シカトで集団イジメという、“陰険”なやりかたを選んだこと。といっても、エデもある意味、サビナに対して“陰険”な方法をとっていたので、やはり両成敗ではあるが。
女はいつも集団だ。なにをするにも集団。強くなれるから。そう思えるし、そう見せられるから。私のように誰かれかまわずひとりで喧嘩を売るというのは、普通はしないものだ。ひとりの人間を追い詰めるためにあいつらができる確実な方法といえば、集団シカトという卑劣極まりない方法しか浮かばなかったのだろう。
エデがサビナをそれで攻撃したのは、それがいちばんてっとり早く思い知らせることができると思ったからだ。なにを思い知らせたかったのかは知らないが、おそらくリトル・パイン・アイランドでの夏祭りに、自分ではなくゼインを優先したことと、そこに私やルキアノスがいたことが気に入らなかった。それからせっかくサビナのことを考えて──か、どうかは知らないけれど──カチューシャの件を教えようと嫌味を散らしたのに、あっさりとかわされたことも要因のひとつ。
雰囲気的に、はじめての集まりではないというのもわかったかもしれない。もしかしたら知っていたかもしれないけれど、おそらく知らなかった。カーリナにならともかくエデになど、サビナが言えるわけがないと思う。そういう小さなイライラが募って、マルコから連絡が途切れていたことも重なって、爆発した。
その程度で爆発するとなると、マルコが再度更生施設だの少年院に入ったりしたら、エデはどうするのだろう。バカなのか。離れていきそうな人間を取り戻すのに、なぜマイナスな方法をとろうとするのかがよくわからない。
カーリナたちがああいう方法をとったのは、おそらく口では勝てるかわからないし、言ってわかるかも微妙な女だからだ。やはり今になっても懲りずに私に嫌味を散らす、どうしようもないロリー・ポリーだから。目には目を、歯には歯をとでも言うのか。実際、効果はあったのだろう。二日で来なくなったらしいから。
団結していなくてもそうなることを見越して仕掛けるのと、最初から団結して仕掛けるの、どちらのほうがよりタチが悪いかなんて、私にはわからない。どっちもどっちだ。
復讐するにしても、なぜ普通に喧嘩売らないのかがわからない。私が今までしてきた復讐となにが違うのか、具体的に言えと言われればよくわからないけれど、私は陰でなにかを仕掛けることがあったとしても、最終的には正面から喧嘩をしているつもりだ。そうでなければ、あとに引くじゃない。終わらない可能性だってあるじゃない。エデがそのまま卒業まで学校に来なくなっていたら、どうしていのだという話になる。
ああ、もう、わけがわからない。どうでもいい。考えたくない。
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気づけば午後三時を過ぎていた。ちょうど学校が終わった頃だ。缶ビールはすでに三本が空いて、今は四本目に突入している。新たに三本をキッチンから取ってきたのだ。
再びラグの上に寝転ぼうとして、ベッドの上に放り投げた携帯電話のバイブレーションが震えていることに気づいた。メールはサイレントにしているので、つまり電話だ。缶ビール二本をラグの上に置いて、おそるおそる画面を確認した。
なぜかイヴァンからだった。新着メールの通知があることは無視して、とりあえず応じる。
「なーに」
「ベラ?」当然ながらイヴァンの声。「今どこ?」
「家に決まってる」
「あ、よかった。カバン持ってきた。今お前の家の前にいる」
「なんで家知ってんの」
「ダヴィがカルメーラに訊いた。セテがアニタに訊いた。すぐわかった」
赤茶色の外壁だ。どの通りかがわかれば、すぐにわかるだろう。「たいしたもん入ってないし、わざわざよかったのに。ちょっと待って、今行く」
「はいよ」
一階。
玄関のドアを開けて、私はぎょっとした。最初に目に入ったのは、向かって右の灰色の低いコンクリート塀に腰かけたカルロの姿だった。にやついている。そしてその隣、さらに低い塀にカバンをふたつ肩にかけたイヴァンが腰をおろしてる。さらに大きくドアを開けると、ポーチの階段にセテ、ゲルト、ダヴィデ、反対側の塀にトルベンが、もうひとつにヤーゴがいた。
絶句。
「やっぱイヴァンで正解だったな」カルロがイヴァンに言う。「いちばん疑われねえ」
「疑うの意味がわかんねーよ」
セテが応じる。「窓から確認されたらギャーギャー文句言われてた、絶対。ゲルトが電話したらたぶん長話になるし」
「さすがに学校帰りに長話を聞く気にはならんわ」ゲルトがこちらに言う。「写真印刷しろって、カルロとセテが」
「今ですか? っていうか、カバンはついでですか? あんたらヒトの迷惑とか考えないんですか? 体調不良で早退した人間のところにこんな大人数で押しかけますか?」
ダヴィデはうんざりした様子で天を仰いだ。
「はじまったよ。だからイヤだって言ったのに」
「なんで俺まで」トルベンがつぶやいた。「なんでヤーゴまで」
「ついでだ」と、ヤーゴ。
まあどうでもいい。「五時半までには帰ってよ。おばあちゃんが帰ってくるから」
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適当なお菓子を抱えて、カルロを先頭に三階へと誘導した。揃いも揃ってなにをしに来たのだろう。勉強してろよとつっこみたい。
一番手で部屋に入ったカルロの感想は、「モノ少な!」だった。他もみんな、広いとか贅沢すぎるとか、ありきたりな言葉ばかりを並べた。
カルロとヤーゴはビールを見つけ、なぜか飲みはじめた。私はプリンター一式をラグに用意した。インクと専用用紙はこのあいだルキアノスの家から帰る時、ショッピングセンターに寄って買い足してある。使いかたを教えると、ダヴィデがすぐに覚えた。それほど難しくはない。花火のぶんと学校で撮影したぶん、それぞれに写真を選んで印刷していく。それにしても、かなりうるさい。プリンターはもちろん、こいつらが。
昼休憩の時、空き教室前の廊下に女子が多く集まっていたこともあり、彼らはなにがあったのかを訊いてきた。やはりそれも目的に入っていたらしい。せっかくの水曜なのに三年の文化祭準備は中止だし、隠しても無駄なのだろうと思い、なんとなくを説明した。誰を責める口調にするわけでもなく、過度に特定の人間の名前を出すことも控えつつ、“同期の女子の約半分が”という流れで。
ラグの上、向かって右側。ビーズクッションに座って身体をこちらに傾けているカルロがビール片手に言う。
「エデの件は知らんかったけど、サビナのは、なんとなく気づいてた」
私はベッドの端に腰かけている。「まじで」
「オレも」とセテが続いた。彼はゲルトとヤーゴのあいだでテレビボードの前に、ビーズクッションに腰をおろしている。「確証はなかったけど、なんか変ていうか、空気が微妙だなってのは」
「俺もかな」と、ダヴィデ。彼は向かって左、手前に座っている。「エデたちはサビナを迎えに来ないし、サビナは放課後、よく俺らとお前の話につきあってたろ。で、教室出るのも一緒だったし、たまにリカがいて、お前とリカと一緒に帰ることもあったし。あれ? みたいな」
確かに一緒に教室を出て、途中まで一緒に帰っていたことはあった。でも私はすぐ別方向に向かうし、なにも違和感はなかった。
「ぜんぜん気づかんかった」
イヴァンがそう答えると、ヤーゴに鈍すぎると笑われた。彼もなんとなく気づいていたらしい。ゲルトとトルベンは空気が変だと思ったことはあったけれど、それほど気にしなかったのだとか。
エデの件は、セテとヤーゴ、ダヴィデが気づいていた。というか、ダヴィはA組生徒がエデのことを私に話しにきたあと、それらしいことが起きているとはっきり聞いたという。それでもエデはすでに学校をサボっている最中だったし、確証がないので、言うに言えなかったのだとか。わざわざ関わりたい事柄でもないし。
「サビナのことは言おうとしたんだけどな、二回目の花火ん時」カルロが言った。「ただ喧嘩してるだけかもしんねえから、とりあえずやめた」
思い当たることがあった。ゼインたちからのメールがきっかけで、彼とイヴァンになにか事件がないか訊いた時、彼は確かになにかを言いかけた。
「これでペトラがカーリナを花火に呼ぶって言った理由がわかった。アニタが納得したのも」と、私。
カルロはビールを飲み干した。
「ただの当てつけだな。オレらまで巻き込むなっつーのに」
ダヴィデが苦笑う。「女って怖い。どっちもどっちなんだろうけど、なんかベラがひとりで喧嘩売るとこばっか見てるから、集団でそういうの、よけいにどうなんだって感じする」
「私もそれは思う。喧嘩って、多少の仕掛けがあったとしても、最終的には面と向かって、サシでするもんだと思ってた。集団でそこまで意見がまとまるもんだとも思ってないし、相手がひとりだったり少人数だったらよけい、勝ってもそれがあたりまえみたいだし、数で押したみたいになるし」
「試合に勝って勝負に負けた、みたいな感じだよな」セテが言った。「勝ちはしたけど、戦法は褒められるもんじゃないし。やっぱ勝ってあたりまえ。どこまでを正々堂々っていうのかはわかんねえけど、シカトで仲間はずれってのはちょっと」
「なあ」ヤーゴが口をはさむ。「今年一回目の花火の時、オレが呼ばれなかったのは? 仲間はずれじゃねえの?」
「違う」と、彼らは声を揃えて即答した。
トルベンが続ける。「だから言ってるだろ。アウニのことがあるし、どっちを呼ぶとかなんとか、いちいちめんどくせえんだよ」
「結果的に呼んだじゃん」ゲルトが言った。「っていうかお前やアウニを呼ばないって決めたのは、俺らじゃないんだって。女子側だから」
「へー」彼は納得したのかしてないのか、よくわからない返事をした。足元に置いていたビールの缶をトルベンに差し出す。「もういらん。飲んで」顔が赤い。
「いらねえよ。開けたんだから最後まで飲めよ」
「どんくらい残ってんの?」イヴァンが訊いた。
ヤーゴが缶を振って見せる。「半分くらい」
「ぜんぜん飲んでねえじゃん」イヴァンは手を伸ばした。「飲む」
「頼むから誰か止めて」ダヴィが懇願するような声を出す。「やだよ酔っ払い二人と帰るなんて」
イヴァンは笑って、半分以上残っていたらしいビールを一口飲んだ。
「平気だって。たぶん半分くらいならそんな酔わんから。たぶん」
「オレ、もうやばい」ヤーゴはセテから無理やりビーズクッションを奪うと、そこに仰向けに寝転んだ。右腕で目を覆う。「すげー眠気が」
「嘘だろ」トルベンは面倒そうな顔をしている。「チャリねえんだぞ。ふざけんな」
ヤーゴはうなった。発泡酒だと思ったらしい。そうでなくてもビール系はあまり得意じゃないのに。
そんな彼をよそにカルロは、卒業式のあとはここで飲み会をすればいいんじゃないかと言いだした。酒は各自、家から持ち込みで。さすがに勘弁してくださいと答えた。




