* The End Of The Fight
やっとの思いで、私はどうにか口を開いた。
「──お前ら、自分たちがなにやったかわかってんの?」意識はしていないのに、声が大きくなる。「たった二日? 束でかかったらそういうことになんの、あたりまえじゃん! わかりきってんじゃん!」
「エデがサビナにあやまったらやめるつもりだった!」私の大声に、カーリナも大声で反論した。「でもエデはあやまらなかった! たった二日で逃げた! 小学校の時からずっと友達やってきたのに、あんたなのかルキなのかゼインなのか知らないけど、ムカついたからってシカトまでした! エデは自分がはじめれば周りもそうなるってこと、ちゃんと知ってた! サビナやあんたの悪口ばっかり言って、男好きだとかビッチだとか散々罵って、なのに自分にオトコができたからって、いきなりそれやめた! おかしいでしょ!」
こちらもすかさず言葉を返す。「じゃあお前らはどうなんの!? エデがサビナをシカトしはじめたからって、同じようにサビナを避けはじめたお前らはどうなんの!? エデが怖くて言いなりになってるだけじゃん! 自分が同じ目に合いたくなかっただけじゃん!」
「違う──」サビナが泣きながら口をはさんだ。「エデとそうなって、あたしがみんなを避けたの──エデの機嫌が悪いことはすぐにわかった。学校でも話しかけないほうがいいって思った──」うつむいたまま、彼女は止まらない涙を、手で必死に拭っている。「確かにみんなも意識してあたしを避けるっての、あったかもしれないけど──そうなってるって思いたくなかったから、あたしも避けてた──夏休み中だったし、D組はコンピューター室での編集作業に移ったし、D組のみんなと一緒にいたら、そういうのはなかったから──」
D組は教室を、三年フロアを離れていた。
私たちがいたそこに、エデはいないかった。だから私も、気づかなかった。
サビナの隣でカーリナも泣きだした。アニタとのあいだに入り、泣きそうなハリエットがそれを慰めた。
理由はわかる。うなずきもできる。だが受け入れられるかと言われれば、それは、とても微妙だ。
「──ねえ、今年受験だよ?」私は言った。心なしか、声が弱々しく、震えている気がする。「っていうか」視線をアニタとペトラに向ける。「あんたら二人、知ってるよね。小学校三年の時、ジャングルジムでのことをイジメだとかなんとかって、カーリナとエデがチクッたせいで、私がどんな目にあったかって」
「知ってる」と、ペトラは冷静に答えた。「おおごとになる可能性だって、みんなちゃんと考えてた。でもそれどころじゃなかった。このまま放置したら、エデはますます調子に乗る。卒業まで待つなんてできなかった」
「ごめんね、ベリー」ハリエットがあやまった。「巻き込むつもりはなかったんだ。ベリーが知ったら怒るってのもわかってた。あたしたちだって文化祭の準備、すごく楽しいし、ベリーに抜けられたら困るし──こんな状態で文化祭を迎えたくもなかった。みんな、ベリーに知られる前に終わると思ってた。エデがサビナにあやまってくれれば、それでよかったから。まさかエデが、あんなすぐに逃げるとは、しかも逃げたままだとは、誰も思ってなくて──」
お前ら、みんな、クソか。
「──なんか、けっきょく」なんだ。「あんたたちみんな、友達ごっこしてるだけだよね」
情けなさすぎて、なんだか笑えてきた。うつむいて、額に手をあてた。目を閉じる。なにも見たくない。
「確かにエデはおかしい。あいつを庇うつもりはない。自分が疑われたことなんて、ほんとにどうでもいい。サビナに同情だって、べつにしない。同情よりも、エデがおかしいって気持ちのほうが強いから。そんな友情なら捨てろって、私なら言うから。
でもなにが情けないって、自分が標的になるかもしれないからって、エデに従ってサビナを避ける雰囲気を作りあげたことと、サビナがそれに感づいて、自分からも距離をつくったこと。なにより自己中なエデに嫌気がさして、束になってそれを返したこと。ただのイジメ。中学三年にもなって集団イジメ。喧嘩すればいいのに、あんたらがやったのは集団イジメ。ほんと情けない」
数秒、重苦しい沈黙ができた。
「──だって」涙を拭いたカーリナが、睨むような視線をこちらに向ける。「エデは言って聞くような性格じゃない。散々あんたやアニタに嫌がらせして、散々やり返されてんのに、それでもまだ懲りない。もっと痛い目に合わなきゃわかんないんだもん!」
それは、わかる。あいつのタチの悪さは、まるでロリー・ポリーだ。何度倒れても起き上がる。原動力はおそらく、あの無駄にバカ高いプライドのみ。
けれどもそれは、自分が“リーダー”でいられたあいだだけ。立場を奪われて攻撃されれば、あっさり倒れた。敵が集団だから、さすがにしかたのない気もするが。
視線をそらし、私は鼻で笑った。
「だから“友達ごっこ”だっつってんのよ」言葉を吐き捨てる。「“小学校の時からずっと友達やってきた”? 一緒に悪さするのは、友達ならありがちだってのはわかる。キライな人間に嫌味散らしたり酒飲んだり煙草吸ったり、バカやって補導されたり教師に説教くらったり、そんなことはいくらでもやればいい。でも」
睨むように、それでいてまだ目に涙を浮かべているカーリナの視線を受け止め、私は続けた。
「“小学校の時からずっと友達やってきた”んなら、エデがサビナをシカトしはじめた時点で、あんたたちはエデにキレるべきだったんじゃないの? 昔のことはいいよ、終わったことだから。あんただって自分の意思で行動したんだろうから。
でもサビナの件は違うんでしょ? 違和感あったんでしょ? “友達”名乗るんなら、殴って血流して警察沙汰になってでも、最初からエデにキレればよかったじゃん。そこに集団で向かうんなら、正解じゃなくてもまだ救いがある。だってそれならあんたたちのほうが正しいから。今みたいに教師や親が出てきたとしても、ただの喧嘩だって言い訳がつく。意見がふたつに分かれて、それが一対二十になっただけだって、正義だって言って、事の発端になったエデを悪者にだってできる。
でも今回のあんたたち、エデ以下だから。たった二日だとか逃げたとか、そんなこと言う資格ない。なにが“友達”? どこが“友達”? 笑わせんな」
勢いまかせに放った言葉でほとんど全員が、眉を寄せて目に涙を浮かべた。口を開いていない何人かも一緒になって、みんな泣きだした。アニタとペトラもだ。
もう考えるのが面倒になって、どうでもよくなって、私は深い溜め息をついた。
これ以上話してもラチがあかない。なにを言っても無駄だ。もうやってしまったことだし、今さらどうしようもない。ただ唯一褒められるところがあるとすれば、誰も責任の押しつけ合いをしていないところだ。
泣き声が溢れる中、私は誰とも視線を合わさず、冷静な口調で言った。
「今から加担した奴、全員に話をつけて。意識的にじゃなくても、雰囲気に呑まれてそういうことをした奴ら全員。基準はあんたたちに任せる。エデの親が出てきてイジメだって訴えてるから、学校は対応しなきゃいけない。放課後、全員で校長たちに事情を話して。私は今から校長室に行って、流れを説明してくる。放課後エデを学校に呼んでもらうから、第一校舎の会議室にでも集まって。そこに親は出さないよう頼んでおくから、ちゃんと話して、あいつにあやまらせて、あんたたちもあやまって。それでぜんぶ終わりにして。少なくとも私の前ではもう二度と、この話を蒸し返さないで。誰からも、もう二度と聞きたくない」
早々に戸口へと向かう私の背後で、彼女たちは口々に、「わかった」と答えるかあやまるか、ただ泣きじゃくるかしていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
空き教室の前の廊下には、多くの女子が集まっていた。おそらく三十人近くだ。中にはナンネとジョンアとエルミ、ハヌルもいた。リカによけいなことを言った女子も、あの違和感があった日、私にエデとマルコのことを教えた女子たちもだ。
私を見てほとんど全員が、決まり悪そうな表情で視線をそらすか、もしくはなにか言いたそうな顔をした。少なくともここにいる人間は、おそらく全員、知っていたのだろう。しかも一部は、知っていて加担した人間なのだろう。
だけど私は加担したのか否か、黙認していたのか否かを誰にも訊くことなく、「邪魔」の一言で道を開けさせ、そのままその群れを抜けた。
呆然とした状態で、ひとり職員室へと向かう。
責めるなと校長に言われていたのに、けっきょくやってしまった。アニタとペトラがそこにいたことが、なんというか、衝撃だった。アニタに関しては、ショックだと言ったほうが正しいかもしれない。
元二年A組とD組の連中は、一年前の文化祭で、ホラーハウスの内容をカバーするために、イジメ防止啓発ポスターを描いたことすら忘れたのか。
自分の中に広がる嫌悪感の対象の中にアニタとペトラがいたというのが、本当にイヤだ。もしかするとそれよりも、あの二人にすら嫌悪感を感じた自分がイヤなのかもしれない。
こんな時、話を聞いてくれるのはアゼルだった。
リーズやニコラとのことで悩んだ時も、アゼルは話を聞いてくれた。喧嘩を買っていいと、背中を押してくれた。くだらないイライラを、消してくれたりもした。
でも今はもう、話せる相手がいない。ゲルトやセテに話しても広まったりはしないだろうが、彼らにまで嫌悪感を抱かせることになるかもしれない。だからといってアドニスやルキアノスに話しても、ゼインにそれが伝わらないとしても、サビナに対してまた微妙な感情が生まれるかもしれない。そのようなことは、私がするべきではない。
煙草が欲しい。酒が欲しい。ビールのプールに入りたい。溺れたい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
職員室に入ると、カンニネン学年主任に声をかけた。ボダルト主事も私に気づき、ほぼ同時にこちらに気づいたババコワ教諭のことはひとまず、止めてくれた。主任は校長室にいた校長と教頭に私が来たことを伝えた。
主任と主事について校長室に行き、私は流れを説明した。自分が怒鳴り散らしたことも、もちろん包み隠さず話した。いろいろつっこみどころが満載だからか、室内は何度も彼らの溜め息に包まれた。
「ある意味喧嘩です」私は苦む口元をおさえて言葉を継いだ。「方法を間違った喧嘩。その延長。普通喧嘩といえば、言い合いか暴力沙汰ですけど──今回のこれは、方法がシカトだった。どちらにも否はあります。暗黙の了解っていう状態で集団攻撃をするか、結託して集団攻撃をするか。違いはおそらくそれくらい。どちらの攻撃に、何人がどの程度関わってたのかはわかりません。空き教室に二十人近く、空き教室の外に三十人近くの女子がいたから、女子のほとんどは気づいてたのかもしれません。どこまでを関わってるっていうのかは、ほんとに微妙なところですが」
「そんな状態で、気づかないお前もどうかしてる」隣のソファ、カンニネン学年主任の向かいに座っている主事が呆れた様子で言った。「ワルテルの件はクラスが違うことや日数的に難しかったかもしれんが、モラッティの件は気づいてもおかしくないと思うが」
「そうですけど、私はほんとに、彼女と仲がいいってわけじゃないんです。確かに何度か一緒に遊んだり? も、しましたけど。っていうか、ほんとに無関心なんですよ。周りもそれをわかってるので、わざわざ私に言うわけありませんし」
主任が口をはさむ。「ミズ・ワルテルの件は、彼女たち、あなたに知られないようにしてたんでしょう? どうしてかしら。いじめっていうのがキライで、知られると怒られるから?」
「ちょっと違うと思います」私は答えた。「私がほんとにキレたら、なにをするかわからないからですね。っていうかほぼ確実に、文化祭のために作りあげた映像を、なんの躊躇もなく破壊すると思います。他のクラスでだって、なにをやらかすかわからない。彼女たちもそれがわかってたんでしょう」
そんな答えに、彼らは苦笑った。
教頭がこちらに訊ねる。「でもそれはしないでしょう? というか、文化祭そのものを投げ出すようなことは」
「まあ、そうですね。幸い、テーマはあくまで“思い出”のつもり。“友情”だなんて、深いところまでは考えてませんし。呆れが相当大きいですけど、それなら一日か二日あれば、どうにかできると思います。今さら私ひとりの勝手で投げ出すわけにいかないことも、わかってるので」
向かいで教頭と並んで座っている校長は、申し訳なさそうに切りだした。
「君には相当いやな思いをさせてしまいましたね。こんなことになってしまって、本当にすみません」
「先生方はなにも悪くありません。探りたいと言いだしたのは私です。正直状況を理解した時は、ものすごく後悔しましたけど──彼女たちには放課後、第一校舎の会議室に、関わった他の連中にも声をかけて集まるよう言ってあります。本来ならここか生徒指導室がいいんでしょうけど、はっきりとした人数が把握できないので──そこで、本人たちから事情を聞いてください。
それから放課後、ワルテルを学校に呼んでもらえますか? 当事者たちなら待たせてかまわないので、親が来るなら親も一緒に、先に先生たちから事情を説明して、そのあと、ワルテルだけを彼女たちに会わせてください。親は抜きで。あやまらせて、自分たちもあやまるよう言ってあります。それで終わりにしろと。少なくとも今日、三年はもう、文化祭の準備どころじゃないかもしれませんが──こっちを先に片づけたいので」
校長と教頭は何度かうなずいた。
「ええ、そうしましょう」校長が答える。「三年の各クラスの担任の先生方に、今日は男子を中心に生徒を帰らせるよう、伝えてもらいます。そのうえで、会議室に用がある生徒は第一校舎に向かうよう促します。ミズ・ワルテルの保護者の方には今から連絡を入れて、できるだけ早く来てもらうようにしましょう。君の言うとおり両成敗ということで、誰の保護者に連絡を入れることもしません。どちら側も内申書に影響が出るようにはしないので、そこは安心してください」
よかった。「ありがとうございます。ってことで、帰っていいですか?」
「まだ授業と掃除があるだろ」主事がつっこんだ。
「もういいです。自主勉します。疲れたんで」
「まあ、いいでしょう」校長が言った。「今回は体調不良により早退ということで」
というか、精神的疲労。「はい。失礼します」




