* Problem Of Outside
そんなわけで日曜日、ルキアノスの家。
ここへは、タクシーで来た。ミスター・ピンキー・レオパードとロアー・キット、そしてフラッシュ・サンダー・サーベルを持ってバスに乗るのは、イヤな意味で目立つ可能性があるうえ、さすがに場所をとりそうで迷惑な気がしたからだ。というかまだまだ暑い炎天下、あの二体を抱えてバス停まで歩く元気はない。
エウラリアとディアンティアは朝からショッピングに出かけたとかで、私が家に着いた時、ルキアノスとアドニス、ナイルとゼインは宅配ピザを食べていた。それを食べ終わると、なぜかミスターとキットを道連れに、全員でプールに飛び込んだ。ビニールなので問題はないものの、さすがにどうなのだ。
ロアー・キットは今日、アドニスが一度家に持って帰ってみて、最近プチ反抗期に入っているらしい妹の反応を伺ってみる。そしておそらくいらないだろうけれど、彼の弟にあげるという意味で、フラッシュ・サンダー・サーベルもアドニスにあげた。弟には見せるけど、たぶんオレのもんになる、と彼は言った。なにがしたいのだろう。なにをする気なのだろう。
もしかしたらキットはもうここに戻ってこないかもしれないからと、彼らはキットとミスターをまじえ、謎のビーチバレーをはじめた。ゼインとコンビを組んだアドニスがキットを、ルキアノスとコンビを組んだナイルがミスターを操って、レシーブの代わりにヘディングもしくは顔面でボールを返すというものだ。あちこちにボールが飛んで行くうえ、まるで野球バットのように扱われるキットとミスターがあまりにも不憫に思えて、プールサイドに立つ水着姿の私は、大笑いしながらその様子をデジカメで撮っていた。
「とりあえずこれ、返しとく」
アドニスの命令によりキッチンに人数分の瓶ビールを取りにきた私に、カウンターの向こうから身を乗り出したゼインが、二千フラムをシンクの上へ置いた。彼はずぶ濡れのジーンズを履いたまま、ブラウンのバスタオルを頭にかけてる。床はタイルなので、ラグやクッションを無駄に濡らしたり、ずぶ濡れのままソファに座ったりするのでなければ、特になにも言われない。
私は腕で冷蔵庫の扉を閉め、瓶ビール五本をカウンター側のシンクに移動させた。
「そんなの、バッグに突っ込んどいてくれればよかったのに。ラナイにあるでしょ」
「手渡しがいちばんだろ。っていうか、返すのはそれが普通。しかも女のバッグを漁る趣味はない」
趣味!? 「アドニスやナイルなんか、勝手に私のバッグ漁ってカメラ出すわよ? もっと酷い話をすれば、私の友達はみんな、学校で私のカバンやロッカーを勝手に漁って、ヒトがおやつにって持ってきたお菓子、勝手に出して開けて食べるわよ?」
ゼインは笑った。
「マジで? そんなんしたことないわ」カウンター越しにビール瓶を一本取って蓋を開ける。「バッグとかって、部屋でいう引き出しみたいなもんだろ? あんま勝手にってできね」
そう言ってビールを飲む彼に、ものすごくそういうことをしそうなイメージがあると言ったら、なんでだと怒られた。彼は昨日サビナとデートしていて、そのあとここに来たのだという。ナイルから話を聞いて、自分も来ることにしたと。
こちらもシンクに腰をあずけ、ビールを一口飲む。彼に質問した。
「あのメールはなに? 学校は平和か、みたいなの。数日おきにアドニスたちからも似たようなメールが届いたんだけど」
「あー、あれな。なんか気のせいだったっぽい」
「は?」
彼はカウンターチェアに腰をおろした。
「なんか、サビナが元気ないような気がして。どうしたんだって訊いてもなんも言わないし、学校でなんかあったのかと思ったけど、だからってお前に訊いたところで、んなもん知るかって話になりそうだし? あいつらに相談したけど、やっぱそう言われるだろって。だからこう、なんかこう、言葉変えて順番に訊いてみたけど、ぜんぜん関係ないだろう答えが返ってきたよな、みたいな」
どのような答えが欲しいのかがわからないのだから、返事のしようがない。
「で、気のせいってことは、サビナはもう普通に戻ってると」
「戻ったっぽいな」と彼が答える。「訊いても気のせいだとか言うだけなんだけど。学校でそういう様子なかった? カラ元気というか、なんというか」
「私の意識は文化祭の準備に向いてたし、周りのことなんて気にかけないからな──」とは言いつつも、ビールを飲みながら少し考えた。「エデがいるA組の空気が微妙ってのは、それほど関係ないだろうし──あ、でもこのあいだ」彼へと視線を戻す。「今週月曜かな。エデとサビナが話す空気が、ちょっと変だったかも。それほど気にしてなかったんだけど」
「マジで?」彼は身を乗り出した。「どんな?」
「や、なんていうか──」
どんな、と言われれば、どんななのだろう。気にしろと言われれば空気が変だった気がするだけで、その時は特に気にしていなかったし、わかるはずがない。わかるはずがないが、ひとまず説明してみることにした。
「とりあえず私、学校に行ったのね。そしたら三年フロア、エデにオトコができたって話題で持ちきりで。私は廊下で、同期からその話を聞いてたんだけど。そこにサビナが登校してきた。私のあとってことは、つまり集合時間ぎりぎり。数日そんなことが続いてたし、私は常にそんなだから、そこは責めたりしなかったんだけど。
教室からエデが出てきて、サビナに声かけた。サビナの反応が変だった。ちょっとビクついてるみたいな。で、エデが明日から登校する時間戻すからって。サビナはやっぱり微妙な返事。カーリナも他の友達も、なんかちょっと変だったかな。で、エデが一緒に帰ろうみたいなこと言って、終了」
黙って説明を聞いていたゼインは、これ以上ないくらい悩ましげな表情で首をかしげていた。
「なんだろ。エデと喧嘩でもしてたんかな。んでエデが勝手に喧嘩を終わらせたみたいな?」
「さあ。そうかな。どうかな。私がわかるのはそれくらい。あいつらはクラス別だし、こっちも文化祭の準備のために学校行ってるわけだから、それほど普通の話ってしないし。あんたたちが思うとおり、私が周りのことに関心あるわけないし」
彼は肩をすくませた。
「だよな。ま、解決したんならべつにいいんだけど──」
「ビールは!?」ヌックにあるテーブルの向こうのドアから、バスタオルを首にかけたアドニスがこちらに来ていた。「いつまで待たせんだ」
彼のあとに続いてナイルとルキアノスも来る。
「ごめん忘れてた」と、私。
「なんかサビナ、エデと喧嘩でもしてたんじゃねって話」ゼインは彼らに言った。「空気が微妙な時があったんだって」
「ふーん? けどもう元に戻ったっぽいんだよな?」
ゼインがそうだとうなずく。
アドニスはキッチンに入ると、シンクの上に置いたままのビールを手に取った。二千フラムに気づく。
「なにこの金」
ゼインから返してもらったお金だ。置いたままだった。なにと言われれば、なんだろう。
「ドーナツ」
「またかよ」カウンター越しにビールを手に取ると、ナイルはゼインの隣に腰かけた。「あ、じゃあ激辛ドーナツ奢って」
「いいけど」と答え、アドニスからビールを受け取ったルキへと視線をうつす。「ルキ、連れてってくれる? もちろん自転車貸してくれるだけでもいいんだけど」どちらかといえばソフトクリームが食べたい。パフェが食べたい。
彼はビールの蓋を開けようとした手を止めた。
「いいよ。ついでにスウィーツショップも?」
さすがだ。「行く」
酒を飲んでからの自転車運転は飲酒運転。そのまえに自転車の二人乗りは法律で禁止されている。
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九月三日の月曜は、始業式だった。
また面倒な学校生活がはじまる。といってもこの一ヶ月、ろくに休んだ気がしない──というか休んでない。
数日後、D組の教室に遊びにきたA組の男子から、おかしな話を聞いた。
始業式の何日か前から、エデが学校──文化祭準備をサボっていて、今も学校に来ていないらしい。なのにA組女子──歌と踊りをやる派手組は特に、妙に伸び伸びした様子で、特に気にもかけていないようだという。
マルコの単車のうしろに乗ったエデを学年の何人かが目撃しているらしく、男共のあいだでは、オトコと遊び呆けてるんじゃないかという噂があるらしい。
そんな話はどうでもいいのだが、なにがいちばん変だったかって、それを他の女子に聞こえないよう喋ってくれたことと、他の女子には言うなと口止めされたことだ。よくわからない。
昼休憩と放課後はほとんど毎日、編集作業に明け暮れていた。もうすっかりA組の担任、ババコワなど必要ない状態になっている。とはいえ、昼休憩は特に、高確率で様子を見に来るが。
夏休み中に“Breakout”と“Need You Now”の編集が終わったので、残すは“Pretty In Pink”と“Where The Lines Overlap”だ。“Where The Lines Overlap”に関しては今もラストが決まっていないものの、ダヴィデやトルベンを含むPC操作担当の彼らは、私たちのイメージを忠実にカタチにしてくれた。
別々に撮影した写真や動画がひとつに繋がっていくのが、出来上がっていくそれを観るのが、本当に楽しかった。ハリエットたちが教師たちの写真まで撮ってきたのは計算外だったけれど、それでも。
ちなみに八日、日曜に、“兄貴がエデをホテルに連れ込んだ”というメールがケイから届いた。そんな報告いらないのに。
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あっというまに中旬、九月十二日。
朝学校に行くと、登校してくる生徒たちにおはよう、急ぎなさいと声をかける、不機嫌さを隠しているように思えるババコワ教諭と、我らが三年D組の担任、文化祭作業には特に、まったくといっていいほど関わっていない気がするゲルハラ教諭が、第一校舎正面玄関に立っていた。
朝から一年を怖がらせていることにまったく気づいていないらしいこの二人に、まさか自分が呼び止められるとは思いもしなかった。だって私、なにもしていない。
「校長室に行きなさい」とババコワ教諭は言った。「訊きたいことがある」と。
なにがテーマなのかと訊いても、彼らは教えてくれなかった。とにかく校長室に行けの一点張り。私はしかたなく、校長室へと向かった。
第一校舎一階、職員室の手前にある、約半年ぶりの校長室。
ノックするとすぐ、ドアが自動的に開いた。開けたのは、意味深に眉を寄せる生徒指導主事のボダルト教諭だった。校長室の三分の二は相変わらず黒いソファセットで埋められている。校長はデスクの手前にあるシングルソファに腰をおろし、向かって右側のシングルソファに教頭、ひとりぶんの席を空けて二人掛けソファに、学年主任のカンニネン教諭が座っていた。
何事だ。
私の後方で主事がドアを閉めようとした時、ババコワ教諭が言った。
「校長先生、やはりわたしたちも──」
主事が応じる。「ババコワ教諭。その件は話したでしょう。とりあえず僕たちが話を聞きますから」
「僕たちは担任ですよ?」
「まだ確定じゃありません」主事はそっと言った。「事情がわかったらすぐに話します。お二人はHRがあるんですから。もうはじまる時間ですよ」
「しかし──」
校長は口元の前で組んでいた両手をさげた。
「ババコワ教諭。生徒はひとりではありません。とりあえず今は通常どおり、ご自分のクラスのHRを行ってください。生徒たちが騒ぐといけないのでくれぐれも、このことは内密にお願いします」
だから何事だよ。
ババコワ教諭は不満そうにも、ゲルハラ教諭と一緒に自クラスへと向かった。
主事がドアを閉め、私は教頭の向かいの席に座るよう促されて従った。




