○ Feeling Of Wrongness
翌日、日曜。
再びケイから電話があった。マルコからメールがきて、エデをその気にさせて好き、つきあいたいと言わせた、と。なんというか、いろんな意味で異色のカップルが誕生した。
その数時間後、おそらくマルコとエデが解散したあとだと思うが、ペトラからメールが届いた。エデがマルコとつきあうことになったらしい、さすがに早すぎな気がするけど、どうなの、と。知るかと答えた。
そして、月曜日。
第二校舎北側階段で三年フロアへとあがると、なにやら廊下が騒がしかった。A組の教室前で通行の邪魔をするよう、四人から六人ほどで集まった女子グループや男子グループがいくつか、妙にざわついている。さらにそのむこう、B組やC組の教室前でも、同じような現象が起きていた。
ひそひそと話していたA組女子のひとりがこちらに気づいた。
「あ、ベラ。おはよ」
「おはよ」と私。「ねえ。どいつもこいつも、ものすごく邪魔になってるって、なんで気づかないの?」
「それどころじゃないんだよ!」もうひとりの女子が声を潜めて言った。小声で続ける。「まえに学校に来た、ベラの知り合いの十九歳のヒト? いるでしょ。今朝エデが、そのヒトにバイクで送ってもらって学校に来たの!」
「は?」
「なんか朝待ち合わせて、一緒に朝食とったって話なんだけど」さっきの彼女が説明した。「うちらはエデと話なんかしないから、よくわかんない」
彼女たちは、一応真面目グループ側だ。頭がよくて、だけどリカによけいなことを言った女と同種同レベルで、騒ぎだすとうるさい。言うほど地味ではない。ファンクラブに入ったりコンサートに行ったりするほど、男アイドルグループに入れ込んでいる。
彼女は続けた。「でも今、カルメーラやペトラたちが教室の中で話聞いてる。わりと大きな声で喋ってるから、教室の中にいればそれなりに話は聞こえるみたい。つきあいはじめたばっかりだって」
カルメーラとは話す。ペトラとも一応話す。そしてエデたちのことは好きではない。話さない。ゴシップは好き。誰のだろうと、とりあえず噂はする。私のだろうとエデのだろうと。
どうでもいい。「ようするにエデは、わりといい気になってるわけね」マルコの思惑も知らず、めでたい奴だ。
「そうみたい。すごくデレデレしてる気がする」もうひとりの彼女は少々の嫌悪を込めて答えた。「しかも時間帯も狙った気がする。目撃した子の話じゃ、キスもしてたって。さすがに早すぎだと思うんだけど」
笑える。私とアゼルはどうなのだ。アニタとアドニスはどうなのだ。
「べつにいいじゃん。あんたたちが気にすることじゃない」
「そうだけど──」彼女が私の後方へと視線を向ける。「あ」
「ベラ、おはよ」
サビナのその挨拶に、こちらも振り返った。
「おはよ。あんた最近、来んのが遅い気がするのは気のせい?」
夏休み中、文化祭の準備のために学校が解放されるのは朝の八時三十分からだ。HRがあるわけではないし、集合時間は各クラスが自由に設定していて、私たちのクラスである三年D組は、集合時間を八時四十五分頃、作業開始を九時頃と決めている。私は九時までに学校に行けばいいとひとり思っているので、九時数分前に着くように登校。サビナはいつも、みんなと同じで四十五分前には登校してきていたのだが、最近──先週の水曜か木曜あたりだったか、彼女の登校時間も遅くなっていることに、ふと気づいた。校舎に向かっているとサビナが前を歩いていたり、うしろから現れたりするのだから、さすがに気がつく。
彼女は苦笑った。
「うん、ごめん。今週は気をつけるから」
「いや、べつにいいけどさ。私なんて三分の一くらい、九時過ぎてから学校に来たし。今週で休み終わりだから、もう夜更かしやめないとなんだけどね」
寝るのは毎日、夜中の一時か二時だ。なんとなく。だって休みだし。昼寝してるし。というか、それなりに間に合う時間に起きてはいるものの、準備に時間がかかっている。休みなのになぜと思うと、どうも身体が動かない。
「二学期で遅刻しないかが心配」
私がそう言い添えると、サビナも同意した。
「だね。あたしもちょっとまずいかも」
教室の前方戸口からエルミが顔を出した。
「A組演劇組! 教室入って! もう九時になる! 練習はじめるよ!」
その声に多くの生徒たちが反応した。エデの話をしていた二人の女子も演劇練習のため、じゃあねと言って後方戸口から教室に入った。
そして彼女たちと入れ替わるよう、カルメーラとペトラが現れた。カルメーラがこちらに気づく。
「ベラ。おはよ」
「おはよ」
ペトラに続いてカーリナと、なぜかA組のエデも出てきた。エデは当然のごとく私を無視して、私の隣に立つサビナへと笑顔を向ける。
「あ、サビナ」
心なしか、サビナが一瞬びくついた気がする。
「おはよ」口元をゆるめ、エデは機嫌よく挨拶した。どうやら上機嫌らしい。「明日から登校する時間、元に戻すから」
「ああ」サビナは戸惑い気味に答える。「──そう」
そんな二人を見て、ペトラとカルメーラは顔を見合わせた。カーリナは呆気にとられていた。
なんだこの空気。
「うちらレストルームに行くんだけど」エデが教室の向かいにあるレストルームを指差す。「一緒に行く?」
その言葉で、サビナは様子を伺うようにこちらを見やった。すぐに彼女へと視線を戻す。
「ううん、ごめん。カバンあるからいいや」
「あっそ」つんとした返事。「じゃあ帰りは一緒に帰ろうよ。話したいことあるし」
サビナは「わかった」とだけ答える。
「じゃああたしは教室行くね」カルメーラが言った。「ベラ、サビナ。行こ。みんなに置いてかれちゃう」
教室へと向かいながら、カルメーラはエデから聞いたことを簡潔に話した。
エデがマルコと昨日、つきあいはじめたこと。本人いわく泊まったわけではなく、朝彼が迎えにきてくれて、わざわざナショナル・ハイウェイにまで出て一緒に朝食をとり、そのまま学校まで送ってもらったこと。その際キスをした。下級生を含め、目撃者多数。
つきあうまえの土曜、マルコの家に行き、母親を紹介されて手料理までごちそうになったこと。さすがにつきあってもいないのに家に行くのは危ないかなとは思ったが、彼がすごく紳士だったこと。家がとんでもなく大きくてプールもあること。教習所に通い詰めていて、免許を取得して車を手に入れたら、いちばんに自分を助手席に乗せてくれると約束したこと。
おしゃべりカルメーラによるおしゃべりエデの自慢話を、サビナは黙って聞いていた。私もどうでもよかった。
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《文化祭の準備、どう? なにごともなく順調?》
夜、またもこんなメールが届いた。これはルキアノスからだ。なんだか先週から、ちょこちょことこんなメールが届く。
最初は先週水曜、ゼインからだった。“学校は平和? 文化祭の準備は順調?”と。私は“平和の意味がわからないし、毎日暑くて死にそうだし、準備に関してはまだなんともいえない。特に問題はないけど、サビナに訊け”と返した。
次は金曜日。アドニスから、“最近どーよ? なんか事件とか衝撃的な話とかない?”とメールが届いた。“あるかボケ”と返した。
そして今度は日曜日。ナイルが、“性悪女的になんか笑える話、ない?”とメールを送ってきた。“性悪女がアドニスにロアー・キットを、あんたにミスター・ピンキー・レオパードをあげようと思ってるんだけど、やめたほうがいいかな?”と返事をしてみた。“まじで? アドニスは知らんけど、俺は欲しい! っていうか、ルキの家のゲームルームで抱き枕にするのもアリ? 基本は俺のってことで”と言われた。“じゃあルキに訊いてみて。彼がいいって言ったらそうする”と返した。ナイルからルキアノスへと話が伝わり、かまわないということになったので、今度彼の家に持っていくことにした。アドニスは妹しだいだと言った。その時彼に渡して、あとは彼の小学生の妹の反応に任せる。
そして今日、ルキアノスのこのメールだ。さすがに違和感がある。なぜそんなに突然、みんなして文化祭のことを気にするようになったのだろう。いや、文化祭のことというわけでもないか。周りでなにかないかということか。よくわからない。
《準備は順調だけど、なにが訊きたいの? あ、そうそう。エデに年の離れた彼氏ができたそうです。今朝そいつに単車で学校まで送ってもらったらしく、学年中が大騒ぎでした》
送信した。相手がどんな返事を欲しがってるかがわからない質問は、どう答えればいいのかがわからない。正直苦手だ。
手の中で携帯電話が鳴った。またペトラからの着信だ。無視しようかとも思ったが、渋々応じた。
「なんですか」
ペトラは挨拶もなく切りだす。「明日の花火、カーリナも呼ぶから」
「は?」
「だから、カーリナも呼ぶっつってんの。デジカメ持ってきてね、写真撮るから。そんで今週、いいかげん空けてよ。写真ちょうだいっつってんじゃん。用紙代? は、払うから」
遊ぼうと誘ってくる彼女たちを散々無視し続けていた私。
そんな私は反論した。「ちょっと待ってよ。カーリナ? なんで? そりゃサビナは来るけど、カルだって来るわよ?」
「うん、わかってる。だからカルロには、あんたから言っといて。なんならイヴァンたちにも、一応? 知らないけど。アニタとカルメーラとハリエットとサビナにはもう言ってある。ナンネたちはイヤかもだけど、それ言ったらサビナもな気がするから、わりと今さらっぽいし」
お人よしカルメーラはハリエットも誘った。というか、ハリエットが行きたかったとあまりにもうるさかったので。
話が見えない。「アニタは了承したってこと?」
「うん、した」あっさり答える。「心配しなくてもエデは来ないよ。デートだっつってたし」
「あいつが来るとか言ったらさすがにキレるわ」と、私。「なんなの? そんなに女ばっかり増やして、なにがしたいの?」
「いや、べつに女を増やしたいわけじゃないけど。気にしないでよ」
気にしたくはないが、どう考えても不自然だろう。
「わかった」納得していないのに、私は無理やり答えた。「で? あいつも浴衣かなんか着てくんの? つまりタクシーで拾わなきゃいけないの?」
彼女は淡々と答える。「オールド・キャッスル組の女子がぜんぶで六人てことになる。六人が乗れるタクシーなんてある?」
少々いらついた。曖昧な反応してんじゃねえよ。「ワゴン車があるらしいから、それは平気」料金は若干上がるものの、どうせ払うのは私だ。
「ああ。そっちがいいなら──アニタは、タクシーが無理だったらママに頼んで、サビナとカーリナだけでも迎えに行ってもらおうかって言ってる。うちらが早めに用意すればできる」
必死か。もう考えるのも面倒だ。「わかった。いちばんデカい車呼ぶ。その二人も拾う」今度は少々投げやりな返事になった。「カルたちには一応言っとく」
「うん、お願い。じゃーね」
なにが起きているのか、さっぱりわからない。
カーリナが来ることになったらしいと、ひとまずカルロにメールを送った。返事は、“は? マジで? なんで? いや、べつにいいけど。変な空気にならなきゃいいけど”、だった。私もそう願っていますと返した。
次、ダヴィデ。カーリナが来るらしいからフォローよろしくと送った。彼は“は? 知らないし。なんで? なんか女子多くね? 怖いわ”と返してきた。ものすごくうざいことになってきたと返事をした。
そしてナンネにもメール。“え、マジで? サビナはわりと平気だったけど、さすがに最悪な気がする。最近A組の空気、おかしいのに。エデが来るんじゃないならまだいいか。クラス違うからまだマシ? でも素直に浮かれられない気がする”、とな。とりあえずペトラたちに任せて、こっちはあれの存在を気にしないことにしようと返した。




