○ A Love Without Feelings
翌週、月曜日。
朝、祖母に校門まで送ってもらったところでちょうど、登校してきたハリエットとカルメーラ、ペトラとアニタに会った。
写真のマスコットにと言ってミスター・ピンキー・レオパードとロアー・キットを見せると、彼女たちはひどく興奮した。特にペトラ、グッズ収集をやめただけで、ミスターのことはまだ好きらしい。
なぜか第一校舎前でさっそく、文化祭用の写真を一枚撮ることになったのだが、猫耳カチューシャをどちらがつけるかで、アニタとハリエットが争いをはじめた。ジャンケンして、けっきょくハリエットが装着。そのあいだにカルメーラがキットを持っていたものだから、アニタは白狐のマスクを頭につけ、フラッシュ・サンダー・サーベルを持って写真を撮った。しかもハリエットが、ステージで猫耳カチューシャをつけたいだのと言いだした。マスクのほうが目立つのに。
三年フロアに行っても、ミスターとキットは黄色い声を浴びていた。廊下を歩いては女子に見つかり、本当にマスコット・キャラクター状態で写真を撮り、それがまた別の女子に見つかって、男子もフラッシュ・サンダー・サーベルを持ってまじっての繰り返しだ。持ってきたのは自分なものの、マスコットにと言ったのも自分なものの、さすがにここまで一緒に写すことになるとは思っていなかった。意味がわからない。特にミスター、何様だ。
三年D組は今日から、デジタルカメラで撮った写真や動画を繋げて映像にしていくという作業に入る。A組担任のババコワ教諭のあとに続いてコンピューター室に入ると、数人がそれぞれに使うPCを決め、まずはファイルを取り込むところからはじめた。実際にPCを操作する人数はクラスメイトの半分もいないものの、まるで授業だ。
四曲分、四グループに分かれて作業するかというのは、わりと悩みの種だった。けっきょく、一曲分を数パートに分けて編集し、最後にひとつにする手法を選んだ。そうでないと、頭の中でイメージが出来上がっている私やハリエットの頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだったからだ。
とはいえその方法でも、私たちは複数のPCを行き来していた。ある程度はダヴィデやトルベンたち、PCを操作する男子と他の女子たちの判断に任せ、最終を私たちが確認して、もう少しこうだとか、それでいいという判断をくだす。口で説明するには難しいのだ。A組担任にこれを見られることが気に入らないが、ある程度こちらが工程を覚えれば放置してくれることになっているので、今は我慢するしかない。
それにしてもこういう、暑苦しくてうるさくて短気で調子がよくて女と腕自慢が好きな人間が、どうして教師になれるのだろう。
その日の夜、二回目の花火の日を、八月二十七日の火曜日にすると決めた。
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八月二十一日、水曜日。
編集作業は順調。ダヴィデとトルベンは想像以上に編集の腕を上げていて、彼らだけはババコワの手を借りずに済んでいた。さすがというか、なんというか。
それはいいのだが、昼。
祖母の家に帰って祖母が用意してくれていたランチを食べたあと、昼寝しようとベッドに寝転んでいる時、携帯電話が鳴った。ペトラからの着信だ。なにかと思えば、今家の前に来てる、ちょっと出てきてくれないか、とのことだった。
なんとなくイヤな予感がし、窓から外を見下ろした。なぜかカーリナの姿があった。舌打ちしつつ、私は一階におりて外に出た。
携帯電話を右手に持ったまま腕を組んで閉めた玄関ドアにもたれ、カーリナに視線を向ける。
「なに」
私の無愛想な態度を目の当たりにする前から、彼女は眉を寄せていた。本当は来たくなかったと思っているのが見え見えだ。
「訊きたいことがあるんだけど」
「だからなによ」
「あの、マルコってヒト、エデとメールしてる?」
「は?」
「最近、エデの機嫌が悪い」ペトラが言った。「わりと最悪な状態。LPICの祭りのことは聞いた。けど──」
カーリナがあとを引きとって説明する。「その前から、機嫌悪かった。アドレス訊かれた時とか次の日とかは、すごい上機嫌だった。でも十二日、サビナから祭りのこと聞いて、明日二人で行こうかって話してる時には、ちょっと不機嫌だった。あのヒトのこと訊いても微妙な返事しかしないし、話を続けようともしない。なにが起きてんのかわかんなくて──」
「なんか聞いてないのかなと思って」ペトラが締めた。「まさかいきなり告ってフラれたとかじゃないだろうし」
なぜ私に訊くのだろう。「知るはずないじゃん。っていうか、あいつの機嫌がよくても悪くても、私にはまったく影響ないし、まったく関係ないことなんですけど?」
「ベラ」ペトラは咎めるような声を出した。「確かにあんたには関係ないことだろうけど、周りに影響が出てる。空気が悪いの。っていうか最悪なんだって」
私はまた舌打ちした。知るかよそんなの、というのが本音だ。けれど、彼女たちのセリフの中の一言が気になった。
二人とは視線を合わせず、私は質問を返した。「十二日には機嫌が悪かったって?」
「うん」と、カーリナが答える。
もしかすると私のせいかもしれない、という考えが浮かんだ。確か十二日は月曜で、その前日の日曜、モンタルド家に行き、マルコにとんでもなく最悪な態度をとった気がする。
まさか、そのせいでマルコがエデに連絡していないという状況になっているのか? エデはそれだけで機嫌が悪くなるのか? それだけで周りに被害が? 最悪な状況? どんな状況だ。どんな存在だ。
「で、どうしろと?」カーリナへと視線を戻す。「マルコに電話して、なんかあったのか訊けばいいわけ?」
はっきりと答えるのを迷う彼女の代わりにペトラが答えた。「できれば」
面倒だ。話したくないのに。関わりたくないのに。
溜め息をつくと、私はマルコに電話した。なんでこんなことをしなければいけないのだろう。なぜ私が彼らのお膳立てみたいなことをしなければいけないのだろう。
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三回目の呼び出し音が鳴り終わるまえに、電話口からマルコの不機嫌そうな声が聞こえた。
「なに」
やだ。お膳立てなんてヤだ。「今なにしてんの」質問が違う気がする。
「教習所」
そういえば、ミッド・オーガストが明けたら教習に通うと言っていた。「そ。エデとは? メールしてる?」
「あ? エデ? ──ああ。忘れてた」
出たよ。忘れてたよ。「どういう意味? メール返してないってこと?」
「ああ──返してない気がする。ミッド・オーガスト含めて、一週間くらい放置してる気がする」
「なに? 忙しいの?」
「普通に忙しい。一ヶ月コースで申し込んでるから、土曜以外は昼から夕方まで教習詰めてるし。夜中遊んで朝は寝てるし」
「一通、二通のメールを返す暇もないと?」
マルコはやはり不機嫌そうな返しをする。「なにが言いたいんだよ。俺があいつを遊んで捨てるっつってもお前、どうでもよさそうな感じだっただろ。なんで口出すんだよ」
それはこちらが訊きたい。彼の話は無視した。「いくら忙しくても、メール返す時間くらいあるでしょ」
数秒の沈黙。
「──なに? 誰かいるわけ?」
「うん」
電話のむこう、彼は苛立ち交じりに鼻で笑った。
「だよな。じゃねえと、お前が口出すわけねえもんな。メールすりゃいいんだろ。呼ばれてるからもう切るぞ。じゃーな」
電話は切られた。イライラする気持ちを抑えつつ携帯電話を閉じる。
「やっぱりメールしてなかったの?」探るような眼でカーリナが訊いた。
こちらは再び腕を組む。「みたいね。教習所に通い詰めてるらしいわ。よくわかんないけど、わりと忙しいみたい。ミッド・オーガストは仕方ないし」
ケイの話では、ミッド・オーガストの親戚の集まりで、マルコは改心したような一面を見せてオトナの対応をし、シモーナが振る舞う絶品料理も武器に、親戚一同を黙らせたとか。改心を信じたのか、もしくはただの探りなのか、翌日も家に来た親戚がいたらしい。
「でもメールは返すって」と、私は補足した。
安心したのか、カーリナが吐息をつく。「そっか。ありがと」
なぜ自分がイライラしてまで、エデのイライラを解消しなければならないのだろう。
「もういい?」私はペトラに訊いた。「昼寝したいんだけど」
「ああ、うん。ごめん。ありがと」
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土曜日、昼。
祖母とランチを食べたあと、屋根裏部屋。ベッドの上でうとうとしていると、携帯電話が鳴った。ケイからの電話だ。
「兄貴が本気になった」挨拶を省いての第一声。「家にエデ連れてきた。しかもおふくろに中学の後輩だとかって紹介して、飯二人ぶん作れとか言った」
彼はいつも唐突だ。私はそれを、脳をフル回転させて理解しなければならない。つまりマルコはエデにメールして、それだけではなく家に呼んだということらしい。
「あんたは? 会ったの?」
「会った。っつーかオレはおふくろと一緒に、先に飯食ってたから。兄貴は昼前にどっか行って、帰ってきたと思ったらエデがいた。わざわざキッチンにまで連れてきて、おふくろに紹介だよ。エデは今までのことなんか忘れたみたいに、オレに普通に挨拶してきた。おふくろに対しても、すげーしとやかぶってた。不気味すぎて怖いんだけど」
「へえ。でも大騒ぎすることじゃないでしょ?」
返ってきたのは否定だった。「それがおおごとなんだって。兄貴はダチ何人かならともかく、女ひとりを家に連れてくるなんてこと、したことねえんだよ。昔から、ホテルか相手の家かだもん。兄貴がまともにひとりの女をおふくろに紹介したのなんて、たぶんはじめてだぞ。しかも中学生。おふくろ、かなりテンパッてた。かなり深刻そうな顔して、これはアリなのかとかなんとか」
笑える。「完全になしではないはずなのよ、法律では。エデの親がどう思うかってのはあるけど、エデがそんなことに口出しさせるわけないし」
答えながら、なるほどと思った。親に紹介しておけば、それなりの“本気度”を見せられる。
私は続けた。「家に女を連れこんだのがはじめてだっていうのを、マルコがエデに言うか、言ったとしてもエデがそれを信じるかはわかんない。でもそれだけで、ただの遊びだってのがバレにくくなる。効果はあると思う」
彼は納得した。「なるほどな、確かに。つきあうなんて話は聞いてないから、まだ手出したりしないだろうけど。怖くて二階に行けねー。そんなんじゃないってわかっててもぞっとする」
自分の部屋に連れていったと言うことか。でもケイの部屋は、階段を上がってすぐのところだ。マルコの部屋はいちばん奥で、ゲームルームにいるのでなければ、会わなくて済む気がする。
私はからかうように彼に質問を返した。「ランチは? あんたが持って行くんじゃないの?」
「まさか! おふくろが持っていくだろ。ヤだよ、あの不気味なツーショットの前に自分から顔出すなんて。そういや昨日の話は聞いた? 昨日兄貴の誕生日で、教習終わったあと、エデとデートしたらしいぞ」
マルコは二十歳になった。「へー。それはあれね、エデがマルコに惹かれてるとしたら、かなり調子に乗るわね」
彼が笑って同意する。
「間違いないな。だから家にも簡単に来たんかも。オレの知る限り、普通の女は好意がない限り、ひとりで家になんか行かないと思うけど。ああいうタイプはどうなんだろ」
「いや、友達なら行くわよ? 私は行くもん、男友達の家」
「は? ああ──いや、お前は普通じゃないし。けどふたりっきりになるようなとこだと、やっぱちょっと警戒はするだろ?」
「どうかな。男友達二人だったり四人だったりに、私ひとりっていう状況、普通にあるけど。部屋にふたりっきりにもなるけど、これといった警戒はしてない。っていうか、友達だし」
「ああ──」なぜかケイは悩みはじめた。「いや、お前の話はとりあえず、置いとこ。わけわかんなくなる」
なぜだ。
彼は続けた。「まあもしかしたら、兄貴が家に親いるって言ったから、安心したんかも。よくわかんね──あ、ちょい待って」少し沈黙。「おふくろが、飯出来たって。気まずいから遊びに行こうとしたんだけど、止められたんだよな。だから諦めモード。一階でゲームとおふくろの相手しながら、適当に状況メールするわ」
べつにいらない。「わかった。じゃーね」
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その後のケイの報告によると、出来上がった昼食は、シモーナが二階へと運んだ。マルコとエデはゲームルーム脇のデンのソファで話をしていて、ランチもそこで食べるらしかった。無駄に詮索することなくあっさりと一階におりたシモーナは、インターネットで法律について調べはじめた。
私の記憶どおり、二十歳の人間が十五歳未満に手を出すというのは、必ずしも犯罪になるというわけではなく、親の同意があれば問題ないらしい。ただし十五歳未満側の親が交際を不服に思えば、訴えられる可能性はある。その場合無罪を主張するにあたって、婚姻を前提にという証明が必要になる。
その部分を読んで、シモーナはひどく不安になっていたようだ。まさかマルコが女子中学生を弄ぶ、などという悪巧みを計画してるなんてことは思っていないものの、思いたくないものの、最悪の場合、最悪なことになってしまう。マルコが本当の本気だとしてもだ。
だからといって、交際に反対するわけにはいかなかった。今モンタルド家は、“家庭”──“家族”を再構築している。マルコのことも信じると決めた。もちろんダメだと思ったら止めることもするけれど、この一件は、口出しするには、問題があまりにもナイーブすぎる。
ケイは、マルコの本気度はわからないけど、さすがに訴えられたりはしないだろうし、仮にそうなったらその時考えるよう、シモーナに言った。だがそれでも彼女がまだ不安げな様子だったので、仮にマルコが私──ベラをカノジョとして連れてきたらどうだと彼は訊いた。同じように不安になるか、と。
シモーナはなにかを納得したらしい。私が相手なら気にもしないし、むしろ嬉しい気がするとかなんとか。意味がわからない。
ちなみに、エデと私が同級生だということはシモーナにも話したけれど、私とエデが最悪なほどに仲が悪いということは言えなかったのだとか。
そして数時間後、夕方。マルコはエデを家まで送ってくると言って家を出たあと、日付が変わる直前まで帰ってこなかった。
その後帰ってきたマルコに手を出したのかと訊くと、さすがにそれはない、けど明日教習が終わったらまた会う約束をしたとの報告を受けた。脈ありかを訊ねると、当然だろという自信たっぷりの答えが返ってきたらしい。




