* Feeling Of Emancipate
「ひさしぶり」
電話越しにルキアノスが切りだした。ミッド・オーガストの初日にあたる八月十二日、月曜日。時刻が夜の九時をまわったところで、彼が電話してきたのだ。
「ひさしぶり?」ベッドの上、私は訊き返した。「このあいだ会わなかったっけ」
彼は笑った。
「二週間前だから、ひさしぶりだよ。一回メール入れたのに、返ってこなかったし」
そういえば、読みはしたが返事をしていない。「ごめん。でもあれ、今平気かってメールだったでしょ。平気じゃなかったのよ。宿題とデジカメと頭の中の整理、やっててね。メールに気づいたの、零時に近かったから」
「相変わらず忙しそうだな。アドニスも、メールがちっとも返ってこないって言ってた。あと電話も出ないとか」
「だって」私は言い訳をはじめた。「アドニスは、たいてい昼間か夕方にメールや電話、してくるんだもん。昼間はあちこち走りまわってるの。何度も連絡があるわけじゃないからたいした用じゃないんだと思うし、時間が経ったらもういいかってなるじゃない」
「いやいや。そうなるの、ベラだけだから。けどアドニスはともかく、俺なら夜中の二時くらいまでは起きてるって、ベラも知ってるはずだけど?」
「起きてるかなとは思ったけど、そこまで無神経になれない。っていうか、わりと眠いし」
「まあそうだろうけど。宿題は? 順調?」
「とりあえずやってはいるけど、ほんとにちょっとずつ。煙草に手出したくなる前にやめちゃうから。宿題と文化祭の準備、どっちを優先させるべきなのかってなったら、すごく微妙なの。まあミッド・オーガストはずっと家にいるから、煙草とビールをつまみに、やるつもりではいるんだけど。今日もちょっと、わからないなりに進めはしたんだけど」
ルキは悪戯っぽく笑った。
「合ってるかはともかくな」
「わからなくても解答欄を埋めることに意義があるって言ったじゃない」
「うん、言った。だって記号問題はもちろん、他のでも、もしかしたら合ってるかもしれないし。けどそれはテストのほうだよ。宿題は調べたり考えたりする時間があるんだから、間違えないよう答えを書くもんだし」
思わず天を仰いだ。正論なのだろうが、なんだかムカつく。
「ねえ、わざわざ電話してきて、なんで嫌味言うの? メール返さなかったのはあやまるけど、いつものことじゃない」
「いつものこと、ね。確かにそう。嫌味じゃないよ。ちょっといじめたかっただけ」
意味がわからない。「怒ってんの?」
「うーん? いや、いつものことだし。もう諦めはしてる」
「なにが言いたいのかさっぱりなんですけど」
「明日、暇?」
「暇は暇だけど、宿題やらなきゃいけないから、あんまり。ミッド・オーガストが終わったら、また文化祭の準備に追われる予定だし」
「宿題はとりあえず自分で進めたら、あとはこっちでやるんじゃなかったっけ」
「月末じゃないの? っていうかわからないとこがあったらって話じゃなかったっけ。けどよく考えたら私、わからないところをいちいち頼んでまで追求する人間じゃないのよ」
「それはそうだと思うけど。とりあえず一回は持ってきてよ。わかんないとこをわかんないままにしてたら、あとで教える量が増えるし。追いつかなくなるし」
「え、それが明日?」
「ああ、違う」と彼。「明日、リトル・パイン・アイランド・シティのニュー・ポートで、花火大会があるんだけど。行かないかなと思って」
リトル・パイン・アイランド・シティ──ベネフィット・アイランド・シティの南に隣接する、漁業と工業で生計を保っている田舎都市だ。
去年末、スクーターの免許をとるブルとマスティを観察するため、私はアゼルと一緒にベネフィット・アイランド・シティのはずれに位置するビッグ・タンドラという町に行った。そこから南がリトル・パイン・アイランド・シティだ。そしてさらに少し南に向かったところにニュー・ポートがある。祭りはそこの港や、近くにある今は廃れた商店街付近で行われる。
「イヤです」私は即答した。
「やっぱり人ごみはキライ?」
「南がキライ」
笑う彼がなんだそれと言うので、そっちも人ごみはキライなんじゃないかと質問を返した。
「うん、大嫌い」ルキアノスも即答した。
「じゃあなんでよ」
「いや、アドニスとゼインが、でかい祭りに行きたいなって言ってて。ディアンティアに訊いたら、センター街の祭りはもうなくなったし、LPICの夏祭りがいちばん近いって」ディアンティアは彼のお姉さんだ。「で、ゼインは先にサビナを誘ってみるかなって話で。ただサビナは親戚の集まりがあるらしいから、微妙なとこなんだけど。で、もし行くとしたら、一緒には行かずに別行動。ただ、会う可能性はある。で、ベラは誘ったらどうなのかな、と」
夏祭り兼花火大会は昔、センター街のボードウォークでも行われていた。けれど数年前、観客が火傷したかなにかの事故があり、中止になったという。夏祭りそのものがなくなったのだ。今はセンター街の花火といえば、年越しカウントダウンの時に各エリアのボードウォークで打ち上げられる小規模なものくらいで、その時なら屋台も出るらしい。行ったことはないけれど。
「受験生がそんな遊んでていいのかなっていう」
「無理にとは言わない。ベラが行かないと、俺も行かない。で、ナイルも行かないってことになって、残ったアドニスが発狂するだけだから」
思わず笑った。
「意味わかんない。なにそれ。なんでみんな、いちいち私なの?」
「なんでかな、ベラはそういう立場にいるんだよ。責任を押しつけてるわけじゃなくて、悪い意味でもなくて、ベラが行かないって言えば、こっちも行かないって言いやすくなる。ベラが行くって言えば、気が進まないことでも、行かなきゃいけないみたいになる」
そんな説明をされても、まったく意味がわからない。わからなくて、私はさらに笑った。
「わかった。でも条件がある」
「条件?」彼が訊き返す。「なに?」
「私ひとりでも、みんなまとめてでも、どっちでもいいけど。タクシーを使う。行き帰り両方。バスには乗りたくない」
「なんだそのわがまま。でもまあ、バスはかなり混むだろうから、そのほうがいいかも。母さんかディアンティアがいれば送ってもらえるんだけど、旅行に行っちゃったからな」
「一緒に行かなかったの?」
「親戚の集まり旅行なんて、行っても楽しくないし。受験を理由にした中学三年の時から行ってないよ。だから今、ひとり暮らし状態。って言っても、昨日からアドニスが泊まりに来てて、ひとり暮らしじゃなくなってるけど」
「いるの? なんかかなり長話してる気がするけど」
「だね。今日はゼインとナイルも泊まりに来てるから。さっきまでゲームしてたんだけど、祭りの話になって、LPICの話を聞いた。ゼインはサビナを誘うのにヌックで電話してくるとかで、アドニスとナイルはプールに行った。俺はゲームルームで静かに電話中」
「そ」と私は答えた。「サビナたちと一緒にいなくていいんなら、べつにいいけど」
ナイルと同じ答えだと言いながら、ルキアノスはまたも笑った。少し待つよう言われて従うと、なにを言ってるかわからない話し声がしたあと、彼が電話口に戻った。
「サビナ、やっぱ行けないって。親戚で集まるの、毎年夜十時くらいまで続くらしい」
「じゃあ行かない?」
ルキアノスがまた待つよう言うと、電話の向こうから聞こえる声がゼインに変わった。
「行けそうだったら途中から来るっつってる」ゼインが言った。「ルキたちがお前を誘ってみるって言ってたってのは話した。だから行くとしたら、もしかしたら途中参加で、そっからオレらは別行動ってことになる」
納得した。「っていうか、サビナが行けるかわからない状態なら、あんたべつに行かなくてもよくない? 私もだけど」
彼は怒った。「だからオレは行きたいんだっつってんの!」
ごめんなさい。「むこうでじゃなくて、家でサビナを待つっていうやさしさはないわけ?」
「それ言ったけど、行けるかわかんねえからって。地元の祭りも、ルキの元カノが来るかもってので、オレら全員行かなかったからな」
「じゃあどうすればいいの? 時間決めてくれたら適当に行くけど」
そう言うと、また電話の相手がルキアノスに代わった。
「昼間も暇?」ルキが訊く。「なんなら昼間に宿題、やるのでもいいけど。夜に祭りでストレス発散」
「わかった。じゃあランチ食べたらメール入れて行くことにする」
「うん。じゃあ明日」
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翌日。
祖母と一緒に少し早めのランチをとったあと、宿題の山を持ち、ケイネル・エイジに行った。ルキアノスの家だ。
アドニスとゼインは特に、夜が待ち遠しいといった様子だった。ナイルは私たちと同じで、人ごみがあまり好きではない。
私とルキアノスは、ガラステーブルとブルーのチェアがあるヌックで、まずは宿題の答えを確認する作業をはじめた。
この場所、天井からはガラス製の小さな照明が吊るされ、壁にはどこかのビーチの写真を引き伸ばしたものが、ふたつのパネルに分けて飾られている。母親のエウラリアがいれば、このガラステーブルにはいつも生花が飾られているのだけれど、今はさすがに撤去されていた。置いていても眺められることはなく、意味もなく枯れる可能性が高いからだ。
アドニスたちは、プールで優雅に遊びながら夜を待っていた。時々こちらに来ては、私が宿題のプリントに書き込んだ誤回答を探して大笑いするとか、休憩だとかでビールを飲みながらどうでもいい会話をはじめ、勉強を邪魔してくれるとか、突然わけのわからない問題をクイズ風に出すだとか、絶対的に合っていると確信できる部分だけは解きかたを教えてくれるとか、そんなことをしていた。
彼らは今日も、以前五人で買った“B.A.L.Z.N”と刻印の入った革ブレスレットを左腕につけている。服に合わないと思ったらはずすこともあるものの、ほとんどはつけているという。思ったよりもいろいろな服に合うし、それほど邪魔に思わないし、肌触りもいいうえ、お金を出したオリジナルだから気に入ってるのだとか。私もそうだ。学校にはつけて行かないけれど、あとはほとんど装着している。今日もだ。
五教科のプリントの正解率はおよそ六十パーセント。私は満足だったのだけれど、ルキアノスいわく、やはり宿題は八十パーセントくらいは正解してあたりまえらしい。へこんだ。けれども彼が手伝ってくれたおかげで、残っていた宿題もとんとん拍子に進み、夕方五時にはそれをすべて終えた。
夕方六時半頃に家を出ようかという話になり、彼らは今のうちに涼んでおくとかで、ルキアノスも一緒に、またプールに入った。私はそれを、ラナイにあるチェアに座って眺めていた。水着や着替えを持ってきてないからだ。といっても、彼らがしょっちゅうビーチボールを投げてよこすので、プールサイドからランダムにスパイク攻撃していた。
ルキアノスの家の裏手は、広い空き地になっている。どこの町にも、こういう空き地はいくつか存在する。町と町の境の大半は、ほとんどが空き地だ。もちろん家を新築するために開拓されることもあるものの、ケイネル・エイジのような広い町は、その空き地も多い。だからといって、土地があるだけの田舎町ということにはならない。空き地の数だけ、家や店が増え、さらに人口も増える可能性がある。センター街に近く、ナショナル・ハイウェイ沿いなので、ここはベネフィット・アイランド・シティのどの町よりも、変わる可能性を秘めた町かもしれない。
そして逆に考えると、まだいくらかの空き地が存在してようと、ウェスト・キャッスルという小さな町は、ナショナル・ハイウェイ沿いに並ぶ店以外、これ以上はなにも変わらない、小さな田舎町のままだということになるのかもしれない。
空が暗くなりはじめた午後六時前、彼らはやっとプールを出た。




