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R E D - D I S K 0 3  作者: awa
CHAPTER 07 * BEAST HEART
32/139

○ Brothers

 マルコは黒とシルバーの、思わず怪物と言ってしまいそうな単車で学校に来ていた。昨日の夜中に友達十数人と会っていて、そのうちの一人に今朝、借りたのだという。私が準備を終えるのを待つというマルコを無視して、ケイはシモーナに電話した。今から家に帰るけど、一時間後に私を迎えに行くために車を出せ、と。けっきょく、彼らは単車で帰っていった。

 約一時間後、私は二年数ヶ月ぶりに、ウェスト・アッパー・ストリートに来ていた。その通り沿いにある、キャッスル・マウンテンのふもとに並ぶ家々も、西奥に建つ、かつて両親と住んでいたコンドミニアムも、通りから階段をおりた場所にあるハーバーも、なにひとつ変わっていない気がした。けれども車を運転するシモーナが、二年前に比べればヨットが少し減ったと教えてくれた。

 ウェスト・キャッスルは、ふたつの川に面している。西側がシフティース・リバー、南側がイェブロウ・リバーだ。ウェスト・アッパー・ストリートがあるのはイェブロウ・リバー沿いで、シフティース・リバーとも繋がっている。

 けれどこの町は、海に近いわけではない。このハーバーから海に行こうと思えば、まずはシフティース・リバーに出て、さらにフィールド・リバーを渡って、はじめて海に出られることになる。もちろん川でヨットを走らせるのも、川の多いベネフィット・アイランドというプレフェクチュールでは珍しいことでないものの、どうせなら海に出たいのに、海との行き来の面倒さに嫌気がさしたり、ヨットを所持することがオールド・キャッスルとの格差の違いの証明になっていると気づいた人だったりが、ヨットを手放したり、ヨットと一緒に海に近い町に引っ越したりしたらしい。

 それからもうひとつ、私の行きつけだったベーカリーがなくなって、ブティックに変わっていた。変わらないものなどないらしい。

 ケイの家の外壁は、タントンシーと呼ばれる少し変わった色をしている。歩道に面する右側がちょっとした庭になっていて、左側にある短いドライブ・ウェイはベージュトーンのレンガで造られ、ガレージへと続く。ガレージは家と繋がっているものの二階はなく、けれども庭に面する壁には半円アーチ状になった窓がふたつついていて、正面から見れば、とてもガレージには見えない。ちなみに、少し奥ばった場所にある玄関ポーチへの外壁も、玄関ドアも、同じ半円アーチで統一されてる。まるで小さな王宮のようだ。

 インテリアは、白い壁にブラウンベースの家具でまとめられていた。特にリビングとひと繋がりになったキッチンは、恐ろしいほどに立派だ。吹き抜けになったシッティング・ルームと隣り合うダイニング・ルーム、その両方から行けて、カウンターやシンクの天面は、すべて大理石になっている。シモーナは、このキッチンは自分の料理の腕には不相応だと苦笑っていた。ちなみに彼女、時々マーケットで祖母と会うらしく、双方に時間があれば、簡単なレシピを教えてもらっているらしい。初耳だ。

 私を迎えに来るために途中で中断していた調理を、私とケイも手伝って再開した。かと思えば、野菜の切り方に口出しする私に逆ギレして、彼はすぐに投げた。祖母が用意してくれていたガーリックチキンは、マルコにもシモーナにも受けがよかった。彼女、本格的に祖母に料理を教わりたいと言いだした。

 マルコの今後としては、ミッド・オーガスト明けからさっそく教習所に通い詰め、自動車の運転免許がとれしだい、お父さんが経営してる会社に就職することが決まっている。夜に働くほうがいいし、仕事くらい自分で見つけると言ったものの、押しつけではなく、ひとまず一年働いてみて、それでも他の仕事がやりたければ辞めていいと言われ、渋々了承したのだとか。

 ランチを食べ終わると、シモーナが家事を終わらせるというので、ケイとマルコに連れられ、二階にあるゲームルームへ向かった。

 やはりホワイトとブラウントーンでまとめられたそこには当然のようにビリヤード台があり、半円になったテーブルと二脚のチェアが二組置かれている。そこから伸びるよう、南側にはデンがあった。そこに設置された、あまり奥行きのない造りつけの黒い棚はシンクになっていて、天面は当然大理石、ちょっとしたドリンク・バーだ。壁掛けテレビが設置され、センターテーブルの半分を囲うよう、縦縞柄のアームチェアが二脚と、三人掛けのソファが置かれていた。

 はじめてルキアノスの家に行った時も思ったのだが、私、自分の住んでいた家がどんなだったかというのを、よく覚えていない。ただ自分の部屋が、自分の性格には合わない乙女ちっくなアンティークの白い家具でまとめられていたことと、それでも小さい頃からのお気に入りだったキャノピーベッドがあったことを覚えてるだけだ。

 あの家にいた時の私はいつからか、なにも見ないように、なにも記憶しないようにしていたし、祖母の家に引っ越してからも、なにも思い出さないようにしていた。そのせいか、本当に忘れたらしい。我ながら、どんな脳をしているのだろう。


 「にしても、アゼルがお前とつきあってるとはな」

 三人掛けソファに、こちらに頭を向けて仰向けに寝転んでいるマルコが言った。おなかの上にシルバーの灰皿を置き、彼は煙草を吸っている。

 「過去形です」と、私。

 「けど指輪してんじゃねえか」

 左手の薬指にある、恨みつらみの言葉を刻んだ指輪。

 「これは違うわよ。あいつがプレゼントなんてするわけないじゃん」

 向かいで壁際のアームチェアに座っているケイがにやついて口を出す。「その指輪、見たら笑うぞ。わざわざ金出してまでやることかよ、みたいな」

 「は? なに」

 よけいなことをと思いつつ、私は指輪をはずしてテーブルに置いた。

 「役には立つのよ、ナンパ避けとか」

 「指輪見て引き下がる男なんて男じゃねえよ」

 わけのわからないことを言いながら、煙草を灰皿の中の火消しに入れて火を消すと、マルコは灰皿をテーブルに置いて指輪を手に取った。観察するように外側から側面を見たあと、片面に刻まれた文字を見て、笑った。

 「なんだこれ!」

 ケイも笑う。「な、ありえねえ。それを彫ってくれる店もありえねえ」

 「確かに。すげえな。けど、内側にもなんか書いてる──“LUCIFER”。あいつの苗字じゃなかったっけ」

 「それは金星なんだって」ケイが答えた。「明けの明星とかなんとか」

 やはり苗字を知っていると、勘ぐられはするらしい。同期の人間には見せずに済んでいるのが救いだ。

 「へー? ま、ただの言い訳だろうけど」

 そう言うマルコから指輪を受け取った。「うっさい黙れ」自分の指に戻す。「それより、訊きたいことがあるんだけど」

 「なに」

 性格が明るいだけで、さらに少し軽いだけで、話しかたがアゼルとかぶる。それどころか、短気で喧嘩っ早い面では同種。正直、苦手だ。

 「三年くらい前、ケイネル・エイジの公園で、男二人に襲われてる中学生の男の子、助けなかった?」私はマルコに訊いた。「時期はわからない。もうひとり、倒れてたかなにかの男がいたはず」

 渋い表情で記憶を辿りるように考えたあと、彼は思い出したような顔をした。

 「あー、あれな」

 ケイが口をはさむ。「え、兄貴、そんな正義働いたの?」

 「アホ。違うわ」と、マルコ。「あん時は確か、何日か前に引っかけた女のとこに行こうとしてたんだよ。けど携帯電話の充電が切れてな。電源入れてもすぐ落ちるし、女の家もわかんねえし、だからって充電するために家に戻んのもめんどくせえし、ショッピングセンターは閉まってるし? さてどーすっかなって思ってたら、声が聞こえて。公園で喧嘩がはじまってんの。三対一。最初はサシでやってたから、なんかの決闘かと思ったんだけど。二対一になったあげく三対一になったから、思わず手出した」

 これはアドニスが助けられたという話で、その話を聞いた時、なぜかマルコの名前が浮かんだというだけなのだけれど、やはり助けたのは彼だったらしい。

 やっぱりと言うと、マルコは誰かと知り合いなのかと訊いた。私は助けられた子と、とだけ答えた。

 「へー。けど助けたとかじゃねえよ。どうしようかと思ってたら、なにすんのもめんどくさくなって、だんだんイラついてきただけだし。ウサ晴らしってのもあったし」

 ようするにただの気まぐれだ。

 「んでけっきょく、そのあとは?」ケイが訊いた。

 「ああ、コンビニで女口説いて、充電器借りて充電して、女のとこ行った。けど次の日は、そのコンビニの女んとこ行った。めんどくせー二股がはじまって、しかもそいつらは実はツレで、わりと仲よかったっていうオチつき」

 けらけらと天を仰いでケイが笑う。

 「え、それ、二股バレた?」

 「そらバレるわ。そのコンビニは避けてたんだけど、一ヶ月くらいして、ショッピングセンターでコンビニ女にばったりだよ。あれ? あれ? あれ? みたいなな」

 ケイは楽しいらしく、とにかく笑っていて、さらに続きを促した。

 「どっちが先につきあいだしたかっつー、謎の口論がはじまった」苦い笑みを浮かべてマルコが答える。「一日違いだってのがバレた。その場はふざけんなっつって、どっちもキレて帰ったんだけど。夜になって、コンビニ女が電話してきて。許すからヨリ戻したいっつってな。まあいいかと思ってヨリ戻した。三日後か、もうひとりが泣きながら電話してきて。会いたいっていうから会った。けっきょくまた二股。けどそいつ、俺の携帯電話盗み見て、また二股状態なことに気づいて。どっちも友情優先するとかいう話をしてたらしいんだけど、どっちも嘘ついてたわけだから? そいつらは絶交。俺も絶交」

 「さすがに二度目はないだろ」ケイは苦笑っている。「二股は無理だ。やれる自信がねえ」

 「やめとけやめとけ。めんどくさいだけ。性欲旺盛だったからできただけ。寝ぼけてたら名前間違えそうになるし、しかも相手選ばねえと、ツレと遊べなくなる」

 この兄弟、いったいなんの話をしているのだろう。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 傍らに置いたバッグの中で携帯電話が鳴った。取り出して画面を確認する。確認していない受信メールのせいで今も通知ランプが光っているのだが、着信はエルミからだ。

 「なに、出ねえの?」

 携帯電話を閉じた私にマルコが訊いた。閉じると着信音は止む。

 「ものすごくうざい奴からなので結構です」と、私。

 「兄貴のせいだぞ」ケイが咎めるように言った。「だめだっつったのに」

 彼はすっとぼけた答えを返す。「あれ、詮索? 出りゃいいだろ。なんなら俺が出るけど」

 「全力で遠慮します」

 着信が止まったので、私は数件の真新しい未読メールを確認した。

 エルミから。

  《メール見てないの? さっきのあれ、誰よ?》

  《もしもーし?》

  《相手の年となに繋がりなのかだけでも教えて! じゃないと、ハヌルが──》

 アニタから。

  《さっきの、ケイがいたって? お兄さん? 見ればよかった。ちょっと気になる!》

  《エルミとハヌル、他数名の女子が騒いでますよ。弁解してないんだってね? 話がいろんなところに広がってます》

 ハヌルから。

  《エルミからのメール、届いてない? さっきのヒト、不審者じゃないんだよね? 知り合い?》

  《なんでメール返さないのー? 不審者じゃないってみんなに説明しなきゃだから、返事ちょうだいよー》

 ペトラから。

  《けっきょくオトコつくんのかよ!》

 なに言ってんだお前。

 ハリエットから。

  《みんなに騒がれるモテモテベリー。羨ましいぞ。でもあたしは演劇に生きる! 主役は譲らない!》

 なに言ってんだお前。しかもお前、女優になりたいとか歌手になりたいとか、そういう無謀な夢は持ってないとか言ってたじゃん。

 カルメーラから。

  《エデとカーリナが気にしてる。エデはあからさまにじゃないけど、カーリナが訊いてきたから、たぶんエデが気になってんだと思う》

 他、諸々。

 黙れお前ら。

 ケイが気遣わしげな様子で私に訊く。「メール、大量?」

 「大量。全員に死ねって送ってやろうか」

 「貸してみ」

 マルコは手を出したが、私は思わずケイを見た。彼は少し悩むと、電話はダメ、メールだけとマルコに言った。了承されたので、私は携帯電話を差し出した。

 彼は起き上がり、隣に移動してきたケイと一緒に受信メールを読んだ。二人の口元が徐々にゆるんでいく。ケイは自分の知っている範囲で、相手のことを説明した。というか、エルミとハヌルの悪口を吹き込んだ。特にハヌルの悪口がひどく、それに対して天を仰いで笑ったマルコは、なにやらメールを打ちはじめた。ハヌル宛らしい。少しして、返信内容をケイが読みあげた。

 「“不審者じゃねえよ。ウェスト・キャッスル中学の先輩様。十九歳。大人だろ? まあ不審者でもべつにいいけど。どうせ少年院から帰ってきたばっかだし、不審がられることは慣れてるし。じゃーな。バイバイ。 MC”」

 彼らは私にありかなしかも訊かず、それを送信した。再びマルコが、今度はエルミへの返事を打った。またケイがそれを読む。

 「“悪い、久々にシャバに出たら目の前に行列が出来てて、なかなかお前のメールに辿り着けんかったわ。ハヌルにはもう返事した。俺は十九でもうすぐ二十歳。三週間後な。繋がりは、昔弟が初ナンパした相手がベラで、俺はその兄貴ってだけ。これで満足か? MC”」

 そのメールも、やはり勝手に送信された。

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