○ Invariable Past
翌日。
ひとりバスに乗ってセンター街へと出向き、朝の十時すぎ、ファイブ・クラウド・エリアにあるゼスト・エヴァンスに入った。サイラスは私の顔を見るなりほっとして、ハグをしてくれた。以前来た時は、少々おかしな状態だったからだろう。文化祭のことを話すと、彼はとても興味を持ってくれた。出来上がったら観せろ、と。
もう精神的に平気な状態ではあったものの、雑用を少し手伝わせてもらった。ドライブするのにぴったりそうな疾走感のある曲だったり、海に行きたくなるようなノリのいい曲、花火と恋愛を思い起こさせるせつない曲等をいくつかピックアップし、夏のおすすめ、などというタイトルで、カットした画用紙にさくさくと紹介文を書いていき、選んだCDに貼っていった。サイラスいわく、私のこのカード、ポップ路線やロック路線好きに、少々好評らしいのだ。
ちなみに中学生が働くのは一応、法律で禁止されている。でも私は給料などもらわないし、好きでやらせてもらっているので、馴染みの客にはただ暇つぶしに来たサイラスの隠し子ということでとおしてる。誰もそんなこと、信じていないけれど。というか私、高校生だと思われている。なので高校一年生だと答えるしかないのだが、どうなのだろう。
十二時少し前、アドニスからメールが入った。予定変更。先に飯を食いに行く、とな。
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ウェスト・アーケードは、ファイブ・クラウドに隣接するよう、南東に位置している。アーケードはセンター街にあとふたつ存在しているものの、どこも似たようなもので、他のエリアと違い、利用する客層を選んだりはしない。小洒落たカフェがあればバーガーショップもファミリーレストランもあるし、高校生にだって本革の財布を売る高級ブランドショップがあれば、幼稚園児におもちゃを売るトイショップだってある。自転車の乗り入れが可能で、ヘッドフォンの音量を下げていないと、わりと危険だったりもする。危険だとわかってるならはずせよという注意は、私には通用しない。
待ち合わせ場所であるファミリーレストランの前に、ルキアノスとアドニス、ナイルとゼインがいた。ナイルの隣で店の外壁にもたれてしゃがみこむゼインは、両膝に伸ばした腕を乗せ、頭が取れて落ちるのではないかというほどうつむいて顔を伏せている。
ゼスト・エヴァンスで買ったばかりの──プレーヤーで再生していたCDアルバムを停止し、ヘッドフォンを首にかける私に最初に気づいたのは、ゼインの前に立つルキアノスだった。
「あ、ベラが来た」
なんとなく空気に違和感を感じながらも私は挨拶した。「ハイ」
「ゼインがへこんでる」アドニスが言った。「昨日、サビナがエデとカーリナと一緒になってお前らにしてきたこと、ぜんぶ聞いたんだって」
「そんでサビナは来てないわけ?」
「そー。ゼインはわりとショックだったらしいわ。昨日気まずくなって、微妙な感じで家まで送って。二時間くらいしてから、サビナが明日行けなくなったってメールしてきたんだって。で、今日はどっちからも連絡してないんだと」
ただの痴話喧嘩とは違うのか。「とりあえず暑いし、中入ろうか。で、ソフトクリーム食べようか」
ナイルがつっこむ。「だから空気読めよ」
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二階の六人掛けのボックス席に空きを見つけ、奥にゼインとアドニスが、その向かいにナイルと私とルキアノスが座った。
私はゼインに訊いた。「とりあえず、なにを聞いたの?」
あからさまにへこんでる彼は視線を合わせないまま、妙に低い声で答える。
「だから、中学一年のバレンタインの時、お前にムカついて、エデとカーリナと三人で、お前がつきあってた男の前で嫌味っぽいこと言ったとか。お前とお前のダチにムカついて、お前のダチがつきあってた男のとこ行って、ダチの悪口吹き込んで別れさせたとか。最初、お前とアドニスとルキが三人でいるとこに声かけたのも、お前に対する嫌味からだったとか。あからさまに喧嘩したのはそのバレンタインの時がはじめてだけど、昔から仲悪くて、いちいち嫌味ぶつけたりしてたとか」
あはは。ほんとに正直に喋ったんだな。と私は思った。
「ほら、昨日お前が言ってた──」アドニスは補足しようとしたものの、言葉が出てこないらしく、ルキアノスに補足を求めた。「なんだっけ」
「“突っ張り陰険女”」
「そうそう、それ」視線をこちらに戻す。「それのことを訊いたんだと。サビナ、最初は別の奴っぽく喋ってたけど、なんか自分がそのひとりで、残りはエデとカーリナだ、みたいなこと、言ってきたらしくて」
「言わなきゃバレないのに、言っちゃったわけね」
「そう。んで、そのバレンタインとか、オレらと会った時の話を聞いたと」
「で、なにをそんなにへこんでるわけ?」話を理解した私はゼインに訊ねた。「今までのサビナがカマトトぶってただけだってわかったから? 本性が性悪だってわかったから?」
彼が顔をしかめる。「わかんねえよ。けど確かに、それはある。多少ブッてんのなら気にしないし、ブッてんのかなって思う時はあった。けどそんなのたいていの女がそうだし、そんだけ性悪だとは思ってなかった。なにしても照れるウブな感じが気に入ってたのに、お前以上に性悪っつーか、やってきたことが、なんつーか──」
「陰険」言葉を切ったゼインの代わりにナイルが言った。
間違ってはいない。「確かに陰険。でもそのバレンタインの件は、私はちゃんと復讐、してあるよ」
「それも聞いた」とゼインは言う。「けどそんなの、当然だろ。しかも去年、なに考えてるかわかんねえお前に文化祭の打ち上げに誘われて、それに行ったとか。修学旅行、エデとカーリナが煙草見つかって先公に捕まって、それを助けたいって相談したら、文句言いながらも助けてくれたとか。今他の同期の奴らと普通に話せてんのも、お前やお前のダチが、あとに引きずったりしないでくれてたおかげだとか」
さすがに呆れたものがあった。暴露しすぎだと思う。
彼が続ける。「アドニスとルキに会ったあと、カーリナ連れてお前んとこ行って、他の奴には黙っといてくれって頼んで、あんま関わるなって言われたってのも聞いた。そん時自分の名前は入ってなかったけど、それはたぶんリーズの存在があったからで、内心は関わりたくないだろうってのも。あれこれ一気に言われすぎて、なんかわりと衝撃で、あいつも泣きながら反省してるって言ってたんだけど、なんて言っていいかわかんなくて、一晩考えて、気にしないようにしようとしたけど──さすがに、ヒいた」
これはそこまでひどい話なのか、という疑問が大きかったので、私はルキアノスとアドニスとナイルに、ヒくのかと訊いてみた。全員一致でヒくと答えた。
「なんで言わなかったわけ?」ナイルが私に言う。「アドニスやルキに言ってりゃ、ゼインにだって話、伝わってたかもしんないのに。っていうか、紹介なんてしなかったかもしんないのに」
それはそうだけど。「言う必要ある? あいつらは私や友達に対してこういうことをしてきた陰険女ですって? それ言って、誰が得すんの? 私が相手の悪口を吹き込む極悪女になるのはかまわないけど、それを言ったとしても、あいつらがそういう態度をみんなの前で出さないなら、意味ないじゃない」
「意味ないことはないだろ。言わなかったからこうなってんだし」
「いやいやいや」ゼインが止めに入る。「頼むから、お前らが喧嘩するとかやめてって」
「喧嘩するつもりわないわよ」と、私。
「お前、怒ってねえの?」ゼインは私に訊いた。「それがいちばんよくわかんねえ。仲よくないってのはわかった。けどサビナの話じゃ、今同じクラスで、グループも一緒なんだよな? 自分抜きでもよかったのに、女友達があいだに入って一緒にグループつくるってなった時、お前はイヤそうな顔しなかったって。まえにルキの家で会った時もそう。アドニスがあいつを呼べって言った時も、イヤそうな態度、たぶんとらなかったじゃん。嫌ってんのか嫌ってないのかがよくわかんねえ。どうなってんの?」
どうと言われても困る。「私にしてきたことは、どうだっていいわよ。それほど気にしてないから。友達にしたバレンタインの件は、許してない。好きかキライかで言ったら、キライ。けど終わったこと。そういうの、あからさまに態度に出したりはしないの。グループなんてどうでもいい。仲の悪かった男だって一緒にいるのよ。でも私、四月はそんなことを気にするような精神状態じゃなかった。
サビナを呼んだとしても、適当にあしらうからどうでもいい。あんたたちが別れようと別れまいと、私には関係のないこと。サビナたちがどれだけカマトトぶろうと、あいつらがそれを貫きとおそうとするなら、私はそれに合わせる。あんたがナンパのことを隠しとおそうとしたのにつきあったのと同じ。その時その瞬間にムカつくんじゃなきゃ、相手の意思に反することはしない主義なの」
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私が言い終えると、数秒沈黙が流れた。
その沈黙の中、呼ばれていない店員が注文をとりにきた。みんなそれぞれに、ランチメニューとドリンクを注文した。
店員が下がったところで、アドニスが気まずそうな表情のまま、テーブルの上でゆっくりと右腕を伸ばして手を上げた。
「ちなみに、ぜんぶベラが悪いってわけじゃねえ。あいつらが声かけてきた時、隣のテーブルに座らせたのはオレだし。どういう奴らかを聞く前にオトコ紹介するっつったのも、オレだし──」
「お前かよ」ナイルがつっこんだ。
「まあ、あとから言うことも確かに、できたかもしれないけど」私はソファに背をあずけた。「嫌味で声かけてきたのはわかってたけど、ルキやアドニスが三人のことをどう思うかってのは、私が操作するところじゃないのよ。私は自分が“いい子”を貫きとおせないから、もし表に出てるそれが仮面なんだとしたら、それはいつか剥がれるもんだと思ってる。男が騙されてるとしても、それは本性を見抜けない男が悪い。女のほうが上手なだけ。
でももしかしたら、ほんとに中身が変わってる可能性、あるかもしれないじゃない。私はほんとに深入りしないから、どうかはわかんないけどね。あいつらの中身が変わってるのかどうかすら、私は興味がないの。話しかけられたら話すし、ムカついたら文句言う。くだらないことしたら怒るし、必要だと思ったら復讐もする。相談されたらできる限り答えるけど、つきあってた相手と別れたからって慰めはしない。助けろって言われたら、できる範囲で助ける。基本的には好き嫌い関係なく、誰に対してもそう。
ついでに言えば、私があいつを嫌ってるかどうかですら、あんたたちには関係のないこと。アドニスがサビナつきでゼインを誘うなら、私はそれを拒否しない。ナイルがサビナのことを陰険扱いしたとしても、私はそれを否定しない。ルキに無関心だって言われたところで、私はそれに傷ついたりしない。誰がなにをどう思おうと、どうでもいいの。別れたきゃ別れればいいし、別れたくないなら別れなきゃいい。お好きにどうぞ」
また数秒の沈黙が流れる。それを破ったのはアドニスだった。
「ま、あれだよ」固まっているゼインに言う。「ベラに相談しようってのが、そもそもの間違いなわけで」
ルキアノスは苦笑った。「知るかそんなのって言われないだけ、まだマシかも」
ナイルは視線をそらした。「これとつきあえる男ってすごいな。なんか相当苦労しそうな気がする」
笑えるけれど。「苦労してたみたいよ、あのアホ男は」アドニスの隣にある自分のバッグを指差した。「アニー、中漁って。白い封筒が入ってる」
「アニー言うな」文句を言いながら、彼はバッグから白い封筒を出した。「なに? 開けていいんか」
「いーよ」
彼は封筒を開けて、中の写真を出した。二十数枚ある写真をテーブルに広げていく。
「お、ベストショット」一枚をゼインの前に置いた。「ナイルが撮ったやつか」
ナイルが身を乗り出して確認する。
「あ、そーだそーだ。サビナとのやつ」
ゼインがサビナの腰に両手をまわし、額を合わせてふたりで笑ってる写真だ。外灯がいい感じにふたりを照らしてる。ゼインはそれを、じっと眺めた。
「これ、もらっていーの?」ナイルが私に訊く。「何枚かずつあるけど」
「うん。用紙がもったいないから、勝手な判断でかなり絞って持ってきた」
変なところでケチな私がそう答えると、彼らは写真を分けはじめた。アドニスが私のカバンの中で見つけた予備の封筒を使い、彼らは分けた写真をしまっていった。もちろんサビナのぶんもひとまとめに、ゼインの前に置く。
ナイルが撮った、私とルキアノスとアドニスが三人で写っている写真を見ながら、静かな口調でルキが切りだす。
「よくよく考えたら、相手の性格がどんなのかなんて、普通は言わないよな。ベラがいるからそうなってるだけで、俺もアドニスも、ゼインやナイルがどんな性格かなんて、微塵も言ってないし」
アドニスが応じる。「そこはわかりやすいだろ。ゼインはうるさい、ナイルは静か。オレとお前みたいな」
「それはかなり省略してるだろ。ゼインはお前ほどクロくないし。変に純なとこあるし」
ナイルも意見する。「俺、ルキほど女にやさしくない。サビナとだって、まともに話してないし。誰とでも話したりしないし」
彼はキザなわけではなく、単なる人見知りらしい。いや、おそらくキザな部分もあるけれど。
「べつにやさしいわけじゃないよ」ルキが答えた。「よく知らない相手に冷たくできないだけ。それ言ったら、アドニスのほうがよく話すし」
今度はアドニスが反論する。「軽い奴みたいに言うのやめろコラ。オレにだって純な部分はあるっつーの!」
「よく言うよ」
ルキとナイルが声を揃えて言ったものだから、私は思わず笑った。彼らも笑った。ゼインはまだ悩んでるらしく、反応はしなかったが。
やっとランチが届き、それを食べはじめた。どうするのか決まったのかとアドニスに訊かれ、まだわかんないと答えると、ゼインはまた悩みはじめた。




