○ Happiness Among Photos
手持ち花火で遊んでいると、テーブルの上に置いていたバッグの中で携帯電話が鳴った。カルメーラからだ。まだ火のついた花火をナイルに渡し、テーブルに腰かけて電話に出た。
「なに」
「リカが“Pretty In Pink”、演らないって言ってる!」
大きすぎる唐突なその第一声に、私は思わず携帯電話を耳から少し離した。なので彼女がなにを言ったのか、よくわからなかった。再び電話を耳にあてる。
「はい落ち着いて。もう一回」
「ああ、ごめん」彼女は改まって説明をはじめた。「ちょっと前、リカが泣きながら電話がしてきて、ちょうどアウニの家にいたから、家に行ったのね」
リカの家もアウニの家も、オールド・キャッスルだ。
カルメーラが続ける。「それで話聞いたら、A組の子に、主役みたいなの演るとだけ言ったらしいんだけど──エデたちに睨まれるに決まってるし、無理だからやめとけとか、いろいろ言われたらしくて──」
A組と聞いただけで、すぐにひとりの女が浮かんだ。そういうことを言いそうな、リカと仲のいい女がひとりいる。
一応、言ったのはその女かと訊いてみると、彼女はためらいがちにそうだと答えた。
私は続けて質問した。「で? あんたはまだリカのとこにいるの?」
「うん、いる。アウニが泣き止ませようとしてくれてる」
どこまでネタバレしているのだろう。「そ。んじゃリカに、なにがなんでも演らせるって言っといて。一度演るって決めたんだから、途中で降りさせたりはしないって」
「けど──」
「イヤだっつっても聞かないよ」私は言った。「リカに、私がそう言ってるって言っといて」
「ああ──うん、わかった」
電話を切った。面倒だ。どうしてこう、すんなりと進まないのだろう。
「なんかあった?」心配そうにサビナが訊ねた。「リカ?」
携帯電話を操作しながら答える。「そー。やっぱり“Pretty In Pink”、演らないとか言ってるらしいわ」
「明後日からなのに?」
“Pretty In Pink”、明後日の日曜から撮影をはじめる。できる限り土日に進めることになったのだ。
「ま、辞めさせないけどね」
電話帳からリカよけいなことを言ったA組の女の電話番号を画面に出し、発信した。彼女は二コールめの途中で電話に出た。
「なに?」
「あんた、リカによけいなこと言ったって?」
電話の向こう、彼女はむっとした。「だって、ベラにだってわかるでしょ? あんだけ学校休んでるくせに、文化祭で主役なんていう目立つことしたら、エデたちがどれだけ陰で悪口言うかって、簡単に想像できるじゃん。最悪陰じゃなくて、最近ハヌルがA組でされてるみたいに、聞こえるように言われるんだよ?」
薄いフレームの眼鏡をかけている彼女は頭がよく、本人がどうかはともかく、地味真面目グループの中にいる。けれども我が強く野心があり、騒ぎだすとうるさい。一部の真面目グループのリーダー的存在だ。ペトラやカルメーラとはときどき話すものの、エデたちのことは嫌っている。
そしてこれ、本当にリカのことを考えて言っているのだろう。確かにリカのことを、イベントの時だけ学校に来る奴だと私に言ったのは他の誰でもない、彼女なのだが──気が強くて正直なのだ。同時に典型的なひとりっ子タイプで、少々わがままで自信過剰なところもあり、他人のことにいちいち口出しして、自分の意見を押しとおそうとする。ひとことで言えば、キツイ性格だ。
言いたいことはわかる。「うん。リカも、最初からそれは言ってた」どうでもいいけれどハヌル、まだそんなことをされているのか。
「だったら演らせないでよ!」彼女は声をあげた。「けっきょく泣くことになるのはリカなんだから」
うるさい。「うん。だからね、リカは周りに言われるかもしれないことを覚悟して、一度は演るって決めたの。D組の連中も納得してんのよ。そりゃ陰で不満に思ってる奴もいるかもしれないけど、文句は言わせてないの。私とハリエットがリカに演らせるって言ったから。なのになんでA組のあんたが、それ潰すようなことすんの? なにもやってないうちから、なんで無理だって決めつけんの? 心配してんのはわかる。けど文句言われるような出来にするつもりはない。頼むから口出ししないで。次よけいなこと言ったら、怒るよ」
数秒押し黙ったものの、彼女はまだ反論しようとした。
「でも──」
「あのね」言葉を遮った。「確かにリカと仲いいのは、私じゃなくてあんたのほう。リカの気弱で泣き虫すぎる性格もよく知ってるんだろうし、あの突っ張り陰険女たちの性格も、私と同じくらいよくわかってるんだろうけど。あんたが言ってたように、リカがあんたたちと同じ高校に行くなんてたぶん無理。ってことは、少しでもあいつを自立させなきゃいけないんじゃないの? いつまでも庇ってられないんだから。心配すんのもいいけど、友達だと思ってんなら、そろそろ強制的に学校出てこさせて、主役ってのも演らせてみなよ。頼むから邪魔すんな」
彼女は答えない。私は続けた。
「あとね、これは内緒だけど、言いふらしたらキレるけど。D組、他のクラスの奴らの写真も使って、学年のアルバムみたいなのを作ろうとしてんの。誰の写真をどのくらい使うかはまだわかんないけど、リカがD組にいるってことは当然、あんたたちと一緒にいる写真も使うことになる。でもこの件でリカの敵にまわるようなことするんなら、あんたが写ってる写真、使うのやめるから。D組の誰がなんと言おうと、私があんたの写真、ぜんぶ引っこ抜くわよ。さすがに浮くわよ。それがイヤなら、もうあの娘を振りまわすようなこと言うのはやめて。電話して、言いすぎたってあやまって。あやまらなくても、あんたやリカがなんて言っても、私は演らせるけど。言いたいことはそれだけ。じゃーね」
返事を待たず、私は電話を切ってやった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ナイルはいつのまにか、私の背後でテーブルに腰かけていた。呆れた顔で私を見ている。「脅しかよ」
「怖い怖い」アドニスがにやつきながら言う。「ダチの心配しても怒られるらしい」
苦笑うルキアノスは火をつけていない手持ち花火をこちらに差し出した。
「よくわかんないけど、ようするに邪魔はするなってことだよな」
花火を受け取る。「ヒトが真面目にやろうとしてんのに、よけいなことするんだもん」
彼が使い捨てライターで火をつけてくれると、花火は音をたてながら、赤とオレンジの火花を散らした。
「突っ張り陰険女ってなに?」ゼインが私に訊く。「そんな嫌味な女がいるわけ?」
あなたの隣にいる女も、その仲間ですよ。
などとは言わず、「いるよ」と答えた。「小学校の時からいちいち私に突っかかってきて、嫌味を撒き散らしてくれる女。地味でダサい女たちがキライで、それ以上に、私っていう存在がものすごくキライな女」
火のついた花火を持ったまま、アドニスは私の隣に腰をおろした。
「ま、ベラほど嫌味な女なんて存在しないと思うけどな。普通の女にとっちゃ、こいつの場合は性格というより、存在そのものが嫌味なわけだし」
「笑えるけど、ロケット花火買ってきて浴びせてやろうかお前」
「ほら嫌味!」
「嫌味っていうか怖いわ」ナイルが言った。「マジでやりそー」
「余裕です」
アドニスは突然思いついた。「あ、そーだ。お前、明日も暇?」私に訊いている。
「明日は、暇。明後日からはあんまり暇じゃない。クラスメイトの予定に合わせて、文化祭の準備で走りまわる予定なので」
「んじゃ明日、カーヴ・ザ・ソウルに行くか。ルキと三人──」ナイルへと視線をうつす。「お前も行く? どうせ暇だし」
「誰が暇って決めたんだ」少々気に障ったらしい。「なんの店だよ」
「アクセサリーとか売ってて、オリジナルで刻印頼めるんだわ。これ」左耳につけているイヤーカフを左手で示す。「買った店。ベラの知り合いの店で、店長がすげー怖いけど、かっこいい。オレらそこで、なんか揃いで買うかっつってる。ついでに」ルキに言う。「お前の女避けの指輪も買えばいいだろ」
「ああ。わざわざそんな本格的なもんじゃなくてもいい気がするけど」
「私と似たようなのにすれば? 怨念込めて」
私は言ったが、彼は微笑んで拒否した。「うん、それはやめとく」
「オレらも行こっか」ゼインは微笑んでサビナに言った。「ペアリング買う」
彼女はまたもかたまった。「え」
「勝手にやってろ」と、アドニス。「どーよ?」私に訊いている。
「ま、いーよ」いつ行けるかわからないし、午前中にゼスト・エヴァンスに行くことにする。「じゃあ昼、ウェスト・アーケードに直行でいい? 午前中に別の店に行ってくる」
「よし、決まり!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
カルメーラから、リカがどうにかまたやる気になったとメールが入っていた。A組の女が言いすぎたとあやまったようだ。
花火を終えると、サビナはゼインと一緒にバスに乗ったものの、私はタクシーを呼び寄せた。三人でバスに乗るなどというのは、笑えないから。
そして、アニタから明日遊ぼうというメールも届いた。無理だと返した。キレられた。
祖母の家に帰ると、デジタルカメラで撮影した写真のいくつかを選んでプリントしてみた。ゼインとサビナ、私とルキアノス、アドニスとナイル、私とアドニスとルキ──組み合わせは様々だ。写真を嫌ってる自分がカメラを持つなど、相当ふざけていると思う、本当に。
なぜ写真がキライなのかと訊かれれば、自分でもよくわからないし、少々答えに困るのだが──いちばんの理由は、幸せな瞬間を写真を撮ったところで、それが一生続くとは限らないからだ。それに私の場合、家族写真を隠されていた。父親と母親と私という三人の家族は、どこに行ったかわからない写真と一緒に、どこかへ消えた。
子供で、なにもできず、ただ弱かった頃の自分を見るというのも、キライだったりする。なにも抵抗できなかった自分。壊れていくのを、ただ見ていることしかできなかった自分。
写真を見ると、その写真の中の自分は笑っていたとしても、どうしても、その頃の自分と周りがどうだったかというのを思い出してしまう。そんなことはしたくない。なので小学校の卒業アルバムも捨てた。アニタたちと一緒に写っていて、彼女たちにもらった写真は、捨ててはいないものの、隠してある。過去を振り返りたくないからだ。
印刷しても、私は飾ったりしない。彼らに渡すだけだ。メモリーカードの中に残してさえおけば、見ようと思えば見られるし、消そうと思えばいつだって消せるから。
人間の記憶もこんなに簡単だったらいいのにと、心の底からそう思う。




