* Starting
翌日。
祖母と一緒に携帯電話ショップに行き、新しい携帯電話を手に入れた。懲りもせず、私はまたも赤を選んだ。バカだ。
そのあとは家電量販店に行ってもらった。断ったのに祖母が買ってくれると言うので、半分は自分で出すからもう少しいいものを買いたいと頼むとそれが通り、動画撮影機能つきのデジタルカメラを購入した。私は写真に写るのはキライなのだけれど──これはもちろん黒だ。真っ赤なカメラはなかったし、あっても買わない。ちなみにサマーセール中で、メモリーカードとセットで普段よりいくらか安くなっているにも関わらず、私はさらなる値切りを要求した。一定までいくと、これ以上は無理だと店員が言うのでそれならと、容量の大きめなメモリーカードをさらにふたつと、PCがなくても使えるコンパクトプリンターをぎりぎりまで値下げしてもらった。店員が涙目になっていたものだから、祖母は大笑いしていた。
その後ネット契約していなくても、PCさえ持っていれば編集はできるかもな、なんてことを思いながら、ノートPCのコーナーを覗いていた。祖母にこれも欲しいのかと訊かれ、慌てて否定した。
家に帰ってからは、祖母と一緒にデジカメの説明書とにらめっこ。どうにか使いかたを覚えた。祖母の写真を撮りながら、ふと、この家に引っ越して来たばかり春休み、家中を漁って見つけた写真のことを思い出した。
祖母は当然のように結婚していたけれど、祖父は早くに亡くなっている。おそらく身内だと思われる写真はあったものの、祖母はそのことすら、私に話そうとしない。親戚づきあいなんてものは一度もしたことがないし、なにがどうなっているのかよくわからない。訊こうにも、訊く勇気がない。
祖母とはもう、二年以上一緒に暮らしている。話していいことなら、とっくに話してくれているはずだ。なのに話さないということは、話したくないか、話せない事情があるのかもしれない。無理に訊くことが正解だとは思えない。それに、怖い。祖母だけではなく私も、傷つく可能性がある。訊かないほうがいいこともあるということくらい、私にだってわかる。
なので、考えをすぐに振り払った。考えれば考えるほど、混乱するだけだから。
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月曜日。
休憩時間になるたび、どの曲でどういうシーンを使うかという構想会議がはじまった。時期尚早だとは思うが、どうせなら夏休み中に撮った写真も使おうということになったのだ。
使用する曲に選ばれたのは、“Breakout”というアイドル女優の曲と、“Where The Lines Overlap”というロックバンドの曲、そしてまさかの男女デュエットソング、“Need You Now”。これは主に元二年A組の連中が投票した。去年、私がヤーゴにその曲の入ったCDアルバムを貸したり、それをアウニも買ったりしたことで話が広まったらしい。それほどノリがいいとは言えないけれど、明るい曲だしストーリー性があるから、とのこと。
私が心から賛成できるのはロックバンドの曲だけだった。紅一点女ボーカルで、私も好きなバンドだ。
“Pretty In Pink”の主役にぴったりな女、リカを説得するのに、カルメーラはもう少し時間がほしいと言ってきた。文化祭に行く気はあるらしいものの、なんだかんだと言い訳をしているという。
リカは、決していじめを受けているわけではない。二年の時に彼女と仲のいい友達に聞いたのは、単に起きられないという理由だけ。なぜそれが引きこもりに繋がっているのかは謎だ。私は数日連続で遅刻しただけで呼び出しをくらうのに、なぜ彼女は引きこもりを貫けるのだろうと、かなり不満に──不思議に思ったけれど、気にしないことにする。ようするに彼女が出てこないことには、三年D組、二十二人ではなく二十一人だ。どうでもいいが。
話し合い、まずは“Breakout”から。
少々ポップ寄りのロックではあるものの、私はこのアイドル、あまり好きではない。曲だけなら好きなもの、受けつけないものが半々の確率で分かれるのだが、なんというか、ツンデレで気に入らない。すべての楽曲の作詞に彼女が関わっているというわけではなくて、だけど性格が悪そうだというのが、曲を聴いていてとても伝わってくる。その反面、妙にネチネチした詞も存在する。そしてこの曲の使用が決まった時、問題児なりに、本当にいいのかと思った。学校や教師に反発する歌で、ストーリー狙いのPVとなれば、映像もそうなってしまう。
とはいえ、これはほとんどが歌詞のままに進行できる。何人かがさもだるそうに朝起きて、サボッてもいいかなと考える。けっきょくは登校する。学校で整列した机の上、数学の教科書とにらめっこ。つまらない。音楽の授業を求める。
そして廊下で教師から逃げる。教科書を破り捨てて窓から投げる──これはもったいないことを承知で、ノートで補うことにした。笑いの要素も入れたいということで、シンプルに“数学の教科書”とか書いた紙をノートの表紙に貼ることにする。時々画用紙やノートに歌詞や気持ちの文字を書いてみんなで持ったりもする。そんな感じ。
三年D組は、それなりにまとまっていた。うるさいのが多いというのはあるものの、一部の連中はやはり、私がいることで少々気が大きくなっているらしく、提案がどんどん出てくるのだ。それに“Where The Lines Overlap”では、単なるクラスのアルバムではなく、学年のアルバムを作るということになっている。デジタルカメラが家にある者はそれを学校に持ってきて、とにかく写真を撮ってみようということになった。カメラについてはなにがあっても自己責任というのは当然の話。
夏休みに入るまで、あと四日しかない。
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夜。
祖母の家の自室にいると、携帯電話が鳴った。リカからの着信だ。
「今平気?」電話越し、彼女が訊いた。
「平気だよ」と、私。「どした」
「うん──カルメーラから、文化祭の話、聞いたんだけど──」
「イヤなら断ればいいじゃん。無理にとは言わないよ」
「うーん。っていうか、できるか不安──」
私は無視した。「ねえ。私、二ヶ月くらいあんたの顔、見てない気がするんだけど」
彼女は苦笑った。
「そうだね。球技大会とそのあと、一週間くらいは学校行ってたけど、それからまた──期末テストの時は行ったけど、別室で試験受けたから、会わなかったし」
特に病気があるわけでもないのに、なぜそのような特別待遇を受けているのだろう。いや、引きこもり病という病気なのか。
「学校、キライなの?」
「ううん? キライってわけじゃないよ。勉強は苦手だけど──友達と話すのは楽しい。ただなんか、疲れる」
思わず苛立った。自分だけが疲れてると思うなよ。
それでもそんなセリフを吐いたりはしない。「カルメーラにどこまで聞いた? “Pretty In Pink”のPVの主役ってのは聞いてるよね」
「うん。それは聞いた。あとやるとすれば、もうひとりの主役がハリエットだってことも」
「そこがイヤなわけ?」
「ううん。ときどき話すし、エデとかだったら無理だけど、ハリエットならなんとか平気。恥ずかしいっていうのはあるけど」
「とりあえず言っとくけど、男と絡んだりはしないわよ。一応好きな男がいてっていう話だけど、名前呼ばれるところで歌は終わるわけだから。ストーリー的にはメイクで可愛くなって、ピンクでドレスアップしてっていう話だし」
「ああ──」悩ましげに言葉を切ると、また続けた。「でもね、私、ほとんど学校休んでるでしょ。なのにそういう、目立つこと? して、いいのかなと思ったり」
「平気だと思う。私だっていい加減問題起こしてるくせに、今年もまた文化祭の影の指揮、やらされてるし。他のクラスのひねくれ女子は不満感じるかもしれないけど、そんなのはどうでもいい。それにうちのクラスには、あんまりそういうの、いないじゃん。なにより、出来がよければ文句は言われない。私が言わせないから、大丈夫だよ」
そう言うと、リカは安心したように笑った。
「わかった。じゃあやってみようかな。って言っても、もう夏休みに入るけど」
「うん、夏休みに進めるつもり。カルメーラに、やってみるって連絡して。小忙しいらしいハリエットの予定に振りまわされるかもしれないけど、そこはどうにかして。そんであんた、一学期もあと四日なんだから、学校来なよ」
「うん、がんばる」
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火曜日。
リカが学校に来たのはいいのだが、私のデジタルカメラは、ハリエットとカルメーラとサビナと他、十数名の男女たちに奪われていた。一応気を遣っているらしく、落とさないようにと、わざわざロング・ストラップをつけて首から提げて、校内を走り回っている。その場で撮った写真を見たり消したりもできるので、彼女たちは音楽を聴きつつ写真や動画を撮りながら、なにをどう使うかの構想をかためていた。
他のクラスの連中になにをしているのかと訊かれても、はっきりとは答えないらしい。見てのとおり写真を撮っている、とだけ言うのだとか。といっても最初のうちは、デジカメというオモチャが、それも校内で使うというのが楽しくて、ただおもしろおかしく騒いでいただけだと思うけれど。
一方、裏方作業組。割り勘で買った画用紙に、一部の歌詞を書き出していった。一枚に一行収める部分もあれば、一枚に一文字のみ書き、それをみんなで並んで持つという部分もある。しっかり整理しないと、わけがわからなくなる。
昼休憩の時間──引き戸や窓を閉めきってエアコンを効かせた三年D組の教室内。ハリエットたちを除く一部のクラスメイトと共に、私は“Breakout”の構想をまとめていた。
「そういえば教師はどうすんだ」隣の机に腰かけたダヴィデが私に訊いた。「まさかゲルハラ使うわけ?」
彼の言葉に、半数近くいるクラスメイトのほとんどが顔をしかめた。
「笑いの要素を含むって話なんだから、“教師”って書いたお面を何人かの男子がつけて、スーツっぽい服でも着て、片手上げて走ればいいじゃない。こらーみたいな」
私の言葉の状況を想像したらしく、彼らは笑った。
「んじゃ背高い奴?」ダヴィデがにやつき顔で隣にいるトルベンを見やる。「トルベンみたいな」
「絶対イヤ」と彼は即答した。
「べつに背高くなくてもいいよ。小さいおっさんだってこの世に存在するわけだし。なんなら男子が女装して、女教師役やってもいいし」
女子は乗り気で賛成したものの、男子は全員がイヤだと言った。つまらない。