* End Of Game
午後、ドッジボール。
ケイは数人の男友達と一緒に、去年私とイヴァンがしたように、いくつかの試合で一年の助っ人に入っている。去年の私たちと同じ状況に近づくためらしい。しかも私の所属する三年D組と同じAブロックなので、どちらも勝ち進めば、第三戦で決勝に辿り着く前に当たることになる。
ケイ率いる二年E組は初戦、一年C組をくだした。
ゲルトとイヴァンが所属する三年C組も、初戦突破。次はケイたちと当たる。
こちらも初戦、二年B組を倒した。
三年A組も同じブロックで、彼らも一年に勝ったので、私たちの次の相手は三年A組だ。
一方Bブロック、三年B組も初戦を突破。
第二戦。
狭い体育館にコートを二面とっていて、私たちとゲルトたちの試合は、同時に行われる。つまり、隣コートの戦況はほとんど見えない。おもしろそうなのに。
私はコージモとエデとハヌルをひとりで倒し、他の人間は他の人間にほとんど任せて、三年D組は三年A組に圧勝した。
隣コート。三年C組、イヴァンがケイたちに負けた。ありえない。
Bブロック、三年B組は二年に勝った。
そして現在、三回戦。
「お前、すげえな」センターライン越し、私と向き合うケイが言った。「去年のお前ほどぶっ通しで助っ人に出てるわけじゃないのに、今かなりしんどい」
「そのうちアドレナリンがぶわーって出てくるの。感覚が麻痺するよ。疲れてるのにハイテンションになる。んで、終わったら一気に疲れがぶわーって出てくるの。歩けなくなるくらい。それがマジでしんどい」いや、ほんと、マジで。
彼は笑った。
「今それが出てきかけてる。たぶん試合してると出てくる。約束だぞ。本気でやれ」
実は私は今、あまり乗り気ではない。すでに賞品のケーキを手に入れてしまったので、なんだかまた、どうでもよくなってきた。
「あんたは最後に潰してあげるよ。最初は顔覚えてるあんたの友達、何人か。あとは知らない」
「やられねえよアホ」
「もういいだろ」審判の主事が呆れ顔で口をはさんだ。「はじめるぞ。ジャンケンしろ」
試合がはじまった。
自分があまり乗り気でないことはわかっているので、弱いだろう人間から順に倒していくなどということはせず、顔を覚えているケイの友達を数人、外に出していった。
時間短縮のため、内野は一度やられて外野に出てしまうと、外からでも狙えるし、倒せるけれど、戻ってはこられない。それに加え、十秒以内にボールを投げなければいけないというルールがある。私が提案したルールだ。時間短縮という名目で、自分の性格に合わせただけのような気がするルール。
そろそろケイを狙ってやろうかと思っていた矢先、クラスメイトの女子が取り損ねたボールが二年E組の手に渡り、私は油断していたらしく、気弱そうな女子にあっけなくやられて、外野に出た。
かなり手遅れなのだがムカついたので、外野にまわってきたボールで次々と、男子を中心に倒してやった。けれど内野に残っていたケイの強さが圧倒的で、ぎりぎりのところで彼を外に出してやったものの、けっきょく私たち、負けた。
ドッジボールの決勝は、Bブロックを順調に勝ち上がっていった三年B組とケイのクラス、二年E組で行われた。
そして、ケイたちが優勝した。
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閉会式。
それをサボり、私とゲルト、セテとイヴァンは、体育館外のバーム部分でうなだれはじめた。
「B組の強さが半端すぎる」ゲルトの隣でセテがつぶやいた。「なんで三競技とも準優勝してんだよ」
私の右隣、ゲルトが笑った。
「するだけマシだろ? こっちなんかそこにすら届いてないんだし」
「私は優勝したけどね」
ここにも、アゼルとマスティ、ブルの記憶がある。大笑いした記憶。それももう、消して、塗り替えなければいけない。
セテが言う。「ケイ、マジで強かったもんな。チビのくせに──いや、チビだからか。すげえすばしっこい」
「お前と同じニオイがぷんぷんする」ゲルトが私に言った。「男版ベラ」
笑える。「っていうか私は、アゼルと同じニオイがするって思ったな。私が見てるし、あれほどバカはしないけど」兄貴がいい反面教師になっているというのもあるのだろうし。
「あー、それはあるかも。っつーか三人がもう、同類の予感」
私もそう思う。「ケイは私やあいつほど、バカはしないけどね。っていうか」自分の左隣に座っているイヴァンへと視線をうつした。「なに負けてんの? 絶対ケイに勝つと思ったのに」
彼がどうでもよさそうにうぶやく。「もう疲れた」
「アホらしいやられかたしたお前が言えるセリフじゃねえよ」セテがつっこんだ。
図星だ。「なんかやっぱり、イヴァンがいなきゃやる気になんないのかも。ルール的に人数減らさなきゃいけないのはわかってたんだけど、やる気の矛先をケイたちに絞っちゃって」
「留年すりゃ来年もできる」ゲルトが言った。
「それいい」と、私。「留年すれば、チーム四年生が出来あがる」
「オレはしねえよ!?」とセテ。
「平気だ。するのはベラとイヴァンだけだから」
なにを言う。「二人でどうやって四十人に勝つんだバカ」
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教室。
放課後のLHRが終わると、生徒たちは疲れた様子で帰っていった。ゲルトたちやアニタたちが教室に来ると、みんなでケーキを食べはじめた。
トルベンはヤーゴにショートケーキを取られ、エルミとナンネが四つのケーキをジョンアと三人で分けるのに対し、私とゲルトとイヴァンは、ふたつのケーキを三人で分けて食べた。ダヴィデもふたつケーキを手に入れているけれど、彼はショートケーキを小学生の妹に、おみやげに持って帰る。シスコンだから。
アニタたちニュー・キャッスル組が帰ると、教室には私とナンネ、ジョンアとエルミだけになった。エルミの家はニュー・キャッスルなのだが、私がいるのでなければそれほど話もしないため、いつもこちら側にいる。
「彼氏が欲しい」
サビナの席に座っているエルミがつぶやいた。エルミは去年の十二月、終業式のあとに行った学校公認のパーティーをきっかけに、三年の男子二人とメールをはじめたものの、ブルとつきあっていたことを知られていたり、さすがにタイプではないとかでけっきょく、恋には発展しなかった。
「ナンパされてこい、ナンパ」私は言った。「ハヌルでも連れて」
「されるわけないじゃん!」
「物好きがいるかもよ」
「どんなだよ」
ふと思い出し、私は机の上に置いてあるバッグの中から携帯電話を取り出した。
携帯電話を操作する私にナンネが訊ねる。「そういやベラ、スニヤとコージモにキスしたってホント?」
「うん、ほんと」
「あの約束、実行したわけ?」
「そう」
携帯電話の電話帳に目的の名前を発見した。対象は二人いて、どちらがどちらのアドレスなのか、覚えていないけれど──今年の二月に逆ナンした、サッカー部の高校生一年生のメールアドレスだ。
「あんた、キスばっかしすぎ」エルミはつぶやくように私に言った。「キス魔か」
「どうでもいいよ。でもスニヤのほうは、コージモの直後にしたから、間接キスなんだよね。スニヤの反応も微妙で、ゲルトとセテは爆笑してた」答えながら、私はメールを打った。
ナンネが苦笑う。「まじで。確かにそれは微妙」
「でしょ」
《私が誰だかわかる? わかったら電話して、ワンコールでもいいけど》
電話番号をつけくわえて送信した。
少しすると登録していない番号から電話がかかってきて、私は応じた。
「ごめん、なんかメールきたんだけど」と彼が言う。「登録もされてるけど、よくわかんない。誰?」
本来ならわかるはずなのに、声を聞いてもどちらだかわからなかった。「今年の二月に、センター街のグランド・フラックスで逆ナンしたんだけど。覚えてる?」
「ええ──ああ、髪の赤い娘?」
よけいなお世話だ。「そうそう。ごめん、私もわかってないの。これはどっち? 彼女いないって言ってた子?」
「うん、そう」
顔もよく思い出せない。「ごめんね、逆ナンしといて、メールしなくて。ちょっと色々あって。で、今も彼女いなかったりする?」
「うん? するけど。なに?」
「女友達のメールの相手、してくれないかなと思って」
電話越し、彼が苦笑う。
「いいけど、そればっかだな。ウェスト・キャッスルの娘だっけ」
「そう。三年生になりました。受験生です」
「ああ、そっか。メールくらいならいいよ。っつっても、平日の夜九時頃まではたいてい部活だけど」
「うん、それでもいい。じゃあアドレス、友達に教えてもいい?」
「うん、いーよ」
「わかった、じゃあ教える。ありがと」
電話を切ると、エルミはキラキラオーラを放出させて、乙女ぶりたいのだろうけれどまったくできていない表情で私を見ていた。私はフレーデリクという名前の彼のアドレスをエルミに送った。エルミはさっそく彼にメールして、返事をもらった。