〇 Make Friends
翌日、“イヴイヴ”の日──イヴイヴというのは、クリスマスの前日の前日という意味だ。本来ならクリスマスは二十五日でイヴは二十四日、さらにその前日なら二十三日なものの、世間一般には二十四日のクリスマスイヴが重要かのような雰囲気になっているので、その前々日ということで、本日二十二日が“イヴイヴ”だ。つまり屁理屈だ。
アニタとペトラ、カーリナが祖母の家にやってきた。アニタ経由で話が伝わり、ペトラも服を貸せとかで、カーリナもついでに、らしい。エデに見つかったらどうするつもりなのだろう。
私のクローゼットを漁り、彼女たちはとりあえず派手めな服を選んでいた。よかった、アゼルの学ランを見つからない場所に移動しておいて。
脚を出すな、無駄に目立つなということで、私にはロングジーンズとブーツ、ドルマンチュニックとロング・ルーズ・ニットガウンが選ばれた。あと髪はアップにしてキャップをかぶり、自分から声をかけるのでなければサングラスをしておけ、と。私は自ら、メイクも普段より濃くしてやった。
アニタ情報によると、ナンパされるには、ある程度の顔の良さも必要にはなるものの、暇そうか、ノリがよさそうか、アホっぽいか、軽そうか、などというのもポイントになるらしい。服装を少々派手にしたり脚を出したりするだけで、アホっぽさと軽そうに見られることという部分がほとんどカバーできるのだとか。アホっぽいイコール、ノリがいいということにも繋がるらしい。つまり私は普段から、暇そうでノリがよさそうでアホっぽくて軽そうだということか。ムカつく。
センター街に着くと、すぐにグランド・フラックスに向かうのではなく、センター街のほぼ中心にあたるムーン・コート・ヴィレッジという、三日月型のショッピングモール付近で暇そうな男を捜してみることにした。モール前のベンチ広場で、ベンチに座って。カップルばかりかと思っていたのだけれど、クリスマス前の最後のチャンスと思っているのか、男数人のグループというのもそれなりに歩いていた。
そして私、アリかナシかという判断は彼女たちにしてもらうことにして、アホっぽさと暇っぽさをアピールするために、ひとり大声でうたいだしてみたりもした。さすがに恥ずかしいからやめろとペトラに怒られた。けれど十六歳の三人組の目を引いたらしく、彼女たちもナシではないというので、私は左指につけている指輪を見せて自分はオトコがいるからと適当にあしらいつつ、頭の弱い性悪女を演じながら相手をし、アニタたち三人は彼らとメールアドレスを交換した。
グランド・フラックスに向かう途中、アニタたち的にナシらしい三人組の男が声をかけてきた時は、“もっとイケてる彼氏がいるのでサヨウナラ”の一言ですたすたと去った。唖然とする彼らを見て、ペトラは大笑いしていた。
グランド・フラックスに着くと、アニタとペトラに命令され、私はサングラスをかけたまま、彼女たちの言う男四人組にひとりで声をかけにいった。とても怪しまれたものの、“年末特別企画・携帯電話の登録件数をどこまで増やせるか勝負”の最中で、“クリスマス直前スペシャル・友達を増やそうキャンペーン”をしてまわってると言ったら、わけがわからないはずなのに四人とも笑って、簡単な自己紹介をしてくれた。テクニクス・サイエンス高校の先輩後輩で、二人が十六歳、二人が十七歳だった。しかもこのあと合コンがあるのだとか。遅刻はさせたくないけど自分も勝負相手に負けたくないから、友達前提で彼女たちとメールアドレスを交換してほしいと頼むと、あっさりと了承してくれた。私はオトコがいるから交換はできないと言うと、またも笑われた。
少し話したあと時間になり、とりあえずがんばってくると言って彼らは去った。アニタたちはものすごく楽しそうだった。
「マジありえん」ボードウォークのステップ、ペトラの隣に腰をおろしているカーリナが言った。「センター街に来てまだ三時間くらいなのに、もう七人のアドレス入ったし」
「こっち来る途中で声かけてきた三人組のアドレス、入れるはめにならなくてよかったよね」と、ペトラ。
私の右隣、カーリナの一段下のステップに座っているアニタは笑って、確かにとうなずいた。
「男漁りにベラがこんだけ乗り気? なの、はじめて見たし。超おもろい」
「本気モードだもんな。恐ろしいわ。服借りる時はすごいうざそうな顔してたのに、着いたとたんにテンションがバカ高だし」
カーリナが苦笑う。「いきなりうたいだすから焦った」
「あれはありえん」とペトラも同意。「しかもわりと大声。見ず知らずのおばさんたち、すごい痛い子見てるみたいな目してたし」
「それでひっかけれたんだからいいじゃん」と、私。「つーか意外と歩いてるね、高校生。二月なんてほとんどいなかったのに」
アニタが答える。「まだ真冬じゃないもん。けどやっぱカップルは多いよね。バカみたいにイチャついてる」
「バカみたいにイチャつく相手を捜しにきたんじゃねえのかよ」
そう私がつっこむと、外ではそれほどイチャつかないし、十歩進むたびにキスとかしないし! という反論が返ってきた。ここに来る途中で見かけた高校生らしきバカップルのことを言っている。
「あたし、ふたりでいてもイチャついたりしないわ」ペトラが言った。「なんかな、人前でキスするとか無理だし。手つなぐのも、なんかイヤ」
「え、なんだそれ」
アニタに続いてカーリナが訊ねる。「元彼と手つながなかったわけ?」
「あんまり。っつーか最初はそういうの、普通だと思ってたけど、つきあってたらだんだん、そんなんでもなくなったというか」
「よくわかんないけど」と、アニタ。「っていうかホント、なんで別れたわけ? 会えないっていうほど会えなかったわけじゃないよね。地元一緒だし」
「ああー──」ペトラはばつの悪そうな顔をした。「ヒかない?」
「なに」
「つーか誰にも言わない?」
「言わない」
アニタとカーリナが声を揃えると、視線を落とした彼女は溜め息混じりに髪をかきあげた。気まずそうに切りだす。
「なんか──最初さ、なかなか手出されなかったんだよね。手つなぐのはわりとすぐだったけど、キスとか、それ以上が」
「いいじゃん」と、アニタは言う。
「うん、まあそれはいい。で、やっと──したと思ったら──」
二人はまた声を揃えて促した。「ら?」
ペトラはうつむく。「──冷めた」
「は?」
すぐに顔を上げて否定に入った。
「違う違う。いや、うまいとか下手とか、そういうのはわかんない。むこうもはじめてで、なんかあたふたしてたってのはあるけど。それはべつにいい。けどなんか、あたしたぶん、好きってのがよくわかんなかったんだよ。話してて楽しかったから、告られてオーケーした。つきあいはじめも楽しかった。けどなんか、カップルじみたことしていくうちに、だんだん違和感が出てきて。それも気にしないようにしてたんだけど──」
一度切られた言葉を、二人は無言で待った。彼女はしかたなさそうに続ける。
「なんか、ひととおりそういうのしたら、ふと、あれ、このヒトべつにかっこよくないんじゃね、とか思って──」
彼女たちは唖然とした。
アニタが遠慮がちに切りだす。「それは、顔がってこと?」
再びうつむくペトラは、言葉にはせずうなずいた。
「──まあ、普通だけど」アニタはすごく気まずそう。「や、かっこ悪くはないよ? 普通」
「地味系の普通」カーリナは何食わぬ顔でつけたした。「最初にあんたがあのヒトとつきあうって知った時のあたしの感想、“地味だな”、だった」
「でしょ!?」ペトラは勢いよく顔を上げた。「地味で普通なんだよ。や、最初からかっこいいとは思ってないけどさ」言い訳に必死になっている。「一生オンナできないだろとか言いたくなるようなんじゃないし、完全ナシってわけでもないんだけどさ。なんかたぶん、同期じゃないっていう新鮮な部分を勘違いしてたんだと思う。それにつきあったら、そういう──友達じゃなくてカップルの雰囲気? が、多くなるじゃん。あんまり──」勢いが落ちていく。「楽しくなくなったってのもある」
「ああ、それはわかる」アニタは遠い目をした。「つきあってもカップルモードと友達モードがバランスよかったの、アドニスだけだ。つきあったら、つきあうまえの気さくさとか、やっぱなくなっちゃうんだよね。まあ別れるほど意識はしないけど」
カーリナがつぶやく。「そういやカルロも変わんなかったな。こんな変わんないもんなんだとか思ったし。学校でも超普通だし」
「あんたらの場合、ほんとにつきあってんのかって思った」ペトラが彼女に言った。「あまりに普通すぎて。休憩時間に一緒にいるのだって、それまでよりちょっと増えたかな、程度だったし。っつーかエデやサビナが一緒だし」
彼女は苦笑った。「だよね。だからなんか、サビナ見てるとすごい羨ましい。そこまでイチャつきたいわけじゃないし、人前では普通でいいんだけど、ふたりになったらそれなり──っつーか、もうちょっとなんかないのかよ、みたいな。寝る時も寝たあとも、カルロはかなりあっさりだったし。軽いまんま。夢みてるわけじゃないけど、ドラマとかマンガの世界なんて程遠い的な」
アニタは悪戯ににやついた。「へー。あんたでもそんな理想、あるんだ」
彼女はむっとする。「だから、そういうわけじゃないって。ただ思ってたのと違うってだけ」
「サビナね」と、ペトラ。「たまに話に聞くだけだけど、どんななの? あれ」
「だから」カーリナが答える。「ゼインはおもしろいし、やさしい。友達みたいな感じだけど、ふと空気変えてカレカノしてくるっぽい。あれもたぶんバランスいいんだわ。外でも周りにヒトがいすぎない状況ならキスするし、ツレの前でも額にキスくらいはしてくれる。肩組むとかオレ様な部分はないけど、人前で手も繋ぐし、守ってくれるみたいな感じかな。ツレがいたら腰に手まわしてくれて、ふたりっきりだとうしろから抱きしめてくれるとか」
「たぶん理想だな」アニタが言った。「イチャつきすぎず、でも大事にされてるのがわかるみたいな。トモダチみたいなコイビトみたいなトモダチみたいなコイビトがいいよね」なにを言っているのかわからない。
「だと思う。カルロはあれだわ、普段から軽い感じで、それ以上にもそれ以下にもならないみたいな」
「あたしはそっちのほうがよかった気がする」ペトラが言う。「なんかいきなりカレカノするってのもな──トモダチみたいなのでよかった。っつーかたぶん、もうちょっと男らしいのがいいんかも。ヒンツは頭はいいし友達としてならおもしろいんだけど、いざという時に頼りないというか」
「それ言ったらカルロもだし」と、カーリナ。「見た目細くて軽くて、実際そのまんま。手早いし、なにげにエロくて下ネタも普通に話すし」
アニタは苦笑った。「ちょっとひどい」
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ぼーっとしながらそんな話を聞いていると、ステップの下のボードウォークを歩いている、ジャージ姿でスポーツバッグを肩にかけて歩く男五人組の中の、見覚えのあるひとりとサングラス越しに目が合った。今年の二月に私がこのあたりで逆ナンした、エルミの元彼でもあるフレーデリクだ。その隣には同じく見覚えのある、彼女がいると言っていた男がいる。髪は短くなっているが。確かサッカー部で、今は高校二年生のはずだ。彼らは二、三言言葉を交わして再びこちらを見た。
サングラスをはずして彼らの元へ行き、私はひさしぶりと挨拶した。彼らの番号はもう消してある。
「私だってわかった?」
「わかった」彼女持ちの男が答える。「たぶんそうだろうなって。まえもここだったじゃん、たぶん」
「そうだっけ。部活の帰り?」
フレーデリクはうなずいた。「今デカい大会の真っ最中。いいとこまで行ってる」
「長い眼で見れば、まだまだこれからだけどね」と、彼女持ちの男。
「そう。でもがんばって」と、私。明日にはこの話、忘れていると思う。フレーデリクに言う。「っていうか、ひとつ訊いていい?」
「うん、なに」
「なんでエルミと別れたの?」
彼は小さくふきだして苦笑った。
「なんにも訊いてない?」
「特に。喧嘩したとは言ってるけど、細かいことは誰にも話そうとしないし」
彼女持ちの彼は自分も聞いてないと言った。
「まあ──」と、フレーデリクが気まずそうに切りだす。「ひとつは、やたらと会いたがること。束縛するわけじゃないんだけど、練習が忙しいってわかってるはずなのに、ちょっとの時間だけでもいいから、とかって」
「そんなん普通じゃん」と、彼女持ち。
「それだけならいいんだけど」フレーデリクは後方で話をする仲間三人に聞こえないよう身体を前に傾け、小声で続けた。「やたらと──しようとしてくる。ベッドで」
耳を澄ませていた私と彼女持ちの男はふきだし、天を仰いで笑った。エルミはやっぱりスキモノだ。
彼女持ちの彼が声を潜めて訊く。「どんくらい?」
「会えるかどうかはともかく、土日は絶対会いたいって言うだろ。それから平日が二、三回。ちょっとだけならって言ったら、ほんとに二時間弱とかのためだけにうちに来るんだよ、夜。で、絶対──」
私は苦笑いながら小声で訊ねた。「それで喧嘩したの?」
「まあ、そう。なんでもっと会ってくれないんだ、みたいな話になって、そういうのをしようとしないなら、とは言ったんだけど──好きならあたりまえだとか言われて、ならもういいって」
「最近の女は怖いな」彼女持ちの男も苦笑っている。「男より元気だ」
あれは特殊なタイプだと思いますが。「あなたはまだマネージャーとつきあってるの?」彼に訊いた。
「その話はなし。やめて」
「別れたんだよ」フレーデリクが答えた。「しかも最悪なカタチで」
「なに」
「サッカー部の先輩と浮気してんのが発覚」
まさかの。「最悪ね」というかその女、どれだけサッカー男好きなのだ。
「だろ」と、彼女がいたけど浮気された男。「ま、あまりの衝撃に一気に冷めたし、先輩は夏に引退したから、もうどうでもいいんだけどね」
「そ」
彼らの後方で立ち止まって話をしていた仲間のうちのひとりが、彼らの背後から肩に両腕をまわした。
「お前ら、いつまで話してんの? 紹介するかなんかしろっつの」
ライトアッシュブラウンの髪で、坊主とまではいかない短髪だ。生意気そうなその男に、二人は笑ってごめんごめんとあやまった。
「そういえば、まだトモダチ探ししてんの?」彼女がいたけどサッカー男好き女に浮気された男が私に訊いた。
「うん。してるっつーか、私がじゃなくて」振り返らずに手だけで後方を示す。「あの三人が」
生意気そうな男が訊ねる。「なに、トモダチ探しって」
「単にメールアドレスを交換してくださいって話」私は答えた。「恋愛になんて発展しなくていいから、たまにメールしたり遊んだりっていう。や、恋愛拒否ってわけじゃないけど」
「あー、ナルホド」彼はまだ二人の肩に、もたれるように腕を乗せてる。「っつーか何歳?」
フレーデリクが言う。「中三だよ、これでも」
「は? マジで」
また言われた。「ごめんね、老けてて。ごめんね、メイク濃くて」
「いやいや、そういう意味じゃないって」言い訳がましく答える。「え、アドレス訊いたら教えてくれんの?」
アリかナシかは知らない。「だから、あの三人に」再び後方のアニタたちを示した。「暇潰しの相手になってくれるなら」
生意気そうな男はあとの二人にも声をかけてくれて、ぞろぞろとアニタたちのところへ向かい、少し話をした。
いちばん背の高い男は短髪のライトアッシュ・ブロンドヘアで、体格もわりといい。似合わない気もする、細いシルバーチェーンのネックレスをつけている。だがワルそう。
もうひとりはダークブラウンの短髪、こちらはヒトがよさそう。背も高い。
彼らの仲間三人とアニタたち三人がアドレスを交換した。フレーデリクには今、新しいカノジョがいるという。カノジョがいたけれどサッカーが好きなのかサッカー部の男が好きなだけなのかよくわからない女に浮気されて別れた男は、とりあえずしばらく女はいいとかで交換はしなかった。
感想を訊くのは彼らが立ち去ってからになったものの、全体的にはナシではなかったらしい。特に生意気そうな男。ペトラは、いちばん背の高いネックレスの男みたいなのが男らしいんだ、と言っていた。よくわからない。
雨が降りそうになってきたので、もういいかとウェスト・キャッスルに帰った。