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R E D - D I S K 0 3  作者: awa
CHAPTER 21 * MAKING HEART
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〇 Jealous Feelings

 土曜日。

 ルキアノスの提案で、バスをケイネル・エイジで乗り合わせると、センター街のファイブ・クラウドエリアにあるカフェのテラスでランチをとった。去年の夏、彼と一緒に来た店だ。それほど大きくない二階建てのビルで、一階と二階がカフェになっている。客層は相変わらず、二十代から三十代の女グループやカップルたちだった。

 三方向がビルに囲まれたテラスは当然寒いものの、いくつかあるテーブルの脇にアンティークのガスストーブが置かれているからか、二組の客がいた。残念だったアルミテラスの屋根はなくなっている。

 食後に注文したカプチーノのカップをソーサーに置き、ルキアノスが切りだした。

 「帰り、うち寄れる?」

 「いいけど」と、私。

 「持ってこようと思って忘れたのがある。まあ、いつでもいいといえばいいんだけど」

 「なに?」

 「PCでタイピングの練習ができるソフト」

 「なにそれ。そんなのがあるの?」

 「うん。しかもゾンビが出てくる」

 「なにそれ」

 「ストーリーはかなり適当なんだ、そっち目的じゃないし」彼が説明する。「廃れた町みたいなところで、上下左右からゾンビやコウモリが次々に出てくる。敵ね。そいつらひとつひとつに、言葉が色々設定されてて。一定時間内に言葉どおりキーを打てたらそいつを倒せる、みたいな」

 「めずらしくものすごく興味をそそられるんですけど」

 私がそう言うと、彼は笑った。

 「中学の時、アドニスと一緒に必至こいてやった。最初は短い単語なんだよ、“Cat”とか“Water”とか。でも進んでくと、そのうち文章になる──“I think that I want to get closer to you”とか。もう必至」

 「やりたい。借りたい」

 「あげるよ。もう使わないし」

 「え。このあいだもピアス」自分の右耳を示した。今日は彼がくれたピアスをつけている。「くれたじゃない。もらいすぎだし」

 ルキは肩をすくませた。

 「ソフトのほうは中古だし、気にすることじゃないよ。ずっと放置してたもんだし」

 「いいならもらうけど」

 そう答えて、カップに入ったホットカフェオレを一口飲んだ。カップをソーサーに置く。

 「今日あなたに会うまえ、ふと思ったんだけど」

 「うん」

 「今年、あなたと喧嘩しまくりだった気がする」

 ルキアノスは、なぜかばつの悪そうな表情をした。「しまくりってこともない。それに、喧嘩ってほどでもない気がするけど。でもごめん」

 「や、あやまらなくていいんだけど」と、私。「あ、喧嘩っていうのは一回か。私が連絡するのを忘れてた時。で、サビナとゼインのことで──言い合いが一回? しまくりでもないか。ただなんか、考えかたがまったく違うんだなと思って。っていうか、よくサビナが嫌がるってのがわかったなと」

 「んー──」すぐには答えずにカプチーノを飲んだ。カップをソーサーに置いて話を続ける。「まあ、ゼインが変だったってのはあるし」

 「嫉妬ってなんなの? 友達奪うの?」

 「俺に訊かれても」

 「わかるんじゃないの? そういうの」

 「いや、あんまり──」言葉を濁した。「けどなんかイヤっての、ない? 独占欲とまでいかないけど、自分の──好きな相手が、他の奴とやたら仲良くしてたらイヤ、とか」

 「いえ、べつに」あっさりと答えた。「あのアホは、私の目の前で他の女に腕組まれてたりしたし」

 小難しい顔をしながら彼が続ける。「たとえばアニタに──自分より仲のいい女友達ができたらイヤ、とか」

 「ぜんぜん。アニタは私よりも友達が多い。私は小学校の時、ほんとに極一部の人間としか口きかなかった。一匹狼なの。でもアニタは、基本的には誰とでも仲良くできる奴だし。っていうか、アニタの人間関係に私が口を出す資格はないし」

 彼はまた苦笑した。「てっきり“親友”の枠にいるんだと思ってたけど」

 「そんなの言ったことない。いちばん仲がいいのはアニタだけど──“親友”とか、そういう枠を決めるのは苦手。そもそも“親友”がなんなのかもわからない。なんでも話すのが“親友”なら、私はそんなの欲しくない。話したくないことはあるもん。友達の中でも優先順位? 大事な順番があって、それならアニタはかなり上のほうにいるけど──どのあたりってのは、はっきりとはわからないし」

 なんにだって、話せることと話せないことがある。誰が相手でも、知られていいことと知られたくないことがある。

 アニタがいちばん仲のいい相手だということは確かだけれど、知られたくないことはある。ゲルト相手でも、セテ相手でも、ケイが相手でもそうだ。

 マルコは、私がいまだにアゼルのことで悩んでることを知っているものの、アゼルだけが知っている私の“秘密”までは、教える気はない。マルコ以外にだって、話す気はない。

 私がなにを知られてもいいと思った相手は、アゼルだけだった。

 「うーん──」わけがわからないのか、ルキはスプーンをとってカプチーノをかき混ぜた。「“自分が相手のいちばんでいたい”とかいうのも、ないか」

 相手の、いちばん。

 「──どうかな」視線を落としてチェアに背をあずけた。よくわからないまま答える。「“つきあう”ってことは、“いちばんになる”ってことだと思ってた。でもなんか、それも違ってたっぽいし。私もあいつも、状況しだいで“いちばん”は変わってたと思う」私は、アゼルが家を探していることなど、知らなかった。けれどきっと、マスティやブルは知っていた。「っていうかやっぱり、ひとりの人間をなんにでも優先させるなんてのは、無理な気もする。そういうのを相手に押しつけるのも、なんか違う気がするし──それに、性格的に、“いちばん”にはなりたくないし、なれないと思ってる」だって私は、自分がキライだ。優先されるはずのところで、優先されなかった。アゼルだって、優先しなかった。

 彼と視線を合わせないまま、私は苦笑って続けた。

 「やっぱりよくわかんない。嫉妬は自分に自信がないからだとも言うけど──私は、自分に自信があるわけじゃない。ただ他人と比べるのはあほらしいし、優先してくれってすがったりもしたくない。自分だけを見てくれとか、ああしてこうしてとか──そういう欲を押しつけるのも変じゃない。私に命令口調が多いのは、半端なことを言いたくないからってのもある。相手を支配するつもりはないけど、頼ったり、物乞いはしたくないの。する気があるならして、できないならしなくていい、そんな感じ。

 サビナが嫌がることも、私からすれば、遊びたきゃ勝手に遊べばって思う。それで私がムカついて別れることになっても、それは相手の自業自得だし。ゼインの立場になったら、サビナと別れてもいいと思ってるか、もしくは最初からその気がないかのどっちかでしょ? 私とゼインのあいだには、サビナがゼインを疑う理由がないんだもん。なにがそんなに気になるのか、さっぱりわかんない」


 やっとのことで私が言い終えると、ルキアノスはゆっくりと息を吸い込み、溜め息混じりに肩をすくませた。

 「やっぱ難しいな。説明のしようがないことを、ベラは根本的なところから否定するもん。ある程度普通の感覚があればわかると思うけど──やっぱりずれてる」

 私は、おかしい。「でも同期の男だって、嫉妬がありえないーとか言ってるわよ? 異様なまでの──他の女のアドレスを消してほしいとかいう感情は、さすがにわからないって。うざいって」

 「それはまあ、さすがに嫉妬しすぎだと思うけど。独占欲の塊だろうな。っていうかそれもやっぱり、自分に自信がないからだと思う。他の女の子と仲良くされたら、他の子のことを好きになるかも、みたいな。一緒にいない時になにしてるか気になって、もしかしたら他の女の子と遊んでるかもって考えが浮かんで、とか──。アドレスや番号だって、自分のことを誰かに言われてるかもって不安になることもあるんじゃないかな。あと自分が知らない相手の一面を、他の人間が知ってるってのはイヤだとか」

 深刻すぎる。なにをそんなにマイナス思考になるのだ。

 「自分が知らない相手の一面をって、そんなの、つきあってる相手にしかわからない部分があるはずなのに、それ以上に独占したがるの? もういいじゃない、めんどくさいな」

 私がそう言うと、彼 はまた苦笑った。

 「ベラのいちばんの強みはそれだよな、“めんどくさい”。なんでもそう。ぐだぐだ考えるのが面倒で、なんでも“どうでもいい”で片づける。だからそんなふうにいられるんだと思う。普通そういうの、短所だと思うのに、ベラのそれは完璧な長所だ」

 「あら。私に長所なんてあるのね。知らなかった」

 「長所だよ」と、彼は微笑んで答えた。「そのおかげで完全無欠に思える。少なくとも表面的には。そういう部分や無関心度が完璧すぎて、たいていのことならこっちも諦めざるを得なくなる。鈍さも自己中度も、常日頃から前面に押し出してくれてるから」

 「あなたでも女相手にそんなに悪口言うのね」

 彼は訂正した。「だから、長所だって。褒めてるんだよ。鈍いのも自己中なのも、ベラの場合は長所に変わる。それが君のいちばんの魅力。そういう部分があるから、知れば知るほどおもしろくなる。表面上は性悪に見えるから、たまにあるやさしい部分や自己犠牲が、ものすごく天使な部分に思える」

 よくわからないが、褒められているらしい。「自分を犠牲にしてるつもりなんかないんだけどね。他人にどう思われようと、そんなのどうでもいいってだけなんだけど」

 「ついでに言えば」とルキはつけたした。「褒めるのも、ほとんどまったく意味ないよな。照れも喜びもしないもん。もうなに言っていいか」

 思わず笑った。

 「ごめん。一応お礼言っとく。よくわかんないけどアリガトウ」


 いいと言ったのに、ルキアノスはカフェ代を奢ってくれた。だから代わりに、アーケードに行くまえに寄った店で、先にクリスマスプレゼントをあげると言って彼に黒いハットを買った。それならと、リングつきの黒いキャップを買ってプレゼントされた。断ったのに。キリがない。

 そのあとは寒いけれどアイスを食べようかと言って、グランド・フラックスでひとつ五百フラムの高級ソフトクリームを食べた。ここでも奢られた。

 やっとアーケードに行くと、PCと携帯電話を繋ぐコードや音楽用CD-Rや普通のCD-R、キーボード部分のシリコンカバーなどを購入、それからUSBメモリも買い足した。

 ケイネル・エイジで一度バスを降りてルキアノスの家に寄り、タイピング練習用のソフトをもらった。いいと言ったのに送ってくれると言うので、そのまま祖母の家に行き、タイピングの手本を見せてもらった。神がかり的だった。こちらはぜんぜんダメだった。慣れればできると彼は言う。

 気づけば夕方五時を過ぎていて、どこかにお呼ばれしている祖母から連絡が入り、帰りが少し遅くなると言われたので、ルキアノスと一緒にダイナーで夕食を済ませ、また送ってもらった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 タイピングゲームに夢中になっていると祖母が帰宅し、やっとゲームを終えてシャワーを浴びた。

 屋根裏部屋に戻って詞をどうしようかと悩んでいると、ディックから電話がかかってきた。

 「店、見るんだよな。二十四日、昼の二時くらいでいいか?」

 やっとだ。「うん、平気」

 「なら二時に──どっちだ? キーズ・ビル? ゼスト・エヴァンス?」

 「サイラスはもう店、見たの?」

 「当然だろ。工事の段階からちょくちょく来てる」

 ずるいと思い、私は唇を尖らせた。

 「ならキーズ・ビルで待ち合わせる」

 「よし」と彼。「で、詞はどうなってんだ?」

 「今ね──最初のふざけた、“Sugar Guitar”? あれ以外の残り九曲ぶん、書こうとしてるでしょ。“Brick By Boring Brick”を入れて、今七曲かな」

 「順調だな。お前が詞をよこそうとしないから、俺も曲作ってる。まとめてお前に送ってやろうと思って」

 「なにそれ。また宗教ロック?」

 「いや、普通のロックもある。けどポップスで行き詰まっててな」

 「あら、奇遇ね。私もポップスに苦戦してる」

 「マジか。けどそれだけ詞が浮かぶのに、なんでポップスで詰まるんだ」

 「イカレてるからです」と、私。「比喩も苦手だし、なんか変な言葉使いたがるし。普通の感覚がわかんないし、真面目じゃないし──」

 「ああ、なるほど」彼はなぜか納得した。「ポップスは幅が広いもんな。楽器にしたって、ロックならとりあえずギターやドラムをガンガン鳴らしときゃいいけど、ポップスは使う楽器の幅が広いし。ピアノとかヴァイオリンとか入れようとしたら、どうも難しい」

 「ヴァイオリンも弾けるの?」

 「まさか。PCは便利だぞ、どんな音でも出せるから」

 いいのかそれで。「なんか予定詰まってるから、目標に届かないかもしれない」自業自得。「なかなかまとまらないし、そもそもなにを書けばいいのかよくわかんなくなってるし」

 「べつにポップスに絞らなくてもいい。ポップスを生演奏ですることはほとんどないだろうし、お前が高校に受かってからでもいいだろ。受験生なんだから、そこで詰まるなよ。書きたいこと書け」と、受験生に詞を書かせている男が言う。

 「わかった。なら今日は、女のわがままについて書きます。ロックで」

 「今日はって、もう十一時になるぞ。寝なくて平気か? 言っとくけど二十四日、わりと疲れるぞ。人ごみに入るから」

 「まじで」

 「マジだ。約五時間、揉みくちゃにされる覚悟しとけ。あ、あとな。昔俺がやってたバンドのボーカルは、行き詰まったら辞書を開いてた。適当なところを開いて、そのあたりで言葉を探す。たいていはそれをテーマに詞を書いてく。それで進まなくても、フレーズが浮かんだら手帳に書き留めたりして、それが別の詞に繋がることはあった」

 思いつきもしなかった。「それ、やってみる。っていうか、一応報告しとく。おばあちゃんがPCとプリンター、買ってくれたの。クリスマスプレゼントにって。でもネット接続はしてない。高校入ってからって言ってある」

 「ほう。ならあれか、曲はすぐ聴かせるもんじゃなきゃ、CD-Rに入れて渡すのでもいいか」

 「うん。一応携帯電話とPCを繋ぐコードは買ったから、携帯電話に送ってくれてもいいけど」

 「了解。気分転換にひとつ詞送れ、あるならポップス」

 あれを送るの!? 「あれは──」

 「なんだ」

 なんだろう。まあいいか。「わかった。煙草の歌だけど、送る」

 「なんだそれ。送信先はPCな」

 「はい」

 電話を切ると、なかばヤケ気味に、“Addicted”の詞をディックに送った。詞を打ちながらまたへこんだ。アゼルのことじゃないと反発しながら。

 ウサ晴らしも兼ねて、ロックの詞を書いた。ノリのいいイメージ。女のわがまま。自分の考えには相反するけれど。わがままが多いのか、それとも私の書きかたが悪いのか、わりと長くなった気がする。こんな考えの女、絶対相手にしたくない。かなりめんどくさい。

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