〇 Questions
十二月二十日金曜日、終業式のあと。多くの生徒たちが教室でランチを食べるあいだに、実行組と教師陣は慌ただしくパーティーの用意をした。教師陣の計らいのおかげで、今年は去年以上に手際よく準備が進んだ。
ちなみに今日、祖母はいつも以上に早起きして、サンドウィッチをいつもよりもずっと多めに作ってくれていた。私が学校にそれを持っていくたび、奪われてばかりいるからだ。予想どおりほとんどは奪われたものの、なんとか自分のぶんは確保できた。
そして参加する生徒たちが体育館でそれぞれに、お菓子とジュースが用意されたテーブルを囲んだ。参加者はほとんど全校生徒と言えるくらいの人数だ。今年のクリスマスパーティーは、赤いTシャツを着た実行組による“Breakout”の替え歌からはじまる。私は彼女たちが歌詞をど忘れしても平気なよう、ステージ脇からこれをうたわなければいけない。
そして、体育館に大音量での音楽が流れた。
最悪にかったるい朝 だけど学校には行かなきゃいけない
校門では苦手な先生が 眩しい笑顔を振りまいてる
お願い、こっちを見ないで イヤな意味で溶けちゃうから
勉強そっちのけ そしたら呼び出された
校長先生に言ったわ こんにちはとごめんなさい
燃え尽きちゃうのよ 体育の授業
でも復活するわ ランチタイムの時だけね
だけどホントは
デザートが欲しい ジュースが欲しい もっと休みたい!
ああ、おやつをちょうだい
授業で当てないで だってなにも聞いてなかった
三百年前 なにが起こったかなんて知らない
どうでもいいじゃない ってことでおやすみなさい
先生が私を叩き起こす 友達は携帯電話を隠した
彼女のそれって超人的 罰を受けるのはいつも私
そんなことを考えてた時 ボールペンがインク漏れ
彼女はとても心配してくれて シャープペンシルを貸してくれた
だけど芯が入ってないじゃない
ふざけないで! どういうつもり?
そこまでする義務は ないっていうの?
どうしよう
教科書も体操着も 宿題まで忘れちゃったわ
ああ、自分専用のフォークだけはあるのに
先生たちがどう思うか知ってる? ただ職員室に行くだけで
真面目な子だって思ってくれるのよ ちょろいもんだよね
飲み物をくれるって? 紅茶よりもジュースをお願い
私たちの夢はね 学校でピザを食べること
そしてデリバラーに恋をするの
なんてことなの デリバラー 年上の男の子じゃなかったの
彼はキュートな女の子だった ハンサム少年に見えただけだったのね
悪いことしたわ
ごめんなさい ごめんなさい あなたってとても美少年ね
やだ、殴られちゃった
やっと放課後! 今日ってなにしてたっけ
なにも覚えてないわ だけど気にしない
超いい感じでしょ もうネタ切れよ
飛び出さなきゃ 限られた時間を無駄にはできない
学ばなきゃいけないと思うの もっと違うことをね
先生たちは止められないし 私たちも止まらない
私たちが欲しいものはここにない
飛び出すの 放課後まで待ってられない
今しかできないなにかがあるって 私たちはちゃんと知ってるから
メリークリスマス!
替え歌の歌詞をチラシと一緒に配布していたこともあってか、一部の女子生徒は一緒になってうたっていた。曲が終わった瞬間、たくさんの笑い声と拍手に包まれた。
ちなみにこのパーティー、サプライズで学校側が、わざわざ写真家を呼んでくれている。卒業アルバムに使うのだという。そういえば球技大会の時にも来ていた。ステージに立たなくてよかったと思った。もうひとつ言えば、私のデジタルカメラはセテたちが持っている。撮るらしい。
ステージではアニタとハリエット、エルミ、二年のサイニともうひとりの女の子が代わる代わる司会を務め、存分に目立ちながらパーティーを進めていった。ステージ脇であれこれやることがあり、私はテーブルに戻る暇がなかった。ときどき、ボーイ役が差し入れてくれるお菓子を食べながら仕事をこなした。
ステージで繰り広げられる各クラス、グループからのレクリエーションは、去年よりも内容が豊富でバラエティにとんでいた。替え歌、小劇、アテレコ、クイズ、ゲーム──もし内容が残念で笑いがとれなかった時でも空気を変えられるよう、そして準備する生徒たちがステージ脇で混乱したり、観る側が飽きたりしないよう、順番もちゃんと考えている。文化祭同様、私からすればそれ以上に手が込んでいるのだ。私の働きのおかげで。
ビンゴゲームをする三年D組のいちばんの景品は、私がカーヴ・ザ・ソウルで買ったものか、もしくは映画館の割引券二枚一組だった。レザーストラップは二年の女子が、割引券は一年男子が手に入れた。
薄暗いステージ袖の中、ステージで張り切ってメールアドレス交換の説明をするアニタたちをカーテンの隙間から眺めながら、腕を組んで立つ生徒指導主事が私に言った。
「ふと思ったんだが、修学旅行のレクリエーションはまったく気合いが感じられんのに、なんだ? この盛り上がり」
「だってあれは、ほとんど義務みたいなもんじゃないですか」と、私。「文化祭のあとだし、なにより観せる対象が同期の連中と数人の教師陣ですからね。しかもレク内容を考えろっていうほぼ強制状態だし、でもふざけたことはできない。修学旅行は遊びじゃないって言ってるのは学校側ですし」
「まあそうだが。修学旅行で毎年毎年、似たりよったりなレク内容を観せられるこっちの身にもなれって話なんだがな」
思わず笑った。
「なんですかそれ。愚痴ですか。不満ですか。確かに似たりよったりでしょうけど、実は飽きてんですか?」
彼も苦笑う。「そりゃ飽きる。クイズをやったとしても、真剣に取り組むのなんてほんの一部だしな。クイズの醍醐味は誤解答に珍解答だろ。けど笑えるもんがあんまりない。だからって子供らにしかわからんような若者クイズを出されても、それはそれでさっぱりだけどな。でも去年はともかく、今年のこれ、笑えるのが多い。なんだこれ」
「ならもっと、ハメをはずしていいところとダメなところ、境界線をはっきりさせたほうがいいかもですね。今年のこれは、去年と違ってこちらからお題を出してますから、それも要因のひとつかもしれません。替え歌をやる子たちは楽しそうでしたよ、あとアテレコ組も。ただ考えろって押しつけるだけじゃなくて、ちょっと案を出してあげればいいじゃないですか。まあ今年の一年なら、今日やってるみたいなことを来年の修学旅行のレクでやるってのも、あるかもしれませんが」
「まあ、確かにな。いや、案を出すといっても、こっちにだってなにがあるってわけじゃない。それにこっちが言いだしたら、それはそれでテーマが絞られてるような気になるだろうし」
それもそうだと私は納得した。「難しいですね、教師は。生徒ももっと自由に考えればいいんでしょうけど」
「お前は自由すぎだ」
「はい、ごめんなさい」
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パーティーも終盤。映画館の割引券ペア一組、もしくは私がカーヴ・ザ・ソウルで買ったクロス型ペアストラップが賞品の、教師陣を相手にしたジャンケン大会の説明がはじまったところで、スカートのポケットの中にある携帯電話のバイブレーションが震えた。
ステージ袖の奥にある階段の前に立ち、こっそりとその画面を確認する。マルコだ。なんだと思いつつも応じた。
「そろそろ決めろ」電話越しに、彼が言う。「アマウント・ウィズダムをどうするか」
アゼルが入っているはずの施設。クリスマスにどうするかということだ。
数日前、アゼルがいなくなってからのこの一年のことを詞に書いた。最後でペンが止まって、それ以来、なにも書けていない。他の詞ですら書けていない。
答えが、欲しい。
「行くなんて一言も言ってないはずよ」私は静かに答えた。「行くとしてもひとりで行くし」
「だから、それやったら本気でアホだって。片道二時間だぞ。タクシーの運転手相手に行き帰り四時間。ありえねえ」
行き帰り四時間。確かにありえないけれど。
「──だって、行くとしたら夜中になる」うつむいたまま壁に額をあずけて目を閉じた。「二十四日も二十五日も約束がある。だから二十三日の夜中──着いたら二十四日になるくらいの時間。着いたあと、すぐ帰る気になるとは思えない。もしかしたら帰ってくるの、朝方になるかもしれない」
「どっかに泊まりゃいい。二十四日は仕事、休みとった。こないだダッキー・アイルに行った時、二十五日にお前ん家でパーティーするとかって、お前のツレが言ってたし。たぶん行くなら二十三日と二十四日のあいだだろうと思って」
「なんでそんなに見せたいのよ。意味がわからない。直接会えるわけでもないのに。っていうかあんたにはなんの関係もないのに」
「お前があいつを待ってるかどうか、行きゃわかるだろ。まだ惚れてるかどうかもわかるかもしんねえ。俺が知りたいのはその答えだ」
私が知りたい答えを、どうして彼も知りたがっているのだろう。
溜め息に似た深呼吸を、ゆっくりとした。
「──夜、迎えに来て」
アゼルは今頃、なにをしているのだろう。
「あんま遅いとおばあちゃんに言い訳しにくくなるから、夕食終わったら」
なにを思って、クリスマスを迎えようとしているのだろう。
「友達に呼ばれたからって家出て、あとでそのまま泊まるって連絡入れる」
この一年、私のいないところで、どうやって生きてきたのだろう。
「──私も、答えが欲しい」
疑問を抱くのは好きではないのに、アゼルは私に、疑問ばかりを抱かせる。
「──ん。じゃな」
だけどそんな疑問のほとんどを、私はずっと、押しのけてきた。
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おおいに盛り上がったクリスマスパーティーも、けっきょくあとに残るのはあとかたづけだ。だけど二年や一年、それにゲルトたちも、なぜかトルベンやヤーゴたちまで手伝ってくれたおかげで、わりとあっさり片づいた。
片づけ組全員で教諭たちに挨拶したあと、体育館を出て一年と別れ、第二校舎に入って二年と別れて、三年は荷物を取りにそれぞれの教室に戻った。
私たちが教室で話しているとけっきょく、アニタたちも三年D組にやってきた。ヤーゴやカーリナだけでなく、なぜかアウニまでいる。ちなみに、エデは今年も当然のように参加していなかったらしい。よかった、パーティーの雰囲気が台無しにならなくて。私の機嫌が損なわれなくて。
しばらく話したあと、カーリナとサビナとアウニが帰ると言った。カーリナがヤーゴとトルベンに帰らないのかと訊いたものの、彼らはなぜかまだだと答えた。アウニががっかりそうにした気がするのは気のせいか。
セテが言う。「アウニの目的がわかった。あいつ、ボーイやっただろ、給仕役。やたらとヤーゴの周りうろついてたわ」
「マジで」と、アニタ。「なんか裏があるわとは思ってたけど、やっぱそっちか」
「もうヨリ戻せばいいんじゃね」ゲルトがヤーゴに言った。「なんかかわいそーになってきた」
カルメーラがいぶかしげな表情をする。「同情でつきあわれても、嬉しくはないと思うけど」
カルロはそれもそうだと同意した。
ゲルトが言う。「けど、このままだんまりってのもな。なんかはっきりしない状態だし、見てるとイライラしてくる」
カルメーラは反論した。「はっきりしないのはヤーゴじゃん。気まずい状態がイヤとかでアウニに普通に話しかけて、そんなことされたらアウニだって期待するの、当然でしょ」
それはそうだと、今度はイヴァンが同意する。
カルロはそわそわしていた。「っていうか、オレだって普通にカーリナと話してるけど。なんかすげえ微妙だわ、この会話」
「お前ら、なんも気まずそうにしてないよな」セテが言う。「あんだけ気まずい別れ方だったのに」
一年の時、カルロはカーリナとつきあっていた。バレンタインの時、私に嫌味が通用しなかったからといって、エデとサビナと三人でアニタがつきあっていた男のところに行き、アニタの悪口を吹き込んで別れさせるという、とんでもなくふざけたことをしてくれた。
私は奴らの目の前でカルロにキスをして、あげく同級生の一部にそいつらがなにをしたかがわかるよう、はっきりと啖呵を切ってやった。二人は別れた。