〇 Complaint
放課後、祖母の家の屋根裏部屋。
私はラグの上、テーブルをはさんだ向かいにいるカーリナに訊いた。
「で、なに」
「威嚇すんな」ななめ左隣でペトラが言った。
「してねえよ」テーブルの上にある煙草を一本取り出して火をつけた。勢いよく煙を吐き出す。「もういいかげん放っといてほしい」
「エデには何度もそう言った」カーリナが言う。「けど話さないことが放っとくってことだと思ってる。それでも、やっぱりなんか気にしてる。たぶん自分が勝てたことがないからってのもあるんだろうけど──」
彼女の言葉を遮った。「私はもともと、あいつとなにを勝負してるわけでもない。あいつが喧嘩売ってきた時にそれを買ってるだけ。なにと戦ってんだよあいつは」
ペトラが口をはさむ。「だから、たぶんアッパー・ストリートに住んでたってのが」
“West Upper Street”を“WAS”の親戚で“WUS”──“ウズ”と呼んだことがあった私。
笑える。「今はオールド・キャッスルじゃん──ああ、そうか。“今オールド・キャッスルに住んでたって、元はニュー・キャッスルの人間じゃん”、か」
「なにそれ。誰かに言われたん?」
昔、インミが言っていた。リーズやニコラとよくつるんでいた、もうひとりの女。私とアゼルがつきあいはじめて、マブから消えた女。私が消したとも言える──ニュー・キャッスルの人間を、私を、芯から嫌っていた女。
溜め息混じりに煙を吐き出した。
「昔ね」と私。「リーズたちとつるむようになったからとか、アゼルとつきあってたからとか、ルキと友達続けてるからとか、他にも男友達がいるからとか──」灰皿に灰を落とす。「アッパー・ストリートに住んでたとか、教師がどうとか、目立つとか仕切ってるとか、私がどうしようもないことばっかり。理由がくだらなさすぎる」
カーリナは顔をしかめた。
「あんたなにげに、エデの癇にさわるようなことしてるもん。リーズたち、アゼル先輩たち──ダヴィデたちもけっきょく、あんたとつるむことのほうが多いし。トルベンもそう。ヤーゴはどうでもいいだろうけど──」さらりとひどい。「スニヤとコージモにだって、球技大会の時にキスしたでしょ」
ちなみにスニヤ、私とのキスでカノジョができたのに、二ヶ月ほどでフラれて別れたらしい。噂ではベッド行為にまつわるなにかが原因なのだとか。
カーリナが続ける。「まあ、エデがあんたと関わってる人間に惚れたりするってのも、原因ではあるんだけど」
「いちばん意味わかんないの、そこだよね」ペトラが言った。「ルキがかっこいいってのはわかる。年上で美形で頭がいい。しかもやさしい。マルコだってハンサムだし、アニタが言うにはいかつくて怖いけど、話してればそこまでってわけでもないらしいし。けど、普通キライな人間繋がりでオトコと知り合う? 口説かれたからってつきあう?」
「あたしもヒトのこと言えないんだけど」と、アドニスを気にしていたカーリナは気まずそうにも苦笑った。「奪いたいんだと思う。アゼル先輩を奪われたように。ルキにしてもマルコにしても、自分とつきあって自分を優先させれば、ベラと相手の関係、壊せるじゃん。まあその考えと好きって感情、どっちが上なのかなんてのはよくわかんないけど。たぶんどっちのことも、本気で惚れてたとは思うけど」
私は煙草を火消しに入れながら口をはさんだ。「あいつがいちばん好きなのは自分じゃん。それか私だよね。私に夢中になりすぎだよね」
二人は苦笑った。
カーリナが言う。「けどサビナがまた、ちょっと居心地悪そうなんだよね。なんか最近、ますます彼氏──ゼインと仲いい状態なんだけど。エデはそういうノロケ的な話も聞きたがらないし。サビナの存在そのものは無視してないけど、ゼインの話は無視したそうっていうか、ほとんど無視してるっつーか。まあ、サビナも遠慮してんのか、そんな話さないけど」
私は開けたビールを飲んだ。素直にエデのことを器用だなと思った。
「ゼインに誰か紹介してもらえばいいじゃん」
「エデはそんなの言わないよ。オトコ欲しいって言うのってけっきょく、飢えてるって言うのと一緒じゃん。プライド高いからそんなことは言わない。サビナだって、ゼインにそんなこと言いたくないと思う。ゼインもエデのこと、あんまよく思ってないだろうし」
夏祭りの時のこともあるし、サビナがどれだけ話しているのかは知らないけれど、裏のこともなにげに知っている。
「ならもう自分たちでオトコ捕まえれば」と、私。
「だから、その方法がわかんない」彼女は座りなおしてテーブルに身を乗り出した。「あんた、なにやってそんなにツレが増えてんの? ルキたちがナンパで、マルコがケイの兄貴ってのは知ってる。他は? 昨日のとか」
「昨日の友達は、繋がり的に言えばマルコ。っていうかたまたまひとつ上の二人と知り合って、その先輩がマルコのツレだってことが発覚した。そんでそいつらがこっちに来た時、たまたまエルミたちと一緒にいたから、あいつらも一緒に話して。最近アニタも一緒に、他の何人かにも会う機会があって、そん中のひとりがジョンアと仲よくなって──」
「なに言ってるかわかんねえよ」ペトラがつっこんだ。
私は笑った。「私もわかんない」
「それだよ、ジョンアだよ」カーリナは片手で頭を抱えて溜め息を交えた。「あれにもオトコできたんでしょ? しかも年上。なんかエルミが大々的に言いふらしてた」
ハヌルやあなたたちを攻撃するためです。反応されると困るので、ブラック・ギャングだということは言うなと口止めしてありますが。
「できたね」
「それも気にしてる。見下しまくりだから。どうせ残念顔でしょとか、世の中にはマジでブス専ているんだなとか言ってたけど。ペトラに聞いた話だと、アニタが普通にハンサムだって言ってたらしいし。それ聞いてまたイラついてるみたいだし。どうせカラダ目当てだとか、あの貧相な顔と体型目当てって、相当な変人だとか」
笑える。「ぶっ殺してやろうか」
ペトラが言う。「さすがにもう、しんどいよね。どこまで性悪になれば気が済むのか、本気で教えてほしい」
「それはこっちのセリフだ」と、私。「けど言うなよ、マルコ繋がりとか。めんどくさいから」
カーリナはうんざりそうにしている。「言わないよ──ほんと、なんでそこまでヒトのこと気にして見下して張り合おうとすんのかわかんない」頭を抱えたまま、とうとうテーブルに顔を伏せた。「あんたがアゼル先輩とつきあってた時はまだ、理解はできた。けど今、オトコいないんでしょ? なのにそれでもだよ。指輪の見栄が痛いとか言ってさ。意味わかんない」
ペトラも遠い目をする。「ほんと夢中だよね。ある意味執着してるもん。マジでストーカーっぽいわ。こいつと張り合うのがどんだけアホらしいかって、なんでわかんないんだろ」
ふと思い出し、私は彼女たちに質問を返した。
「チャーミアンのことは? なんかスカウトされて女優になるって話。あれに嫉妬はしてないの?」
のろのろと身体を起こしながらカーリナが答える。
「表では言わないし、応援してるみたいに振る舞ってるけど。どうせそんなに売れたりしないわ、とかは言ってる。ああいう業界って、最初は事務所が大型新人だとかって売り出してくれても、そのあと人気でないと、すぐ立ち位置が微妙になるみたいだし。毎年新人って大量に出るけど、三年後にテレビ出てるとか、ほんの一部じゃん。出ても脇役だったりするし」
テレビは観ないので知らない。
「まあ、それはうちらも思ってるけどね」ペトラがつけたした。「そんな甘くないだろうし。全国規模で顔と名前を憶えてもらえるような主役張れるとは限らない。でもそうなってほしいとは思う。なったらすごいし、うちらも話題にできるし。けどならない確率のほうが高い。そうなったら、何年か経って会う時、気まずいかなってのはある。チャーミアンは舞台もやるらしいけど、都会の舞台公演なんてうちら、わざわざ観に行ったりしないだろうし。今までだって行ったことないし」
どれだけ先のことを考えてるのだろう。
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「時期が悪いな」私はつぶやいた。「夏だったら、いくらでも引っかけられるんだけど」
二人は声を揃えた。「は?」
「日曜、暇?」
「特になにもないけど」と、カーリナ。
「アニタも連れて、センター街行ってみる? オトコ引っかけに」
「え」
「ああ、もうそれでよくね」ペトラが言った。「とりあえず知り合っときゃいいじゃん。ベラはナンパされても適当な態度とってくれるらしいから、たいていは一緒にいる人間のほうが立ち位置がよくなるって話。アニタいわくだけど」
私は続けた。「あとついでに、あんた、メル友つくってみる? 出会い系サイトで」
「は?」
「なんかあんの、無料で使えるのが。偽アドレス使ってメールするらしいんだけど」
ペトラが危なくないのかと訊ねた。彼女は“プラージュ”のことなど知らない。アニタもさすがに話していない。ヒかれるとイヤだから。
「たぶん平気。ちょっと待って」
そう言って立ち上がり、私はデスクの上に置いていた携帯電話でレジーに電話した。応じた彼に、プラージュのURLをメールで送ってほしいと頼んだ。
「なに、やんの?」レジーが訊いた。
「やらねえよ。私じゃねえよ。教えるだけだよ。私の携帯電話使うけど、私がメールするためにやるんじゃねえよ。いいからさっさと送れ」
チェアに座って早すぎる口調で勢いよく言うと、彼は天を仰ぎたそうな声を返した。
「わーかったって! そんだけ?」
こちらのテンションはあっさりと戻る。「十七歳くらいで、マルコともチェーソンともトッシュとも繋がりのない、しかも市内に住んでる彼女募集中の知り合いとか、いない? できればあんたとも仲良くないのがいいんだけど。ほぼ他人みたいな」
「は? ほぼ他人をなんでオレが知ってんだよ。意味わかんねえよ」
はっとした。本当だ。それもそうだ。「ならいい。ごめん」
彼は呆れた。「なに? 誰か紹介しろっつってんの?」
「私にじゃない。同期の奴に教えたいの。とりあえず友達前提でいいんだけど、繋がりがあると面倒になるから、ほぼ知らない人間のがよくて」
「あー、なるほど? メル友的な感じでいいなら、学校の先輩に訊いてみよーか? 市内じゃねえけど、ストーン・ウェルあたりに住んでて女紹介しろっつってる先輩が何人かいる。ブラ・ギャンにも入ってないし、チェーソンたちともつるんでない。マルコのことも知らない。チームの奴のことは何人か知ってるけど、それでもちょい悪程度の、ほぼ完全にオレらの学校の先輩って感じ」
「頼んでいい? できれば今週金曜までに」
「急かすなおい。こっちもう冬休みに入ってるっつーのに。まあ訊いてみるわ。女のほう、中三だよな? 顔はどんなの?」
「それは訊いたらおもしろくないじゃない。とりあえずアドレスを交換して、あとは勝手にやってほしいんだけど」
「ええー。ああ──まあいいや。んじゃそれで言ってみる。あんま期待すんなよ」
「うん、とりあえず“プラージュ”のURL、送ってね。すぐ」
「はいはい」
電話を終えるとちょうど、外で祖母の車が家の前に停まる音がした。夕方六時前、外はもう真っ暗だ。二人に夕飯を食べていくかと訊いた。ペトラはもらうと即答、彼女に促されてカーリナも食べることにした。私は子機を使って一階に電話し、祖母に夕食をふたりぶん追加で作ってほしいと頼んで了承を得た。
レジーからプラージュのURLが届くと、自分の携帯電話のアドレスを適当なものに変え、彼女たちの意見も訊きながらメール友達を募集する内容で投稿した。鬼のように送られてくるメールに、ペトラは大笑いだった。相手の必死さがおもしろいらしい。
メールのやりとりは彼女たちにやらせた。夕食を食べながらもそれは続いて、最終的に数人にまで削り、ペトラは暇つぶしの相手をひとりもらうとかで自分のメールアドレスを十六歳の男に教え、なにがいいのかさっぱりなメンソール煙草を吸うカーリナは、真面目すぎでも不良すぎでもないといった印象の男四人のアドレスと、それからプラージュのURLを、自分の携帯電話に保存した。
もちろん忠告はした。カラダ目当てのバカがいる可能性があるから、会うとしても昼間、ヒト目のある場所のほうがいいということ。相手の身元か、最低でも相手の電話番号か学校が確認できるまでは、カラオケなどの個室もできるだけ避けたほうがいいということ。十八歳以上の車を持った人間は募集していなくても、嘘をついたりメール相手を経由したりして来る可能性があるので、その時はどんな手を使ってでも逃げたほうがいいということ、などなど。
ちなみに春休み、カーリナとエデ、そしてサビナの三人でナンパ待ちのためにセンター街に行った時は、サビナが言っていたとおりたいした収穫がなく、しかもエデとカーリナが外で煙草を吸ったせいで、警察に補導されたという。幸い、簡単な職務質問と注意、そして煙草の没収だけで済ませてくれて、親や学校には連絡されなかったらしい。去年の修学旅行のことだけでなく、エデと二人、授業をサボって煙草を吸っているところをババコワ教諭に見つかって説教を受けたこともあるのに、まだ懲りないのか。
“イヴイヴ”の日曜は、私とアニタが、そしてペトラとカーリナがそれぞれにセンター街に行こうとして、たまたまバス停で会ったことにするという話になった。そうでなければ、四人で一緒に行くなどというのはおかしいし、またエデの機嫌が悪くなる可能性があるので、偶然というのを強調しておいたほうがいい、ということだ。で、たまたまナンパされたししたと。こんなところにまで気を遣わなければならない。あの執着女は本当に、何様なのだろう。
気づけば夜の九時を過ぎていて、祖母と一緒に二人を家まで送った。
そのあとペトラに日曜の話を聞いたアニタから連絡が入ったのだが、彼女は“勝負していいよね、男の取り合いには絶対負けねえ。気合い入れるから服貸せ”などという、かなりわけのわからないことを言っていた。
ちなみに、私が着なくなった服の一部はアニタにまわる。姉のタニアのおさがりを着るくらいなら、私のを着るほうがいいらしい。彼女は買ってもらえないわけではないし、服もたくさん持っているものの、それでもまだ足りないという。ある意味私の悪癖が伝染していると思われる。
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翌日昼間、レジーからメールが届いた。メールしてもいいという十七歳の先輩が二人いるけどどうしようか、と。二人は友達同士だからできれば別の女がいいとかで、ペトラ経由でカーリナに話が伝わり、もうひとりの相手にはなぜかペトラが手を挙げた。ぜんぜん知らない相手とメールするのが少々楽しいらしい。ペトラいわく、紹介されたほうはともかくプラージュのほうは、カーリナと違って会うつもりはないという。
ということで、私はレジーから受け取った相手のメールアドレスをペトラに送った。ひとつはカーリナに届いた。アニタは、ペトラが出会い系サイトに抵抗がないということに少々驚いているらしかった。だがあのバカ話はさすがにしたくないらしい。
一方、まったくもってどうでもいい話──一昨年と去年に私と同じクラスでクラス委員長をしていた女と、もうひとりの現生徒会長の男子生徒がひと足早く、ずっと南にある、ベネフィット・アイランドでいちばん頭のいい公立高校、サウス・ノック・ハイスクールに合格した。被服室での授業中、担任が被服室に飛び込んできて報告したのだとか。確か五教科の合計が四百必要とかいう高校だ。なにをどうやればそれだけ点数をとれるのだろう。
木曜の放課後はゲルトたちやケイたちにも手伝ってもらって、体育館の飾りつけをした。パーティーの前に終業式があるというのが面倒だ。それさえなければ、木曜の放課後からテーブルもなにもかもを準備できるのに。
などという愚痴を生徒指導主事にもらすと、終業式をせずに冬休みがなくなってもいいのかと言われた。イヤですと即答した。