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R E D - D I S K 0 3  作者: awa
CHAPTER 21 * MAKING HEART
102/139

〇 Sick

 三十センチもないだろう接続コードを持ってくるためだけに本当に、ルキアノスはわざわざウェスト・キャッスルの祖母の家まで来てくれた。

 やりかたがわかるなら教えてほしいと言うと、ディアンティアはナショナル・ハイウェイ沿いにあるカフェに友達がいるはずだから、ちょっと顔を出してくると言って走り去った。私は彼に家に入ってもらった。

 彼いわく、PCもプリンターも、相当高価なものらしかった。PCで音楽を聴くことすらしていなかったのだが、試しにやってみると、音量を上げすぎなければコンポと同等の音質でそれが聴けた。

 そしてルキアノスはファイル移動の方法と、移動したファイルの変換方法を教えつつ、わざわざレポート用紙にそのやりかたを書いてくれた。これで“Sugar Guitar”も聴けるというわけだ。

 ちなみに音楽にコピー制限がかかっていない場合、音楽用のCD-Rを買えば、ディスクに音楽をコピーすることもできるという。そしてもしかすると、CDプレーヤーやコンポでもそれが聴けるのだとか。

 ひとまず音楽は、私が詞を保存しているUSBメモリーに保存してもらった。もちろん詞を見せるなどということはしていない。このUSBメモリーは、ブラック・スター専用にする。

 「詞が入ってない」

 ルキアノスが言った。白いテーブルの上のノートPCではファイル変換したばかりの、今日ディックが送ってきた宗教ハードロック音楽が流れている。

 「気にしないで」と、私。「友達のオリジナル曲なの。まだ未完成。音楽を作ってるっていうから、どんなのか聴きたいって言ったら、これ送ってくれて」ちょっと違う。

 「すごいな。インディーズってこと? 完成したらCDになる?」

 CDに!? 「や、どうかな」というかこれ、誰がうたうのだろう。私、覚醒などした覚えはない。「私に訊かれても困ります」

 彼は笑った。

 「すごいよ、こういうの作れるって」PCの画面を見ながら言う。「俺はなにやっても中途半端だし。特にこれっていう趣味もないし。作るっていう才能もない」

 「それは私も同じよ。趣味は音楽としか言えないし。でもあなたはなんでもできるじゃない」

 その言葉に、今度は肩をすくませた。

 「それにしたって“それなり”なんだよ。並か並の上程度。飛び抜けた才能を持った超人てわけじゃない。勉強ができたところで、なにかを追及するために研究するほどの頭脳や興味を持ってないから、科学者にはなれない。スポーツだって、同期の中じゃわりとできるって程度。部活には誘われる。大会に行けるとも言われる。でもそんなのに興味があるわけじゃないし、実際全国大会で優勝した人間の記録と自分の自己ベストを比べたら、どうやったって届かない差がある。コンクールに出ても、ひとつ、ふたつ進めば、どうしても行き詰まる。超人てわけじゃないんだよ」

 「それも私と同じよ。しょせん並の人間。なのに周りはヒトを超人扱いする。やめてほしい」

 「確かに」と彼も同意した。「もしこれ、詞がついてCDになったら教えて。ちょっと欲しい」

 ないと思う。「わかった」

 「あと」と言うと、彼は黒いジャケットのポケットから、黒いアクセサリーケースを取り出してこちらに差し出した。「あげる」

 受け取る。「なに?」

 「おみやげ」

 なんのだ。と思いながらも蓋を開けた。ピアスだ。雫型の赤い天然石のような宝石のついたフックピアス。

 「変よ。あなたが今度、誕生日なんでしょ? なんで私がもらうの?」

 「気にしないで」彼は携帯電話を確認した。「ディアンティアから電話だ。帰らないと」音は鳴っていないし、バイブレーションも振動していないものの、着信ランプが光っている。

 よくわからない。「ありがと」わからないままお礼を言った。蓋を閉じてテーブルに置く。「でも、なら私もあげなきゃ。あなたの誕生日」十二月二十六日だという話。

 「それにしたって残念だろ。クリスマスじゃない。一日遅れ。なにこの中途半端」

 私は苦笑った。「クリスマスに生まれたかったの?」

 「いや、べつに」

 さらに笑った。

 「ならいいじゃない。友達にもいる、二十三日に生まれたのが」

 「まじで? よかった、俺だけじゃないんだ。でもそっちのほうがまだマシ。一日か二日遅れてだけど、誕生日も祝おうかってことになる。クリスマスムードのまま。でも俺の場合、誕生日はクリスマスのノリが終わって地味ムードに戻った瞬間だもん。新年だってテンションを上げるにもまだちょっと早い」

 音楽は再生し終わったが、こちらは笑いが止まらない。

 「そんなこと言ったって、ほとんどのヒトはクリスマスだの新年だってのに関係ない時期に生まれてるんだから」

 「関係ないから文句がないんだよ。実際十二月二十六日って、すごい微妙だよ。誕生日プレゼントはクリスマスプレゼントを兼ねた場合が多いし、昔親戚が家に集まってた時は、クリスマスがすごい賑やかで、でも誕生日当日はそれほどの賑わいがない。なんだこれ、って」

 私はまた笑った。彼もとうとう笑いはじめた。

 「逆はないの? あなたの誕生日を盛大に祝って、クリスマスが地味になるみたいな」

 「あったけど」と彼が答える。「そうなると、なんかすごい空気の読めない奴みたいな」

 笑いすぎて苦しくなって、ルキアノスの腕に両手を添えて彼を止めた。

 「もうやめて。わかったから。二十五日のせいで二十六日がどうなるかはわからないから、今はなんとも言えないけど。アドニスたちはクリスマス、カノジョと過ごすだろうから、それが終わったら、遅れてでも、あなたの誕生日だけを祝う。プレゼントもちゃんと買いに行こうか。ナイルの時と違って、あなたも一緒に。でも店や品物を選ぶのはみんなに任せる。あなたは一切口出しできないの」

 「いいよ、そんなの」

 「あなた、言ってることがめちゃくちゃ」

 「遊ぶのもいいけど」彼は私の髪を私の左耳にかけた。「勉強しないと。まだ調子に乗っていい時期じゃない」

 受験生だという現実。「冬休み、受験対策のプリントだのなんだのが大量に配られるって話なの。手伝ってくれる?」

 「当然」彼は微笑んで答えた。「君がいいなら、俺がこっちに来るよ。なんかテーブルも手に入れたみだいだし、スキャナもあるし。そのほうが荷物は面倒じゃないだろ」

 プリンターにはスキャン機能もついている。

 「どっちでもいい。ここだと完全に勉強しかしない感じだけど、それでもいいなら」

 「俺はむしろ、そっちのほうがいいと思ってる」

 ルキの家だと、いろいろと脱線するときがある。

 「面倒じゃなくて、アドニスがそれでいいって言うならそうして」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 一階におりると、祖母が帰宅していたことに気づいた。彼女もこちらに気づいた。

 紹介すると、リビングの戸口に立った祖母のはじめましてという挨拶にルキも答えた。「いつも勉強みてもらってる」と私は補足した。

 「いつもありがとう」祖母が彼に言う。「驚くほど成績が上がってるものだから、毎回テスト結果が楽しみなのよ」

 「俺もです」と、ルキ。「すみません、勝手にお邪魔して」

 「あらあら、いいのよ。いつでもいらして。この娘の友達に会うの、楽しいんだもの」

 「冬休みはこっちで勉強するかも」私は祖母に言った。「そんなマメにするつもりはないけど、アニタたち同期連中も本腰入れるだろうから、冬休みはわりとうるさいと思う」

 「覚悟のうえよ」彼女は私の髪を撫でた。「みんなして受かってちょうだい」

 「がんばる」ハヌルは落ちろと祈りつつ。「ルキの迎えが来てるから、見送ってくる」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 夜。

 ビールを飲みながら、PCを使って再びじっくりと、そのままだったりヘッドフォンをつけたりして、ディックが送ってきた詞のない曲を何度も繰り返し、再生した。

 夕飯を食べたりシャワーを浴びたりしながら、宗教で覚醒した人間のことを考えていた。さっぱりわからなかった。だって私、神様など信じていないし。神様が実はブラッディ・ゴッド──血まみれだだと思いこんでいる私は、そう信じている私は、覚醒していることになるのか。ならないか。

 ディックは、わけがわからないことを書けばいいと言った。その言葉ですらわけがわからない。というかこれ、サビ以外のメロディに統一感がなさすぎる。どれだけメロディを作っているのだという話だ。

 もしすると、実はディックも覚醒しているのか。話している限りそんな感じはしないのに。

 わけがわからない。狂ってる。病んでる。

 サビの最初の言葉が浮かんだ。これがテーマだ。

 恋愛の曲など正直書きたくはないものの、他に言葉は思いつかないし、かまわないことにする。自分のことではない──はずだし。

 書いては訂正、書いては訂正というのを、何度も繰り返した。イメージは裸足。裸足でうたう。覚醒した、メイクはゴシック的な感じ。よけいなことまで考えている気がする。

 蜘蛛の糸。悪魔。神様の存在を信じるということは、悪魔の存在も信じるということになるはずだ。覚醒すれば悪魔も見えるのか。それとも、悪魔と神様を目撃すれば覚醒するのか。

 アゼルは悪魔だった。私も悪魔。アゼルは血まみれの悪魔だった。私は──怒りと憎しみと復讐心にまみれた悪魔だ。飢えた悪魔。なんの話だ。こんなことは書かない。

 詞にも辻褄合わせが必要になることはあるのだと、改めて思い知った。サビを繰り返しで使う場合、二番はかなり重要になる。

 昔アニタの家で音楽番組を観ていた時、出演していたアーティストが、一番とサビ、そして二番を飛ばしてCメロとサビという組み立てで曲をうたっていた。その曲はストーリー性があるものだったのに、二番を削ったせいで、その曲を知らない人間にとっては少々わけがわからないというか、知っている人間からしても、かなり残念なことになっていた。

 私は、一番があるから二番が、二番があるからCメロや最後のサビが盛り上がるものだと思っている。ストーリー性のある詞なら特にだ。なのにそれを、そのアーティストは台無しにしたのだ。収録時間があるからといって、妥協などするべきではない。

 それなりに好きだったそのアーティストのことを、私はキライになった。テレビで宣伝したい一心で曲の流れを無視して妥協する人間など、アーティストとは呼べない。呼べるのかもしれないけれど、私は呼ばない。

 あれこれ悩んでいて、気づいたら零時になっているのにまとまらなくて、そろそろ寝ようかとしたところで、ディックから携帯電話にメールが届いた。

  《最高。さすが俺。これ覚えろ。バンドメンバーにもまわす。けど今日はもう疲れた。寝る》

 そんな本文で、音楽ファイルが添付されていた。“Brick By Boring Brick”というファイル名だった。ルキアノスが書いてくれたメモを確認しながら、教わったとおりファイルをPCに取り込み、USBに保存した。

 ヘッドフォンをつけ、再生。

 鳥肌がたった。かっこよすぎる。なにこれ、すごいロックだ。最初のあたりからもう、なんだ。ロックだ。私好みのロック。こうやってドラムがガンガン鳴らされて、ドラムひとつでリズムをつくりあげてしまうというのが、私は心の底から大好きだ。

 ドラマーは本当にすごいと思う。一般的なバンドの立ち位置的には目立てないのに、バンドで誰よりがんばっているのがドラマーだ。もちろんヒトにもよるけれど、あの手捌きは神がかり的なものがある。

 音量を上げて何度も繰り返し再生し、USBに保存したメモを確認しながら、彼が入れてくれたなんとなくの詞のメロディ部分を、必至になって覚えた。Dメロではテンポが落ちる。私のイメージどおりだ。そこからまたサビにいく。その切り替えと盛り上がり方も好きだ。思わず身体を揺らしてしまう音楽。私も立派に狂っている。

 あの病んだ宗教ハードロックも、恋愛だと考えなければいい。相手がアゼルだなどと思わなければいい。音楽と私だと思えばいい。少々無理が、というかかなり無理があることはわかっているけれど。

 もっとずっとこれを聴いていたい気はしたが、ひとまずの流れを決めてしまおうと、再び宗教ハードロックを再生した。

 固執。執着。そんな歌。私は病んでいる。

 ドラッグ。ドラッグみたいな男。ドラッグなどに興味はないし、使ったこともないけれど。

 神様。悪魔。覚醒。イメージする。中毒。やめられない。癖になる。

 “なにされても、私はあんたのことが好き”

 そうアゼルに言ったことがあった。一度別れて、やりなおす時だ。キライでキライで、うざくて、バカで、どうしようもないのに、それでもけっきょく戻った。好きだから。

 また浮気をされたけれど、私は別れなかった。愛していたから。病的。

 端から見れば、端からでなくても、今ならわかる。私本人ですら実感があった。狂い、病んでいた。アゼルに対する私の感情は、本当に病的だった。

 また裏切られたのに、けっきょく恋しがった。あれからもう、ずいぶん時間が経った気がする。けれど今の自分の気持ちなどわからなくて、でも会わないほうがいいと思っているのも真実で、アゼルのことを考えると、本当にわけがわからなくなる。

 病んでいる。私は病んでいる。

 ──けっきょく、寝たのは午前二時になる前だった。

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