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R E D - D I S K 0 3  作者: awa
CHAPTER 20 * PROPOSE HEART
100/139

* Surprises

 レジーとの電話を終えた。ナイルたちはテーブルを囲んでそれぞれにケーキを食べながら、やはり終わらない議論を、声を落として話している。私はそのままディックに電話をかけた。

 「どした」と、ディック。

 「ちょっと教えてほしいことがあるんだけど」私は言った。「婚姻届って、土日はもらえないの?」

 「あ?」

 電話越しにディックが言葉を返すと同時に、彼らは四人揃ってこちらを振り返った。

 無視する。「だから、婚姻届。役所にもらいに行くものなんだよね」

 「なんだお前。独身男に嫌味か」彼は冗談交じりに不機嫌声を返した。「普通に考えれば知るわけがないだろ」

 「あれ、わかんないの?」

 「わかるわ。あれは確かに通常、役所でもらうもんだけど。どっかのプレフェクチュールじゃネットでダウンロードできるようにしてるっての、聞いたことがある。PCで検索してみろ、たぶん出てくるはずだ。それをA3サイズで印刷すりゃいい」

 「でも他のプレフェクチュールのなんでしょ? しかも印刷? 本物扱いになるの?」

 「なる。婚姻届は全国共通。どこでもらってもいいし、必要事項さえ記入してれば、問題はないわけだから。提出するのは自分が住んでる市の役所だけどな。A3てのは絶対なはずだけど、用紙をダウンロードして印刷すりゃ、あとは必要事項を書き込むだけ。そうすれば土日でも、市役所の時間外窓口に持っていけばいい。オーケーがでたら、その場で婚姻成立。めでたく夫婦だ」

 おお、なるほど。「わかった。ありがと」

 「中学生の質問かこれ。っていうかお前、詩は書いてないのか? なにげに待ってるんだが」

 「ぜんぜん。なに書けばいいかわかんないし、あれはノリだったから。でもまたやってみる。もうちょっと待って」

 「ああ。まあ無理はしなくていいけどな。早めに曲ができれば、それが気に入ったもんなら、バンドメンバーにもまわして、年明けの二月か三月あたりに生演奏でうたわせてやれるかもって思ってるだけだ」

 さらりと魅力的なこと言ってくれている。「わかった。今外だから、帰ったら。で、まとまった気がしたらまた送る」

 「ん、じゃな」

 私は電話を終えた。

 「なんだよ婚姻届って」アドニスが言う。「なにする気だ」

 無視してルキアノスに質問した。「ルキ、A3用紙ってある? PCで婚姻届のダウンロードファイルっての検索して、A3用紙に印刷してほしいんだけど」

 彼もぽかんとしている。「いいけど、なにする気?」

 「だから、気持ちの証明。A3用紙ってのは絶対らしいんだけど、印刷したものでも、必要事項さえ書き込んでおけば、それで本物扱いになるらしいの。ゼインが名前を書いてサビナに渡す。もちろん年齢的に今すぐ結婚なんて無理なことはわかってるけど、ようするに、サビナが知りたいのはゼインの気持ちなわけでしょ? ゼインはさっき、サビナの親にサビナを嫁にくれって言いに行ってもいい気分だって言った。その気持ちをそのまんま証明するには、もうこれしかない」

 数秒、沈黙。

 アドニスがゆっくりと口を開く。「──確かに。なんかおかしい気はするけど、それでサビナがすっきりすんのかは知らねえけど、少なくともゼインの気持ちを証明するってのなら、それがいちばんてっとり早いかも」

 「むしろ、ちょっといきすぎてないか、みたいなところはあるけど──」ナイルはゼインへと視線をうつした。「どうなの、これ」

 ゼインの口元がゆるむ。「書ける。余裕で書ける」ルキアノスに言う。「ルキ。PCとコピー機貸して。A3用紙出して」

 「え、本気?」

 「本気中の本気だよ」と答えて彼は立ち上がった。「オレにはそれしかできないし」

 「これでダメなら」こちらもあとに続く。「っていうか、これでもまだごちゃごちゃ言うようなら、もうほんとに私とゼイン、友達やめるしかないからね」

 「そうならないように祈るしかないけど」彼が私に言う。「保証人、ひとりはお前な」

 「中学生のサインてどうなんだ。あんたが十八になった時でも、私まだ十六ですよ」

 「それは知らね。で」ナイルへと視線をうつす。「もうひとりはお前」

 「マジか」

 「とりあえず印刷!」ゼインはルキを急かした。「ダウンロードできなきゃ話になんないし!」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 ディックに教わったとおり、PCで婚姻届を検索、A3用紙に印刷すると、ゼインはためらうことなく必要事項を書き込んだ。

 自分で言いだしたことなのだが、さすがにアホっぽい気がした。もちろん考えようによってはロマンチックだろう。いつか詩のネタになるかもしれない。保証人の名前を書く欄は二人分。ゼインに言われたとおり私とナイルが、そしてアドニスまでもが、その名前を書き込んだ。はじめて彼らのラストネームを知った。

 「お前が思いつくことって、ホントに半端ないな」

 左隣でソファベッドに腰かけたナイルが言った。彼は、ソファにもたれてにやつきながら婚姻届を眺めるゼインの後姿を見ている。私はケーキを食べ終わり、その皿を自分の脇に置いた。

 「それを言ったら、どこもかしこも嫉妬深い奴、多すぎだよね。嫉妬深さも半端ないし、多さも半端ない。めんどくさい」

 アドニスが応じる。「嫉妬とはちょっと違うんじゃね。二股疑惑とも違う。単にお前に惚れてんじゃないかって思っただけ」

 「どっちでも変わんねーよ」と、私。

 「けどお前、おもしろいくらいに否定したよな」ナイルが私に言う。「ほんとにゼインがお前に惚れてたらどうすんだ的な」

 私は笑った。「ありえないじゃん。サビナと私じゃ、タイプがぜんぜん違うし。そもそも私に惚れるのなんて、相当な変人だけだもん。約束のひとつも守れない喧嘩バカか、ストーカーみたいなメンタル激弱男だけ。ゼインはどっちも違うじゃん」

 「世の中には物好きがいるからな」

 「そうかもしれないけど。でも私からすれば、ミスター・誰かさんに惚れた誰かも、相当な物好きだと思う」

 「は?」ナイルはすこーし不機嫌になった。「俺のこと言ってんの?」

 「いーえ」入ってはいるが。「高確率で、誰かの惚れ話聞いたらそう思う。ヒトの長所ってのがよくわかんないから。みんな私には微妙な部分ばっかり見せてくれるんだもん」

 「そりゃ、お前には建て前が通用しない気がするし」

 意味がわからない。

 アドニスが口をはさむ。「通用しないっつーか、本音言ってもヒかれないってのはある。態度変わんねえもん」

 「ああ、それだ。なんでも言いたい放題」

 「だからビッチとか言われるのか」私はつぶやいた。「出会い系サイト使ってそうとか、めっちゃ遊んでそうとか──」

 「なに、言われたの?」ナイルが訊ねた。

 少し無愛想に答えてみる。「言われた。まあどうでもいいけど」

 「ほらな、気にしないもん」と、アドニス。

 「どうでもいい。言いたい奴には言わせとく。それより」足の指先でゼインの背中をつつくと、彼が振り返った。「タクシー呼ぶけど、あんたどうすんの? サビナんとこ行くんでしょ?」

 「え、送ってくれんの?」

 「送るっていうか、お金は出すから、途中からはひとりで行ってよ。適当なところで降りて、釣りはチップにでもして」

 「ああ。んじゃ一緒に行く」

 「バレないようにしろよ」ナイルが言った。「いかにもバスで来ました的な」

 「なんならついてきてくれればいいじゃん」私は彼に言った。「ゼインはすぐには帰らないだろうから、帰りはひとりでバスでどーん」

 ゼインが賛成する。「あ、それいい。帰りはバスでどーん」

 「ええー」

 「んじゃオレも行く」アドニスが言った。「帰りはバスでどどーんにしてやる」

 意味がわからない。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 けっきょく、タクシーでウェスト・キャッスルへと向かうのに、ゼイン、ナイル、アドニスが一緒に来た。

 タクシーが走り出すと、ナイルはゼインにいくらだと訊いた。アドニスはそれでやっと納得した。お金の貸し借りが完全にばれた。ゼインは彼らに経緯を説明、私に三千フラムを返してくれた。返済完了。

 ナイルがルキアノスの家でこのことを持ち出さなかったのは、ゼインのプライドというよりも、ルキアノスのことを考えてらしい。彼は家柄と普段の人柄から、お金を貸してくれと頼まれることがよくあるものの、お金の貸し借りはできるだけするな、するとしても相当仲のいい、信用できる相手だけにしろと言われて育った。彼がお金を貸すのはアドニスとゼインだけ。ナイルは浪費家ではないから、借りる必要はないのだとか。

 そんなだから、会ってまだ一年も経ってない私とゼインがお金の貸し借りをしたとなると、また空気が悪くなるかもしれない、と思ったらしい。それでもけっきょく、ルキアノスがその部分を気にして訊いてくれば、正直に話すことになるのだろうが。

 そんなことはともかく、男三人が後部座席に三人詰めて座ると、ものすごくうるさかった。タクシーの運転手のおじいさんに、大きい車で来たほうがよかったねと言われた。四人の時に大きいほうの車を頼むのは微妙な気がしていたけれど、待機車に空きがある時はかまわないらしい。頭に入れておくことにする。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 ウェスト・キャッスル。

 アドニス、ナイルと一緒に、祖母の家の近くでタクシーを降りた。ゼインはタクシーに乗車したままでひとり、サビナの家へと向かう。

 私の部屋が見たかったらしいアドニスは、家の前に停まっている車で祖母が家にいるとわかり、渋々帰っていった。

 玄関のドアを開けると、祖母は笑顔でリビングから出てきて出迎えてくれた。

 「見せたいものがあるの」と彼女が言う。「ちょっと早いけど、クリスマスプレゼント」

 「早すぎじゃない? なに?」

 「開ければわかるわ」と祖母は答えた。促されるままリビングに入る。

 テーブルの上に、濃赤にゴールドの包装紙で包まれた箱と思われるものがふたつ、そして紙袋がひとつ置いてあった。わりと大きい。紙袋を乗せている箱らしきものは高さ十センチほど、もうひとつはその倍くらいの高さがあるだろう。

 まずはこれを、と言われたので、しっかりと封をされた紙袋を床に置き、高さ十センチほどの包装紙を、慎重に剥がしていった。

 箱が出てきた。

 ノートPCだ。

 左背後でソファに腰かけている祖母が苦笑気味に言う。「わたしはこういうの、よくわからないんだけどね。職場のヒトたちと、店員さんの意見を聞いて。画質とスピーカー性能を考えたら、それがいちばんいいって」

 白と赤、二色の箱に写された、おそらく中身のPCのサンプル写真だろうそれを見ながら、私は呆気にとられていた。言葉が出ない。

 「──高そう」と、どうにかつぶやいた言葉が、これ。

 「そんなのはいいの」彼女が急かす。「ほら、箱も開けて」

 ドキドキしてきた。

 慎重に箱を開けた。箱の中からまた箱が出てきて、それも開けた。ノートPCが顔を出す。シルバーのロゴが入った、マダーレッドのノートPCだ。あとコード類。

 祖母が箱を床によけてくれ、私はノートPCを慎重にテーブルの上に置いて、開いた。

 真っ黒な画面。あたりまえ。内側のキー部分は黒だった。しかも液晶に近い部分の左右両側に、丸くて小さなスピーカーらしきものがついている。その少し下には、左側にシルバーの丸いボリュームダイヤルが、右側にはオーディオ用の丸いコントローラーがついていた。ノートPCのくせに、どれだけ立派なものを装備しているのだ。

 「すごい」私の口元は自然とゆるんでいる。「気に入った」

 「よかったわ」彼女は微笑んで答えた。「色は悩んだんだけどね。あなたはあまり白を選ばないし、黒だと、中も黒だから、なんかね。この赤が、すごくキレイに思えて」

 同じマダーレッドとして、自分の髪はともかく、これは確かにキレイだ。

 「うん。私でも、店で見てたらたぶん、これ選ぶと思う」

 「でしょう。もうひとつも開けて。もうだいたいの予想はついてると思うけど」

 もしかすると、プリンターだ。そう思ってもあえて口には出さず、私はもうひとつの包みも開けた。やはりプリンターだった。これは真っ黒で立派。しかもA3まで対応している。なんだかすごそうな多機能プリンターだ。

 そして紙袋の中には、A3とA4のコピー用紙。それからワイヤレスマウスとマウスパッド、独立インクの替え一式に、大容量の記憶装置、USBメモリまでもが揃っていた。

 ソファに座り、祖母にハグをした。

 「ありがとう。すごく嬉しい」

 それに応え、彼女が私の髪にキスをする。

 「気に入ってくれてよかったわ。インターネット接続はどうする? とりあえずあなたに訊かなきゃと思って、保留にしてあるんだけど。電話すればすぐ工事を手配してくれるって言ってたわ」

 インターネット。工事。なんだか面倒そうだ。「ううん、とりあえずいい。ネットはたぶん、そんなにしないし。もしかしたら、高校生になってから頼むかもしれないけど──」

 彼女はまた、私の髪にキスをした。

 「そう」と答えて髪を撫でる。「部屋に持っていかなきゃね。ちょっと接続を試してみて、そのあと、今日は夕食、外に食べに行きましょうか。カメラの時みたいに、説明書に埋もれることになるだろうし」

 祖母の腕の中、私は笑った。「わかった。でもカメラの時よりも、たぶんもっと頭がややこしくなるよね」

 「間違いないわ。がんばって使いこなして」

 PCを箱に戻し、祖母に手伝ってもらって部屋へと運んだ。

 二階にあがった私は、またもぽかんとした。屋根裏部屋へのドアの前に、平たくて大きい箱が置いてあったのだ。これは包まれてはいなくて、すぐになにかわかった。テーブルだ。泣き笑いそうになった。ひとまずプリンターを部屋に運んでから、テーブルも持っていった。

 折りたたみの白い木製テーブル。そこにPCを、TVボードの上にプリンターを置いて、説明書とにらめっこしながら、それらを接続、設定した。ネット接続なんてことをしようと思えば、おそらくこれ以上の面倒さがつきまとうのだろうから、もう一生、インターネットなどいらないのではないかと思った。

 作業を一時中断すると、夕食へと出かけた。レストランだった。帰ってからはまた二人して説明書とにらめっこ。デジカメとの接続がうまくいったり、写真や文字を紙に印刷できた時は、二人して喜んだ。私も祖母も、すっかり時間を忘れていた。

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