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幸せな1日を(リクエスト。統矢Ver)



 双子の兄だけがメインで祝われる行事。それが俺の誕生日という認識だ。いつもの事だからもう慣れた。だけどその日だけは早く帰る気分にはなれず、適当に時間を潰してから家に帰る。

 母親からは何の言葉もない。

 それも当たり前の日常となってしまったから、今更だろう。もう慣れたというか、俺の方も期待をしていない──……はずだった。




「おはよう。統矢君」

 

 珍しく取り巻きの弟と幼馴染がいない璃音に、肩を軽く叩かれた。


「あぁ。おはよう」


 素っ気無い返答。けれど璃音は気にせずに、にこにこと機嫌の良さそうな笑顔を浮かべている。いつにも増して笑顔が眩しい気がするのは気のせいだろうか。

 思わず頭を撫でたくなった笑顔を意志の力だけで押さえ込みながら、俺は璃音の言葉を待つ。が、一向に何かを言う素振りは見せない。

 いつもと違う璃音に俺は内心戸惑うが、璃音が紙袋を大切そうに持っているのが目に入った。普段は持ち歩かない紙袋。なるべく揺らさないように持っているのがよく分かる。


「……それ、持つか?」


 重たいのか軽いのか分からない紙袋。でも重たそうに見えるのは気のせいじゃないだろう。


「ん。大丈夫。これはお楽しみだから」


 璃音の声が弾む。


「そうそう。今日のお昼は教室じゃなくて中庭に来てね」


 満面の笑みの璃音に疑問が解消される所か、溜まる一方だ。天気の良い日は時々だが、中庭でも食べている。今日もそれだろうか。それとも新作のお菓子を作ったのか。

 彼女は料理を作る事が好きだから、その可能性は非常に高い。

 試作品を沢山作ったから、味見をしてほしいんだろうな。

 その時はそう思っていた。

 俺にとって今日という日は、何の意味もない日なのだから。だが、俺とは違い、桐矢の机の上にはプレゼントが山盛りになっていると、同じクラスの連中が話していた。それで今日が誕生日だという事を思い出した。

 直ぐに忘れる程度のイベントだが、今日は何処かに寄って時間を潰した方がいいな。家に帰るのは10時過ぎにしておくか。そうすれば、嫌な光景を態々見る必要はない。

 いつからこんな考え方になったのか。思い出すのも億劫になる程昔の事だった。ような気がした。

 俺に注がれる愛情はない。

 気付き、全てを諦めた。

 それでも、今日という日を思い出しては同じ事を考える。

 本当は拘っているのかもしれない。けれど、家族にだけは祝ってほしくない。それは紛れもない俺の本音だ。

 父からは愛情を感じていないわけではないが、俺に愛情を注ぐ事を母が酷く嫌うのだ。どうしてかと、理由を聞いた事はない。

 ただ、昔に何かあった。それだけは聞いている。

 こんな億劫な日だったが、ただ一つの救いといえば、璃音の笑顔とお弁当か。璃音の事を想うと心が温かくなる。じわりと広がっていくのだ。

 改めて思う。

 俺は璃音が大好きなんだと。

 そんな彼女と、今年は今日言う忌むべき日に一緒に居る事が出来る。俺は何て幸せなんだろうか。

 自然と笑みが浮かぶ。俺は昼食の時間を心待ちにしていた。いつからこうなったのか。彼女と再会を果たしてから、俺が幸せでなかった日はないように思える。前よりも、家族に対して考える事も減った。

 負の感情がなくなったわけではないが、それを上回る感情が俺の心を持ち上げてくれる。






 そんな俺の前に広がった光景。

 敷かれたレジャーシート。その中心に陣取るのはケーキ。板のチョコに書かれた言葉は俺を祝うもの。


「……」


 ケーキの周りに並べられたごちそうと、璃音の笑顔。


「これは……」


 今朝会った時は気付かなかったが、薄っすらとだが目の下にクマが浮かんでいる気がする。ひょっとして、俺の為に早起きして作ってくれたのだろうか。そんな期待が浮かんでしまう。

 期待するな。

 俺は家族の愛情さえ得られていない人間だ。


「ちょっと気合をいれて作りすぎちゃったけど──……誕生日おめでとう」


「……」


「統矢君の好きなもので攻めてみました。残していいからね。調子にのって作りすぎちゃったというかね」


 俺が何も答えないのを別の意味でとってしまったのか、璃音が焦ったように言葉を続ける。作りすぎちゃって。俺の為に。気合を入れて。


「あぁ。ありがとう」


 素直に。すらりと言葉が口から出た。

 どうして璃音は、俺の欲しいものばかりをくれるのだろうか。


 こんなに幸せでいいのか?


「ん。それじゃ蝋燭に火をつけよっか。あ。それはやめといた方がいい?」


 右手には蝋燭入りの袋を持っている。

 恐らく弟や両親の誕生日には当たり前のように蝋燭をつけているのだろう。けれど高校三年の男が嬉しがってくれるかどうかで悩んでいるんだろう。


「折角だからつけてくれ」


「うん」


 俺がそう言うと、璃音が弾む声で頷き、1本ずつ蝋燭を大切そうにさしていく。丁寧に、大切に。

 その璃音の行動の一つ一つが、俺が今まで捨ててきたものを拾い上げて抱きしめてくれているような気がした。


「さっさと消せ。消しとけ」


「……教師が何の用だ?」


 折角良い気分だったのに、横槍が入る。学校にいる限り横槍が入らない事の方が珍しい。今回もそれだろう。

 明らかに俺への敵意が見てとれる武長。と、他にも居たか。


「姉さん。手伝うよ」


「ありがとう純君。これを皆に配ってくれる?」


 璃音は袋から紙皿と割り箸を取り出して弟に渡す。

 どうやら、璃音以外はいらないが、璃音に付き合って皆で俺の誕生日を祝ってくれるつもりだしい。祝ってくれてるのかは分からないが。本音としては最初に武長から感じた敵意が正解だろう。



「おめでとう統矢君。統矢君に会えて嬉しい。生まれてきてくれてありがとうね」



 璃音の満面の笑みと、火の点けられた蝋燭とケーキ。

 周りを飾るのは俺の好きな料理の数々。


「あぁ。俺も、嬉しい」


 生まれてきた事を。

 璃音と会えた事を。


 ありがとう。







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