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彼女がいつの間にかに土塊だった

青年が目を覚ますと彼女の姿はなかった。

 “彼女”がいつの間にかに土塊(つちくれ)だった。


 ついに昨日までは“彼女”はこんな土塊ではなかった。“彼女”は僕を時に慰め、時に癒してくれる存在だった。

 それなのにいつの間にか物言わぬ冷たくなったただの物になっていた。




 “彼女”との出会いは、今から1年前にさかのぼる。

 僕は高校卒業の時に初恋の人に告白した。その人とはしばらく幼馴染の関係で小中高と同じ学校だった。僕は大変臆病であるため、なかなか告白することができなかったが、その人はずっと待っていてくれていたのだった。僕がようやく告白をしたときに彼女は優しく微笑んでいた。

 僕の搾り出した告白は当然のように受け入れられ、彼女との新しい大学生活に胸を躍らせた。

 彼女となら楽しい大学生活を送れる。彼氏彼女の関係だけじゃなくて、その先の関係にもなれる、と僕は思っていた。


 しかし、それはただの幻想だった。現実はそう甘いものではなかった。

 僕と彼女は同じ大学へは進んだものの、彼女は教育部、僕は理工学部だった。教育学部はそこまで忙しくはなかったようだが、僕が進んだ理工学部は特に忙しかった。来る日も来る日も講義や実験やレポートで埋め尽くされた。

 そのため僕と彼女はなかなか一緒にいる時間をとることができなかった。それでも僕はできるだけ空いた時間は彼女といるようににした。休みの日は一緒にデートに行き、夜はたまに泊まり込んだりした。まめにメールして彼女との時間を大切にした。

 彼女は僕のその努力を分かってくれていたようで、そんな僕のことを好いてくれていた。会いに行けば必ず何か用意していてくれ、メールをすれば必ずすぐに返してくれて、仮に彼女が僕にメールして返信が遅れたとしてもその理由を理解してくれた。


 だが、そんな僕と彼女の関係は長続きしなかった。

 それが具体的にいつからだったかはわからない。しかし、結果は明らかだった。

 いつの頃か彼女からのメールが減り、会いに行こうとしても用事があるからと断られ始めた。僕はそれはきっと彼女も忙しいのだろうなと風にしか思っていなかった。会えば会ったで彼女は天使のような微笑みを僕に向けてくれたし、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。僕は特に何の疑問を抱かなかった。後から思えばこのときから始まっていたのだろうと推測できる。彼女が別の男と関係を持ち始めたことに。


 結論から言えば僕の前から彼女は去った。置土産を残して。


 「あなたに無理はさせたくないの」


 彼女はとことん優しかった。僕が無理をして体を壊していることを知っていた。僕が彼女のためのお金を捻出しようと暇を縫ってバイトをしていることを知っていた。

 その上で、彼女が出した答えは、僕の前から立ち去ることだった。


 「私がいるからあなたは無理をしなければいけなくなる、だからは私はあなたの前から消えるね。またいつか、お互いゆっくり話し合えるといいね」


 そう言って彼女は僕の前から姿を消した。


 僕の心はそのあとしばらく沈み込んだままだった。



 そんな僕を癒してくれたのが“彼女”だった。僕に対して特に何かしてくれるというわけでないが、ただ僕のそばにいてくれた。

 “彼女”に出会ったのは、初恋の彼女と別れ意気消沈した僕が気分転換にと電車で行けるところまで行こうとした時のことだった。

 道端で偶然出会い、一見惚れしてしまった。


 それからというものの“彼女”は僕の家にいる。“彼女”は僕のそばにずっといてくれた。僕が外に出かけているときは家で僕の帰りを待っていてくれた。

 僕のためと言い訳することなく僕から離れないでいてくれた。

 初恋の彼女の気持ちもわからなくはないが、なにより僕から離れないでいてほしかった。例えそれが僕を苦しめる結果だとしても、僕には支えてくれる存在が必要だった。


 “彼女”はいつだって僕のことを見ていてくれて僕のことを気にかけてくれていた。

 僕は“彼女”の思いに応えようと頑張って日々を過ごした。


 壊れていた体も日を追うごとにだんだんと健康になっていった。僕自身が大学生活に慣れたこともあったが、“彼女”の存在が大きかった。心配していた両親もだんだんと笑顔を見せるようになった。この頃最近お見合いを持ち込んでくるようになったが、さすがに安心しすぎだと思った。それに僕には“彼女”という存在がいるというのに。



 来る日も来る日も僕は“彼女”の存在に癒され勉学に励んだ。その内僕は初恋の彼女のことをだんだんと忘れていくようになった。たしかにあの時は彼女のことを愛していたかもしれないが、この時はすでに“彼女”の方が圧倒的に大事に思っていた。





 僕は“彼女”との思い出を思い出しながら、目の前の土塊をただ見つめていた。


 なぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだ・・・なぜなんだ!


 なぜ“彼女”が土の塊になってしまっているんだろうか!?

 あの時僕を慰めてくれた“彼女”はどこにいってしまったんだ!?


 僕は机の上に飾ってある写真を手に取った。恥ずかしがってなかなか写真を撮らせてもらえなかった僕がなんとか頼みこんで“彼女”を撮らせてもらった唯一の写真だ。写真には僕と“彼女”が二人仲良く映っている・・・


 “はず”だった。



 その写真には僕と、ただの土塊しか映っていなかった。


 僕は茫然とした。

 何が起きている・・・?

 なぜ、彼女がいつの間にかに土塊になっていたんだ?


 僕はどさっと床に倒れこんだ。

 僕の頭の中をぐるぐると“彼女”との思い出が駆け巡った。

 たしかに昨日までは“彼女”はいた。僕が勉強している横からどこか嬉しいそうな顔をしながらただ僕の顔を見つめていてくれた。一昨日は僕が入れたコーヒーを飲みたいと言って“彼女”の分を入れてあげたら「飲ませてほしい」と言ったから飲ませてあげた。一昨々(さきおととい)は“彼女”が散歩したいというから一緒に近所のショッピングモールを周った。

 だのに・・・


 僕はふと気がついた。初恋の彼女の声と“彼女”と声が似ているな、と。いや、似ているどころではなかった。まったくもって同じだった。

 それと同時に僕は“彼女”の顔をうまく思い出せないことに気付いた。初恋の彼女の顔は容易に思い出せるのに、なぜか“彼女”の顔がぼやけていた。どういう顔だったか思い出せなかった。

 





 しばらく考え込んで、僕は全てを理解した。


 あぁ、なんだ。最初から“彼女”は土塊だったじゃないかと。

 全ては僕の妄想の産物だったと、僕は気付いてしまった。






「彼女はねんどろいど」というよりはマシかもしれませんが。

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