もう一度あの時に戻れるのならば
後悔してもしきれないことは世の中に五万とある。
もう春がそこまで近付いているはずなのにまだ冬の寒さを残しているそんな日のこと。
俺は学校が春休みで暇を持て余していた。そんな俺は何かしようと外に出た。
俺はふらふらと外を歩いていた。心のおもむくままに、ただただ暇を持て余しながら。
すると、俺は家からそう遠くない、とある公園に来ていた。この公園は、俺が通っている学校の隣に位置し、普段から近隣の住人たちに親しまれていた。いつもこの公園では遊んでいる子供や景色を楽しみながら暇を持て余している人を見かけることができる。
俺はこの公園に別段に用事があったわけではないが、何の気無しに来てしまった。
俺は、公園の端に並んでいるベンチに腰掛けた。
そして、一年前のあの日の出来事を思い出した。
■■■
今から一年前。
俺はその時高校一年生だった。
2月のある日曜日、俺は買い物をしに街まで出掛けた。その帰りのこと。
俺は駅から家に帰る道、たまたま公園の前を通った。特に何があったわけでないが、その日の戦果を手にふと公園を眺めていた。
その時公園にはおじいさんが一人とぼとぼと歩いているだけだった。ふと、公園の端を見ると、ベンチに女が座っていた。その女に見覚えがあった。クラスメイトで、いつもクラスをまとめ仕切っている女だった。背はあまり高くなくかわいらしい顔立ちの女だった。俺はその女が島咲愛という名前だったのを覚えていた。
俺は思わず声をかけた。
「おう、島咲、どうしたん?」
どうやら彼女は俺のことに気付いていなかったらしく慌てたように声を返した。
「えっ、あっ・・・中山くん?」
「いいや、俺の名前は中山じゃなくて中岡だ」
「ごっごめんなさい」
「いや、いいって。それでこんなところで何してたん?」
「特に何も」
「そうか、なんか邪魔して悪かったな」
「いいえ、別に中岡くんは何も悪くないです」
「んじゃ」
そう言って俺はそこから立ち去ろうとした。
「ちょっと、待って」
「ん?」
「もしも、時間があるのなら、話聞いてもらってもいい?」
「構わないよ、俺も島崎の様子が気になっていたから。俺でいいなら相談でもなんでも乗るよ」
「ありがと、中岡くん」
俺は島崎の隣に腰掛けた。
「で、なんだ?」
「うん、私、おばあちゃんの家が仙台の方にあるの。それで昨日おばあちゃんが倒れたって電話があって、もう駄目らしいんだけど。それですぐにでも仙台の方へ行かなきゃいけないの。家族でその仙台に引越しをしないといけないんだけど・・・」
「ずいぶん急だな。家を継がないといけないのか?」
「うん、それで・・・・・・」
「それで?」
「確かにおばあちゃんが死んでしまうのは悲しいんだけど、それ以上にここから立ち去らないといけないのが悲しくて。学校のみんなと離れてしまうのが怖くて」
「怖い?」
「なんか自分が変わってしまう気がして怖い。みんなとこのままもう会えない気がして」
「大丈夫だろ?春休みになったら新幹線に乗って来れるだろ?別に海外に行くわけじゃないんだし」
「うん」
「だってメールで連絡とか取り合えるだろ。だから大丈夫だ」
「ありがと」
島崎は涙ぐみながらも小さく微笑んだ。
「どういたしまして、お役に立てたんなら良かったよ」
そして俺は立ち上がり帰ろうとした。
「中岡くん、もし良かったらメアド教えてくれない?」
「えっ?」
「べっべつに深い意味があったんじゃないんだけど、今こうして会えたから記念に」
「そうか、わかった」
そして俺は島崎とメアド交換をした。
■■■
そして、次に学校に行ったときにはすでに島崎はいなかった。
あの後、すぐに仙台まで行ってしまったらしい。
俺は少し喪失感を感じた。どこかに何か置き忘れてしまったような、そんな感じを。
その後、島崎からメールが届いた。
おばあちゃんが死んでしまったという話。結局仙台にそのまま住む話。もう仙台の学校に転校した話。
彼女は胸に悲しみを抱いたままだけど、悲しみがメールに表れているということはなかった。
どこか空元気を出している、そんなふうに感じた。
それからはちょくちょく島崎とメールのやり取りをした。
しだいに俺は彼女に惹かれた。
春休みになったら島崎に会いに行こう。そう思うようになった。
そして3月の2週目に入った。
やっと春休みに入るっという時に
地震が全てを飲み込んだ。
俺が住んでいるところは震度5弱だった。
本棚や置物などが崩れたり倒れたりした。
ただそれだけだった。もっとも家の近くの繁華街では地面が割れたり隆起したりしたようだったが。
震源地は三陸沖だった。
マグニチュードは今までの地震が可愛く思えるほど大きかった。
被害は甚大。地震もさることながら、地震によって引き起こされた津波によって幾人ものの人達が亡くなった。
島崎と連絡が取れなくなった。
メールを送っても返信は返ってこなかった。
電話をかけても繋がることはなかった。
俺は島崎がどうなったかが心配だった。
■■■
それから、一年。
まだ彼女の遺体は見つかっていない。たぶん津波に流されて、すでに海の藻屑と化しているだろう。
俺はあのベンチに座っていた。
島崎と話したあのベンチに。
今までただのクラスメイトだった彼女の一面を垣間見たあの時のベンチに。
俺は座っていた。
「・・・・・・っ」
周りにいる人が俺のことを訝しげに見ていた。
どうやら俺は涙を流していたようだ。
「あぁ・・・」
結局彼女は死んでしまった。またここに戻ってくることなしに。もう二度と戻ってくることができないまま。
あんなにここから離れることが嫌だった彼女。
それでも家のために泣く泣く行ってしまった彼女。
周りに対しては気丈に振る舞い、人の見えないところで涙を流す彼女。
俺は、そんな彼女がとても恋しかった。
初めから持っていたわけじゃないが、彼女と接してきて抱いた想い。
それが日に日に大きくなっていた。
もう彼女がいないとわかっていても、その想いは小さくなるどころか一層大きくなっていった。
もうその想いを伝えられないとわかっていても。
それでも
それでも
それでも
俺が今更後悔したところで何も起きないことはわかっていた。
たとえ、あの時に彼女に辛いのならば行かなければいいと言えたとしても。
それは全くもって意味を為さない。
もう全ては後悔しても後悔しきれない。
もし、俺が少し前から彼女を知っていて、あの時に彼女に想いを伝えていたとしても。
それは全く違ったものだっただろう。
そして結果は変えられなかっただろう。
だけど、もう一度あの時に戻れるのならば
俺は彼女にこの想いを伝えたい。
もう一度あの時に戻れるのならば
それでも私たちは『もう一度あの時に戻れるのならば』って思ってしまう。
だいぶ遅れましたが、震災に被害に遭った方全員へ。
明日を生きてください。頑張ってください。
もう後悔なんてしないように日々を大事に、生きていくしかないんですね。世界は理不尽極まりないですね。