矮小な存在
僕はちっぽけだった。
僕はちっぽけな存在だ。
僕は特に何かが得意な訳でない。言い換えるならば、僕は何もできない。自分で何かを決めてそれを成し遂げるなんてことはできない。やったとしても絶対にどこかでぼろがでてしまう。
本来の僕は何も出来ない子供そのものだ。しかし、僕はそれを隠し、ひょうひょうと生きている。心の中ではひやひやしながら。いつか僕の中身がさらけ出されるのではないかと。僕の矮小な存在が周りの人に見られるのではないかと。
僕はいつかそんなちっぽけな存在から変わりたいと思って、いや願っている。
いつかそんな日が来ることを、僕は切実に願っている。
まず、どこから話そうか。
僕がなぜこんなおどおどビクビクした醜い人になってしまったのか。
別に誰かのせいにするつもりはない。強いていえば自分のせいだ。
僕が小学生の頃。
その頃の僕はまだ何も知らなかった。
人の心に潜む、闇。
それは嫉妬や執着、嫌悪といった感情だ。
人は必ずこういった感情を持っている。
今の僕でさえ持っている。
清廉潔癖な人はいない。そんな人がいたとしたら、その人は人じゃない。
そう、僕が5年生の頃。
僕は少し人より勉強ができた。
これは、人よりも運動ができないことを見かねた母親が僕に勉強を教えてくれたからだ。
母は僕が言うのもなんだが、完璧な人だ。
なんでも知っていて、なんでもこなせる。
そこらへんの親なんかより優秀だと思う。
もちろん人並以上に負の感情を持ち合わせている。
さて、話を戻そう。
僕は人より勉強ができたから、中学受験を受けることになった。
そのために僕は塾へと通った。
塾へと通うことによってますます僕の知識は深まった。
それと同時に周りの人の視線が気になるようになった。
特に学校の一部の人からの、嫉妬の視線が。
時は進み、6年生の2月。
中学受験の入試である。
あくまで、一つ述べておきたい。
僕はこの中学受験を受けるにあたってそんなに本気じゃなかった。
まぁ、言い換えれば少し勉強ができるから自惚れていたようだ。
結果、僕は受けた全ての私立中学に落ちた。
言い訳をすれば、全部チャレンジ校だった。
チャレンジ校というのは、自分の偏差値の少し上の学校のことだ。
当然滑り止めなんて受けていなかった。
僕は自分なら受かると、甘い考えをしていた。
それがこういう結果を招いた。
傷心の僕が、久しぶりに学校に行ったときに待ち構えていたのは、嘲笑だった。
「アイツ、受験失敗したんだぜ。」
「落ちたくせに。」
「ざまあみろ、いい気になってるからこうなるんだ。」
僕は初めて出くわした嘲りに戸惑い、そして怯えた。
それまで浴びせられたことのない悪意の塊だった。
今から思うのは、よく残りの日数学校にいけたな、ということだけだ。
はっきり言ってまだまだ僕は、それでも何も分かっちゃいなかった。
中学のあのことを経験するまで。
僕は中学受験に失敗し、近くの公立の中学に入学した。
その公立中学校:R中は、近くの小学校3校の生徒が集まる中学校だった。そのせいか、一年生になり同じクラスになった人たち30人余りの中に、同じ小学校の人は10人もいなかった。その中には僕に悪口を言った人たちはいなく、僕のことをあまり知らない人たちだった。
そのおかげで僕は新たな気持ちで中学校生活を始めることができた。
その一年間は楽しかった。友達ができ、他のクラスメイトとの関係も良好に築くことができた。中学生として勉強も頑張ったし、委員会活動も頑張った。
そのおかげか僕は心の負った傷:中学校受験に失敗したことから目を背けることができた。
また、僕に親友と呼べる友達ができた。彼の名前を、仮にT君としておこう。彼は聞き上手で、僕の話をよく聞いてくれた。彼とは様々な話をし合って、友情を深めあった。
この環境を僕はとても好ましく思っていた。このままずっと続けばいいのにとさえ思っていた。そんなことあるわけないと分かりながら。
やがて転機が訪れる。
僕が2年生に上がった時のことだ。
R中では学年ごとにクラス替えを行う。クラスは7クラス、一つあたりだいたい30人で構成されている。そしてクラス替えはどのクラスにも均等に同じ人が入るように決められる。つまり同じクラスに3~4人は再び同じクラスの人というわけだ。
僕は、再びT君と同じクラスになった。
僕とT君は互いに喜び合った。
一学期が始まり、今までと同じように一日一日が過ぎていく、そんな感じに思えた。
いつの頃だろうか、
T君がいじめられていることに。
新たなクラスには何人か不良崩れみたいな人がいた。
その人たちにT君はパシリにされ、物を取られ、万引きさせられていた。
なぜ彼が標的にされたかはわからない。とにかく彼が標的になっているということだけが分かっていた。
だからといって僕は何もできなかった。
いや、何もしなかった。
自分の身に降りかかってくるのが怖くて、何もしなかった。
いくら親友がそんな目に合っていると分かっていても、自分の身がかわいかった。
そう、僕は親友と自分の保身とを天秤にかけ、自分を取った。
親友を切り捨てた。
それからT君と顔を合わせるのが辛くなった。
昼休みのたびに購買へ行く彼の姿を脇目で見ながら、僕は悲しみと怒りで心がいっぱいになった。
彼に何もできない悲しみと、彼を切り捨てた自分への怒りと。
そして、僕は逃げ出した。
元々、僕は2年生に上がるときに転校しているはずだった。1年生の半ばで新たな家に転居して、隣の学区に住んでいたからだ。
だけど、僕は2年になっても転校することなくこのR中に通い続けていた。
ある意味、いつでも転校することができた。
逃げ道があった。
だから、僕は逃げた。
目の前の状況から、親友から、いじめられるかもしれないことから、逃げ出した。
2年生の半ば、夏休みに入る前に、僕はR中からM中へ転校した。
誰に知らせることなく、ひっそりと。
T君にさえ知らせず、T君のメアドやその他諸々を消去した。
幸いと言っていいのだろうか、T君を僕の新しい家に連れてきたことはなかった。
だから僕はR中との関わりをほぼ完全に断ち切った。
僕は、このとき余りにも惨めで、何もできないちっぽけな存在だった。
それは今でも変わっていない。
僕がM中に転校して。
僕は何かに取り付かれたかのように勉強した。
全ては高校受験で志望校に受かるため、中学校受験での失敗を再び繰り返さないため。
それが良かったのかは今でもわからない。
ただ、僕の成績が良くなっていたのは事実だ。
幸い、M中には俺の成績に嫉妬する生徒はいなかった。
文句つけてくる教師はいたけれども。
その教師曰く、
「勉強だけが全てじゃない」
正直どうでもよかった。
塾の模試でも比較的高い点数を取ることができた。
学校でもいじめられることなく割と普通な人間関係を築けた。
物語にするにはつまらない、そんな期間だった。
それは言い換えれば僕が平穏に過ごせた期間かもしれない。
何かに集中できている間こそ人間は幸せなのかもしれない。
今から思うと、そういうものだと思う。
話を進めよう。
結局、僕は志望校を受験し、合格した。
ただそれだけ。
僕の中学時代は志望校に合格するだけだったと言ってもいいかもしれない。
それだけ僕はちっぽけな、つまらない人間だった。
さて、僕の高校時代の話までしてしまおう。どうせ僕は大学生までしか話すことはないのだから。
こういう欝になる話はさっさとしてしまうほうがいいに決まっている。
これを聞いてもらっている人にも悪いからね。
僕が憧れのその高校、ここではW学院としておこう。どうせ、ここでしか使わないから適当ね。
このW学院はW大学の付属で、まぁ簡単にいえば推薦権が“ほぼ”100%だ。
察しのいい君たちなら気づいてしまうかもしれないが、この“ほぼ”っていうのがミソだ。
これはあくまで入学要項になんか書いてやしない。
まぁある意味100%なんだろう。
この意味はあとで説明しよう。
それと、あくまでこのW学院っていう名前には意味はない。
ただ僕がそう呼んでいるだけだ。
君たちがなにか聞き覚えがあったとしても、それとこれとはきっと違うだろう。
話を戻そう。
僕がW学院に入学して、いろいろなことがあった。
一々話していれば限がないので割愛する。
ちっぽけで何もできやしない僕がこのW学院に入って得たものは、
信頼の置ける友達
私学の教育
効率の良い人付き合いの仕方
ネット世界についての知識と経験
電車通学の経験
・・・何か間違ったものが入っていた気がするが、まぁそれはいい。
それだけじゃない、僕が得たものは。
堕落
これのことだ。
ある意味矮小な存在である僕が一番手に入れてはいけないものだったかもしれない。
もしも堕落せずに努力を続けていたら、結果として今の僕にならないで済んだかもしれない。
後悔先に立たず。
さて、W学院に入学した僕は最大の難関にぶち当たることになる。
もっとも今の僕の状況からすると“最大”ではないんだが。
まぁこの時点でってことで理解して欲しい。
先程の話を思い出して欲しい。
そう、W学院からW大学に上がれるのが“ほぼ”100%だという話だ。
この“ほぼ”100%という意味は、留年だ。
消費税と同じだけの留年率っていうのはどうだろうか。
もうあとは話さなくてもわかってくれるだろう。
僕はなんど留年しかけたことか。
ちっぽけな僕がこんな大学付属のW学院に入ったこと自体が奇跡に近いのだ。
まぁ何はともあれ、僕は留年することなく3年でこのW学院を卒業することができた。
で、次は僕の大学生時代の話だろうって君たちは思っているかもしれない。
あながち間違ってはいないのだが、ひとつだけ付け加えておきたい。
僕はまだW大学に一日しか行っていない。
入学式行っただけだ。
僕はW大学の入学式に行った帰り、家路に向かう途中で何者かにいきなり何かを嗅がされて意識を失った、それだけだ。
あぁ、僕は何もできやしない。僕はただコンクリート剥き出しの部屋で寝転がっているしかできない。そして身代金と引換えにされ、そして殺されるだけだ。
虚しい虚しい虚しい
僕の人生はここで終わってしまうのか。
僕は矮小なまま死ぬのか。
・・・・・・そんなのはいやだ。
そのまま死ぬのはいやだあああああああああああああああああああ
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ
そして、奴がやって来た。
僕を何かで眠らせ、僕を縛り付け、身代金誘拐を目論んでいるクソだ。
幸い僕を縛り付けていたロープは緩んでいた。
近くに鉄パイプがあった。
奴は僕が何もできやしないと油断して後ろを向いていた。
だから、僕は
奴の頭を鉄パイプで殴った。
一発で奴の頭は真っ赤に染まった。奴は倒れた。
僕の頭のどこかで僕が囁く。
「もう奴は動けない。これ以上やらなくても大丈夫だ」
だけど、僕は
奴を鉄パイプで殴る。
奴の頭がザクロのように真っ赤にはじけ飛んでいても。
頭じゃ飽き足らず奴の肉体全部を叩き潰した。
全部終わって僕は、自分が嗤っていることに気が付いた。
あぁ、僕はもうちっぽけじゃない。
そして僕はもうちっぽけじゃない。