傀儡令嬢と呼ばれた私ですが、死んだことにして皇太子と自由な生活を始めます
【第17作目】また、柄にもなく思いついてしまったので恋愛系に挑戦してみました。
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王立魔法学園には、一人の有名人がいた。
レティシア・ヴァルモント伯爵令嬢。
王国最大派閥の長であるヴァルモント伯爵の一人娘であり、皇太子アルフレッドの幼なじみでもある。
だが、彼女が注目を集めている理由は美貌や家柄だけではなかった。
学園中の生徒は彼女をこう呼ぶ。
【傀儡令嬢】
まるで人形だからだ。
笑わない。
怒らない。
泣かない。
誰に嫌味を言われても反応しない。
皇太子が話しかけても最低限しか答えない。
まるで誰かに操られているような令嬢。
それがレティシアだった。
「殿下のお妃になるのは、レティシア様で決まりですわね」
「当然でしょう。ヴァルモント伯爵の権勢を考えれば」
そんな噂が学園中で囁かれていた。
当の本人はまるで望んでいないというのに。
レティシアは中庭のベンチで本を読むふりをしながら小さくため息をついた。
遠くで噴水の水が煌めいている。
春の風は心地良い。
できることならここからどこか遠くへ逃げ出したかった。
だが、それは許されない。
父が許さない。
ヴァルモント伯爵は娘を愛していたわけではない。
利用価値を愛していた。
皇太子妃となり、やがて王妃となる娘を。
「見つけた」
聞き慣れた声がした。
顔を上げるとアルフレッドが立っていた。
金髪に青い瞳。
誰もが認める好青年だ。
「こんにちは、殿下」
「十日ぶりに会話した気がするな」
「昨日もお会いしました」
「挨拶しかしてない」
レティシアは黙った。
アルフレッドは苦笑する。
昔は違った。
子供の頃の彼女はよく喋りよく笑っていた。
庭で泥だらけになりながら魔法実験をしていた。
だが今は違う。
まるで生気がない。
「レティシア」
「何でしょう」
「君は本当に妃になりたいのか?」
その質問に。
レティシアの指がわずかに止まった。
だが次の瞬間には無表情に戻る。
「父の望みですので」
「君自身は?」
「…」
アルフレッドは目を伏せた。
その返事が嫌だった。
彼女自身の言葉が聞きたかった。
だがいつも届かない。
嫌がらせが始まったのは、その頃からだった。
有力な妃候補を排除したい令嬢は多い。
魔法で物をぶつけられる。
教科書を燃やされる。
だがレティシアは平然としていた。
ある時など、ふいに背中を押され長い階段を最後まで転げ落ちた。
周囲は悲鳴を上げた。
しかしレティシアは何事もなかったように立ち上がる。
服の埃を払う。
それだけ。
「大丈夫ですか!?」
教師が駆け寄る。
「問題ありません」
本当に問題なかった。
骨折もない。
擦り傷すらない。
生徒たちは気味悪そうに彼女を見た。
噂はさらに広がる。
【傀儡令嬢】
【不死身令嬢】
【人ならざる者】
そんな言葉まで生まれ始めた。
そして大事件は起きた。
昼食会の日だった。
学園の温室でお茶会が開かれていた。
色とりどりの花に囲まれながら、令嬢たちは紅茶を楽しむ。
レティシアも席についていた。
勧められた紅茶を一口飲む。
二口飲む。
三口飲んだところで手が止まった。
視界が揺れる。
次の瞬間。
その場へ倒れ込んだ。
悲鳴が響く。
医師が呼ばれる。
毒だった。
致死量。
普通なら助からない。
学園中が騒然となった。
しかし翌朝。
レティシアは普通に登校した。
顔色も良い。
普段通りだった。
毒を盛った者は恐怖した。
なぜ生きているのか。
誰も分からなかった。
その頃。
ヴァルモント伯爵は王宮で動いていた。
皇太子と娘の婚約を既成事実にしようとしていたのである。
反対派閥は追い詰められた。
毒でも駄目。
事故でも駄目。
ならば。
存在ごと消すしかない。
運命の夜。
研究棟で火災が発生した。
夜空を真っ赤に染める炎。
窓から火柱が噴き出し、木造部分を次々飲み込んでいく。
生徒たちは避難していた。
教師たちは消火を試みている。
そんな中。
誰かが叫んだ。
「レティシア様がまだ中にいます!」
アルフレッドは凍りついた。
「何だって」
「確認しました!」
「まだ研究室に!」
考えるより先に足が動いた。
教師が止める。
護衛が止める。
誰もが止めた。
だが彼は振り払った。
「離せ!」
「殿下!」
「彼女がいるんだぞ!」
炎の中へ飛び込む。
熱風が顔を打った。
床が軋む。
煙が肺を焼く。
それでも進む。
ただ一人のために。
研究棟の最上階。
崩れかけた研究室の中央にレティシアはいた。
机にもたれかかるように倒れている。
「レティシア!」
アルフレッドは駆け寄り抱き上げた。
冷たい。
反応がない。
それでも構わなかった。
助け出さなければならない。
その瞬間。
轟音が響く。
出口が崩れた。
炎が回り込む。
完全に閉じ込められた。
アルフレッドは苦笑した。
「まったく」
こんな最後になるとは思わなかった。
視線を落とす。
腕の中の少女はいつも通り無表情だ。
それでも愛おしかった。
「最後くらい笑顔が見たかったな」
ぽつりと呟く。
すると。
不思議なことが起きた。
腕の中のレティシアがゆっくりと立ち上がったのである。
その頃。
王都郊外の工房の一室。
数えきれないほどの魔法陣が輝いていた。
その中央に本物のレティシアがいた。
目の前の水鏡には研究棟の様子が映っていた。
学園にいたレティシアは傀儡。
本人ではない。
父の伯爵も知らない秘密。
魔法で操る分身だった。
計画は順調だった。
今日で傀儡が燃える。
レティシア・ヴァルモントは死ぬ。
そして自分は自由になる。
そのはずだった。
なのに。
アルフレッドが来た。
迷わず炎の中へ飛び込んだ。
自分を助けるために。
「どうして……」
理解できない。
妃候補だから?
違う。
政略のため?
それも違う。
彼は本気で心配していた。
ただレティシアを助けるためだけに命を捨てようとしていた。
胸の奥が熱くなる。
初めての感情だった。
「本当に馬鹿ですね」
けれど。
その馬鹿を死なせたくなかった。
レティシアは魔力を全開放した。
研究棟。
アルフレッドの前でレティシアがふいに立ち上がる。
正確には傀儡が。
しかし彼は知らない。
少女は無言だった。
だが静かに彼の手を掴む。
次の瞬間。
崩れ落ちてきた梁を片手で掴み投げた。
壁を破壊し瓦礫をも排除する。
強引に脱出路を作り上げたのだ。
そしてレティシアの傀儡はアルフレッド腕を掴み導く。
炎の中を。
煙の中を。
迷いなく。
ようやく裏庭へ辿り着いた時には、建物は崩壊寸前だった。
「君はいったい…」
アルフレッドが薄れゆく意識の中つぶやく。
レティシアは振り返る。
その表情は見えない。
それでも。
今まで見たことのない優しい気配を感じた。
次の瞬間。
崩落が始まる。
炎が一気に飲み込む。
研究棟は轟音と共に崩れ落ちた。
目を覚ました時。
アルフレッドは見知らぬ部屋にいた。
木の香り。
窓の外には花畑。
そして農作業をしているカカシ達がいた。
夢かと思った。
「起きましたか」
振り向く。
銀髪の少女が立っていた。
シンプルなワンピース姿。
だが驚くほど綺麗だった。
彼女は学園で見たレティシアとは別人のように見えた。
生き生きとしていたからだ。
「レティシアか?」
「レティシアです」
「……」
「本物の」
そこから数時間。
彼は真実を聞かされた。
学園にいたのは傀儡。
毒も事故も犠牲になったのは全部人形。
言葉数が少なかったのは会話制御が高難易度だったこと。
本人はずっと別の場所にいたこと。
そして火事の夜に助けたのも助けられたのも傀儡だったこと。
説明が終わる頃には頭が痛くなっていた。
「つまり」
「はい」
「俺が毎日話していたのは人形」
「そうなります」
沈黙。
レティシアは怒られると思った。
軽蔑されると思った。
しかし。
アルフレッドは笑った。
「納得した」
「え?」
「ようやく君らしい」
彼女は目を丸くした。
「学園の君は不自然だった」
アルフレッドは言う。
「でも今の君は違う」
よく喋る。
よく困る。
よく呆れる。
そして時々笑う。
「こっちの方が好きだ」
レティシアの心臓が跳ねた。
なぜだろう。
炎より熱かった。
それから二人はしばらく森で暮らした。
朝は一緒に畑を見る。
昼は魔法研究。
夜は食事。
穏やかな時間だった。
ある日。
アルフレッドは工房で眠ってしまったレティシアを見つけた。
机に突っ伏している。
頬にはインク。
髪も乱れている。
学園なら絶対に見られない姿だ。
可笑しくて笑う。
そして自分の上着を掛けた。
レティシアは薄く目を開ける。
「……殿下」
「寝ろ」
その声が優しすぎて。
彼女はもう一度目を閉じた。
安心して。
□□□□□
やがてヴァルモント伯爵は失脚した。
娘が死に計画が崩れ、不正の証拠が次々暴かれたのだ。
王国を操ろうとした男はすべてを失った。
そして死んだことになった二人は自由になった。
誰にも縛られない。
本当の人生だった。
旅立ちの日。
夕焼けの草原を歩きながらアルフレッドが言った。
「なあレティシア」
「何でしょう」
「確認したいことがある」
彼は立ち止まる。
真剣な表情だった。
「俺は炎の中に飛び込んだ」
「知っています」
「人生で一番の無茶だった」
「間違いありません」
「でも後悔してない」
レティシアは黙る。
風が銀髪を揺らした。
「君を見つけられたから」
まっすぐな言葉だった。
逃げ場がないほど。
「好きだ」
心臓がうるさい。
魔獣と戦う方が簡単に思えた。
「君が傀儡でも本人でも関係ない」
アルフレッドは笑う。
「ずっと一緒にいてくれないか」
長い沈黙のあと。
レティシアは小さく息を吐いた。
そして。
学園では誰にも見せなかった本当の笑顔を浮かべる。
「本当に馬鹿ですね」
「知ってる」
「仕方ありません」
彼女は一歩近づく。
「その代わり」
「うん?」
「今度は絶対に一人で火の中へ飛び込まないでください」
アルフレッドは吹き出した。
「努力する」
「約束です」
「約束だ」
夕陽の中。
二人の影が並んで伸びる。
かつて傀儡令嬢と呼ばれた少女はもういない。
誰かの駒でもない。
誰かに操られる人形でもない。
自由を手に入れた天才魔導士として。
そして彼女を見つけてくれた青年と共に。
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当初、魔法ロボット物を考えていたのですが、話がまったく膨らみませんでした。
そこから、ほっこり系に路線変更しようかと書いているうちに方向と系統がどんどん違う方向へ…
まあ、毎度の事なのですが、いきあたりばったりです。
もしよければ、他の作品も読んでみてください。(ギャグ系が多いですが)




