またまたぁ、面白いご冗談を仰いますのね
「ニコラ・ペシェ・エレノワ! 貴様のような毒婦を王妃の座に座らせる事はできない! よって、貴様と婚約破棄し、この可憐な乙女デイジー・オランジェを我が妻、我が国の正妃としよう!」
王宮の夜会に突如芝居がかった大声が響いた。
夜会に参加している貴族たちが振り返ると、そこにはこの国フロストリア王国の第一王子ジョージ・ド・フロストリアと見慣れない貴族令嬢が腕を組んで立っていて、それに対峙するようにニコラ・ペシェ・エレノワ侯爵令嬢が立っている。
王子は厳しい顔をしてその横の貴族令嬢はなんとなく笑いを堪えきれないような顔していた。
「まぁ………っ!」
エレノワ侯爵令嬢は、豪華な扇を広げて貴族らしからぬ驚きの表情を見せる。
それもどことなく芝居がかっていた。
「またまたぁ、ジョージ様におかれましては今夜は一段と面白い御冗談を仰いますのね」
そう言って、エレノワ侯爵令嬢はいったん広げた扇をパチリ………と閉じる。
それが合図のように、周りの貴族たちがさざ波のように笑った。
「全くだ」
「殿下はいつも退屈な我らを思いやってくださったのだ」
「家臣に気を配って下さる殿下がいるならこの国も安泰です」
「誠に! 我らが光、フロストリア王家に栄光あれ!」
エレノワ侯爵令嬢とその他夜会にいる貴族たちは、皆、
『そんなユーモアのある殿下のこと理解しています』
という温かいまなざしで一様にジョージを見やる。
「冗談ではない! ニコラ! 貴様のそういう所が嫌いなのだ! もう貴様とは婚約破棄だと言っているんだ!」
「うふふっ、そのように冗談を言って楽しませてくださるジョージ様の事、私はお慕い申し上げておりますわ」
「だからっ、冗談ではないっ!」
「ふふっ、はい」
ジョージが必死に『冗談ではなく本気だ』と言いつのれば言いつのるほど、ニコラは楽しそうにふるまい、他の貴族たちの笑みは深くなるばかりだった。
「あ、あのっ、あたしっ! 本気でジョージのお嫁さんになりたくてっ! そんな真剣な気持ち笑うの酷いと思いますっ!」
今までジョージの腕にしがみついているだけだった貴族令嬢デイジー・オランジェが、必死に声を張り上げた。
すると、今まで笑い続けていたニコラと貴族たちがピタリと笑うのをやめる。
「えっ、今、なんて仰いました? オランジェ男爵令嬢? もう一回仰って頂けますか? 皆さん、静かにしていただけます?」
ニコラがそう言うと、笑い声も話し声も夜会で流れていた楽団の演奏もピタリと止む。
こうなると、今日は国王も王妃も外遊に出ているので、この流れの中で物音を立てられる身分のものはいない。
ジョージでさえ、異様な空気の中で黙った。
「うっ………だから、あ、あたしっ、おーじ様の…………………っっ!」
「うふふっ…………」
デイジーが喋っている途中で、ニコラは扇の先をデイジーの顎の下に当てて、スーッと撫でる。
笑い声だけ立てて、全然笑っていない目でニコラはデイジーの顔を自分の方に引き寄せた。
デイジーは間近に迫る迫力のあるニコラの美貌と笑っていない大きな瞳に圧倒されて、足が震えてその場に前のめりになり倒れこむ。
倒れこんだデイジーにニコラは、
「まぁ、大変! どなたか、この方を救護室へ!」
と驚きの表情を見せて声を張り上げた。
会場の隅から事の成り行きを見守っていた騎士たちが集まってきて、青い顔で腰を抜かしているデイジーを救護室の方へ引っ張っていく。
ニコラは少しの間、デイジーの連れていかれた方を心配そうに見やっていたが、気を取り直したようにジョージに向き直る。
「どうやらあの小娘にはジョージ様のお相手は荷が重いようですわね。ジョージ様におかれましては、このように下位貴族のご令嬢には荷が重いお芝居をさせて、私は少々同情を禁じえません」
控えめな笑顔を浮かべるニコラに、目の前で素早く止める間もない程浮気相手が退場させられたジョージはやっと呆気にとられた様子から一転怒りの表情になった。
「ことごとく、俺の連れてくる令嬢をダメにするのは貴様だ! 貴様が悪いのだ、この毒婦め! 俺は可憐なか弱い令嬢が好みだ! お前のような猛毒の毒婦ではなく!」
ジョージの怒りの言葉に、ニコラと貴族たちがさざ波のように笑う。
「お聞きになりました?」
「ええ、面白いこと」
「殿下も御冗談がよほどお好きなようだ」
「もう第二王子を王太子にした方が良いのでは?」
「どちらも同じだ。それならまだエレノワ侯爵令嬢様が気に入っている殿下の方が良い」
「殿下のどこがいい?」
「殿下に令嬢に好かれる要素があったか?」
貴族たちのさんざんな言葉に、ジョージがまた怒りの言葉を上げようとしたとき、ニコラが、
「私は毒婦、あなたは今、顔だけの王子。私も可憐で心優しい時期がありました。そして、最初は優しかったあなたの事が本当に好きだった。でも、あなたが別の令嬢の方を向き、私に暴言を吐くたびに、私は優しいままではいられなかったのです」
そう、歌うようにジョージに告げた。
貴族たちが頷きながら、さざ波のように笑う。
「エレノワ侯爵令嬢様はいつまでも可憐でお美しいです」
エレノワ侯爵令嬢の取り巻きの貴族令嬢が呼応する。
「毒婦と呼ばれて殿下のそばで、乙女がいつまでも可憐で心優しくいられましょうか?」
「次の王子は私たちで心優しく育てましょう」
「おいたわしや、エレノワ侯爵令嬢様」
貴族たちの言葉に、ニコラはにっこりと笑う。
「大丈夫です。陛下にも許可をいただいておりますが、ジョージ様の婚約破棄などの暴言は全て冗談です」
「エレノワ侯爵令嬢様が心配でございます」
さっきとは別の取り巻き令嬢が、ニコラに告げる。
「大丈夫です。私は、過去のジョージ様をいつまでも愛しております。私はジョージ様だったものをいつまでも愛し続けます。それこそ可憐で優しいだけの乙女にはできないことだと思いますわ」
ニコラの愛の言葉が合図のように、事前に許可をもらっている近衛騎士が、暴れ暴言を吐き続けるジョージに魔法をかけて眠らせる。
「それに私が愛されていないわけでもないようですし………」
ニコラは眠って大人しくなったジョージを見つめた。
ニコラの呟きに、取り巻きの令嬢たちが困ったように曖昧な笑みを浮かべる。
それもそのはず、ジョージは気づいているのかいないのか。
ジョージが可憐で心優しい乙女と言ってどこからか連れてくる若い下位貴族の令嬢たちは、皆一様にどことなくニコラに似ているのだった。
ジョージのせいで変わってしまったが、ジョージに出会った頃のような可憐で儚い雰囲気のあったニコラに。
お互いがお互いの過去が好き。
ニコラは王子妃となって、可憐さと儚さとはサヨナラしてしまう。
ジョージは、ニコラの可憐な笑顔や儚い雰囲気が好きだったので、他の令嬢にその面影を求めてしまい、変わってしまったニコラを受け入れられなくて、ニコラの可憐さや儚さを取り戻すように自身の能力を上げる努力もせず、暴言。
お互い、国政を子供に譲って引退したころ、また関係が変わるのかもしれないし、変わらないのかもしれない。
政略結婚だし、お互いの過去の事は、本当に誰も隙間に入らないほど愛しているので、このままずるずるいく。
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