第十一話:安全な酸性生物対策
「……本日の依頼は、廃棄区画の地下水道に大量発生した『酸性スライムの駆除』です。あらかじめ警告しておきますが、今回は刃物での攻撃を一切禁じます。最大のリスクは、衣服の溶解および強酸による『化学熱傷(化学やけど)』です」
定例の朝礼で、セインは濁った水路の図面を机に広げ、厳しい視線を全員に向けた。
「ええーっ!? スライム相手に刃物禁止!? そんなの私の可愛い『借金回避の双牙』でみじん切りにすれば一発じゃん! なんで戦っちゃダメなのさ!」
カノンが『借金回避の双牙』をこれ見よがしに突き出して不満を露わにする。
「カノン、その無知な攻撃衝動が最も危険です。強酸性のスライムを刃物で斬りつければ、周囲に大量の『酸性体液』が飛散します。それが目に入れば失明、肌に触れれば皮膚が溶けて深刻な重傷を負うことになります。労働安全の観点から、近接物理攻撃は一律厳禁とします。というわけで、ケットル」
「おうよ! ウチが倉庫の奥から引っ張り出してきた特製『耐酸性ゴム長靴』と『全面防護型ビニールカッパ』の出番だね!」
ケットルが巨大な背負い袋から、不気味なほど分厚いゴム製の長靴と、全身を覆う透明な防護服を人数分取り出した。
「これを着ていれば、万が一酸が飛んできても完全に弾き返せるのさ! それと、この『中和剤スプレー(アルカリ水)』を腰に下げておくれ! 酸を浴びたら、すぐにこれを吹き付けて洗い流すんだよ!」
「素晴らしい、完璧な化学災害防護策です。さらにミル、あなたには『酸性ガスの中和結界』の常時展開を命じます。地下水道に立ち込める刺激臭や有害ガスを、あなたの魔力で分解しなさい」
「はーい! 嫌なにおいを、きれいきれいにしちゃうね! これでお鼻がツンってならないよー!」
ミルが『もう壊さない杖』を掲げると、私たちの周囲の空気が一瞬にして澄み渡り、地下特有の不快な臭気が消え去った。
「そしてクレア。前衛のあなたには、本日は剣ではなく、ケットルの作った『大型ガラス繊維製スクレーパー(ヘラ)』を支給します。スライムに近づかれたら、斬るのではなく、このヘラで『押し出す』か、床に『削ぎ落とす』だけの防衛に徹しなさい」
「ええっ!? け、剣じゃなくてヘラですか!? 前衛なのにヘラを持って戦うなんて、想像しただけで最高に切ない見た目です……!」
クレアが巨大なヘラを両手で抱きしめ、ショボショボと眉を寄せる。
「見た目の切なさと命の重さを天秤にかけなさい。防護服の着用ヨシ、中和剤の携帯ヨシ、攻撃制限の厳守ヨシ。……進入を開始します」
現地である地下水道は、じっとりと湿り、壁や床の石材が所々ドロドロに溶け出していた。
しかし、全員がガチガチの防護服とゴム長靴に身を包み、ミルの結界で空気が清浄化されているため、不快感は最小限に抑えられている。
「カサカサ……」という音と共に、水路の奥から、ドロドロとした緑色の巨大な『酸性スライム』が3匹、壁を這いながら迫ってきた。
「出たな、ドロドロ野郎! 私が――」
「カノン、動かないで! 双牙を抜いたら即座に物理的お仕置きを執行します。あなたの役割は、後ろからケットルの台車を支えることです!」
セインの冷徹な制止の声に、カノンはヒエッと腕を引っ込めた。
「クレア、ヘラを構えなさい! スライムが突撃してきたら、床の斜面を利用して、そのまま水路の奥へ『受け流す』のです!」
「は、はいぃぃ! 斬らない、刺さない、押し出すだけーーっ!」
クレアは『切ない剣』を腰に収めたまま、巨大なヘラを構えてスライムの正面に立った。
突撃してきたスライムがヘラに衝突するが、ガラス繊維製の表面は酸を通さず、クレアは体全体の体重を乗せて、スライムをズルズルと横の水路へと押し流した。
「今です、ケットル! 特製『凝固中和剤(固まるアルカリ粉末)』を散布しなさい!」
「あいよ! ウチの特製パチンコ弾(粉末カプセル)、喰らいな!」
ケットルが引き絞ったパチンコから放たれたカプセルが、スライムの体内で弾けた。
次の瞬間、強酸性の液体だったスライムの体が、ジュウジュウと白い煙を上げながら、一瞬にして「ただの無害なポロポロの固形物」へと変化し、床にボトボトと崩れ落ちた。
「やったぁ! スライムがポテトチップスみたいになっちゃった!」
ミルが歓声を上げる。
「油断してはダメです。残りの2匹が天井から液滴を落としてきます。クレア、ヘラを傘のように掲げて防護ラインを維持! ミル、風の魔法で固形化したクズを外へ吹き飛ばしなさい!」
全員がセインの指示通りに完璧に動き、一滴の酸も防護服の裏へ通すことなく、すべてのスライムを安全に処理することに成功した。
任務が終わり、ギルドの裏手で防護服を脱ぎ捨て、中和シャワーを浴びた私たちは、さっぱりとした顔で温かいお茶を飲んでいた。
「はぁ〜、無傷無事故! いつもならスライム退治の後って、服がボロボロになって下着が丸見えになったり、肌がピリピリ痛んだりして最悪だったのに、今日は全くの無傷だよ!」
カノンが新しい服に着替えながら、現金な笑顔を浮かべる。
「フン、対象の特性(pH値)を把握し、適切な保護具(PPE)を選択した結果です。力任せに武器を振るうだけが冒険ではないと、少しは理解できましたか」
セインは髪を拭きながら手帳を開き、本日の化学物質環境下における徹底した安全管理のプロセスを誇らしげに書き込んだ。
◆ 労働安全管理報告(ヒヤリハット事例)
発生日時: 地下水道・有害物質駆除任務にて
件名: 強酸性生物駆除における化学熱傷の未未然防止事象
現象(ヒヤリとした状況):
地下水道にて酸性スライム3匹と遭遇。もし従来の鉄製武具での斬撃攻撃を行っていた場合、酸の飛散による皮膚の化学熱傷、失明、あるいは呼吸器への有害ガス浸入(急性中毒)を引き起こし、重篤な労働災害災害に発展していた危険性が極めて高かった。
防げた理由(要因解析):
1. セインの構造解析による『近接刃物攻撃の一切禁止』と『非接触・中和工程』の導入。
2. ケットルが手配した『耐酸性防護服・長靴』の完全着用による、物理的な接触遮断。
3. ミルによる『清浄化結界』の常時展開による、刺激臭・有害ガスの吸入防護成功。
4. クレアが剣を捨て、ガラス繊維製ヘラによる『押し出し・防衛行動』に徹したこと。
今後の対策:
液状および酸・毒を撒き散らす魔物との交戦においては、「物理的撃破」ではなく「化学的中和・凝固による無害化」を基本安全作業手順とする。また、使用した防護服は再利用前に必ず専用の洗浄液でアルカリ中和処理を行うことを義務付ける。
「……これで、特殊環境における防衛マニュアルがまた一つ更新されました」
手帳を閉じたセインが、眼鏡の位置を直しつつ静かに息を吐く。
「セインさん……私、ヘラを持って戦うなんて最初はすっごく切なかったですけど、誰も服を溶かされずに、綺麗に帰ってこれて本当に良かったです。安全管理って、お掃除みたいでなんだか気持ちいいですね!」
クレアが『切ない剣』を大切そうに磨きながら、満面の笑みをセインに向けた。
「ええ。美しく安全に現場を終わらせる。それこそが、我が最弱パーティの新しい誇り(ステータス)ですよ」
セインがふっと口元を緩めると、夕暮れのギルドの裏庭に、心地よい笑い声が響き渡った。
最弱パーティの、安全第一なスライム駆除。
どんな不気味な魔物の特性をも論理的にねじ伏せる彼女たちの歩みは、今日も少しずつ、しかし絶対に汚れない確実さで、前へと進んでいく。
カノン「みんなー! ここまで読んでくれてありがとう! 楽しんでもらえた?」
クレア「あの……もしよろしければ、私たちの旅をこれからも見守っていただけると嬉しいです……!」
セイン「画面下部にある**【ブックマークに追加】や、評価の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】**に染めて応援してくださると、作者の執筆モチベーションが跳ね上がります。……もちろん、私の精神安定にも繋がります」
ケットル「みんなのポチッとが、ウチらの大きな支えになるからね! よろしくおくれ!」
ミル「次のお話も、絶対見にきてねー!」
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