渡理という男
深夜0時。
闘龍団の事務所はネットで調べただけであっさりと割れた。
場所は3階建ての賃貸物件で、事務所は3階にあるらしい。
まだ作業中なのか、この時間でも明かりが消えていない部屋がある。
部屋の中には見るからに柄の悪そうな男が5人おり、皆一様に神経を逆立てているのが分かる。
そんな緊張感の中、出入り口からドンドンという無神経なノックの音が鳴る。
「チッ……。こんな時間に誰だってんだ……。」
1番近くで椅子に座っていた小柄な男が悪態を吐き、そのドアノブを捻る。
そして、開いたドアの向こうに立っていたのは、190近い長身の男。
「夜分遅くに失礼。自分は剛田隆だ。父を返してもらいにきた。」
「ッ!! テメェは……!?」
その瞬間、部屋の中にガラスの割れる音が響いた。
「なんの音だ!!」
その場にいた全員が、咄嗟に音のした方向へ視線を向ける。
窓のほうに目をやると、服についたガラスを払っている渡理の姿があった。
「なんだよ。爺さんなんかいねぇじゃねぇか。」
渡理が辺りを見回すが、そこにいるのは剛田と柄の悪そうな人だけ。
目的の老人らしき人物は、どこにも見当たらない。
「はぁ!? どうやって窓から入りよった!! ここは3階やぞ!!」
窓際にいたスキンヘッドの大男が、耳が痛くなるような声で怒鳴る。
あまりの煩さに渡理は反射的に耳に指を突っ込んで栓をした。
「うるっさいねん!! 何時だと思ってんだ、コラッ!!」
渡理は言い返しながら、抜いた指を適当にズボンで拭う。
「んなことどうでもよかばい! 3階までどうやって来たかワシが聞いとろうが!!」
「あーもうめんどくせぇな……。気合いだ気合い。つか、それ以外に何があると思ってんだ。」
渡理は面倒くさそうに肩をすくめる。
「気合いで登れる高さなわけねぇだろうが!! 適当なことぬかしてんじゃねぇぞ! そもそも窓も割りやがって、ここが天下の闘龍団と知っての狼藉か!?」
今度は壁際にいたサングラスの男が、怒鳴り声を上げた。
「どいつもこいつも声デケェな……。つか、剛田の親父さんはどこだよ。」
「んなのテメェに教えるわけねぇだろうが!」
小柄な男が即答する。
渡理はパーカーのポケットに片手を突っ込んだまま、妙に優しく諭すような口調になった。
「少なくとも否定はしないってことは、拉致ってるのは確かだな。……あのな? 盗賊団だかロケット団だか知らねぇけどよ、人の親父さん拉致っちゃダメって教わんなかったのか?」
「チッ! 舐めやがって!!」
小柄な男は、見事に鎌をかけられたことと、それをおちょくられたことに腹を立てる。
額に青筋を浮かべながら、今にも飛びかかりそうな顔をした。
「それに窓割ったって言ったって1枚や2枚だろ? それでピーピーピーピー。ケツの穴の小せぇ連中だな。うちの窓なんて誰も割らんでも全部割れてんぞ。」
「貴様の家とかこちとらミリも興味ないったい! 散々コケにしおってからに!! 覚悟できとるんやろうなァ!?」
「兄貴、やっちまいましょう!!」
その言葉を合図に、闘龍団の連中は一斉に動いた。
胸ポケットからメリケンサックを取り出す者、ドラマでしか見ないようなドスを構える者。
空気が一気に荒れた。
その瞬間、渡理の態度が目に見えて変わった。
視線は泳ぎ、額に冷や汗が浮かぶ。
「あれ? え、本気……? えーと……。あ、ああ! やってやろうじゃねぇか!!」
凄んでみるが声が裏返ってしまい、明らかに痩せ我慢だった。
実のところ渡理は、最近の暴力団は法律のせいで手も出せない、という話を半分信じていた。
だから、相手が本気で殴りかかってくるとは思っていなかったのだ。
「上等やゴラッ!!! 奥歯ガタガタ言わしたろうやないか!!」
今にも殴りかかってきそうな相手を前に、渡理は左手を突き出して待ったをかけた。
「だ、だがよ、本当に良いのか? 警察沙汰になるのはそっちもやばいんじゃねぇのか?」
さっきまでの威勢はどこへやら、渡理はすかさず逃げ腰になる。
それを見ていた剛田は、本音を言えば少し前まで渡理に期待していた分、あまりのダサさに目を伏せた。
「そんな脅し怖くもないわ、ボゲェ!! そっち“も”ってことはオメェも警察を頼りたくねぇんだろ? 逃げようとしてんじゃねぇよ!!」
サングラスの男に墓穴を指摘されて、渡理は言葉を失う。
(このグラサン!? こんな面して妙に頭が切れやがるッ!?)
しばらくして、渡理は両手を上げた。
「分かったぜ……。降参だ……。やるなら部外者や荷物のあるここじゃなんだ。空き部屋の下の階にしようぜ。」
「ようやっと腹決めよったんか。ええ度胸やないか。ここで見られながらボコすのも可哀そうやけんな。要求ば吞んだろうやないか。おい田中! そいつ下に降りて来んよう抑えとけや!」
「分かりやした兄貴!」
スキンヘッドの男はそう言うと、渡理に「ついて来い」とジェスチャーして部屋を出ていく。
「なっ!? 渡理っ! 契約は信用していいんだろうな!?」
剛田は、状況に呆気を取られていたが、本来の目的を思い出して渡理に確認する。
すれ違いざま、渡理は剛田の肩に手を置き、妙にキメた顔を作った。
「とりあえずこいつらは俺に任せとけ。」
偉く自信ありげに言ってそうだが、これを聞いている者の誰も渡理のことを信用することはできなかった。
口をあんぐり開けたまま動けなくなった剛田は今まで渡理を信用してしまったこと、そして保身になるが策に乗って自分まで前に出てしまったこと、その他諸々の行動を激しく後悔しながら実に小さくみすぼらしい渡理の背中を見送った。
その情けない渡理を見て、小柄な男もとい田中がケラケラと笑い。
「おいおい、あんた。あんな奴連れて来て一体何がしたかったんだw?」
もう引き返せないとこまで来てしまったことに頭痛を感じ頭を抑えながらそれに答える。
「本当に自分は一体何をしているんだろうな……。」
そのころ、下の階からは怒号と破壊音が飛び交い始め、床を通して振動まで伝わってくる。
「あいつは結局、部下か何かなのか?」
剛田の脳裏に、黒瀬朱理から紹介されたときの契約条件がよみがえる。
“関係者以外への紹介先に関する全ての情報の共有を禁ずる。 この関係者とは、紹介先の社員、契約者本人、黒瀬朱理のみである。”
剛田はこの制約のせいで、わざわざ多忙な自分が直接赴いて依頼を行うに至った。
「さあ、自分にも分かりかねる。親父に最後に一言申したいだけだったが、空回りしてしまったようだな。」
剛田自身の契約を反故にしても何かしらの迷惑を渡理に与えてやりたい程に怒りを感じていた。
しかし、渡理はともかく黒瀬朱理には底知れない暗さを感じていた剛田には裏切る度胸はなく、適当にはぐらかした。
予想どおりと言うべきか、下の階での物音はほどなく止んだ。
どうやら、そこで起きていた何かは終わったらしい。
「そろそろ終わったみたいだな。まだ息はあるだろ。最後に文句でも言ってやんな。」
剛田は田中に連れられて、下の階へ続く階段を降りた。
降りた先にある、唯一明かりのついた部屋のドアを開けると、そこには目を見開くほど無残な光景が広がっていた。
「「は……?」」
部屋に入った二人の声が揃う。
先ほど渡理を連れて出ていった闘龍団の連中が、気絶させられて部屋の中央に積み重なっていた。
「意外とすぐ降りて来たな。状況は見て察しろよ。」
そう言いながら、渡理が拳を手のひらに打ち付け、ゆっくりと近づく。否、詰め寄る。
その圧は間違いなく自分が対象ではないはずなのに剛田がそう錯覚するほど。
腰を抜かして廊下の壁に座り込む田中の顔を上から覗き込むようにして見下ろし…………。
そしていつもと同じ、だがどこか違う微笑を浮かべて告げる。
「誘拐した剛田の親父はどこだ?」
剛田の中で、今の渡理の姿が契約時の黒瀬朱理と重なった。




