新たな依頼
檸檬は今日から仕事ですぐに回収されていった。
きっと今頃強引にメイド服を着せられて接客マニュアルでも必死に覚えている頃だろう。
そして渡理の手元には檸檬がその身を犠牲にして入手した10万が握りしめられていた。
渡理はこれで花見か競馬かパチンコかなどと呑気に考えていた。だが、ボロボロな生活環境、いつ電気ガス水道が止められるか分からない危機的状況、自由に使える金など一銭もあるはずなかった。
渡理は先ほども通った並木道歩きながら煙草に火をつける。
その頃には時刻は正午を回り、出来上がってる人もちらほらと現れている。
渡理がそれを恨めしそうに横を過ぎた時ポケットのスマホが音を立てて震えだした。
先ほど会ったばかりの朱理からの電話だった。
「んー、なんかあった?」
「あんたにも話しておくことがあったのをすっかり忘れてたわ。」
「今からパチンコ行こうと思ってたから手短にな。」
「あんた……。金欠で首回らないんじゃなかったの……。」
呆れたとでも言うように声がワントーン下がった。
「まあこれだけあれば半分くらいは使ってもなんとかなるだろ。」
朱理はわざわざ電話をかけてまで渡理に協力していることをひたすらに後悔する。
「はぁー、他の依頼のネタ思い出したけどもう忘れちゃったわ。じゃあね。生活費が無くなって立ち行かなくなったらまた連絡頂戴ね。その時は檸檬ちゃんだけ回収しに行く……。」
「いや! もう、やっだなぁ! 冗談ですやん! 流石の俺でも檸檬の稼いだ金でパチンコなんて行くわけないっすよ!」
朱理が話し終える間すら待たずして渡理が弁解のための薄っぺらい言い訳を畳みかけた。
「どうせ行く気だった癖に……。ここまで言った上で本当に行ったら、あたしと言えど流石に見限るわね。」
小さくホントに……と呟くと、渡理の頭にこめかみを抑えてる朱理の姿が浮かんだ。
朱理に見限られると渡理達の生活は破綻しかねなく、流石の渡理も顔に汗を浮かべるほどには内心焦ってるようだ。
「えーと、何の話だっけ? あれ。本気で忘れた……。」
渡理の頭に即座に歳じゃねなどというツッコミが浮かんだがどうにか抑え込み、延命処置に成功する。
「あぁ、思い出した。あんたんとこの顧客が増えたわよ。」
「はー、また増やしたのかよ。」
「今回は中小企業だけど会社の社長が相手よ。あんた金欠なんでしょ、ちょうど良かったじゃない。」
「金欠だからってどうせ朱理経由ってことはそういう依頼なんだろ。これで知名度が上がったらどうすんだよ。」
「大丈夫、ちゃんと考えてあるわよ。それともあたしが考えなしにリスク負うようなことするとでも思ってるの?」
渡理は朱理とは長い付き合いでそれなりの信頼はある。
「……まあいいや。」
がしかし、そんなことをこいつが認めるはずがなく適当にはぐらかした。
「そんなに頻繁にやりたくないのは分かってるけど、あんたんとこの便利屋にとってはこれが本業なんだから少しくらいはやりな。」
「へいへい。」
「あ、あと今回は紹介料貰ってるから分け前はいらないわよ。」
「太っ腹すぎん? どんな仕事突きつけてくんだよ。」
「あんたなら大体なんとかできるでしょ。普通の人間じゃないんだから。じゃ、任せたわよ。」
そう言い残し通話が切れる。
「切るのはや……。つうか、その客ってのはいつ会えば良いんだ。」
渡理はどうせ電話でもかかってくるだろうと思い、例の客について考えるのをやめた。朱理との会話で金を使う気も失せたため二度寝をしにさっさと家に帰ることにした。




