檸檬売られる
出来る限りお花見をしている人達が目に入らないように並木道を歩いて10分程で目的地に辿り着いた。
「よし、ここだ。」
「は?」
「依頼人になってくれそうな人がここにいる。」
「いやだから、は?」
辿り着いた目的地というのは桜並木を観光しに来た人たちをターゲッティングしているメイド喫茶だった。
ここの店は一般的な萌え萌えなメイド喫茶とは違いガチメイドを配置した少し特殊な喫茶店である。
「いつか来るんじゃないかと思っていました。 今日だったんですね。 とうとうわたしも売られるのか。 でもむしろここの方が稼げそうだな。 あれ? 全然悲しくないや。」
隣でよくわからないことをブツブツ言っている奴を置いて店のドアを開ける。
ドアに取り付けられた鈴がカランカランと鳴ると1番近くにいた裾が足まである長いスカートのメイド服を着た店員が丁寧な所作でこちらにゆっくりと歩いて来て頭を下げる。
「おかえりなさいませご主人様。」
「あー、店長出してくれん。」
「承知いたしました。少々お待ちいただくためお好きな席でお寛ぎください。」
そう言って軽く会釈をすると店員は店の奥に歩いて行った。
「わたしがあの服を……。 ちょっとムズくない? 逃げようかな。」
背後でゆっくりと忍び足で退店しようとしている奴の首根っこを捕まえる。
「ぐげっ。」
手頃な席につき少し待っていると先程のメイドがやってきて店の奥の店長室に案内される。その部屋には渡理の知り合いである黒瀬朱理が不機嫌そうな顔で椅子に座っており、二人は対面に着席した。
「んで? お金が底を尽きて? あたしを頼ったと。」
「頼ってるんじゃなくて交渉、てか宣伝をしに来ただけだって。」
「宣伝って、あんた一体何を宣伝しに来たのさ。」
渡理は事務所から持ってきた一枚の資料を朱理に手渡す。
「社長、今のってまた浮気かなんかの写真じゃないですよね!?」
「浮気どころか、こいつに彼氏なんかいないから安心しろ。」
「聞こえてんだけど。」
渡理を鬼のような圧でキッと睨みつけたあと、資料に目を戻すと今度は目を見開く。
「ちょっと! これって!」
驚きのあまり渡理と檸檬を交互に見たかと思えば再度資料にも視線を落とし、3箇所を何度も行き来する。
「ああ、きっと恐喝の資料だったんだ。 悪い予感が当たってしまったぁ。 警察沙汰にはなりませんように、警察沙汰にはなりませんように。」
渡理の隣で頭を抱えながらなにやら謎の祈りを捧げている変人を放って置いて朱理は話を進める。
「結局こうなるんなら、もっと早く話付けても良かったんじゃない? まぁ、そうね。最近また忙しくなってきたし、これなら店にあるサイズで良さそうだし、この話乗ろうかしら。」
「なっ、社長の話が上手く行っただと!? どんなやばいもの渡したんですか!?」
「あなたの身長体重とスリーサイズよ。」
渡理の中では昔の知り合いで旧友だと思っていた女は今目の前で裏切者へとジョブチェンジした。
「は?」
正気を失ったような冷たい声と共に速やかに害虫でも見るような視線が渡理を容赦なく突き刺す。
「え……、言うのかよ……。」
「いつそんなの調べたんだこの変態がぁああああああ!!!」
何気ない一言で渡理は馬鹿力で首を締め上げられた挙句、荒々しく振り回されるのだった。
「しぬ、しぬ、しぬぅぅぅぅ!!」
終わった頃には渡理は泡を吹いて倒れていた。
「こほん。桜が散るまでって考えると10日間ってとこかしらね。」
朱理が口を開き会話が始まると渡理に意識が戻り、奇跡的に復活を果たす。口を拭い話す前に喉がまだ生きてるかを確かめる。
「……あ゛ぁ、あー。ああー。え゛ぇっと、じゃあバイトじゃなくて社への依頼として先払いで、いいか?」
「本当だったら先払いは嫌だけど、その分まけてくれるんでしょうね。」
「通常の時給の9割でいいだろう。」
「交渉成立ね。」
「というか、つまるところはどういうことですか?」
全く話についていけず檸檬が首を傾げる。
「10日間お前はここでアルバイトだ。」
「前に貴方が可愛いって話をこいつにしたのよ。 ずいぶん昔のちょっとした話題をしつこく覚えてたことにはドン引きなんだけど。」
「え、つまりわたし売られた? え、売られたっ!?」




